繋がりの王者   作:宵取与一

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3話

目を覚ますと、薄い朝霧が湖の上を漂っていた。昨夜は暗くなる前に木の下へ寝床を作り、簡単な食事を済ませて眠ったはずなのに、毛布にも鞄にも細かな朝露がついている。焚き火はとっくに消え、残った炭のそばではホゲータが小さな体を丸めていた。ドーの姿だけが見当たらず、少し焦って湖へ顔を向けると、浅瀬から平たい頭だけが出ている。

 

「……そこで寝てたの? 水辺が落ち着くのは分かるけど、朝から姿が見えないと少しくらい心配するんだからね」

 

「どおぉー」

 

 ドーは返事をしたあと、何も問題はないというように目を閉じた。ボクは肩へ毛布を掛けたまま水際まで歩き、あのピンク色のポケモンが飛んでいた場所を眺める。朝日を映した水面が静かに揺れているだけで、どこにも姿はない。足元まで来たホゲータも湖の上を見回し、会いたかった相手がいないと分かると、少しだけ肩を落とした。

 

「夢じゃなかったよね。ボクも、キミたちも、ちゃんと一緒に遊んだ。名前もどこから来たのかも分からないけど、また会えた時に聞けばいいよ。……会えたら、だけど」

 

「ほげ?」

 

「今のは聞かなかったことにして。たぶん、また会えるから」

 

 根拠なんてない。それでも、なぜかまた会えるという感覚があった。朝食を済ませ、焚き火の跡へ土をかぶせ、寝床に使ったものを鞄へ戻してから、ボクたちは湖を離れた。シンジ湖へ来た理由は、地図に大きく描かれた三つの湖が気になったからだ。パルデアで地図を見るたび、オージャの湖の大きさに目が留まった。それと同じように、シンオウの地図へ並んだシンジ湖、リッシ湖、エイチ湖という三つの名前を見て、一番近い場所から見てみようと思っただけだった。特別なポケモンを探していたわけでも、何かの伝承を確かめに来たわけでもない。ただの観光だったはずなのに、名前も知らない相手と遊び、湖畔で一晩を過ごした。地図で見ていた時よりも、シンジ湖という場所が少しだけ特別になって気がする。

 

 森を抜け、街道へ戻ろうとしたところで、前方から同じ制服を着た集団が歩いてきた。銀色に近い服には大きな印が入り、髪を青く染め、髪型まで全員同じ。性別も背丈も違うのに、歩幅も間隔も不自然なくらい揃っており、話し声ひとつ聞こえなかった。道は二つの集団が並んで通れるほど広くないため、ボクたちは片側へ寄り、向こうも反対側へずれる。そのまま何事もなくすれ違ったが、一人がドーへ視線を向けただけで、珍しがることも、声を掛けることもなかった。誰も笑わず、誰も隣の人を見ず、同じ方向だけを見て歩いている。集団が通り過ぎたあと、銀色の背中がシンジ湖へ続く森へ入っていくのを眺めながら、思わず口から言葉が漏れた。

 

「……宇宙人みたい。別に悪い人たちに見えたわけじゃないけど、全員同じ服で、同じ歩き方をして、誰も話してないと、人間じゃない何かが並んで歩いてるみたいに見えるんだよね」

 

「ほげ?」

 

「本当に宇宙人だと思ったわけじゃないよ。たとえの話」

 

 似たような制服を着て集まる人たちなら、パルデアにもいた。スター団。学校では問題児の集まりと呼ばれ、近づかない方がいいと言う人も多かった。ボクも最初は少し警戒したが、実際に話してみれば、そんな一言で片づけられる人たちではなかった。よく笑い、怒る時は分かりやすく怒り、好きなことの話になると止まらなくなる。騒がしくて、不器用で、それでも自分たちなりに大事なものを守ろうとしていた。さっきの集団とは何かが違う。全員が同じ印を背負っていることではなく、制服の下にいる一人一人が見えなかったことが、妙に引っかかった。

 

「みんな……元気かな」

 

 ホゲータがボクを見上げる。

 

「パルデアの仲間たちのこと。キミは何度か会ったことがあるでしょ。次に帰った時も、たぶん相変わらず騒がしいと思う。……その方が安心するけどね」

 

「ほげっ」

 

 ホゲータは嬉しそうに鳴き、歩きながら小さく歌い始めた。パルデアを出てから、寂しいと考える暇もないくらい色々なことがあった。それでも、知らない土地で知っているものに似た景色を見ると、離れてきた人たちの顔が急に浮かぶことがある。

 

 街道を進んでいると、森の方から激しい羽音と低い声が聞こえてきた。木々の間から現れたのは、片手で頭を庇いながら後ずさる白衣姿の初老の男性と、その周りを飛び回る三匹のムックルだった。男性は襲われているというのに、もう片方の手では小さな手帳を離さず、羽ばたき方を目で追っている。

 

「警戒声の間隔が短い。やはり巣が近くにあるのだろうが、ここまで執拗に追ってくるとなると……いや、今は分析している場合ではないな」

 

「自分で分かってるなら逃げてください! ホゲータ、あの人とムックルの間へ。傷つけなくていいから、進んでくる方向へ“ひのこ”!」

 

 ホゲータが街道へ飛び出し、男性とムックルの間へ入る。口から放たれた小さな炎はムックルへ直接当たらず、飛んでくる進路の前で弾けた。突然現れた火の粉に驚き、三匹は大きく羽ばたいて高度を上げる。ホゲータがもう一度声を張ると、ムックルたちは森の奥へ引き返していった。

 

「怪我はありませんか? 巣が近いって分かっていたなら、もう少し早く離れた方がよかったと思います。観察に夢中だったのかもしれませんけど、襲われながら続きを見ようとするのは、さすがにどうかしてますよ」

 

「ああ、助かった。君の言う通りだ。警戒声に気づいた時にはすでに囲まれていたのだが、それでも飛び方を見てしまった。研究者としては興味深くとも、旅人としては失敗だったな。反省しよう。それにしても、炎を相手ではなく進路へ置いた判断は見事だった。追い払うだけなら、必要以上に傷つけることはない。君は技そのものより、使い方をよく考えているようだ」

 

 褒められるとは思っておらず、少しだけ返事に困った。男性は白衣についた葉を払い、今度はホゲータとドーへ目を向ける。

 

「そちらの赤いポケモンはパルデアのホゲータだな。そして、この大きなポケモンはドオーか。シンオウではどちらもまず見かけない」

 

「ホゲータと、ドーです」

 

「いや、ドオーだろう?」

 

「うん、ドーです。ちゃんと呼べますけど、ボクがそう呼んでるだけなので気にしないでください」

 

 男性はしばらく黙った。ユアとほとんど同じ顔をされたことが面白くて、つい口元が緩む。

 

「……愛称だと最初から説明してくれれば、すぐに理解できたのだが」

 

「それだと、その顔が見られないので」

 

「なるほど。見た目より茶目っ気があるようだな」

 

「よく男の子には間違われますけど、真面目そうに見えるとはあまり言われません。……今の話は広げなくていいです」

 

 男性が何か尋ねる前に切り上げると、少しだけ笑ったあと、白衣の胸元へ手を当てた。

 

「名乗るのが遅れたな。私はナナカマド。ポケモンの進化について研究している」

 

「ナナカマド博士? シンオウ地方の進化研究の権威ですよね。学校でも名前を聞いたことがあります。そんな人がムックルに追い回されながら観察を続けていたんですか」

 

「権威と呼ばれる者でも、失敗はする。むしろ、失敗をしない研究者など存在しないだろう。ただし、同じ失敗を繰り返さない努力は必要だがね」

 

「それなら、次にムックルへ近づく時は、もう少し周りを見てくださいね」

 

「善処しよう」

 

「それ、たぶんまたやる人の返事です」

 

 博士がわずかに視線を逸らし、ボクは思わず笑ってしまった。誰かが真面目な顔で少しずれたことを言い、ボクがすぐに突っ込む。何となく、ユアと話している時に似ている気がした。会ってからそれほど経っていないのに、もう何度もこんなやり取りをしたように思えるのが少し可笑しい。

 

 街道脇の倒木へ腰を下ろし、休みながら話すことになった。博士はパルデアから来たことを知ると、ホゲータやドーの生態、学校の授業、宝探しと呼ばれる課外活動について興味深そうに尋ねてきた。ボクは学校へ入ってから旅へ出るまでに学んだことや、答えの決まっていない自分だけの宝を探すという課題について簡単に説明した。

 

「生徒一人一人が、自分にとっての宝を探すのか。自由なようでいて、何を選ぶかを本人へ委ねる厳しい課題でもあるな」

 

「自由すぎて、最初は何をすればいいのか分からない人も多いです。でも、誰かに決められた答えじゃ意味がないんだと思います。旅をしながら見つける人もいれば、学校に残って見つける人もいるし、途中で変わる人だっている。ボクも、今探してるところです」

 

「良い考え方だ。進化も同じなのかもしれない。決まった形へ進むだけではなく、環境や出会いによって別の可能性を選ぶポケモンもいる。だからこそ、私は長く研究を続けているのだろう」

 

 研究の話になると、博士は先ほどムックルに追われていた時よりもさらに夢中になり、進化の条件や地方ごとの違いについて話し始めた。聞いていて面白かったが、このままでは日が暮れるまで続きそうなので、少し間ができたところで、さっきすれ違った集団のことを思い出す。

 

「そういえば、ここへ来る途中で変な人たちとすれ違ったんです。銀色の制服に青い髪で、みんな同じ歩幅で歩いていて、宇宙人みたいでした。シンジ湖へ向かっていったんですけど、博士なら何か知ってますか?」

 

「宇宙人の知り合いはいないが、その特徴なら、おそらくギンガ団だろう。最近、シンオウ各地で活動している団体だ。街の清掃、寄付、困っている人への支援などを行っていると聞いている。宇宙や新しいエネルギーの研究にも関心があるそうだから、服装もそれに合わせているのかもしれないな」

 

「慈善団体なんですか?」

 

「少なくとも、世間ではそう認識されている。私は直接話したことがないので、それ以上は知らないがね」

 

 それなら、湖へ向かっていたのも清掃や調査なのかもしれない。三つの湖はシンオウでも特別な場所として扱われ、古い伝承も残っていると博士は続けた。

 

「湖には、人の心に関わるポケモンが住んでいるという話がある。ただし、姿を見たという記録は曖昧で、研究として確かめられたものではない。神話と事実は分けて考える必要があるが、なぜそのような話が残ったのかを調べる価値はあるだろう」

 

 あのピンク色のポケモンが頭へ浮かんだ。

 

「人の心に関わるポケモン……」

 

「何か気になることでも?」

 

「いえ。湖で少し不思議なことがあったので。でも、まだ自分でもよく分からないし、今はそのままにしておきたいです」

 

 博士はしばらくボクを見ていたが、無理に聞き出そうとはしなかった。

 

「それなら、話したくなった時に話せばいい。分からないことを、急いで説明できる形へ押し込める必要はないからな」

 

 その返事に頷いてから、ギンガ団へ感じた違和感についても話した。パルデアにはスター団という、同じ印を背負って集まる人たちがいたこと。学校では問題児の集まりと呼ばれていたが、実際に話してみれば、みんなそれぞれの考えや事情を持っていたこと。見た目や周囲の評判だけで決めつけたくないと思っているのに、すれ違った集団には何かが引っかかったことまで伝える。

 

「スター団は、近づきにくく見えても、一人一人が分かりやすかったんです。笑うし、怒るし、好きなことを話す時は止まらなくなる。でも、ギンガ団は全員が揃いすぎていて、誰が誰なのか見えませんでした。だから怪しいと決めたいわけじゃないです。ただ、少し気になっただけで」

 

「違和感を覚えること自体は悪くない。観察は、何かが違うと気づくところから始まる。ただし、その違和感だけを証拠にして、相手を決めつけてはいけない。君はスター団との経験から、そのことをすでに理解しているようだ。ならば今は、感じたことを忘れずに覚えておけばいいだろう」

 

 慈善団体。それが今分かっていることだ。宇宙人みたいだと思ったのも、変な空気を感じたのも、ボクの印象にすぎない。それでも、あの銀色の背中を忘れるつもりはなかった。

 

 話を終えると、博士は研究所へ戻るために立ち上がった。別れ際、改めてムックルから助けてもらった礼を言い、鞄から小さな布袋を取り出す。

 

「これを受け取ってくれ。めざめいしと呼ばれる、特定のポケモンの進化に関わる石だ。今の君の仲間には必要ないだろうが、旅を続けていれば、この石を必要とするポケモンに出会うかもしれない」

 

 布袋を開くと、中には乳白色の石が入っていた。丸みのある表面は朝露を閉じ込めたように淡く輝き、角度を変えると中心に細い光が見える。

 

「綺麗……でも、こんな大事なものを、ムックルを追い払っただけでもらえません。博士の研究に使うものなんでしょう?」

 

「研究用のものはほかにもある。それに、君はムックルを必要以上に傷つけず、状況を見て技の使い方を選んだ。石を持つ資格などというものはないが、必要な時まで預けておく相手として、君なら問題ないと思ったのだ。研究者に眺められ続けるより、いつか役目を果たせる場所へ運ばれる方が、この石にとってもいいだろう」

 

 博士は受け取るまで引くつもりがないらしい。ボクはもう一度石を眺め、布袋の口を閉じた。

 

「……分かりました。今は使えなくても、必要な相手に出会うまで大切に持っておきます」

 

「うむ。それでいい」

 

「でも、石を渡して話を綺麗に終わらせても、ムックルのことは忘れてませんからね。次は本当に周りを見てください」

 

「善処しよう」

 

「やっぱりまたやる気だ」

 

 博士は否定せず、わずかに笑った。

 

 ナナカマド博士と別れ、ボクたちはクロガネシティへ続く道へ入った。ホゲータは朝から歩き続けても元気なまま先頭を進み、ドーはその後ろをいつもの速さでついていく。鞄の中には、出発した時にはなかった白い石がある。後ろにはシンジ湖と、そこへ向かっていった銀色の制服の集団。

 

「ギンガ団、か」

 

「ほげ?」

 

「忘れないように言っただけ。慈善団体なら、それでいい。でも、次に会った時は、もう少しちゃんと見てみようと思って」

 

 ホゲータは分かっているのかいないのか、元気よく頷いた。ドーも一度だけ間延びした声で鳴き、何事もなかったように歩き続ける。

 

 ボクも二匹の後を追い、クロガネへ続く道を進んだ。

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