あれから時間は流れる。
止まることなく。
十歳の誕生日の朝だった。
窓の外からいつも通りムックルの鳴き声が聞こえる。
朝日が部屋に差し込んでいた。
俺は目を擦りながら身体を起こす。
眠気の残る頭で隣を見ると、小さな白い姿が丸くなっていた。
ラルトスだ。
今となっては見慣れた光景だった。
初めて家へ来た日のことが、少しだけ懐かしく思える。
あの頃は何をするにも怯えていた。
物音がすれば肩を震わせ。
知らない人を見れば隠れ。
俺の後ろから離れようともしなかった。
でも今は違う。
俺が起きた気配に気づくと、ラルトスもゆっくりと目を開いた。
『……おはよう』
頭の中に響く声。
昔よりもずっとはっきり聞こえる。
「おはよう」
返事をすると、ラルトスは小さく頷いた。
それだけのやり取り。
だけど、三年前にはなかった当たり前だ。
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部屋を出ると、味噌の匂いが漂ってくる。
階段を降りると、母さんが台所に立っていた。
「あら、おはよう」
「おはよう」
『……おはよう』
母さんは少し笑う。
「ラルトスもおはよう」
ラルトスも軽く頭を下げた。
もう母さんと話すことに緊張はしない。
父さんも同じだ。
むしろ、父さんから木の実を貰うこともあるくらいだった。
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庭へ出る。
朝の空気は少し冷たい。
そこで見慣れた青い背中を見つけた。
ガバイトだ。
相変わらず庭の隅で寝転がっている。
「おはよう」
「ガブ」
返事なのか分からない声。
すると隣のラルトスが近づいていく。
ガバイトは目を開けない。
でも逃げない。
ラルトスも慣れた様子で隣に腰を下ろした。
今となっては見慣れた光景だが、これもまた、昔なら考えられない光景だった。
今ではすっかり仲良しだ。
ガバイトはラルトスが座りやすいように少し身体をずらす。
それを見て、俺は思わず笑った。
「優しいな」
「ガブ」
ガバイトは一言、短く鳴いた。
⸻
朝食を食べ終えた後、ラルトスと一緒にまた庭へ出る。
風が吹き、草が揺れる。
遠くにはテンガン山。
何も変わらないいつもと同じ景色。
『……いいてんき』
「そうだな」
ラルトスが空を見上げる。
三年前より少しだけテレパシーも上手くなった。
知らない人とも話せるようになった。
それでも根っこの部分は変わらない。
優しくて。
少し臆病で。
誰かの気持ちを放っておけない。
そんなラルトスのままだった。
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『……ユア』
「ん?」
『……おなかすいた』
「さっき食っただろ」
『……たりない』
「早すぎるって」
思わず吹き出す。
ラルトスも少しだけ笑った。
こういう何気ないやり取りが増えた。
それが嬉しかった。
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十歳になったからといって、何かが急に変わるわけじゃない。
今日もいつも通りの日が始まる。
父さんがいて、母さんがいて、ガバイトがいて。
ーーそして。
ーーー隣にはラルトスがいる。
『……ユア』
「なんだ?」
『……きょうも、たのしい』
ラルトスがそう言った。
俺は少しだけ笑う。
「ああ、俺もだ」
風が吹いた。
ラルトスは目を閉じ、全身で風を受け止める。
穏やかな毎日。
変わらない日常。
けれど、確かに大切な日々。
そんな一日が、今日も始まろうとしていた。
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