繋がりの王者   作:宵取与一

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3話

クチートの身体を包んだ青白い光は、炎みたいに揺れているのに熱を感じなかった。濡れた床へ映った光までゆらゆらと形を変え、その中心でクチートだけが何事もなかったみたいにカメックスを見ている。

 

「……これ」

 

 見覚えがある。

 

 ハクタイジムでナタネと戦った時、一度だけクチートの周りに現れたものと同じだった。あの時も急に出てきて、試合が終わった頃には消えていたし、結局なんだったのか分からないままここまで来た。

 

「ハクタイの時の……?」

 

「……なんだ、あの光は?」

 

 フィールドの向こうからマキシの声が落ちる。さっきまでずっと笑っていた口元から笑みが消え、クチートの身体を包む光をじっと見ていた。カメックスも、両腕を構え、太い脚で床を踏んでいるのに、動かない。いや、動けないでいた。

 

「カメックス?」

 

 マキシが呼ぶ。

 

 それでも一歩が出ない。さっきまでクチートと真正面から押し合っていたカメックスが、目の前に立っているだけの相手から視線を外せずにいる。

 

「おいおい、どうした! 相手はさっきまでお前と真正面からぶつかってた奴だ! ここまで来て止まるんじゃねぇ!」

 

「カメッ……!」

 

 大声を浴びたカメックスが首を振り、ようやく片足を前へ出した。

 

「……今の、なんだったんだ?」

 

 クチートへ目を戻しても答えはない。自分の周りを漂う光を一度だけ見下ろしたものの、すぐに顔を上げ、カメックスを真っ直ぐ見据えた。

 

「試合、続けるぞ!」

 

「当然だ! カメックス、アクアジェット!」

 

 カメックスが水をまとい、濡れた床を蹴った。その巨体には見合わない素早い攻撃が一直線に迫る。

 

「クチート、右!」

 

 クチートが動く。

 

「……え?」

 

 身体が横へ抜けた時には、カメックスはもう後ろを通り過ぎていた。さっきまでなら避けるだけで精一杯だった。なのに今は、足場を確かめる余裕まである。

 

 クチート自身も一瞬だけ自分の足へ目を落とした。

 

「速くなってる……?」

 

 カメックスが身体を返す。

 

「クチート、そのままアイアンヘッド!」

 

「甲羅で受けろ!」

 

 クチートが床を蹴り、カメックスが背中を向ける。何度ぶつけても弾き返された甲羅へ頭が叩き込まれた瞬間、今度はカメックスの巨体が前へ滑った。

 

「カメッ!?」

 

「……効いた!」

 

 カメックスが踏ん張りながら振り返る。

 

 速さだけじゃない。さっきまではびくともしなかった身体を押した。

 

「力まで上がってんのか……?」

 

「ガッハッハッハ!」

 

 マキシがまた笑った。

 

「何が起きたか知らんが面白ぇじゃねぇか! その程度でこっちが退くと思うなよ! カメックス、からにこもる!」

 

 カメックスの頭と手足が甲羅の中へ引っ込む。

 

「もう一発だ、クチート!」

 

 クチートが踏み込み、もう一度アイアンヘッドを叩き込む。甲羅が床を滑ったけど、それでも倒れない。

 

「そのまま、こうそくスピン!」

 

「離れろ!」

 

 甲羅が回り始める前にクチートが後ろへ跳ぶ。さっきなら間に合わなかった距離だったのに、回転が届く頃にはもう範囲の外へ出ていた。

 

「ハイドロポンプ!」

 

「横!」

 

 甲羅から身体を出したカメックスの砲口がクチートを追う。クチートはすぐに方向を変えたけど、踏み込んだ足が床を滑り、勢いに身体がついていかなかった。

 

「っ!」

 

 水流が肩を掠め、クチートが横へ転がる。

 

「クチート!」

 

 すぐに起き上がったものの、さっきまでより速くなった分、一度足を滑らせれば体勢を戻すまでの時間も長い。

 

「ガッハッハッハ! 速くなったからって、足場まで乾いたわけじゃねぇぞ!」

 

「……そういうことか」

 

 身体が速くなり、力も上がった。けど、状況は変わってない。床は水浸しで速く走れば、それだけ滑る。

 

「だったら走り回るな! クチート、短く踏み込め!」

 

 クチートの大顎が鳴る。

 

 ガチン。

 

「カメックス、ハイドロポンプ!」

 

 砲口がクチートへ向き、激しい水流が発射される。

 

「右!」

 

 クチートが一歩だけ横へ出る。水流がすぐ脇を抜けたところで、足を止める。

 

「今度は前!」

 

 一歩。

 

 もう一歩。

 

 大きく蹴らず、床を確かめながら距離を詰めていく。

 

「近づけるな! カメックス!」

 

 大きな腕が横から振られる。

 

「潜れ!」

 

 クチートが身体を沈め、腕の下へ滑り込む。

 

「アイアンヘッド!」

 

 頭がカメックスの腹へぶつかり、大きな身体が一歩、二歩と後ろへ下がった。

 

「よし!」

 

「まだ離れるな! カメックス、捕まえろ!」

 

「っ!」

 

 クチートが戻るより早く太い腕が伸び、その身体を掴み上げた。

 

「そのまま投げろ!」

 

 持ち上げられたクチートが床へ叩きつけられる。

 

「クチート!」

 

 青白い光が大きく揺れた。クチートは手をついて起き上がったけど、立つまでに少し時間がかかった。

 

「……光」

 

 薄くなってる。身体の輪郭をはっきり包んでいた青白いものが、今はところどころ途切れながら揺れていた。

 

「どうやら、いつまでも続く力じゃなさそうだな!」

 

 マキシにも見えている。

 

「……みたいだな」

 

 このまま時間をかければ、消える。だからって焦って突っ込めば、また足を取られる。カメックスだって何度も攻撃を受けてるけど、クチートももうボロボロだ。

 

「クチート、まだいけるな?」

 

 ガチン。

 

「よし」

 

「こっちもだ! カメックス!」

 

「カメェッ!」

 

 カメックスが1歩前へ出たのに合わせて、クチートも迎える。互いの腕が届くところまで近づいた瞬間、カメックスが両手を伸ばした。

 

「……お前」

 

 自分から両手を上げ、カメックスの手を掴んだ。

 

「またやる気か!」

 

 マキシの声が弾む。

 

「ガッハッハッハ! また力比べか! いいぞカメックス、最後まで付き合ってやれ!」

 

 カメックスが足を開き、腰を落とす。クチートも同じように構えた。もう一度、二匹の力が真正面からぶつかった。

 

「っ……!」

 

 今度はさっきと条件が違う。

 

 クチートは何度も攻撃を受け、カメックスだってアイアンヘッドを食らっている。床にはまだ水が残り、クチートを包んでいた青白い光もほとんど消えかけていた。

 

 カメックスが踏み込む度にクチートの足が滑った。

 

「クチート、踏ん張れ!」

 

 下がった足を止め、クチートが押し返す。そうすると今度はカメックスの身体が止まる。

 

「カメックス! 押し切れェ!」

 

「カメェェッ!」

 

 またクチートが押される。足が滑り、もう一歩下がる。それでも手は離さない。

 

「…………」

 

 クチートの口元が上がった。青白い光が消えかけているのに、身体中がボロボロなのに、まだ笑ってる。

 

「……ほんと、バトルが好きだな、お前」

 

 ガチン。

 

「だったら負けんな!」

 

 クチートが一歩を返す。

 

「カメックス! 全部ぶつけろォ!!」

 

 マキシの声が響く。

 

 カメックスが身体ごと前へ出る。

 

「クチート! お前も全部出せ!!」

 

 クチートも踏み込んだ。

 

 押される。

 

 止める。

 

 押し返す。

 

 また押される。

 

 足元で水が跳ねるたび、消えかけた青白い光が揺れる。それでもクチートは身体を起こし、カメックスの手を握ったまま一歩ずつ前へ出ていく。

 

「いけぇぇぇっ!!」

 

 クチートが踏み込む。

 

「カメッ……!」

 

 カメックスの足が下がった。

 

「そのまま押せ!」

 

 もう一歩。カメックスの腰が浮き、身体が傾いた。

 

「今だ、クチート!」

 

 その隙にクチートが両手でカメックスを押し、押し返された勢いでカメックスの身体が後ろへ流れ、その懐へクチートが一気に入る。

 

「アイアンヘッド!!」

 

 頭が腹へぶつかった。

 

「カメェッ!!」

 

 巨体が後ろへ倒れ、背中が床へ落ちる。

 

「…………」

 

 クチートもその場で片膝をついた。

 

「クチート!」

 

 駆け寄りかけて、足を止める。まだ勝負は終わってない。カメックスの腕がピクリと動いた。

 

「カメックス!」

 

 マキシが呼ぶ声に反応し、カメックスが床へ手をつき、身体を起こそうとする。クチートも片膝を上げ、立とうとしてる。

 

「…………っ」

 

 先に立ったのは、クチートだった。それを見たカメックスがもう一度腕へ力を込める。けど、身体が持ち上がらない。

 

「カメッ……」

 

 腕から力が抜け、そのまま床へ沈んだ。

 

「カメックス、戦闘不能! 勝者、挑戦者ユア!」

 

「…………」

 

 一瞬、声が出なかった。

 

 クチートも立ったまま動いていない。

 

「……っしゃああああ!!」

 

 今度こそフィールドへ駆け込む。

 

「クチート! 勝ったぞ!」

 

 クチートは俺を見ると、疲れきった身体のまま大顎を一度だけ鳴らした。

 

 ガチッ。

 

「よくやったな」

 

 しゃがんで顔を覗き込んだところで、クチートの身体を包んでいた青白い光が薄くなり、そのまま空気へ溶けるみたいに消えていった。

 

「……あ」

 

 手を伸ばしても、もう何もない。

 

「クチート、さっきの光……ハクタイの時も出てたよな。あれ、なんなんだ?」

 

 クチートは自分の腕や身体を見たあと、俺へ顔を戻し、首が傾げる。

 

「……やっぱお前も分かんないのか」

 

 ガチッ。

 

「そっか」

 

「俺も長いことバトルをやってるが、あんなもんは見たことねぇな」

 

 顔を上げると、マキシがカメックスをボールへ戻しながらこちらへ歩いてきた。

 

「やっぱマキシも知らない?」

 

「ああ! 急に動きが速くなったと思えば、力まで跳ね上がった。ありゃ俺も驚いたぞ!」

 

「俺もだよ。ハクタイでも一回出たんだけど、結局なんなのか分かんなくてさ」

 

「そうか」

 

 マキシは腕を組み、少しだけクチートを見たあと、また大きく笑った。

 

「まあ、分からんもんをここで考え続けても仕方ねぇ! それより嬢ちゃん、いい勝負だったぞ!」

 

 クチートがマキシを見る。

 

「妙な光が出たのは確かだが、それだけのおかげじゃねぇ。最後にカメックスと真正面から押し合って、体勢を崩したのはお前さん自身の力だ!」

 

 ガチン。

 

「……ちょっと得意げになってない?」

 

 クチートが俺を見る。

 

 ガチン。

 

「いや、褒められたからって調子乗んなよ」

 

 大顎がもう一度開きかけたところで、後ろからキルリアの笑う声が聞こえた。

 

『ユアだってすぐ調子に乗るじゃん』

 

「俺はいいの!」

 

『なんで?』

 

「……トレーナーだから?」

 

『関係ないと思う』

 

「細かいなぁ!」

 

「ガッハッハッハ!」

 

 マキシまで一緒になって笑う。

 

「いいチームじゃねぇか! さあ、勝った奴にはちゃんと渡すもんを渡さねぇとな!」

 

 マキシが取り出したものを差し出す。手のひらで受け取ると、小さなバッジが光を返した。

 

「これが……」

 

「フェンバッジだ! 今日の勝負、お前さんとクチートの勝ちだ。胸張って持っていけ!」

 

「……うん」

 

 手のひらのバッジを眺め、それから隣にいるクチートへ見せる。

 

「クチート」

 

 クチートが顔を上げた。

 

「やったな」

 

 ガチッ。

 

 小さく鳴った大顎を聞きながら、俺はもう一度フェンバッジへ目を落とした。

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