ノモセシティ編 第6話
砂を踏む音が少しずつ近づき、やがて湿地との境目から何人もの人影が現れた。揃って同じ色の服を着ていて、その姿を見た瞬間、少し前にテンガン山で戦った連中が頭に浮かぶ。
「……ギンガ団」
名前が口から出ると、隣にいたキルリアもすぐに人影の方へ身体を向けた。
『ユア……テンガン山にいた人たちと同じ服だよ』
「うん。見間違えるわけない」
ギンガ団の連中は俺たちにはほとんど目も向けず、砂地へ入るなり手分けして散っていった。穴へ潜ろうとしているナックラーを見つけると、一人が仲間へ声を飛ばし、別の奴が連れていたポケモンに砂を掘り返させる。
「散る前に回収しろ! 奥の穴にもいるぞ!」
「……回収?」
追い出されたナックラーが逃げようとする。その前へモンスターボールが飛び、身体が赤い光へ変わって吸い込まれた。
「おい! 何やってんだよ!」
思わず走り寄ると、落ちたボールを拾った男が面倒そうにこっちを見る。
「何って、調査が終わったから回収してるだけだ。邪魔するな」
「回収ってなんだよ。こいつら野生のポケモンだろ?」
「野生? そいつらは俺たちがここへ放した実験個体だぞ。本来ナックラーはこんな湿地にはいない。違う環境へ放した時に、どこまで適応して群れを維持できるか調べてたんだ。必要なデータは取れたから、今日は個体を回収して終了。それだけだ」
「……お前らが連れてきたの?」
「ああ。だからさっきからそう言ってるだろ」
男はそれで話が終わったみたいに砂地へ向き直り、別のナックラーを探し始めた。
「待てよ」
前へ回り込むと、男が眉を寄せる。
「まだ何かあるのか?」
「あるに決まってんだろ。お前らが最初にここへ連れてきたとか、実験とか、そんなのこいつらには関係ないじゃん。穴掘って、仲間と群れ作って、もうここで暮らしてんだろ? 調べ終わったから全部連れて帰るって、それ、お前らが勝手に決めただけじゃん」
「だから何だ? 元々こっちが用意した実験個体だ。予定通り回収しているだけだろ」
「個体とか言うなよ。ポケモンだろ!」
声を上げても、男は呆れた顔をするだけだった。その間にも別の場所ではナックラーが一匹ボールへ吸い込まれ、砂地に残った仲間たちが次々と穴へ潜っていく。
「何を手間取っているの?」
奥から女の声が聞こえると、それまで俺と言い合っていた男がすぐに口を閉じた。
歩いてきた女は周りの連中と似た服を着ているけど、同じには見えない。道を空けろと言ったわけでもないのに団員たちが左右へ退き、女はその間を当然みたいに歩いてくる。
「回収を続けなさい。調査はもう終わっているわ」
「ですが、こいつが邪魔を」
「聞いていたわ。だから続けなさいと言っているの」
男はそれ以上何も言わず、近くの団員へ声をかけた。喋り方も立ち方もテンガン山で戦った赤い髪の女とは全然違うのに、周りの連中がこいつの一言で動きを変えるところは似ている。
女の視線が俺の横を通り、キルリアのところで止まった。
「……キルリアに、クチート」
少し後ろにいるクチートまで見たあと、最後に俺へ目を戻す。
「ああ……あなた、マーズが言っていた雑魚ね。あの時はラルトスだったと報告を受けていたけれど……そう、進化したの」
女はキルリアを眺めながら、口元だけを少し上げる。
「ふふっ。進化しても所詮、雑魚は雑魚。怪我をしないうちに帰りなさいな。今なら見逃してあげるわ」
「……お前も、あの女と同じくらい偉い奴なんだろ」
「あの女……マーズのことね。その通りよ。でも、ごめんなさい? 私たち、別に仲良し集団じゃないの。私、マーズのことは嫌いだから、一緒にしないでくれる?」
女の目が少しだけ細くなる。
「それに、そこまで理解しているのだったら、なおさら分かるでしょう? あなたでは私たちの邪魔はできないわ」
「……やってみなきゃ分かんねぇだろ」
「ふふっ。そういうところも聞いた通りね」
女は腰のボールへ手を伸ばした。
「帰れと言っても聞かないのなら仕方ないわ。スカタンク、出なさい」
光の中から大きなスカタンクが姿を現すと、キルリアがすぐ俺の前へ出た。
「キルリア、待って。いきなり行くな」
『分かってる。ちゃんと見る』
テンガン山の時みたいに、相手が何をするのかも分からないまま突っ込ませるつもりはない。女もスカタンクも余裕そうに見えるけど、それがただの油断なのか、本当に余裕があるのかはまだ分からなかった。
「まず動き見るぞ。キルリア、距離取って!」
『うん!』
「スカタンク、どくづき」
スカタンクが砂を蹴る。
「右!」
キルリアが横へ飛ぶと、毒をまとった爪がすぐ脇を抜けた。
「そのままサイコショック!」
着地と同時に光が集まる。
「スカタンク、左へ」
飛んだ光をかわしながら、スカタンクはそのままキルリアの着地点へ回り込んだ。
「キルリア、後ろ!」
振り返るより早く爪が届き、キルリアの身体が砂の上を転がる。
「キルリア!」
『大丈夫……まだいける!』
起き上がるキルリアを見ながら、女の方へ目を向ける。
こっちの指示を聞いてから避けているんじゃない。
キルリアがどこへ逃げるのか、その先まで見てスカタンクを動かしている。
「……もう一回。今度は近づかせない!」
「無駄よ」
そこから何度か距離を変えて仕掛けても、同じだった。キルリアが離れれば逃げ道を狭められ、こっちから攻めれば避けた先へ回り込まれる。俺が一つ先を読もうとするたびに、女はさらにその先へスカタンクを置き、最後にはキルリアが足を止めた瞬間へ攻撃を重ねた。
『ユア……ごめん』
「キルリア!」
膝をついたキルリアへ駆け寄ろうとしたところで、横からクチートが前へ出る。
ガチン。
「……やるの?」
ガチン。
昨日カメックスとあれだけ戦ったばかりなのに、大顎を開いたままスカタンクを見ていた。
「無理すんなよ。昨日の光だって、出し方分かんないんだからな」
クチートは答えない。
「……分かった。頼む!」
「あら、まだ続けるの?」
クチートが踏み込み、大顎を横から振るう。さっきまでキルリアを追っていたスカタンクも完全には避けきれず、身体を大きく揺らした。
「よし、そのまま!」
クチートがさらに距離を詰めると、スカタンクも爪を振り返す。互いに正面からぶつかり、クチートは身体を押されても足を止めて大顎を食い込ませた。力だけなら簡単には負けていない。それでも何度か攻撃を重ねるうちに、昨日カメックスと押し合っていた時にはなかった遅れが少しずつ動きへ出始めた。
「クチート、一回離れろ! 長引かせんな!」
大顎でスカタンクを押し返し、クチートが後ろへ出ようとする。
「遅いわ」
女の声と同時に、スカタンクが身体を沈めた。
「っ!」
横からぶつかられ、クチートの小さな身体が砂の上を滑っていく。
「クチート!」
大顎を砂へ突いて起き上がろうとしたけど、腕が震え、そのまま片膝をついた。
「……くそっ」
青白い光は出ない。
未だに出し方すら分からないものを当てにしたって仕方ないし、クチート自身の力だけでもかなり食らいついた。それでも、届かなかった。
俺がクチートに近づくより先に、チュリネが前へ出た。
「チュリネ?」
呼んでも振り返らず、砂の上へ足を置いたままスカタンクを見ている。
「……分かった。でもキルリアやクチートみたいに正面から行くな。近づけないようにしながら戦おう!」
チュリネが葉を広げると、砂の下から伸びた草がスカタンクの足へ絡みついた。力でぶつかる代わりに進む先を塞ぎ、距離を取ったまま別の方向から草を伸ばすと、スカタンクもすぐには近づけない。
「そう、そのまま! 無理に倒そうとしなくていい、動き止めろ!」
「なるほど」
女が初めて少しだけ興味を持ったようにチュリネを見る。
「少しは考えるようになったのね。でも…」
スカタンクが身体へ力を込めると、足へ絡んでいた草が引きちぎられた。
「チュリネ、下がれ!」
次の草を伸ばす前に距離を詰められ、大きな身体が目の前まで迫る。
「っ!」
攻撃を受けたチュリネが砂へ転がった。
「チュリネ!」
起き上がろうと身体を動かしたけど、すぐには立てない。
「…………」
強すぎる…。
たった1匹のスカタンクに、全滅させられた。
キルリアが倒れ、クチートが倒れ、チュリネまで倒されたのに、女は一度も次のボールへ手を伸ばしていない。その光景を見ているうちに、テンガン山で戦った時のことが頭に浮かび、あの時だって何もできなかったはずなのに、目の前のスカタンク一匹を見ていると、もっと嫌なことに気づいてしまう。
「……マーズの奴、本気じゃなかったのかよ」
「あら。今さら気づいたの?」
女はそれだけ言うと、もう俺から興味を失ったみたいに砂地へ目を戻した。
「だから言ったでしょう? あなたでは私たちの邪魔はできないって。何人かジムリーダーを倒してるようだけど、だからって私達には勝てないわよ」
スカタンクにも戻るよう指示せず、団員たちへ顔を向ける。
「もういいわ。回収を続けなさい」
止まっていた団員たちがまた動き始めた。
「待てよ……!」
倒れた三匹の前へ出ようとした時、横で砂を踏む小さな音が聞こえた。
「……お前?」
さっきまで何度も崖から飛ぼうとしていたナックラーが、群れの方から歩いてくる。そのままスカタンクと群れの間へ入り、小さな身体で正面に立つ。
「まだいたのね。ちょうどいいわ、その個体も回収して」
ナックラーが砂を蹴った。
「待て! お前じゃ無理だ!」
声が届くより先にスカタンクへ飛びかかり、軽く身体を振られただけで砂の上へ投げ出された。
「ナックラー!」
すぐに起き上がり、また向かう。だけど、今度は真正面から攻撃を受け、さっきより遠くまで転がった。
「やめろって! キルリアもクチートもチュリネも勝てなかったんだぞ! お前一匹でどうにかできる相手じゃねぇ!」
それでもナックラーは前脚を砂へつき、身体を起こすとまたスカタンクへ向かった。攻撃らしい攻撃はほとんど届かず、近づけば弾かれ、そのたびに砂の上へ落ちる。それでも起き上がる方向だけは毎回同じで、必ずスカタンクと群れの間へ戻った。
「……しつこいわね」
女の口元から薄い笑みが消える。
ナックラーがもう一度向かい、今度はまともに攻撃を受けた。
身体が大きく跳ね、砂の上へ落ちる。
「ナックラー!」
すぐには動かなかった。
駆け寄ろうと足を出したところで、ナックラーが顔だけを動かす。
「……?」
俺を見ているんじゃない。
後ろだった。
砂へ潜ろうとしている仲間たちと、すでに団員のボールへ入れられたナックラーたち。その姿をしばらく見たあと、ナックラーはまたスカタンクへ顔を戻した。
「……お前、あいつらを逃がそうとしてんの?」
答えはない。
前脚を砂へ押しつけ、もう一度身体を持ち上げようとしている。
「もういいって! これ以上やったら……!」
『……ユア』
後ろからキルリアの声が聞こえた。
「キルリア?」
キルリアは俺ではなく、ナックラーを見ている。
『この子……さっきまでずっと、飛びたいって思ってた。何回落ちても、空を飛びたいって、そればっかりだったのに……今は違う』
キルリアの声が少し止まる。
『強くなりたいって。あの子たちを守れるくらい、自分がもっと強くなりたいって……ずっと、それだけ考えてる』
「…………」
ナックラーを見る。
震える脚を砂へ押しつけ、何度も身体を揺らしながら、それでも少しずつ立ち上がっていく。
少し前まで、崖から落ちるたびに必ず見上げていた空には一度も顔を向けない。後ろには仲間たちがいて、前にはスカタンクがいる。
「……ナックラー」
ナックラーは小さな身体で群れの前へ立ち、もう一度スカタンクを見上げた。