繋がりの王者   作:宵取与一

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4話

ムウマージがフィールドへ降り立つと、昨日コンテストで見た時とは違う空気が広がった。青紫の炎をまとい、メリッサと楽しそうに舞っていた姿は変わらない。それでも今は、観客へ向けていた笑みをクチートへ向け、細められた目は大顎の動きも足の位置も見落とさない。

 

「クチート、まだいけるか?」

 

 クチートはゴースの舌が触れた左腕を一度振り、床へ大顎を打ちつけた。

 

 ガチン。

 

「分かった。ただし無理はするなよ。危ないと思ったら、俺が戻すからな」

 

 クチートは返事をせず、ムウマージへ大顎を向け直した。まだ戦えることを、言葉より分かりやすく示している。

 

「ゴースとのダンスで、ずいぶん疲れているようだけれど、本当に交代しなくていいのかしら?」

 

「こいつがまだ戦うって言ってます。それに、俺もクチートなら届くと思ってる」

 

「あら、素敵ね。パートナーを信じられることは、強い技を覚えるより大切かもしれないわ」

 

 メリッサが片手を掲げると、ムウマージの前へ黒い球体が生まれた。

 

「ムウマージ、“シャドーボール”!」

 

「横へ!」

 

 クチートが床を蹴り、放たれた球体の外側へ回り込む。シャドーボールは背後で弾けたが、足を止めず、そのままムウマージとの距離を詰めた。

 

「“かみつく”!」

 

 大顎が横から閉じる。ムウマージはわずかに浮き、牙の間を抜けようとした。

 

「閉じ切るな、引っかけろ!」

 

 クチートが首をひねる。閉じかけた牙の先がムウマージの裾を捉え、浮かんでいた体を崩した。

 

「そのまま床へ!」

 

 大顎が振り下ろされる。ムウマージは体を霧のように揺らし、床へ叩きつけられる直前で牙から抜けた。重い音だけが響き、クチートの大顎が床を砕く。

 

「いい判断よ。でも、捕まえるだけでは終わらないわ。ムウマージ、“あやしいひかり”!」

 

 淡い光の球がクチートを囲む。

 

「目を閉じろ! 俺の声だけ聞け!」

 

 クチートが瞼を伏せる。光は左右から回り込み、視界へ入り込もうと動き続ける。

 

「右へ二歩。止まって、後ろ!」

 

 俺の声に合わせてクチートが進む。二歩目で足を止め、体ごと後ろへ向き直る。

 

「“おどろかす”!」

 

 ガチン!

 

 開いた大顎が空気を震わせ、背後へ現れたムウマージの体が一瞬強張った。行ける。ナタネから学んだ事が、今生きてる!

 

「今だ、“かみつく”!」

 

 クチートが飛び込み、大顎でムウマージを挟み込む。紫色の体へ牙が食い込み、ムウマージが甲高い声を上げた。

 

「離すな!」

 

「ムウマージ、落ち着いて。“マジカルフレイム”!」

 

 その技名を聞いた瞬間、昨日の舞台が頭へ浮かんだ。ムウマージの周囲を飾り、進む道を照らしていた青紫の炎。同じ炎が、今はクチートの大顎の内側で生まれた。

 

「クチート、離れろ!」

 

 大顎が開くより早く、炎が弾けた。

 

 青紫の光がクチートを包み、焼ける音と一緒に大きく膨らむ。クチートはムウマージを放して床へ転がり、炎の外へ逃れたものの、片膝をついたまま動かなかった。服の端から細い煙が上がり、開かれた大顎も小さく震えている。

 

「クチート!」

 

 呼びかけると、クチートは片腕を床へつき、ゆっくり立ち上がった。ムウマージへ向けた牙はまだ閉じていない。それでも右脚に力が入らず、一歩踏み出しただけで体が傾いた。

 

「もういい、戻ってこい」

 

 クチートが俺を見る。

 

「ゴースを倒して、ムウマージにも届いた。十分だ。あとは俺たちに任せろ」

 

 クチートはすぐには頷かなかった。ムウマージを睨んだまま、大顎を一度だけ閉じる。

 

 ガチッ。

 

 いつもより小さな音だった。

 

「ありがとう」

 

 ボールを向けると、クチートはようやく力を抜き、赤い光へ包まれた。

 

「クチート、戦闘不能!」

 

 審判の声が響く。手の中へ戻ったボールは熱を持ち、表面へ指を置くと、内側から短い音が返ってきた。

 

 ガチッ。

 

「ちゃんと見てろよ。三人で戦うんだからな」

 

 腰へボールを戻し、ラルトスを見る。呼ぶ前から、ラルトスは前へ出ていた。倒れたクチートがいた場所を見つめ、そこからムウマージへ視線を移す。昨日コンテストで笑っていた相手が、今は正面へ浮かんでいる。

 

「いけるか?」

 

『……うん』

 

「怖くない?」

 

 ラルトスは少しだけ黙り、ムウマージを見上げた。

 

『……こわい。でも、たたかいたい』

 

「分かった。一緒にいこう」

 

『……うん』

 

 ラルトスがフィールドの中央へ進む。メリッサはムウマージの様子を確かめながら、楽しそうに目を細めた。

 

「昨日よりいい目になったわ。でも、この子は簡単には踊らせてくれないわよ。ムウマージ、“シャドーボール”!」

 

 三つの黒い球体が現れる。

 

「全部止めるな! 一つだけ“ねんりき”で逸らせ!」

 

 ラルトスの目が淡く光る。右端のシャドーボールが軌道を変え、中央の球体へぶつかった。二つが空中で弾け、残った一つだけが正面から迫る。

 

「左へ!」

 

 ラルトスが跳ぶ。球体は足元をかすめ、床で弾けた黒い波に押されて体勢を崩す。

 

「そのまま“チャームボイス”!」

 

 ラルトスの声がフィールドへ広がり、音の波がムウマージの体を後ろへ押した。

 

「届いた!」

 

「ええ。でも浅いわ。“あやしいひかり”!」

 

 ムウマージの宝石が赤く光り、淡い光の球がラルトスを囲む。

 

「俺を見ろ!」

 

 ラルトスが振り返る。

 

「前へ三歩。二歩目で右、そのあとテレポート!」

 

 俺の声に合わせて走り出し、二歩目で方向を変える。光が追ってきた瞬間、ラルトスの姿が消え、ムウマージの背後へ現れた。

 

「“ねんりき”で叩き落とせ!」

 

 淡い光がムウマージを包む。ラルトスが両手を振り下ろすが、紫色の体は空中でわずかに揺れただけだった。

 

「その力では足りないわ。“マジカルフレイム”!」

 

 青紫の炎がムウマージの周囲から噴き上がり、ねんりきの光を押し返す。

 

「離れろ!」

 

 ラルトスが目を閉じる。テレポートするより先に炎が足元へ届き、小さな体を弾き飛ばした。

 

「ラルトス!」

 

 床を何度も転がり、うつ伏せのまま止まる。しばらく動かなかった。やがて小さな手が床を掴み、震える腕で体を起こす。

 

『……まだ』

 

「無理するな。きつかったら戻っていい」

 

『……だいじょうぶ』

 

 その言葉に、前の日までの硬さが混じっていた。大丈夫だから戦えるのではない。大丈夫でなければならないと、自分へ言い聞かせている声だった。

 

「ラルトス、俺を見ろ」

 

 ラルトスはムウマージから目を離さない。

 

「ラルトス!」

 

 強く呼ぶと、ようやくこちらを見た。

 

「また一人で勝とうとしてるだろ」

 

『……でも、クチートが』

 

「クチートが繋いでくれた。だから俺たちが続く。でも、全部お前が背負うって意味じゃない」

 

『……わかってる』

 

「本当に?」

 

 ラルトスの口が止まる。メリッサは攻撃を急がず、俺たちを見ていた。ムウマージもいつでも技を放てる位置へ浮かんだまま、ラルトスが顔を上げるのを待っている。

 

『……かちたい』

 

「俺もだ」

 

『クチートの、ぶんも』

 

「それも同じ。でもここにいるのはお前だけじゃない。俺がいる。クチートもボールの中で見てる」

 

 腰のボールから、小さな音が響いた。

 

 ガチッ。

 

 ラルトスの耳が動く。

 

「聞こえたろ?」

 

『……うん』

 

「三人で戦おう。昨日、そう決めただろ」

 

 ラルトスは目を閉じた。

 

 テンガン山の冷たい岩肌。

 

 まだ小さかった俺の前へ立ち、コドラを見上げた背中。

 

 クロガネの家で、初めて同じ食卓を囲んだ夜。

 

アイに負けて、悔しかった初めてのバトル。

 

 ソノオの花畑で頭へ乗せた花冠。

 

 少し離れた場所から俺たちを見ていたクチート。

 

 雨の洋館。

 

 隣に座ったクチートが差し出した、半分の木の実。

 

【強くなるなら、一緒だろ?】

 

 ラルトスが目を開く。

 

 俺を見る。

 

『……ユア』

 

「いるよ」

 

『クチートも』

 

「いる」

 

『わたし、ひとりじゃない』

 

「ああ」

 

 呼吸がゆっくり整っていく。傷が消えたわけでも、ムウマージとの差がなくなったわけでもない。それでも、握りしめられていた指が開き、肩から余計な力が抜けた。

 

「ようやく、ワタシたちを見てくれたわね。なら続きを始めましょう。ムウマージ、“シャドーボール”!」

 

「ラルトス、“ねんりき”!」

 

 飛んできた球体を正面から止めず、横へ力を加える。シャドーボールは肩のすぐそばを通り、背後で弾けた。

 

「前へ!」

 

 ラルトスが走る。

 

「“マジカルフレイム”!」

 

 炎が扇状に広がる。

 

「全部避けようとするな! 隙間を見ろ!」

 

 揺れる火柱の間へ飛び込み、服の端を熱に焦がされながらも足を止めない。

 

「“チャームボイス”!」

 

 至近距離から放たれた声がムウマージを揺らす。今度は浅くない。紫色の体が大きく後退し、笑みが消えた。

 

「いいわ! もう一度“マジカルフレイム”!」

 

 ムウマージが上昇し、頭上から炎を降らせる。

 

「テレポート!」

 

 ラルトスの姿が消えた。ムウマージが背後を振り返る。だがそこにはいない。

 

「ムウマージ!下よ!」

 

 ラルトスは真下へ現れ、両手を上へ向けていた。

 

「“ねんりき”!」

 

 淡い光がムウマージを包み、天井へ押し上げる。ムウマージが右へ体を傾け、力から抜けようとする。

 

「ムウマージの力に逆らうな!右へ投げろ!」

 

 ラルトスが腕を振り、ムウマージを壁際へ放る。完全には叩きつけられなかったが、紫色の体が空中で何度も回り、壁の手前でようやく止まった。

 

「届いてるぞ!」

 

『……うん』

 

 ラルトスが俺を見る。次にどう動けば一緒に届くのか。それだけを待っている目だった。

 

「ムウマージ、決めるわよ。“シャドーボール”!」

 

 これまでより大きな球体が一つ生まれ、周囲の光まで吸い込むように膨らんでいく。

 

「横へ!」

 

 放たれた瞬間、ラルトスが跳ぶ。しかしシャドーボールも曲がってラルトスを追ってきた。

 

「追ってくるのか!」

 

「同じ技でも、踊り方は一つではないわ!」

 

 黒い球体が背後へ迫る。

 

「俺の方へ走れ!」

 

 ラルトスがこちらへ向かってくる。距離が縮まり、シャドーボールがすぐ後ろまで迫った。

 

「今、しゃがめ!」

 

 ラルトスが床へ身を沈める。球体は頭上を通り、その先へ浮かぶムウマージへ向かった。

 

「ムウマージ、上へ!」

 

 自分の技をかわすため、ムウマージが浮き上がる。

 

「“チャームボイス”!」

 

 ラルトスの声が正面から届き、避ける途中だったムウマージを空中から叩き落とした。

 

「やった!」

 

 ラルトスが息を弾ませ、こちらを見る。ほんの少しだけ、口元が緩む。その直後、床へ落ちたムウマージの目が開いた。

 

「まだ終わっていないわ。“マジカルフレイム”!」

 

「ラルトス!」

 

 間近で炎が弾け、小さな体が青紫の光へ呑み込まれた。床へ落ちる音が響く。ラルトスはうつ伏せのまま動かなかった。

 

「ラルトス、聞こえるか! もういい、戻れ!」

 

 ボールへ手を伸ばす。ラルトスの指が動いた。床を押し、震える腕で体を起こそうとする。何度も肘が崩れ、そのたびにもう一度力を入れた。

 

『……まだ』

 

「倒れるまで戦えって意味じゃないぞ」

 

『……わかってる』

 

 膝をつき、それでも俺を見上げる。

 

『いっしょに、たたかうって、いった』

 

「言った。でも戻ることだって一緒に決められる」

 

『わたし、かちたい』

 

「俺も勝ちたい」

 

『ユアと』

 

「ああ」

 

『クチートと』

 

 腰のボールが小さく揺れる。

 

『みんなで』

 

「うん」

 

 ラルトスが床へ手をつき、もう一度立ち上がろうとする。足に力が入らず体が傾いても、目は閉じなかった。俺を見て、クチートのボールを見て、ムウマージを見た。その時、体から、淡い光が漏れた。

 

「……ラルトス?」

 

 ムウマージの技が残っているのかと思った。

 

 違う。

 

 光は体の内側から生まれ、白く、強く広がっていく。小さかった輪郭が光の中で伸び、細い腕と脚が形を変える。頭を覆っていた緑色の部分は短く整い、腰の周りへ広がった白い体が、舞台衣装のように揺れた。

 

 メリッサも指示を止め、目を見開いている。ムウマージは攻撃せず、光の中心を見つめていた。やがて光が薄れ、その場所に立っていたのは、もうラルトスではなかった。

 

 伸びた体。

 

 白い脚。

 

 緑色の髪の隙間から覗く赤い角。

 

 炎の跡は残っている。それでも、さっきまで床へ手をつかなければ立てなかった足が、今はまっすぐ体を支えていた。

 

「ラルトス……なのか?」

 

 その子が振り返る。

 

 テンガン山を越えてから一度も見せなかった表情が、目の前で大きくほどけた。

 

『ユア!』

 

 頭の奥へ届いた声は、今までよりずっとはっきりしている。短い言葉を探し、途切れながら話していた声ではなかった。

 

『私、強くなった!!』

 

 ラルトスから進化したキルリアは嬉しそうに一度回った。腰の白い部分が軽く広がり、コンテストで見たポケモンたちの衣装のように揺れる。

 

 腰のボールから、大顎の音が響いた。

 

 ガチン!

 

 キルリアがそちらへ顔を向ける。

 

『クチート! 私、進化したよ!』

 

 ボールがもう一度小さく揺れた。

 

 ガチッ。

 

「話し方まで変わってないか?」

 

『そう?』

 

「そうだよ。急にいっぱい喋るじゃん」

 

『だって、言いたいことがいっぱいあるから!』

 

 キルリアはもう一度笑い、ムウマージへ向き直った。進化したから傷が消えたわけではない。呼吸はまだ荒く、体には炎の跡も残っている。それでも、立ち姿はさっきまでとは違う。一人で勝つためではなく、俺たちと一緒に戦うために前を向いている。

 

「メルヴェイユ。とても素敵な進化ね。ようやく本当の笑顔を見せてくれたわ」

 

『うん! 今は楽しい!』

 

「それなら、ダンスを続けましょう。ムウマージも、まだ踊り足りないようだから」

 

 ムウマージが浮かび上がり、帽子の影から笑みを覗かせる。

 

「キルリア、まだいけるか?」

 

 名前を呼ぶと、キルリアが勢いよく振り返った。

 

『いける! ユア、一緒に勝とう!』

 

「ああ!」

 

「ムウマージ、“シャドーボール”!」

 

 黒い球体が放たれる。

 

「キルリア、“ねんりき”!」

 

 淡い光がシャドーボールを包み、正面から受け止めた。進化する前なら押し返されていた球体が、今は空中で止まり、震えている。

 

『前より、ずっと見える!』

 

「なら返せ!」

 

『うん!』

 

 キルリアが腕を振る。シャドーボールの軌道が大きく変わり、ムウマージのすぐ背後で弾けた。黒い風に体を揺らされ、ムウマージがわずかに高度を落とす。

 

「“マジカルフレイム”!」

 

 青紫の炎が広がる。

 

「テレポート!」

 

 キルリアの姿が消え、炎が空を切った。次の瞬間にはムウマージの横へ現れ、両手の間に淡い紫色の光を集めている。

 

『ユア、これ……新しい技!』

 

 光は丸い塊となり、その周囲へ細かな粒がいくつも生まれた。ねんりきともチャームボイスとも違う。目に見えない力が、確かな形を持って集まっている。

 

「いけ、キルリア!」

 

『サイコショック!!』

 

 紫色の光が放たれ、無数の衝撃がムウマージへ殺到した。防ごうと広げた腕の外側で弾けず、その奥まで突き抜けるように一撃ずつ体を打つ。

 

 ムウマージが大きく吹き飛び、フィールドの端へ落ちた。何度か床を滑り、帽子の先を震わせながら顔を上げる。

 

 まだ倒れてはいない。

 

 キルリアも肩で息をしながら、俺の隣へテレポートで戻ってきた。

 

『届いた!』

 

「ああ、ちゃんと届いた!」

 

 キルリアはムウマージから目を離さない。それでも、口元には笑みが残っている。

 

「素晴らしいわ。では、ここからがフィナーレね」

 

 ムウマージが再び浮かび上がる。赤い宝石が強く光り、周囲へ青紫の炎と黒い球体が同時に生まれた。キルリアの両手にも、もう一度紫色の光が集まり始める。

 

『ユア!』

 

「分かってる。最後まで一緒だ!」

 

 ムウマージの炎が渦を巻き、シャドーボールがその中心へ重なる。キルリアのサイコショックも、さっきより大きく膨らんでいく。

 

 どちらが先に届くか。

 

 これで、勝負が決まる。

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