ムウマージの周囲で青紫の炎が渦を巻き、その中心へ黒い球体が重なっていく。コンテストでは互いを引き立てていた二つの技が、今は一つの大きな攻撃へ形を変えようとしていた。向かいではキルリアも両手を前へ伸ばし、淡い紫色の光を集めている。進化したばかりの体には炎の跡が残り、肩も大きく上下していたが、俺を見る赤い目には迷いがなかった。
『ユア!』
「分かってる。最後まで一緒だ!」
メリッサの腕が振り下ろされる。
「ムウマージ、“シャドーボール”と“マジカルフレイム”!」
黒い球体を包んだ青紫の炎が、螺旋を描きながら放たれた。正面からぶつかれば押し切られる。キルリアのサイコショックはムウマージへ届いたものの、まだ一撃で倒せるほどの力はない。それでも、今の俺たちには一人で全部を止める必要がなかった。
「キルリア、正面へ撃つな。炎の外側を狙え!」
『うん!』
キルリアが両腕を開くと、集まっていた紫色の光がいくつもの小さな塊へ分かれた。
『サイコショック!』
光弾はムウマージではなく、迫る炎の周囲へ次々と突き刺さった。外側から衝撃を受けた炎が揺れ、シャドーボールを包んでいた形が崩れていく。
「今だ、“ねんりき”でシャドーボールだけ逸らせ!」
キルリアの目が光る。炎の中から露出した黒い球体が横へ引かれ、俺たちの脇を抜けて壁へ衝突した。残った炎は勢いを失いながらも正面へ広がり、キルリアの体を包もうと迫る。
「テレポート!」
白い姿が消え、青紫の炎だけが空を呑み込んだ。ムウマージがすぐに周囲を見回す。背後、上空、左右。だけどキルリアはどこにもいない。
「キルリア、下からだ!」
ムウマージの真下に淡い光が生まれた。キルリアは床へ片膝をついたまま、両手を頭上へ向けている。テレポートで移動した直後にもかかわらず、その手の間にはすでに新しい光が集まっていた。
『いくよ、ユア!』
「ああ、決めろ!」
『サイコショック!!』
紫色の衝撃が真下から噴き上がる。ムウマージは避けようと身を翻したが、先ほど自分の技をかわすために高度を下げていた。細かな光弾が体を包み、一発ごとに空中で押し上げていく。
「ムウマージ、耐えて!」
メリッサの声に応えようと、ムウマージが目を開く。赤い宝石が光り、もう一度炎を生み出そうとした。
「まだ終わってない! そのまま“ねんりき”!」
キルリアが腕を振り上げる。サイコショックに押し上げられていたムウマージの体が淡い光へ包まれ、天井近くまで持ち上がった。
『これで……終わり!』
キルリアが両手を振り下ろすとムウマージはフィールドの中央へ落ち、床へ紫色の体を打ちつけた。衝撃で帽子のような頭部が揺れ、周囲へ残っていた炎が小さな火の粉となって消えていく。キルリアも立っていられず、片手を床へついた。それでもムウマージから目を離さず、俺と同じように次の動きを待っている。数秒の沈黙のあと、ムウマージは腕を動かそうとした。けれど体は持ち上がらず、力が抜けたように床へ戻る。
「ムウマージ、戦闘不能! よって勝者、挑戦者ユア!」
審判の声が響いた。
「……勝った?」
口に出しても、すぐには実感が追いつかなかった。
キルリアがこちらを振り返る。赤い目が大きく開き、次の瞬間には、テンガン山を越えてから失われていた笑顔がさらに明るく広がった。
『ユア、勝ったよ! 私たち、みんなで勝った!!』
「ああ!」
駆け寄ってきたキルリアを受け止める。進化して少し大きくなった体は、ラルトスだった時より腕の中へ収まりにくい。それでもキルリアは構わず抱きつき、何度も同じ言葉を繰り返した。
『勝った! クチートも一緒に、みんなで!』
「分かった、分かったって。クチートにも聞こえてるよ」
腰のボールから、大顎の音が返ってくる。
ガチン!
キルリアは俺の腕の中からボールへ顔を向けた。
『クチート、ありがとう! ゴースを倒してくれたから勝てたよ!』
ボールが一度だけ揺れ、今度は少し控えめな音が鳴った。
ガチッ。
「照れてるのか?」
もう一度ボールが鳴った。さっきより強い。
ガチン!
『うるさいって』
「キルリアには分かるの?」
『うん。たぶん!』
「たぶんかよ」
キルリアは楽しそうに笑い、ようやく俺から離れた。話し方も表情も、進化する前とはまるで違う。ずっと中にあったものが、体の成長と一緒に外へ出てきたようだった。
メリッサはムウマージをボールへ戻し、胸元へ寄せて静かに礼を告げたあと、俺たちの前まで歩いてきた。負けたはずなのに悔しそうな様子はなく、コンテストを終えた時と同じような満足した笑みを浮かべている。
「とても素敵なフィナーレだったわ。クチートは相手をよく見て、アナタの声を信じた。キルリアは一人で勝とうとすることをやめ、アナタたちと同じ音を聞けるようになった。そしてアナタも、二人へ命令を押しつけるのではなく、一緒に答えを探していた。昨日のアナタたちとは、まるで別のチームね」
「昨日は、ラルトスが一人で全部背負おうとしてたんです。俺も、それに気づいてませんでした」
「でも気づいた。だから今日のダンスが生まれたのでしょう? 最初から完璧である必要なんてないわ。間違えた時に、パートナーと一緒に音を合わせ直せればいいの」
メリッサはキルリアへ目を向ける。
「アナタも、とても素敵だったわ。強くなることだけを見ていた昨日より、今の笑顔の方がずっと美しい」
『ありがとう! ムウマージもすごく強かった! また戦いたい!』
「あら。進化すると、こんなにお喋りになるのね」
「俺も驚いてます」
『前からいっぱい話したかったんだよ? でも上手く言えなかったの』
「そうだったのか」
『うん。だから今、すごく楽しい!』
キルリアがその場で一度回る。腰の白い部分が軽く広がり、コンテストの舞台で踊っていたポケモンの衣装のように揺れた。メリッサは嬉しそうに目を細め、ポケットから小さなケースを取り出す。
「それでは、勝者へ贈るものを渡さなければね」
開かれたケースの中には、紫色のバッジが収められていた。
「レリックバッジ。ヨスガジムでワタシに勝った証よ」
差し出されたバッジを受け取る。小さいのに手のひらへ乗せると妙に重く感じた。クチートがゴースを見破った瞬間も、ラルトスが何度倒されても立とうとした姿も、キルリアへ進化して笑った顔も、その全部が中へ詰まっているようだった。
「ありがとうございます」
「こちらこそ。久しぶりに心から楽しいダンスができたわ」
バッジをケースへしまい、腰のボールを撫でる。
「クチートも、あとでちゃんと見ろよ。お前が繋いでくれたバッジだからな」
ボールの中から短い音が返った。
ガチッ。
ジムを出ると、朝より高くなった太陽が通りを照らしていた。薄暗いフィールドに長くいたせいか、外の光が少し眩しい。キルリアは自分の長くなった脚が気になるらしく、歩きながら何度も足元を見ていた。
『なんか、歩きにくい』
「さっきまで普通に戦ってただろ」
『戦ってる時は気にならなかったの。でも歩くと、前と高さが違う』
「転ぶなよ」
『大丈夫!』
言った直後、石畳のわずかな段差へ爪先を引っかける。俺が腕を伸ばすより早くテレポートで姿を消し、一歩先へ何事もなかったように現れた。
『転んでないよ』
「ずるくない?」
『技を上手に使っただけ!』
「急に言い返すようにもなったな……」
キルリアが笑う。昨日までの様子を思えば、その声を聞けるだけで文句を言う気も失せた。腰のケースからもう一度バッジを取り出し、光へかざす。二つ目のバッジ。アイに負けた時は、旅を続けても勝てるようになるのか不安だった。テンガン山では、俺たちの力がまるで通じなかった。それでも、今日は昨日より少しだけ前へ進めた。
バッジをしまおうとした時、通りの向こうから石畳を蹴る軽い音が聞こえた。一匹のイワンコが、人の間を縫うようにこちらへ走ってくる。
「危ないぞ!」
避けようと一歩下がったが、イワンコは迷うことなく俺へ向かい、そのまま胸元へ飛びついた。
「うわっ!」
勢いに押されて尻もちをつく。イワンコは構わず前脚を俺の胸へ乗せ、尻尾を千切れそうなほど振りながら顔を近づけてきた。
「ちょ、待てって……!」
鼻先が頬へ触れ、舐められる寸前で顔を逸らす。キルリアが隣で楽しそうに笑っていた。
『ユア、すごく好かれてる!』
「初めて会った……いや」
イワンコの頭を押さえ、改めて顔を見る。明るい毛並み。首元の岩。嬉しそうに細められた目。鉱山へ通っていた頃、作業場の近くから何度もこちらを見ていた。俺を見つけると少し離れたところまでついてきて、撫でようとすれば一度だけ迷ってから頭を寄せてきた。
「え、お前……もしかして、鉱山にいたイワンコか?」
「ワンッ!」
返事と同時に、今度こそ頬を舐められた。
「やっぱり! なんでヨスガにいるんだよ?」
「遅かったね」
聞き覚えのある声が後ろから飛んできた。振り返ると、通りの端でアイが腕を組んで立っていた。以前と変わらない黒髪と制服姿。その足元ではドオーがいつもの眠そうな顔で座り、ホゲータが大きく口を開けながら手を振っている。
「アイ?」
「やぁ、久しぶり」
「……なんでこいつと一緒なんだ?」
「それを話すなら、まず立った方がいいと思う」
言われて自分がまだ石畳へ座り込んでいることに気づく。イワンコを抱えたまま立ち上がると、アイの視線が隣のキルリアへ移った。
『アイ! 私、キルリアになったの!』
それに気づいたキルリアがアイに笑顔を向けると、アイが固まった。
「喋り方まで変わってない?」
「やっぱりそう思うよな」
『みんな同じこと言う』
「進化してすぐなら、普通は見た目の方を先に驚くんだけど、キルリアの場合性格まで変わってない?」
「俺もそう思う」
『二人とも失礼だよ!』
キルリアが頬を膨らませる。ラルトスだった頃には見たことのない反応に、アイは何度か瞬きをしたあと、声を抑えきれないように笑った。
「なんか、ずいぶん明るくなったね」
『うん! それに強くなったよ!』
「そっか、おめでとう」
『ありがとう!』
アイはキルリアへ手を伸ばしかけ、途中で一度こちらを見る。触れていいか確かめているらしい。キルリアが自分から近づくと、アイは緑色の髪を崩さないように頭を撫でた。
「それで、遅かったって何だよ。待ってたのか?」
「別にずっと待ってたわけじゃないよ。さっきヨスガに着いて、ジムの前を通ったらキミたちが中にいるって聞いただけ。思ってたより長かったから、少し見に入ったけど」
「見てたの?」
「最後の方だけね。進化したところから」
戦っている間、観客席まで見る余裕はなかった。アイはキルリアへ目を向けたまま、少しだけ口元を緩める。
「いいバトルだった」
「……ありがとう」
「でも次に戦う時は、その技もボクが破るから」
「早速それかよ」
「ライバルだからね」
いつもの調子に、思わず笑う。イワンコも俺の腕の中からアイへ顔を向けた。
「それで、こいつはどうしたんだ? 鉱山にいたイワンコだろ?」
「うん。今はボクの仲間」
「いつの間に」
「歩きながら話すよ。ボクもキミに聞きたいことがあるし、行ってみたい場所もあるから」
「どこ?」
アイが街の奥に立つ白い尖塔を指した。
「あの教会。シンオウやヒスイ地方の古い話が残ってるらしいよ」
テンガン山でシロナから聞いた言葉が浮かぶ。山には創世の神がいる。今までなら神話を聞いても、遠い昔の話として受け取っていたかもしれない。けれどテンガン山でギンガ団と出会い、自分たちでは理解できない何かが動いていることを知った今は、ただの作り話だと片づけられなかった。
「分かった。行こう」
イワンコを地面へ下ろすと、すぐに俺とアイの間へ入り、どちらについていくか迷うように二人の顔を見上げた。
「お前、アイの仲間になったんだろ」
「ワン」
「なら、ちゃんとアイのところにいろよ」
そう言いながら頭を撫でると、イワンコは一度だけ俺の脚へ体を擦りつけてから、アイの隣へ戻った。教会へ向かう道を歩き始めると、アイはクロガネへ立ち寄った経緯から話し始めた。街で偶然俺の名前を聞き、家を訪ねたこと。父さんと母さんに招かれ、そのまま俺の部屋へ泊まったことまで聞いたところで足が止まりかける。
「俺の部屋に泊まったの?」
「うん。何か問題ある?」
「いや……俺はいなかったけど、なんか変な感じするな」
「ボクもそう思った。ユアの家で、ユアの部屋で、ユアが寝てたベッドにボクがいるんだって考えたら、少し落ち着かなかった」
「なんでそんなこと考えるんだよ」
「キミがあんなふうに育った理由が、少し分かったから」
「何だそれ」
「ほら、やっぱりそう言う」
アイが小さく笑い、それ以上は説明しなかった。
翌朝、父さんの仕事について鉱山へ行き、人と野生のポケモンが一緒に働いている姿を見たという。そこであの作業員とゴーリキーに会い、イワンコが自分からアイへ近づいたらしい。
「それで、連れていってやってくれって頼まれたのか」
「うん。最初は会ったばかりのボクでいいのかって聞いたんだけど、あのクチートがついていく気になるほどのキミを、ライバルだと言い切れるなら信用できるって」
「……何だよ、それ」
「ボクも同じこと言った」
「そりゃそうだ」
「でも、イワンコも来たそうにしてたし、ボクも一緒に行きたいと思ったから仲間になった」
前を歩くイワンコは、ホゲータと並んで道端の匂いを嗅いでいる。鉱山の外をほとんど知らなかったはずなのに、知らない街を怖がる様子はなかった。時々アイへ振り返り、姿を確かめてからまた前へ走っていく。
「そっか。よかったな」
「ボク?」
「イワンコに決まってるだろ。鉱山にいた時から、外に行きたそうだったから」
「やっぱり、よく見てたんだね」
「何が?」
「何でもない」
アイは前を向いたまま、少しだけ笑った。
白い教会の尖塔が、通りの建物の向こうから少しずつ近づいてくる。キルリアは俺の隣で新しい足取りを確かめながら歩き、クチートのボールは腰元で静かに揺れている。反対側ではアイが歩き、その前をドオー、ホゲータ、イワンコがそれぞれ好きな速さで進んでいた。
コトブキで別れた時より、俺たちは少しだけ変わっている。
それでも、並んで歩き始めれば、初めて会った日から続いているような感覚がすぐに戻ってきた。