繋がりの王者   作:宵取与一

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2話

ノモセジムへ入ると、昨日リングの上で見た大男がフィールドの向こうで待っていた。黄色いマスクも、両腕を広げるだけで場所を狭く見せる大きな身体も昨日のままで、俺を見つけたマキシは片手を高く上げる。

 

「よく来たな坊主! 昨日はリングの外からだったが、今日はお前さんが戦う番だ!」

 

「待たせたな、マキシ!」

 

『別に待たせてないと思うよ』

 

「雰囲気ってやつだよ!」

 

 後ろからキルリアの声が飛んできたけど、マキシは腹を抱えるみたいに笑い、そのままフィールドの中央を指した。

 

「ガッハッハッハ! 元気があっていいじゃねぇか! ノモセジムのルールは簡単だ。使えるポケモンは一体、交代なし! どちらかが戦えなくなったところで勝負ありだ!」

 

「一対一ってこと?」

 

「そういうことだ! 最後まで立ってた方が勝ち、分かりやすいだろ!」

 

「いいじゃん、そういうの」

 

 昨日のリングを思い出しながら答えると、少し後ろにいたクチートの大顎が鳴った。

 

 ガチッ。

 

 誰を出すかなんて、ここへ来る前から決めている。

 

「クチート、行くぞ」

 

 呼ぶとクチートはすぐに前へ出て、俺とマキシの間に立った。

 

「やっぱりその嬢ちゃんか! いいぞ、その顔だ!」

 

 マキシも腰のボールを掴み、大きく振りかぶる。

 

「なら、こいつがお前さんの相手だ! 出てこい、カメックス!」

 

 投げられたボールから光が弾け、太い脚がフィールドへ降りた。肩から二本の砲口を伸ばしながら身体を起こしたカメックスは、正面に立つクチートをそのまま見下ろす。

 

「……でっか」

 

 並ぶと余計に差が目についた。クチートの頭はカメックスの胸にも届かず、腕の太さだって比べものにならない。それでもクチートは下がらず、見上げたまま大顎を一度鳴らした。

 

 ガチッ。

 

「……やっぱ楽しそうだな、お前」

 

 クチートは俺を見ず、カメックスだけを見ている。

 

「それでは、試合開始!」

 

「先手必勝だ! カメックス、アクアジェット!」

 

 マキシの声と同時にカメックスの巨体が水に包まれ、そのまま一気に距離を詰めてきた。

 

「速っ、クチート横だ!」

 

 クチートが床を蹴ると、カメックスがすぐ脇を抜けていく。

 

「そのままアイアンヘッド!」

 

 着地した勢いを殺さず、クチートが横から踏み込む。

 

 頭が届く直前、カメックスが身体を捻った。

 

 鈍い音が響く。

 

「っ!」

 

 ぶつかったのは甲羅だった。

 

 クチートの身体が逆に弾かれ、足を滑らせながら着地する。

 

「かってぇ……!」

 

「ガッハッハッハ! カメックスの甲羅はそう簡単には抜けんぞ!」

 

 クチートはすぐ身体を起こしたけど、カメックスはほとんど動いていない。

 

「だったら甲羅じゃないとこ狙えばいい! もう一回だ!」

 

 クチートが走る。

 

 正面から飛び込むと見せて脇へ回り込もうとするけど、カメックスは大きな腕で進路を塞ぎ、クチートが下がれば身体ごと向きを変えて追ってくる。何度か角度を変えて踏み込んでも懐へ入りきれず、そのたびにクチートだけが押し返された。

 

「ちょこまか追う必要はねぇ! カメックス、来たところを捕まえろ!」

 

「クチート、もう一回!」

 

 クチートが低く身体を沈め、そのまま踏み込む、だがクチートが接近した時、それを待っていたかのようにカメックスの両腕が伸びた。

 

「っ!」

 

 クチートの両手が掴まれる。

 

「クチート!」

 

「そのまま押し切れ!」

 

 カメックスが一歩踏み込むと、クチートの足が床を擦った。さらに押される、カメックスの怪力に耐えれず身体が少しずつ後ろへ下がっていく。

 

「振りほどけ!」

 

 そう言ったのに、クチートは動かなかった。

 

「……クチート?」

 

 逃げようとしていない。それどころか、カメックスの手を握り返している。

 

「ほう?」

 

 クチートが足を開き、腰を落とす。その姿勢を見た瞬間、昨日のリングが浮かんだ。マキシが自分より大きな相手の突進を正面から受け止めた時、客席にいたクチートも同じように身体を前へ傾けていた。

 

「……お前、まさか」

 

 ガチン。

 

「……ほんっと好きだな、そういうの」

 

 だったら、避ける必要はない。

 

「いいぞ! やれ、クチート!」

 

「ガッハッハッハ! 面白ぇ! カメックス、受けて立て!」

 

 カメックスの腕に力が入る。クチートの足がまた床を擦った。

 

 一歩。

 

 さらに一歩。

 

 身体の大きさも、腕の太さも全然違う。それでもクチートは両手を離さず、カメックスの力を真正面から受け止めていた。

 

「どうしたァ! 力勝負を選んだのはそっちだぞ!」

 

「負けんなクチート! 押し返せ!」

 

 クチートの足が止まった。腕に力が入り、今度はカメックスの身体が動かなくなる。クチートがもう一歩踏み込む。

 

「ガメッ……!?」

 

 カメックスの足が、ほんの少し後ろへ滑った。自身より小さな相手が、自身を押し始めていることに驚いている。

 

「よっしゃ!」

 

「ほう! その身体でカメックスと張り合うか!」

 

 二匹の腕が震える。

 

 カメックスが押せばクチートの足が下がり、クチートが押し返せば今度はカメックスがわずかに動く。どちらも腕を離さないまま、それだけを繰り返していた。

 

「クチート、一回……」

 

 距離を取れ。そう続けようとして、口が止まる。

 

「…………」

 

 クチートの口元が、ほんの少し上がっていた。カメックスに押されているのに、腕も足も震えているのに、それでも離れようとはしない。クチートは楽しそうに、笑っていた。

 

「……お前」

 

 カメックスがさらに踏み込む。それに合わせてクチートも踏み込む。

 

「楽しんでるだろ」

 

 ガチン。

 

 押し合ったまま、大顎が鳴った。

 

「……なら、とことんやれ!」

 

「ガッハッハッハ!! いい顔するじゃねぇか! カメックス、こっちも付き合ってやれ!」

 

「カメェェッ!」

 

 カメックスも足を深く開き、さっきより強く押し込んでくる。

 

「クチート! 負けんな!」

 

 クチートも押す。

 

 二匹の身体が止まる。だが、そこから少しずつ、ほんの少しずつカメックスの身体が後ろへ動き始めた。

 

「いけぇぇぇっ!」

 

 クチートが最後に一気に踏み込む。

 

「カメッ!?」

 

 カメックスが数歩後ろへ下がった。

 

「っしゃあ!」

 

 マキシは悔しがるどころか、大きく笑った。

 

「ガッハッハッハ! 見事だ! その小さな身体のどこにそんな力を隠してやがる!」

 

 カメックスも踏み止まり、もう一度クチートを見た。

 

「だがな坊主。力ってのは、腕だけじゃねぇぞ!」

 

「なに?」

 

「カメックス、からにこもる!」

 

 カメックスが身体を甲羅の中へ引っ込める。

 

「クチート、アイアンヘッド!」

 

 クチートが正面から踏み込む。

 

「こうそくスピン!」

 

 甲羅が一気に回転した。

 

「っ!」

 

 ぶつかった瞬間、クチートの身体が大きく弾き飛ばされる。

 

「クチート!」

 

 床を転がったクチートはすぐに手をつき、身体を起こした。

 

「まだまだァ! ハイドロポンプ!」

 

「避けろ!」

 

 肩の砲口から激しい水流が放たれる。クチートが横へ跳ぶと、水が床へ叩きつけられ、そのまま広がった。

 

「もう一発だ!」

 

「反対!」

 

 二発目も避ける。

 

 また水が床を濡らしていく。着地したクチートが次の一歩を踏み出したところで、足がわずかに滑った。

 

「……?」

 

「気づいたか!」

 

 マキシが笑う。

 

「リングでもフィールドでも、足元を取られりゃ力は出せん!」

 

「そういうことかよ……!」

 

 さっきまで互角に押し合えていたのは、クチートが床を踏めていたからだ。腕だけで押していたわけじゃない。足で支え、身体全部を使っていた。

 

「カメックス、アクアジェット!」

 

 水をまとった巨体が一直線に突っ込んでくる。

 

「クチート、受け……」

 

 言いかけて止める。だが水に濡れたフィールドじゃ今は踏ん張れない。

 

「避けろ!」

 

 クチートが横へ動こうとした瞬間、濡れた床で足が滑った。

 

「っ!」

 

「カメェェェッ!」

 

 カメックスの身体がまともにぶつかる。クチートが吹き飛んだ。

 

「クチート!」

 

 床を転がりながらも、止まったクチートはすぐに手をつく。

 

「大丈夫か!」

 

 ガチン。

 

「……よし」

 

 まだいける。

 

「次は真正面から受けるな! 横から入るぞ!」

 

 クチートが走る。濡れた足元を意識しながら滑らない箇所をえらび、カメックスの腕をかわし、脇へ回り込む。

 

「アイアンヘッド!」

 

「甲羅で受けろ!」

 

 また弾かれる。

 

「そこだ! カメックス!」

 

 大きな腕がクチートを捉え、そのまま床へ叩きつける。

 

「っ……!」

 

 それでもクチートは起き上がった。

 

「もう一回だ!」

 

 クチートが踏み込む。

 

 カメックスの腕をかわし、横へ抜ける。

 

 今度は甲羅を避けて脇腹へ入ろうとしたけど、カメックスが身体を捻りながら腕を振ると、クチートの身体がまた押し戻された。

 

 もう一度。

 

 今度は反対側。

 

 それも読まれる。

 

 何度か仕掛けるうちに、クチートの足取りが少しずつ重くなっていった。

 

「……やっぱ強ぇ」

 

 力があるだけじゃない。

 

 硬い甲羅で守れて、水で距離を取れて、近づけばその巨体そのものが武器になる。それにマキシは、クチートが一番やりたがっていた力勝負を一度真正面から受けた上で、その後はちゃんと勝つために戦い方を変えてきた。

 

「だが、まだ終わってねぇ!」

 

 クチートが構える。

 

「当然だ! こっちも最後まで全力でいくぞ!」

 

 マキシが腕を振り上げる。

 

「カメックス!」

 

「カメェェェェッ!!」

 

「ハイドロポンプ!!」

 

「クチート、避けろ!」

 

 クチートが床を蹴る。けど、踏み込んだ足が滑った。

 

「っ!」

 

 避けきれない。激しい水流がクチートを真正面から捉えた。

 

「クチート!!」

 

 小さな身体が弾き飛ばされ、濡れた床を何度も転がりながら、ようやく止まる。

 

「…………」

 

 動かない。

 

 マキシも次の指示を出さず、カメックスは構えたままその場に立っている。

 

 しばらくして、クチートの指が動いた。

 

「……!」

 

 床へ手をつく。

 

 震える腕で身体を持ち上げ、片膝をついたまま顔を上げる。

 

「……クチート、まだやれるか?」

 

 クチートは一度だけ俺を見た。

 

 その口元が、ニヤリと上がる。

 

 ガチンッ。

 

 ガチンッ。

 

「……?」

 

 今の音。

 

 どこかで――

 

 クチートの周りを、青白い光が包み込んだ。





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