繋がりの王者   作:宵取与一

69 / 84
エピローグというか、今回の締め

翌朝、階下から漂ってきた料理の匂いで目を覚ました。知らない部屋で眠ったはずなのに、起きた瞬間にどこにいるのか迷うことはなかった。壁に貼られたシンオウの地図と、机の端に並んだ使い込まれた図鑑が、ここはユアの部屋だと思い出させてくれる。床ではドーが大きな体を丸め、ホゲータはベッドの横で毛布へ鼻先を埋めていた。

 

「朝だよ。二人とも起きて」

 

「どおぉー……」

 

「ほげぇ……」

 

「返事だけは揃うんだね」

 

 身支度と荷物の整理を済ませ、二匹を連れて居間へ下りると、ユアの両親はすでに朝食を用意していた。母親が食卓へ皿を並べ、父親は作業着の袖をまくりながら飲み物へ口をつけている。ホゲータは料理を見つけた途端に眠気を忘れ、昨日と同じ場所へ急いで座った。

 

「よく眠れた?」

 

「はい。急に泊めてもらったのに、ありがとうございました」

 

「気にしなくていいのよ。ユアに、こんなに優しい男友達ができたと分かって、私も安心したわ」

 

 パンへ伸ばしていた手が止まった。

 

「……男友達?」

 

「え?」

 

 母親の手も止まる。父親がカップを置き、二人揃ってこちらを見た。

 

「ボク、女ですけど」

 

 短い沈黙が食卓へ落ちた。母親はボクの顔、短い髪、制服のズボンを順番に見たあと、慌てて口元へ手を当てる。

 

「ご、ごめんなさい。ずっと男の子だとばかり……」

 

「よく間違われるので、別に気にしてません」

 

「だが、昨夜は女の子をユアの部屋へ泊めたことになるな。すまない。最初から分かっていれば、別の部屋を用意したんだが」

 

 父親が真面目な顔で頭を下げる。

 

「本人はいませんでしたし、寝ただけなので本当に大丈夫です」

 

「言っていることは正しいんだが、少し返事に困る言い方だな……」

 

「どう言えばよかったんですか?」

 

「いや、そのままでいい。こちらが勝手に勘違いしたんだ」

 

 父親は困ったように眉を寄せ、母親も申し訳なさそうに何度も謝った。本当に慣れているので気にしていないと説明すると、二人もようやく少し表情を緩める。

 

「ユアにも、最初は男の子だと思われました」

 

「ユアも?」

 

「はい。声も服も髪も男に見えるって悩んだ末に、胸を見て男の子だと思ったらしいです」

 

 今度はさっきより長い沈黙が落ちた。

 

「……胸を見て?」

 

「胸が小さいから男だと思ったみたいです。初対面でそんなことを言われて腹が立ったので、勝負でボコボコにして謝らせました。それから話してるうちに、なんとなく仲良くなりました」

 

 父親は片手で目元を押さえ、母親は笑っていいのか怒るべきなのか決められない顔をしている。

 

「帰ってきたら、一度きちんと話をしよう」

 

「そうね。女の子へ言っていいことと悪いことを、もう一度教えないと……」

 

「もう謝ってもらったので大丈夫ですよ」

 

「それでも親として聞き流すわけにはいかないのよ」

 

 ユアが帰ってきた時に何を言われるのか少しだけ気になったが、原因を作ったのは本人なので黙っておくことにした。朝食を終え、旅支度を整える頃には、父親も仕事へ出る準備を済ませていた。

 

「私はこれから鉱山へ行く。ヨスガへ向かう前に、少し寄っていくか?」

 

「鉱山へ?」

 

「ああ。ユアが作り上げたものを見ていくか?」

 

 昨日聞いたクチートとの話が浮かんだ。境界を作り、人とポケモンの間を繋いだ場所。断る理由はなかった。

 

「見たいです」

 

「なら一緒に行こう。仕事へ入れば長くは案内できないが、見るだけなら問題はないだろう」

 

 母親へ礼を言い、持たせてもらった食べ物を鞄へしまって家を出る。朝のクロガネはすでに動き始めており、鉱山へ向かう作業員やポケモンたちが同じ方向へ歩いていた。父親はすれ違う人たちへ短く声を掛けながら進み、町の端を越えて坑道の入口へ入っていく。

 

 入口で渡されたヘルメットを被ってから中へ進むにつれて、機械の音や作業員の声が大きくなった。けれど、昨日の話から想像していたような、人間だけが鉱石を掘る場所ではなかった。作業員とゴーリキーが並んで大きな資材を運び、その近くでは野生のイシツブテが砕かれた石を転がしている。別の場所ではワンリキーが落ちた道具を拾って作業員へ渡し、受け取った人間が当たり前のように礼を言っていた。命令されて動いている様子はなく、手伝いを終えれば好きな場所へ戻り、疲れれば壁際へ座り込む。

 

「……あのポケモンたち、誰かの手持ちじゃないんですよね」

 

「ああ。鉱山で暮らしている野生のポケモンだ。仕事を手伝えば食べ物を分けてもらえると覚えた子もいれば、単純に人間と一緒に体を動かすのが好きな子もいる。無理に働かせることはないし、向こうも嫌なら来ない」

 

 父親は足を止め、人間とポケモンが行き交う坑道を見渡した。

 

「境界を決めた時には、互いに踏み込まないことだけが目的だった。人間は住処を壊さず、ポケモンたちは作業場を荒らさない。それだけ守れれば十分だと思っていたんだ。だが、約束が続くうちに、少しずつこうなった」

 

「これが、ユアが作ったもの?」

 

「あいつ一人だけで作ったわけじゃない。作業員も、鉱山のポケモンたちも、自分たちで関係を変えてきた。ただ、その始まりを作ったのはユアだ。あいつが間へ入らなければ、今も互いを危険な相手だと思ったままだったかもしれない」

 

 ユアと戦った時の姿を思い返す。途中から何をすればいいのか分からなくなり、迷いがそのまま指示へ出ていた。勝負だけを見れば、まだ経験の浅いトレーナーだった。

 

 でも、ここにあるものは、バトルの上手さだけでは作れない。

 

「……すごいんですね、ユア」

 

「本人へ言えば、たぶん大したことはしていないと言うだろうな」

 

「言いそう」

 

「そこは親の私より分かっているみたいだな」

 

 父親が小さく笑った。その時、足元へ柔らかなものが触れた。見下ろすと、一匹のイワンコがボクの靴へ鼻先を寄せ、匂いを確かめるように何度も動かしている。

 

「……なに?」

 

「ワンッ」

 

 しゃがんで手を差し出すと、イワンコは警戒するどころか、自分から手のひらへ頭を押しつけた。尻尾は忙しなく左右へ揺れ、撫でるたびにさらに勢いが増していく。

 

「珍しいな」

 

 後ろから声がした。振り返ると、一人の作業員がゴーリキーを連れて歩いてくる。父親が、クチートの件で一緒に住処まで行った作業員だと教えてくれた。

 

「そいつ、作業員にもあまり懐かねぇんだ。餌はもらいに来るくせに、触ろうとするとすぐ逃げる。ユアが来た時だけは、よく後ろをついて歩いてたんだが」

 

「ユアを知ってるんですか?」

 

「知ってるも何も、あいつには随分世話になった。俺とゴーリキーがクチートを怒らせた時、間へ入ったのもユアだ」

 

 作業員の隣にいるゴーリキーは、ボクを見たあと、足元のイワンコへ視線を落とした。あの時クチートの怒りを正面から受けたポケモンなのだと思うと、昨日父親から聞いた話が急に近く感じられる。

 

「この子は旅先でユアと知り合ったそうだ」

 

 父親がそう説明すると、作業員がこちらを見る。

 

「友達か?」

 

 少しだけ考えたが、答えは決まっていた。

 

「ライバルです」

 

 作業員はすぐには何も言わなかった。ボクの顔を見たあと、もう一度イワンコへ目を向ける。

 

「ライバル、ねぇ」

 

「それから、クチートもユアと一緒に旅をしているそうだ」

 

 父親の言葉に、作業員の表情が止まった。

 

「……っ、あいつが……ユアと?」

 

「ああ。この子が一緒にいるところを見ている」

 

 作業員は目を見開いたまま、しばらく黙っていた。ゴーリキーも小さく声を漏らし、何かを思い出すように腕へ力を入れている。

 

「クチートは、どんな様子だった?」

 

「人が多い場所では警戒してました。ユアの近くへ行くことも少なかったです。でも、ずっとユアを見てました。街を歩いてる時も、誰かと話してる時も、バトルしてる時も。自分からついて行ったって聞いても、ボクはあまり驚かないです」

 

 作業員はゆっくり息を吐き、坑道の奥へ目を向けた。

 

「そうか……あのクチートが、自分からな」

 

 心配が消えたわけではないようだった。それでも、口元には少しだけ笑みが浮かんでいる。

 

「あいつの怒りは、俺とゴーリキーが一番近くで見た。住処を壊されて、それでも人間には手を出さず、重機だけを壊してた。怖かったよ。けど、筋は通してた。そんなクチートが鉱山を離れてまでユアについて行く気になったなら、あのガキは俺たちが思ってた以上に大したやつだったんだろうな」

 

 作業員の視線が、今度はボクへ向く。

 

「そのユアを、迷わずライバルだと言えるのか」

 

「はい」

 

「友達じゃなく?」

 

「友達かどうかは分かりません。でも、ライバルです。次に会ったら、また戦いたいと思ってます」

 

 作業員は少し目を細め、それから声を上げて笑った。

 

「なるほど。あのガキを相手に、そんな真っ直ぐ言い張れるなら、お前も相当なんだろうな」

 

「言い張ってるわけじゃないです」

 

「そこを言い返すあたりも含めてだよ」

 

 作業員はしゃがみ込み、まだボクの足元から離れないイワンコの頭を撫でた。

 

「ユア以外にこいつが自分から近づくのも、初めて見た。人を見る目は、俺よりこいつの方が確かかもしれねぇな」

 

「ワンッ」

 

「お前、この子と行きたいのか?」

 

 イワンコは迷う様子もなく、ボクの脚へ体を寄せた。ホゲータも興味津々で近づき、鼻先同士を触れ合わせる。ドーは少し離れた場所に座り、いつもの眠そうな目で眺めていた。

 

 作業員はイワンコの背中をゆっくり撫でたあと、こちらへ顔を上げる。

 

「連れて行ってやってくれないか」

 

「ボクが?」

 

「ああ。こいつは鉱山で生まれて、ここしか知らない。俺たちと一緒にいても困りはしないが、自分から旅人を選んだなら、止める理由もねぇ。あのクチートがついて行くほどのユアをライバルだと言えるトレーナーなら、任せても大丈夫だと思う」

 

「でも、今会ったばかりですよ」

 

「だから、俺の判断だけなら頼まねぇよ。こいつが先に選んだ。それに、お前はユアがどんなやつか分かった上で、同じところへ立とうとしてる。なら、信用してみてもいい」

 

 足元のイワンコを見る。

 

 大きな目はまっすぐこちらへ向けられ、迷いは見えなかった。ドーやホゲータへ目を向けても嫌がる様子はなく、すでに一緒に歩くつもりでいるようにさえ見える。

 

「旅は楽しいことばかりじゃないよ。湖で野宿することもあるし、たくさん歩くし、ボクもまだ知らないことが多い。それでも来たい?」

 

「ワンッ!」

 

「……そっか」

 

 鞄から空のモンスターボールを取り出し、イワンコの前へ差し出す。

 

「じゃあ、これからよろしく」

 

 イワンコは嬉しそうに一度鳴き、自分からボールへ鼻先を触れた。赤い光に包まれた小さな体が中へ入り、ボールが手のひらで一度、二度と揺れる。やがて小さな音を立てて止まった。

 

「仲間が増えたね」

 

「ほげっ!」

 

「どおぉー」

 

 ホゲータはすぐにボールの周りを跳ね、ドーも返事をするように鳴いた。作業員は立ち上がり、どこか寂しそうにしながらも笑っている。

 

「たまには顔を見せに来いって、あいつに伝えといてくれ」

 

「イワンコにですか?」

 

「ユアにもだよ」

 

「会ったら言っておきます」

 

 父親はここから仕事へ戻るため、坑道の途中で別れることになった。もう少し鉱山を見てから町を出ると伝えると、ヨスガまでの道と危険な場所を簡単に教えてくれる。

 

「アイ」

 

「はい」

 

「ユアに会ったら、元気だったと伝えてくれ。それだけでいい」

 

「クチートのことは?」

 

「言わなくていい。あいつ自身が気づくべきことだからな」

 

「分かりました」

 

 父親と作業員が仕事へ戻ったあと、ボクはドーとホゲータを連れて、もう少しだけ鉱山の中を歩いた。人とポケモンが声を掛け合い、互いの邪魔にならないよう道を譲り、同じ場所で働いている。その始まりにユアがいたことを知ると、一つ一つの光景が少し違って見えた。

 

「キミ、思ってたよりすごいことしてたんだね」

 

 もちろん本人はいないので、返事はない。

 

「でも、本人には言わないけど」

 

「ほげ?」

 

「調子に乗ったら困るから」

 

「どおぉー」

 

「ドーもそう思うでしょ?」

 

 ドーの返事を勝手に賛成として受け取り、ボクたちは鉱山を出た。

 

 クロガネシティを離れる前に、新しく仲間になったイワンコをボールから出す。初めて見る町の外へ踏み出したイワンコは、少しだけ足を止めて後ろを振り返った。遠くには鉱山の入口が見え、作業の音が風に乗って届いている。

 

「戻りたい?」

 

「ワン」

 

 イワンコは首を振ると、今度は前へ顔を向けた。

 

「次はヨスガシティ。ボクも行ったことがないから、どんな場所かは分からないよ」

 

「ワンッ!」

 

「ほげっ!」

 

「どおぉー」

 

「みんな返事が早いね」

 

 ホゲータが先頭へ飛び出し、イワンコも負けないようにその隣へ並ぶ。ドーだけは変わらない速さで二匹の後を追い、ボクも鞄を背負い直して歩き始めた。

 

 三匹になった足音が、ヨスガシティへ続く道へ響いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。