繋がりの王者   作:宵取与一

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3話

火は小さくなっていた。

 

 街道から少し外れた草地に、夜の匂いが降りている。夕食の後、ユアは少しの間だけ焚き火の前で起きていたけれど、いつの間にか寝袋の中へ潜り込んで眠っていた。疲れていたのだと思う。ジム戦のことも、ナタネのことも、シロナのことも、たくさん考えて、たくさん分からなくなって、それでも最後に少しだけ分かったから。ラルトスは焚き火の向こう側から、静かな寝息を立てているユアを見ていた。旅を始めたばかりの頃は、野宿の夜になると何度も目を覚ましていた。物音がすれば起きて、クチートの姿が見えなければ探して、眠っている時でさえ何かを確かめるみたいに周りを気にしていた。けれど今は、少し違う。まだ不器用で、まだ危なっかしくて、明日になればまた悩むのだろうけれど、それでも今夜の寝息は前より深かった。

 

 ラルトスは焚き火の横に座ったまま、少し離れた場所へ目を向ける。クチートは起きていた。炎の明かりが届くぎりぎりの場所で、背中の大顎を低く構えたまま、静かに周囲を見ている。夜になると最後まで起きているのは、ずっと前から同じだった。誰かに言われたからではない。ユアが頼んだからでもない。ただ、いつもそうしている。少し後ろ。少し離れた場所。振り返ればいる位置。ラルトスはその姿を見て、小さく息を吐いた。

 

『……よかった』

 

 クチートは振り返らなかった。けれど、大顎が短く鳴る。

 

 ガチン。

 

 返事なのかどうか、ラルトスにも全部は分からない。でも、無視ではなかった。だからラルトスはもう少しだけ言葉を続ける。

 

『ずっと、おこってた』

 

 ガチッ。

 

『ユアが、わからないから』

 

 クチートは今度は鳴らなかった。炎が小さく爆ぜ、夜風が草を撫でていく。ラルトスは膝を抱えるように座り、眠っているユアを見た。あの日、公園で初めて主人に対して怒った時のことを思い出す。どうして分からないの、と言った。ずっといたのに、と言った。言葉にすればするほど胸の奥が苦しくなって、それでも全部は言えなかった。言ったら、きっとユアの答えではなくなるから。ユアが自分で見つけないと、クチートには届かないから。だから怒った。だから待った。ラルトスはそれが正しかったのか、今でも少し分からない。けれど、今日のフィールドでユアはクチートの背中を見た。見て、止まって、考えて、それから言った。

 

 信じてる。

 

 その声を思い出すと、胸の奥が少しだけ温かくなった。全部が分かったわけではない。ユアも、クチートも、そしてラルトスも、まだきっとたくさん間違える。けれど、少なくとも今日、ひとつだけ届いた。ラルトスはそう思った。

 

『……よかった』

 

 もう一度呟く。今度もクチートは返事をしなかった。ラルトスが顔を上げると、クチートはいつの間にか少しだけ場所を移していた。さっきまで炎の届くぎりぎりにいたのに、今はユアの寝袋の近くにいる。警戒するための位置ではない。背中を守るための距離でもない。近い。とても近い。大顎を丸めるようにして、寝袋のすぐ横に座っている。

 

『……ちかい』

 

 ラルトスがぽつりと言うと、クチートの大顎が小さく鳴った。

 

 ガチッ。

 

 短い音だった。けれどラルトスには、少しだけ得意そうに聞こえた。思わず笑ってしまう。

 

『ふふ』

 

 クチートは何も言わない。ただ、ユアのそばにいる。ユアは眠ったまま何も知らない。朝になれば、きっと驚く。たぶん少し慌てる。クチートに文句を言って、それでも追い払えない。そんな姿が簡単に想像できて、ラルトスはまた小さく笑った。

 

 焚き火の火がさらに小さくなっていく。夜は静かだった。遠くで小さな虫の声がして、風が草を揺らし、空には星が広がっている。今日で終わったものがある。今日から始まるものもある。けれどラルトスは、それを難しく考えなくてもいいと思った。ユアは眠っている。クチートはそばにいる。自分もここにいる。今はそれだけで、満足だった。

 

 ラルトスはゆっくり目を閉じる。

 

『……おやすみ』

 

 誰に向けた言葉だったのか、自分でもはっきりしなかった。ユアかもしれない。クチートかもしれない。三人の旅そのものかもしれない。返事はなかった。けれど少しして、クチートの大顎がとても小さく鳴った。

 

 ガチン。

 

 ラルトスはその音を聞きながら、安心して眠りに落ちた。

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