繋がりの王者   作:宵取与一

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6話

白い教会の尖塔は、近づくほど高く見えた。ヨスガの街を歩いている間は周囲の建物に隠れたり、屋根の向こうから先端だけを覗かせたりしていたのに、広い通りを抜けると急に全体が現れ、空へ向かって細く伸びている。街の中心ではコンテストの話をする人や店先から流れる音楽で賑わっていたが、教会へ続く坂道へ入ると人通りは減り、俺たちの足音が石畳へ残るようになった。前を進んでいたホゲータとイワンコも、何かを感じたのか走るのをやめ、アイの近くへ戻ってくる。ドオーだけは最初から最後まで変わらない速さで、坂道でも平らな道でも同じように歩いていた。キルリアは俺の周りをくるくる踊りながら歩いている。

 

『まだ着かないの?』

 

「もう目の前だろ。進化したばっかりなのに元気だな」

 

『だって、今までより歩くのが楽しいんだもん。景色も前より高いところから見えるし、足も長くなったし、それに……ちょっとだけ大人になったみたい』

 

 そう言って腰の白い部分を指先でつまんだ。進化してから何度も同じ場所を確かめている。ラルトスだった頃と体の形が大きく変わったせいか、まだ自分のものとして馴染んでいないらしい。

 

「さっき転びそうになってたけどな」

 

『転んでないよ。テレポートしたから』

 

「転びそうになった時点で同じだろ」

 

『違うもん』

 

「本当によく喋るようになったね」

 

 隣を歩いていたアイが笑う。キルリアは少し頬を膨らませたあと、アイの足元にいるイワンコへ顔を向けた。イワンコは教会よりもキルリアの方が気になるらしく、歩きながら何度も匂いを嗅ごうと鼻先を伸ばしている。

 

『この子、ずっと私のこと見てる』

 

「嗅ぎなれた匂いなのに姿が違うからじゃない??」

 

「イワンコ、何度も会ってるだろ、ラルトスだよ。」

 

「ワンッ」

 

「返事だけは立派だね」

 

 アイがイワンコの頭を軽く撫でる。そのやり取りを聞きながら歩いているうちに、教会の前へ着いた。近くで見る白い壁には細かな傷や色の違いがあり、新しく建てられたものではないことが分かる。大きな扉の上には円形の窓があり、色のついた硝子が何かの形を描いていたが、外からでは光が反射してよく見えなかった。扉の脇に吊られた鐘が風でわずかに揺れ、低く柔らかな音を一度だけ響かせる。その音が消えるまで、誰もすぐには扉へ手を伸ばさなかった。

 

「入らないの?」

 

「入るけど、こういう場所って勝手に入っていいのか?」

 

「入口が開いてるんだから大丈夫でしょ。それに、資料も見学できるって案内に書いてあったよ」

 

「読んでたのか」

 

「キミがキルリアとイチャついてる間にね」

 

 アイが扉を押すと、古い蝶番が長く鳴った。中から流れてきた空気は外より少し冷たく、乾いた木と石が混ざったような匂いがする。高い天井から吊られた照明は控えめで、代わりに左右へ並ぶ大きなステンドグラスから赤や青、黄色の光が差し込み、床へ色の違う模様を落としていた。外の音は扉が閉じた途端に遠ざかり、ホゲータの足音やイワンコの爪が床へ触れる音まで大きく聞こえる。キルリアは入口で立ち止まり、自分の白い体へ映った青い光へ手をかざした。

 

『きれい……。ねえ、ユア。こっちの色、私に似合う?』

 

「青?」

 

『うん』

 

「似合うんじゃないか?」

 

『ほんと?』

 

「たぶん」

 

『そこはちゃんと言ってよ』

 

「急に注文が多くなったな……」

 

 キルリアは不満そうに俺を見たあと、今度は赤い光の中へ移動し、どちらが似合うか確かめ始めた。ジムへ向かうまで、花屋の前で立ち止まることさえなかったラルトスが、今は床へ映る色だけで楽しそうにしている。それを見ていると、進化したことより、こうして周りへ目を向けられるようになったことの方が嬉しかった。

 

 ドオーが入口のすぐ近くへ腹をつけたため、後から入ってきた人が避けるように横を通った。

 

「ドオー、そこにいたら邪魔だぞ。もう少し中へ行けよ」

 

「ドーはここが落ち着くんだって」

 

「絶対何も考えてないだろ」

 

「失礼だな。ドーなりに色々考えてるよ」

 

「例えば?」

 

「今は、床が冷たくて気持ちいいとか」

 

「それだけじゃん」

 

 アイが背中を押しても、ドオーは少し体を伸ばしただけで動かなかった。結局、通路の端なら邪魔にならないということにして、その場に残す。ホゲータも一緒に座ろうとしたが、展示の方へ歩き出したイワンコを見つけると、すぐに追いかけていった。

 

 教会の奥には祈るための長椅子とは別に、古い石板や壁画、地図を展示する区画が設けられていた。今のシンオウでは使われていない文字が刻まれた石や、山と湖を囲む人々を描いた絵が並び、その下には内容を現代の言葉へ直した説明が添えられている。アイは入口に近い展示から順番に読み始め、俺は少し遅れて隣へ並んだ。キルリアは文字より絵の方が気になるらしく、描かれたポケモンを見つけるたびに俺の袖を引き、クチートに似ているとか、これは何というポケモンなのかと聞いてくる。分からないものばかりだったが、今は「知らない」と答えても、以前ほど恥ずかしくはなかった。知らないなら、ここで知ればいい。

 

「ユア、これ見て」

 

 少し先へ進んでいたアイに呼ばれ、大きな壁画の前へ移動する。ほかの展示より高い位置まで使って描かれた絵で、中央には見たことのない白いポケモンが立っていた。四本の脚で何もない空間へ立ち、胴体の周りには金色の輪のようなものが広がっている。その足元には山や海、人間とポケモンが小さく描かれ、白いポケモンから生まれた光が世界全体へ伸びていた。

 

「でかいな」

 

「実際の大きさじゃなくて、存在の大きさを表してるんじゃない? 昔の壁画って、偉い人や神様を大きく描くことがあるらしいから」

 

「ポケモンなのに神様なのか?」

 

「説明を読めば分かると思う」

 

 壁画の下へ目を向ける。古い言葉を直した文章は長く、最初からすべてを理解できたわけではない。そこには、世界がまだ形を持たなかった頃、最初に一匹のポケモンが現れたこと。そのポケモンが時間と空間を生み、空や大地、命が存在できる世界を作ったと伝えられていることが書かれていた。そして、その神はシンオウの中央にそびえる山の頂に住むと信じられていた。

 

「テンガン山……」

 

 小さく声が漏れた。

 

 最後に記された名前を読む。

 

「アルセウス」

 

 その名前を口にした瞬間、ハクタイでシロナと別れる前に聞いた言葉が浮かんだ。

 

【テンガン山には、創世の神がいるの】

 

 あの時は、シロナがまた難しい神話の話をしているくらいにしか思わなかった。創世の神と言われても、どんな姿なのかも、なぜテンガン山にいるのかも分からなかったからだ。けれど、目の前の壁画には名前と姿がある。シロナが話していた神は、昔の人々からアルセウスと呼ばれていた。

 

「シロナが言ってたんだ。テンガン山には創世の神がいるって」

 

「シロナさんが?」

 

「ああ。あの時は名前までは聞かなかったけど、たぶんこのアルセウスのことだ」

 

 改めて壁画を見上げる。白いポケモンの顔は人間の方を向いておらず、もっと遠く、絵の外側にある何かを見ているように描かれていた。

 

「本当にいるのかな」

 

「分からない。でも、何もなかったのに同じ話がずっと残るとは思えない。実際に見た人がいたのか、別の何かをアルセウスだと思ったのかは分からないけど」

 

『世界を作ったの? このポケモンが?』

 

「そう書いてある」

 

『じゃあ、私たちも?』

 

「昔の人の話だと、そうなるのかな」

 

 キルリアはしばらくアルセウスを見上げたあと、自分の両手を広げた。

 

『すごいね。こんなにいっぱい作ったんだ』

 

「随分簡単に言うな」

 

『だって、世界って大きいでしょ? 全部作ったならすごいよ』

 

「それはそうだけど」

 

 難しく考えていたことを、キルリアは一言で終わらせてしまった。アイも小さく笑いながら、壁画の隣へ掛けられた古い地図へ目を向ける。

 

「こっちには、ヒスイ地方って書いてある」

 

 今のシンオウ地方とよく似た形の地図だった。中央にテンガン山があり、三つの湖も同じ位置へ描かれている。ただし街の名前や道はほとんどなく、代わりに広い森や湿地、何も書かれていない土地が大きく残されていた。上部には「ヒスイ」とあり、その下には、この地方がかつてそう呼ばれていたことが記されている。

 

「昔のシンオウか」

 

「うん。人が今みたいに町を作る前は、ポケモンを怖がって遠くから見ていた時代もあったみたい。野生のポケモンと一緒に暮らすのが当たり前じゃなかったんだって」

 

「今と全然違うな」

 

「パルデアでも昔はそうだったのかもしれないね。学校で習った歴史にも、人とポケモンが今みたいな関係になるまで長い時間がかかったって話があったし」

 

 クロガネの鉱山が頭へ浮かんだ。人間はポケモンの住処を知らずに壊し、クチートたちは人間へ伝える方法を持たず、重機を壊すことで止めようとした。互いのことが分からなければ、同じ場所にいるだけで争いになる。昔のヒスイも、それが地方全体で続いていたのかもしれない。

 

「それでも今は、一緒に暮らしてる」

 

「誰かが最初に近づいたんだろうね。怖くても、このままじゃ駄目だと思って、誰かさんみたいにさ」

 

 アイは地図へ顔を向けたまま話したが、その言葉が鉱山のことを指しているように聞こえた。俺が何か言う前に、ホゲータとイワンコが展示の裏側から戻ってくる。ホゲータは見つけた模様を教えたいのか、アイの袖を引きながら何度も鳴き、イワンコはキルリアの周囲を一周してから俺の足元へ座った。

 

 展示を見て回るうちに、教会へ入った時には高かった光が少し傾いていた。ステンドグラスから落ちる模様が床の中央から長椅子の方へ移り、アルセウスの壁画にも赤い光が差している。その赤が、壁画の下へ描かれたテンガン山の上を通った。

 

 山を見た瞬間、マーズの顔が浮かんだ。

 

 神話を調べに来たシロナとは違う。ギンガ団は人やポケモンの歴史を知るために山へいたわけではない。何をしていたのかは最後まで分からなかったが、俺たちへ攻撃を仕掛け、邪魔だと言って排除しようとした。

 

「ギンガ団も、テンガン山で何かを探してたのかな」

 

 考えていたことが、そのまま口から出た。

 

 アイが地図から俺へ顔を向ける。

 

「何か言ってたの?」

 

「詳しいことは何も。マーズは俺たちに関係ないって言ってた。でも、関係ないなら戦って追い払う必要もないだろ。慈善団体って話だったけど、どうにも納得いかない」

 

「……やっぱり、キミもそう思うんだ」

 

「アイも?」

 

 アイはすぐには答えず、教会の奥へ目を向けた。周囲にはほかの見学者もいる。ここで話す内容ではないと思ったのか、少し声を落としてから続けた。

 

「シンジ湖を出たあと、銀色の制服を着た集団とすれ違ったんだ。髪も服も揃ってて、歩き方まで同じで、最初は宇宙人みたいだと思った。その人たちはボクたちと反対に、湖の方へ向かっていった」

 

「ギンガ団だったのか?」

 

「その時は名前を知らなかった。少し先でナナカマド博士に会って、雑談のついでに『さっき宇宙人みたいな人たちとすれ違った』って話したんだ。銀色の制服と青い髪なら、おそらくギンガ団だろうって博士が教えてくれた。街の清掃や寄付をしている慈善団体だとも聞いたけど、どうしても納得できなかった」

 

「湖へ行くだけなら、清掃かもしれないだろ」

 

「うん。だから怪しいって決めつけるつもりはなかった。パルデアでスター団って組織を見た時も、周りの評判だけで危ない人たちだと思いかけたから。見た目だけで決めるのは違うって分かってる。でも、ギンガ団はスター団とは違った」

 

「何が?」

 

「一人一人が見えなかった。スター団は同じ印をつけていても、みんな全然違ったよ。話す人もいれば、騒ぐ人もいるし、仲間同士で言い合いもする。でもギンガ団は、全員が同じ方向だけを見てた。喋らず、笑わず、誰か一人が止まれば全員止まりそうな歩き方だった」

 

 テンガン山で見た下っ端たちを思い返す。マーズの指示が出れば同時に動き、何をしているのか聞いても、自分の考えを話す人はいなかった。全員が同じ目的を持っているというより、自分で考える必要がないように見えた。

 

「俺が会ったやつらも似てた。マーズって女の人だけは違ったけど、ほかは機械みたいに統率が取れてた。慈善団体だって話は、やっぱりおかしいと思う」

 

「戦った理由は?」

 

「山で何かしてたから、隠れて見てたら見つかった。そしたら邪魔だから退けって。俺も引かなかった。それで戦って……負けた」

 

 口にすると、胸の奥へ残っていた悔しさがまた動いた。ジムで勝ったからといって、テンガン山の敗北が消えたわけではない。あの時の俺たちでは何も通じなかった。それでも、昨日までのように、その事実から目を背けたいとは思わなかった。

 

 アイは励ます言葉をすぐには口にせず、俺の顔を見ていた。

 

「完敗だった。ラルトスもクチートも倒されて、俺は何もできなかった。だからラルトスは、もっと強くならなきゃって一人で焦ってたんだと思う。俺も悔しかったのに、ラルトスが何を考えてるのか全然見えてなかった」

 

『でも、今は分かったよ』

 

 キルリアが俺の袖を掴み、アイへ向かって笑う。

 

『ユアとクチートと、みんなで強くなるの。次は一緒に勝つんだよ』

 

「そっか」

 

 アイはキルリアを見て、短く頷いた。その目が一瞬だけ遠くなり、何か別の景色を思い出したように見えたが、すぐにいつもの表情へ戻る。

 

「ユアは?」

 

「何が?」

 

「負けて、もう関わりたくないとは思わなかったの?」

 

「思わない。次に会ったら、何をしてるのか絶対に聞き出す。戦うことになっても、今度は負けない」

 

 答えるまで考える必要はなかった。

 

 アイは少しだけ目を細め、それから小さく笑った。

 

「そう言うと思った」

 

「何だよ」

 

「別に。クロガネで色々聞いたから、たぶんそうだろうなって思っただけ」

 

「父さんたち、何を話したんだ……」

 

「それは秘密」

 

「なんでだよ」

 

「本人が自分で気づいた方がいいこともあるんでしょ?」

 

 どこかで聞いたような言い方だった。シロナや父さんまで同じことを言っていた気がする。周りの人間が揃って答えを教えてくれないのは、旅をしている人間には自分で考えさせる決まりでもあるのだろうか。

 

 話しているうちに、入口近くで伏せていたドオーが大きなあくびをした。静かな教会の中へ間の抜けた声が響き、近くで祈っていた人がこちらを見る。アイはすぐにドオーの口を両手で押さえようとしたが、大きすぎてほとんど意味がなかった。

 

「ドー、もう少し静かにして」

 

「ドオーだろ」

 

「うん、ドーだよ?」

 

「久しぶりに聞いたけど、やっぱり意味分からないな」

 

「説明する気はないから」

 

 アイは平然と答え、ドオーを立ち上がらせた。ホゲータとイワンコも入口へ向かい、キルリアは名残惜しそうにアルセウスの壁画を振り返る。

 

『ユア、また来てもいい? ほかの絵も全部見たい』

 

「ああ。今度はクチートも一緒にな」

 

 腰のボールを軽く撫でると、内側から短い音が返った。

 

 ガチッ。

 

 教会の外へ出ると、傾いた日差しが白い壁を橙色へ染めていた。入る前より街の音が近く、坂道の下から人々の話し声やポケモンの鳴き声が重なって聞こえてくる。静かな場所で神話や昔の話を読んだせいか、目の前にあるヨスガの街まで少し違って見えた。昔はヒスイと呼ばれ、人とポケモンが互いを恐れていた土地の上へ、今はコンテスト会場やジムが建ち、ドオーが道の真ん中で動かなくなっている。

 

「それで、このあとどうする?」

 

「まだ時間ある?」

 

「あるけど」

 

「じゃあ、少し付き合って。落ち着いて話せる場所があるらしいから」

 

「ギンガ団の話?」

 

「それもある。でも、キミがどこまで分かってなくて、何から覚えればいいのかも確認したい」

 

「急に嫌な話になったな」

 

「テンガン山で完敗したんでしょ? タイプ相性もまだ曖昧そうだし、聞いておいた方がいいと思う」

 

「今やるの?」

 

「とりあえず話すだけ。勉強は夜でもできるから」

 

「夜?」

 

 聞き返しても、アイは答えず坂道を下り始めた。ホゲータとイワンコが先へ走り、ドオーはまた変わらない速さで後を追う。キルリアも楽しそうにその隣へ並び、俺は何を勝手に決められたのか分からないまま、アイの後を追った。

 

 行き先を尋ねると、アイは前を向いたまま答えた。

 

「ふれあい広場。ポケモンたちも自由に遊べるらしいよ」

 

 夕暮れのヨスガを、俺たちは教会とは反対の方角へ歩き始めた。





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