繋がりの王者   作:宵取与一

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4話

 

 クロガネシティへ着いた頃には、太陽が少し西へ傾いていた。コトブキシティほど建物は高くなく、人の流れも多くはない。それでも町の外れには鉱山と工業地帯が広がり、遠くから重機の音や、金属同士がぶつかる硬い音が途切れず聞こえてくる。作業服を着た人たちの間をゴーリキーが大きな荷物を抱えて歩き、泥のついた靴で店へ入っていく人も珍しくなかった。

 

「ここが、ユアの育った町か」

 

「ほげ?」

 

「知ってる人の故郷。ちょっと変なやつだけどね」

 

「どおぉー」

 

「ドーは実際に会ってるから分かるでしょ。変だったよね」

 

 ドーは何とも言えない声で鳴き、いつもの速さで歩き続けた。本人に聞かれたら否定されそうだけれど、初対面の女の子を男だと思い込み、理由を考えた末に胸へ辿り着く人を、普通とは呼びたくない。

 

 シンジ湖から歩き続けていたので、先に宿を探すつもりだった。それでも、見たことのない町へ着いてすぐ部屋へ入るのはもったいなく感じる。鉱山へ続く道や、黒い石を積んだ荷車を眺めながら通りを歩いていると、近くの店先から聞き覚えのある名前が飛んできた。

 

「ユアくんが旅へ出てから、あの辺りも少し静かになったわね」

 

「ラルトスちゃんも一緒なんでしょう? あの二人、いつも一緒に歩いていたものね」

 

 足が止まった。

 

 ユアという名前だけなら、同じ名前の人がいてもおかしくない。けれど、ラルトスまで一緒なら、ボクの知っているユアで間違いない。

 

「あの、すみません。今話していたユアって、黒い髪で、ラルトスを連れてる子ですか?」

 

 店先で話していた二人の女性がこちらを振り返った。突然、知らない旅人に声をかけられて驚いたようだったが、ボクの隣にいるドーとホゲータを見て、すぐに旅のトレーナーだと分かったらしい。

 

「ええ、そうよ。今は町を出て旅をしているけれど、もしかして知り合い?」

 

「コトブキシティで会いました。少しだけ一緒に過ごして、バトルもしたので」

 

「あら、本当? それならご両親が喜ぶわ。旅へ出てからまだ連絡も少ないみたいで、元気にしているか気にしていたから」

 

「突然家へ行っても大丈夫ですか? 本人に頼まれたわけでもないのに」

 

「大丈夫よ。旅先で知り合った子が来てくれたのに、帰したなんて知ったら、むしろ怒られると思うわ」

 

 二人はそう言って笑い、ユアの家までの道を教えてくれた。歩きながら少し考える。本人に頼まれたわけでもないのに、家族へ会いに行くのは変かもしれない。それでも、同じ町まで来て、すぐ近くに家があると知ったのに何も言わず通り過ぎる方が、あとでユアに知られた時に面倒な気がした。

 

「挨拶だけならいいよね」

 

「ほげっ」

 

「ドーもそう思う?」

 

「どおぉー」

 

「二人とも、たぶん何も考えてないな」

 

 教えられた道を進むと、鉱山や作業場から少し離れた住宅街へ入った。大きな音はまだ聞こえるが、通りには洗濯物が揺れ、家の前では小さなポケモンが日向に寝転がっている。ユアの家は、その中にある特別大きくも派手でもない家だった。

 

 少し迷ってから扉を叩く。

 

「はい」

 

 中から声が聞こえ、少しして一人の女性が扉を開けた。ユアと同じ黒い髪。顔立ちはそこまで似ていないが、こちらを見る時に少し首を傾げる仕草が、なんとなくユアを思い出させた。

 

「こんにちは。突然すみません。ボク、アイっていいます。旅先でユアと会って、この町を歩いていたらたまたま名前が聞こえてきたので……」

 

「ユアの?」

 

 女性の顔がぱっと明るくなる。

 

「もしかして、お友達?」

 

「友達というか……ライバルです」

 

 答えてから、少しだけ言い切りすぎた気がした。まだ一度しか戦っていない。でも、次に会った時も戦うつもりなのは二人とも同じだし、ほかにちょうどいい言い方も思いつかない。

 

「まあ、ライバル。あなた、ユアのお友達……じゃなくて、ライバルの子が来てくれたわよ」

 

「ライバル?」

 

 奥から低い声が返り、背の高い男性が姿を見せた。仕事から戻ったばかりなのか、作業着の袖をまくり、手にはまだ黒い汚れが残っている。ボクとドーたちを順番に見たあと、男性はすぐに扉を大きく開いた。

 

「立ち話もなんだ。入っていきなさい。あいつの旅の話を聞かせてもらえると助かる」

 

「少しだけなら」

 

「少しと言わず、ゆっくりしていって。お腹は空いてない? 旅をしてる子はいつもお腹を空かせてるって、あの子を見てるとよく分かるのよ」

 

「ほげっ!」

 

「ホゲータは空いてるみたいです」

 

「分かりやすくていいわね」

 

 家へ入ると、ホゲータはすぐに台所から漂う匂いへ顔を向け、ドーは玄関の広さを確かめてから、邪魔にならない場所へゆっくり座った。ユアの母親は二匹へ水と木の実を用意し、ボクには温かい飲み物を出してくれる。壁や棚には家族の写真がいくつも並んでいた。幼いユアが父親のガバイトへしがみついている写真、ラルトスと並んで眠っている写真、鉱山を背景に泥だらけで笑っている写真。本人がここにいないのに、家の中にはどこを見てもユアがいた。

 

「それで、ユアは元気にしていた?」

 

 母親が向かいへ座り、少し身を乗り出した。

 

「はい。ラルトスも元気でした。コトブキシティで会って、ポケモンスクールを見たり、バトルをしたりしました」

 

「バトルも?」

 

「まだ勝負は下手でしたけど」

 

 父親と母親が顔を見合わせる。先に笑ったのは父親だった。

 

「そっか。あいつ、負けたんだ」

 

「はい。途中から何をすればいいのか分からなくなってました。でも、ラルトスは最後まで諦めてなかったし、ユアも負けた理由は分かってたと思います」

 

「それなら、いい負け方をしたみたいだな。あいつは負けず嫌いだが、ただ悔しがって終わる子じゃない。しばらく考えて、次は同じ失敗をしないようにするだろう」

 

「はい。だから次はボクが勝ちます」

 

 母親が一度瞬きをし、それから困ったように笑った。

 

「えっと……それは、どちらかと言えばあの子の台詞じゃないかしら」

 

「早い者勝ちです」

 

 一拍遅れて、父親が吹き出した。

 

「なるほど。もうそこまで言い合う仲か」

 

「仲というか、勝負相手です」

 

「そういうことにしておこう」

 

 父親は笑ったまま飲み物へ口をつけ、母親もどこか安心したように目を細めた。二人が何を察したのかは分からない。でも、否定すればするほど面白がられそうなので、それ以上は何も言わなかった。

 

「それから、クチートも一緒でした」

 

 父親の手が止まった。

 

「……クチート?」

 

「はい。ラルトスとは違って少し離れたところにいましたけど、ずっと一緒に行動してました」

 

 母親が不思議そうに父親を見る。父親はすぐには答えず、持っていたカップをゆっくり机へ置いた。

 

「最近、鉱山で姿を見ないと思っていたが……そうか。あいつについて行ったのか」

 

「知ってるんですか?」

 

「ああ。旅へ出る前、鉱山で少し大きな騒ぎがあってね。そのクチートが、重機を何台も壊していた」

 

「重機を?」

 

「ただし、人を傷つけたことは一度もない。作業中の人間を襲うわけでもなく、住処へ近づいていく重機だけを狙って壊していた。最初は理由が分からず、危険なポケモンが暴れていると思った者もいたが、ユアは違った。何か理由があるはずだと言って、ラルトスと一緒に追いかけたんだ」

 

 父親は、机の上へ置いた手をゆっくり組んだ。

 

「クチートが案内した先には、鉱山で暮らすポケモンたちの住処があった。掘削で寝床や巣が壊され、そこまで重機が入り込んでいたんだ。ユアだけではない。現場でクチートとぶつかった作業員も、ゴーリキーと一緒にその場所を見て、ようやく何が起きていたのかを知った。人間は鉱山の奥に住処があることを知らず、クチートたちは何度追い払っても入ってくる人間へ、ほかに伝える方法を持っていなかった」

 

「それで、どうなったんですか?」

 

「境界を決めた。ここから先はポケモンたちの領域。人間は勝手に踏み込まない。その代わり、手前の作業場までは鉱山として使わせてもらう。もし約束を破れば、今度こそ鉱山そのものを閉じる。それをクチートへ伝え、作業員たちにも納得させた立役者がユアだった」

 

「ユアが……」

 

「あいつ一人で全部を解決したわけじゃない。クチートが住処を見せ、作業員も自分たちの非を認め、鉱山のポケモンたちも境界を受け入れた。だが、その間に立って、互いの言い分を繋いだのはユアだ。十歳の子どもに任せるには、随分と重い役目だったがな」

 

 父親の声には誇らしさだけではなく、当時を思い出した心配も少し混ざっていた。

 

「和解したあとも、クチートは鉱山の近くにいた。作業員たちへ近づくことはなかったが、少し離れたところから現場を見ていたよ。私はずっと、境界が守られているか監視しているんだと思っていた。人間がまた約束を破らないか、確かめているんだと」

 

 父親がこちらを見る。

 

「旅では、どんな様子だった?」

 

 ボクはクチートの姿を思い返した。人の多い場所では誰かが近づくたびに視線を向け、話の輪へ入ることはない。それでも、完全に周りを拒んでいるようには見えなかった。

 

「少し離れたところにいることが多かったです。でも、ユアのことはよく見てました。街を歩いている時も、誰かと話している時も、バトルをしている時も。近くへ来るわけじゃないのに、視線だけは何度もユアへ向いてました。本人には言いませんでしたけど」

 

「どうして?」

 

「言っても、たぶん『そうか?』って返すだけだと思ったので」

 

 父親が小さく笑った。

 

「確かに、あいつならそう言いそうだ」

 

 それから少しだけ黙り、窓の外へ目を向ける。何かを思い返すように目を細めたあと、今度は自分へ言い聞かせるような声で続けた。

 

「私は、クチートが鉱山を見ていると思っていた。だが、あの子が見ていたのは、境界だけじゃなかったのかもしれないな。人間が約束を守れるのか。その中でも、ユアという子が本当に信じていい相手なのか。近づかずに、ずっと見ていた。そして、自分から旅について行った」

 

 父親は静かに息を吐いた。

 

「人間を信じたわけじゃない。ユアを信じようと決めたんだろう」

 

「信じようと?」

 

「ああ。全部を預けられるほど、まだ簡単な話ではないはずだ。それでも、鉱山を離れ、自分からついて行くと選んだ。誰より人間を警戒していたあの子が、十歳の子どもへそこまで答えを出した。それだけで十分だ」

 

 父親の表情が、少しだけ厳しくなる。

 

「問題は、ユアの方だな」

 

「ユア?」

 

「あいつは優しい。困っているポケモンを放っておけないし、自分が何とかしなければと思うところもある。だが、守ることと信じることは同じじゃない。クチートがユアを信じようとしているなら、今度はユアが、あの子を一人の仲間として信じられるかだ」

 

 父親はそれ以上説明しなかった。

 

 ユアがクチートを信用していないようには見えなかった。でも、ラルトスへ向ける声と、クチートへ向ける声には、確かに少し違いがあった気がする。何が違うのかは、まだうまく言葉にできなかった。

 

「まあ、それも旅の中で覚えていくことだ。親が先回りして教えるようなことでもない」

 

「ユアには言わないんですか?」

 

「本人が自分で気づかなければ、意味がないだろう」

 

「……シロナさんみたいなこと言いますね」

 

「シロナ?」

 

「あ」

 

 口に出してから、余計なことを言った気がした。

 

「ユア、シロナさんと一緒にハクタイへ向かってます。長い金髪で、神話に詳しくて、ガブリアスを連れてるシロナさんです」

 

「……まさか、チャンピオンの?」

 

「そうです」

 

 今度は両親が揃って黙った。母親がゆっくり父親を見る。父親も同じ顔で見返し、しばらくしてから二人揃ってこちらへ向き直る。

 

「旅に出て、まだそんなに経ってないわよね?」

 

「たぶん」

 

「その間にライバルができて、クチートがついて行って、チャンピオンと旅をしてるのか……?」

 

「そうみたいです」

 

 父親は片手で顔を覆い、母親は驚いているのか笑っているのか分からない顔になった。

 

「あの子、外で何をしてるのかしら……」

 

「元気でしたよ。知らないものを見るたびに立ち止まるし、分からないことがあるとすぐ顔に出るし、変なことも言いますけど、旅は楽しんでるように見えました」

 

 言葉にしてから、自分が思っていたよりユアをよく見ていたことに気づいた。父親と母親も同じことを思ったのか、一瞬だけこちらを見る目が変わる。

 

「そう。楽しんでるのね」

 

「はい」

 

「それなら安心したわ。旅へ出ると決めてからは楽しそうだったけれど、実際に外へ出たらどうなるかは、私たちにも分からなかったから」

 

 そのあと、ボクもパルデアのことや、ドーとホゲータについて話した。遠い地方から来たと知ると、母親は驚きながらも楽しそうに質問し、父親はドーを珍しそうに眺めている。

 

「そのポケモンはドオーだったか?」

 

「ドーです」

 

「いや、ドオーだろ?」

 

「うん、ドーです」

 

 父親が首を傾げる。また同じ顔だ。ユア、ナナカマド博士に続いて三人目。ここまで同じ反応をされると、種明かしをしないこと自体が少し楽しくなってくる。

 

「愛称みたいなものです」

 

「最初からそう言えばいいだろ」

 

「その反応が面白いので」

 

 父親は一瞬黙り、やがて声を上げて笑った。

 

「なるほど。あいつが振り回されるわけだ」

 

「振り回してません」

 

「そういうことにしておこう」

 

 さっきと同じ返しだった。親子というのは、こういうところまで似るのかもしれない。

 

 話しているうちに、窓の外はすっかり暗くなっていた。これから宿を探すと言うと、母親はすぐに首を振り、今夜は泊まっていきなさいと譲らなかった。突然訪ねてきた上に、食事まで出してもらい、部屋まで借りるのは悪い気がしたが、父親にも「今から知らない宿を探すより、その方が安心だ」と言われ、結局その言葉へ甘えることになった。

 

 案内されたのは、ユアが使っていた部屋だった。

 

 本棚。机。窓際の小さな棚。壁にはシンオウの地図が貼られ、机の端には何度も開かれた図鑑が並んでいる。片づけられてはいるが、持ち主がいなくなった部屋には見えなかった。明日にでもユアが帰ってきて、荷物を机へ放り出しそうな空気が残っている。

 

 ホゲータはベッドの横へ丸くなり、ドーは床へ腹をつけて目を閉じた。ボクも荷物を置き、ベッドの端へ腰を下ろす。

 

 ーーユアの育った家。

 

 ーーユアの育った部屋。

 

 ーーユアの寝ていたベッド。

 

 そこにボクがいるというのは、どうにも妙な感覚だった。ライバルの部屋だから緊張しているわけでも、友達の家へ遊びに来た時と同じでもない。机の傷も、本棚に残った空きも、壁へ貼られた地図も、全部ユアがここで過ごしてきた時間の跡だった。

 

 今日一日、父親と母親の話を聞き、この家で一緒に食事をして、ようやく少しだけ分かったことがある。

 

 なるほど。

 

 この家だから。

 

 あの父親と母親だから。

 

 ユアは、あんなふうに育つことができたのだ。

 

 困っているポケモンを放っておけず、知らないものを自分の目で確かめようとして、負ければ悔しがりながらも次を見ようとする。面倒なところも含めて、全部が急に納得できた。

 

 本人へ言えば、きっと「何だそれ」と返される。

 

 だから言わない。

 

 これは、ボクだけが知っていればいい。

 

 窓の外から、鉱山の低い音が微かに聞こえていた。ホゲータの寝息と、ドーの間延びした呼吸が重なり、知らないはずの部屋なのに、不思議と落ち着く。

 

「……おやすみ、ユア」

 

 誰もいない部屋へ小さく呟き、ボクは明かりを消した。





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