ノモセシティ編 第7話
何度倒されても、ナックラーはまた立ち上がった。前脚を砂へ押しつけるたびに身体が揺れ、それでも後ろにいる仲間たちへ場所を譲ろうとはせず、スカタンクとの間に立ったまま顔を上げる。
「ナックラー、もういいって! お前があいつらを守りたいのは分かったから、これ以上一人でやろうとすんな!」
呼びかけても振り返らない。少し前まで何度落ちても空へ向かっていたのと同じで、今度は何度倒されてもスカタンクから目を離そうとしなかった。
「ナックラー如きが、私に歯向かうなんて気に入らないわね。雑魚は雑魚らしく、無様に這いつくばっていればいいのに」
ジュピターの声から、さっきまで残っていた余裕が消えている。
「スカタンク。今度こそ立てなくしてあげなさい」
スカタンクが砂を蹴った。ナックラーは逃げるどころか脚を踏ん張り、その場で大きな身体を迎えようとしている。
「ナックラー!」
俺が何か言うより先に、横からいくつもの光が飛んだ。スカタンクの身体へぶつかり、砂を巻き上げながら進路を横へ逸らす。
「……キルリア?」
振り返ると、さっき倒れたはずのキルリアが片膝をついたまま腕を伸ばしていた。息はまだ整っていないし、立ち上がることすらできていない。それでも俺の指示を待たずにサイコショックを撃ち、スカタンクではなくナックラーだけを見ている。
『飛んで!!! ナックラー!!! 私が……私たちがついてる! あなたはひとりじゃない、一人で強くなろうとしなくていい! 大事な仲間がやられて、悔しいよね、力が欲しいよね。私たちが、その手伝いをしてあげる!!!』
ナックラーが初めてスカタンクから目を離した。キルリアを見る。
俺も一度だけキルリアへ顔を向け、すぐにナックラーへ戻した。
「……ああ、そうだ。ひとりじゃない。俺たちは簡単には諦めない! 飛びたいんだろ!? だったら最後まで付き合ってやる! 何回落ちたって受け止めるから、最後まで飛ぶ練習付き合うぜ! ナックラー!!」
すぐには動かなかった。ナックラーは俺を見て、キルリア、それから倒れているクチートとチュリネへ顔を向ける。後ろに残った仲間たちまで順番に見たあと、最後にゆっくり頭を持ち上げた。
ずっと見ていなかった空が、その先にある。
「…………」
しばらく見上げたままだったナックラーが身体を沈め、四本の脚を砂へ食い込ませる。
「クルァァァァァァァァッ!!!」
「っ!?」
初めて聞いた大きな鳴き声と一緒に、ナックラーの身体から眩しい光が溢れた。
「ナックラー!?」
光の中で輪郭が変わっていく。丸かった身体が細長く伸び、脚の形まで変わると、背中から今までなかった四枚の羽根が左右へ大きく広がった。
光が薄れていく。
「……羽根?」
「ビブラーバ……このタイミングで進化ですって? とことん人をイラつかせるのが上手いのね!!」
「……ビブラーバ?」
聞いたことのない名前を口にしながら、目の前の姿を見る。
ビブラーバ自身も何が起きたのか分かっていないらしく、細くなった身体を見回したあと、背中に生えた四枚の羽根を動かした。最初は小さく震えただけだったけど、もう一度強く動かすと足元の砂が舞い、その身体がほんの少しだけ地面から離れる。
「……お前」
ビブラーバも驚いたのか、すぐに羽根の動きを止めて砂へ降りた。
「今、浮いたよな?」
自分の背中を見るように身体を捻り、もう一度羽根を広げる。
今度は四枚を続けて動かし、身体がゆっくり砂から離れていった。
「飛べるじゃん……!」
声が勝手に大きくなる。
「お前、飛べるぞ!」
ビブラーバがさらに羽根を動かすと、今度は俺の胸くらいまで身体が上がった。ただ、初めて動かす羽根をまだ上手く揃えられないのか、すぐに身体が横へ傾く。
「危なっ!」
反射的に両腕を広げた。
「大丈夫! 落ちても俺いるから、そのままやってみろ!」
落ちてくると思った身体が途中で止まり、ビブラーバは何度も羽根を動かしながら少しずつ傾きを戻した。そのまま高さを取り戻すと、今度は俺の頭より上まで浮かんでいく。
「そう、そのまま!」
『……飛べた』
横から聞こえた声に目を向けると、キルリアも砂に座ったまま空を見上げている。
「……うん」
何度崖から飛び出しても、俺の腕まで落ちてくるだけだった。どうすれば飛べるのか二人で考えても答えなんて出なかったのに、今は自分の羽根だけで空に浮かび、こっちを見下ろしている。
ビブラーバはしばらく身体を揺らしながら地面を見回していたけど、やがて仲間のナックラーたちへ顔を向け、その先に立っているスカタンクのところで視線を止めた。飛べたことを確かめるように何度か羽根を鳴らしたあと、空中で身体の向きを変える。
「……まだやるんだな」
返事の代わりに、四枚の羽根が強く震えた。
「いいぜ。でも、もう一人で突っ込むなよ」
「進化した程度で調子に乗らないことね! スカタンク、どくづき!」
スカタンクが砂を蹴り、ビブラーバも上から距離を詰める。
「ビブラーバ、上へ抜けろ!」
振り上げられた爪が届く前に高度を上げたけど、羽根の扱いに慣れていないせいか、必要以上に高く昇ってしまう。
「行きすぎ! そのまま大きく回って戻れ!」
ビブラーバが身体を傾け、大きな円を描きながらスカタンクの横へ回る。旋回はまだ膨らむし、途中で身体も何度か揺れていたけど、地面にいた時とは違ってスカタンクも簡単には距離を詰められない。
『まだ飛び方、分かってないみたい』
「そりゃ今飛べるようになったばっかだもんな。細かく曲がらせるより、今は広く使った方がよさそうだ」
大きく回って戻ってきたビブラーバが、もう一度上からスカタンクへ向かう。
「何度やっても同じよ。スカタンク、迎え撃ちなさい!」
スカタンクが構えたところで、ビブラーバが口を開いた。
「……ん?」
その口元へ、見たことのない光が集まっていく。
「それ、何だ?」
ジュピターの表情が変わった。
「スカタンク、避けなさい!」
ビブラーバの口から光が放たれる。
「りゅうのいぶき……!」
ジュピターが技名を口にした直後、攻撃がスカタンクの身体へぶつかり、大きな身体を砂の上で押し戻した。
「りゅうのいぶき……今の技か」
砂煙の向こうからスカタンクが姿を現す。倒れてはいないけど、キルリア、クチート、チュリネと続けて戦った傷も残っているのか、さっきより呼吸が大きくなっていた。
「効いてる! もう一回いけるか!」
すぐに攻撃すると思ったけど、ビブラーバは空中を一度大きく回ったあと、俺の方へ顔を向けた。
「……ん?」
そのまま待っている。
さっきまで何を言っても一匹でスカタンクへ向かっていたのに、今は俺を見たまま次の動きを決めようとしない。
「……俺が言っていいの?」
「ブラァ」
ビブラーバはひとつ鳴いて答えた。
「……そっか。じゃあ、一緒にやろうぜ!」
ビブラーバが羽根を広げ、もう一度スカタンクの上へ戻っていく。
「すぐ攻撃しなくていい! 上から回って、スカタンクの向きだけ変えろ!」
右へ回ればスカタンクも追い、反対側へ抜ければ身体ごと向きを変える。ジュピターもすぐ狙いに気づいたらしく、無理に攻撃させず中央で待たせた。
「そんな見え透いた誘いに乗ると思って?」
「だったら、もっと動く! ビブラーバ、高さ変えながら回れ!」
高く昇ったかと思えば、今度は高度を落とす。まだ旋回するたびに大きく膨らみ、思ったより早く下がりすぎる時もあったけど、動きが一定じゃない分、ジュピターもさっきまでみたいに先回りしてスカタンクを置けなくなっていた。
「そのまま上!」
ビブラーバが一気に高度を取る。
「スカタンク、来るわよ。構えなさい!」
空中で身体を傾け、そのまま急降下を始めた。
「まだ!」
スカタンクが見上げる。
距離が縮まる。
「まだ!」
スカタンクが腕を上げた。
「どくづき!」
「今、横へ!」
ビブラーバが羽根を傾けると身体が横へ流れ、振り上げられた爪がすぐ脇を抜けた。そのままスカタンクの横へ抜ける直前、口元へもう一度光が集まる。
「りゅうのいぶき!」
至近距離から放たれた光がスカタンクを捉えた。
「スカタンク!」
大きな身体が砂の上を何度も転がり、そのまま止まる。
「…………」
ジュピターが黙った。
俺もすぐには声が出なかったけど、スカタンクが起き上がらないのを見て、ようやく息を吐いた。
「……やった?」
『ユア』
「分かってる。まだ終わってない」
ジュピターへ目を戻すと、その手はもう腰にある別のボールへ伸びていた。
「……まだいるのかよ」
「当たり前でしょう。スカタンク一匹を倒しただけで、私に勝ったつもり?」
「思ってねぇよ。でも次も――」
「ジュピター様!」
離れたところにいた団員が声を上げた。
「回収済みの個体と調査データは確保できています! これ以上ここへ留まる必要はありません!」
ジュピターは俺からビブラーバへ視線を移し、さらに砂地へ残っているナックラーたちを見た。少し黙ったあと、腰のボールから手を離して倒れたスカタンクを戻す。
「……まあ、いいでしょう。予定していた数には足りないけれど、必要なデータは取れているもの」
それから俺を見る。
「勘違いしないことね。あなたが私に勝ったわけではないわ」
「分かってるよ」
「…………」
「でも、こいつら全部は連れてけなかっただろ」
ジュピターの眉がわずかに動いた。
「……本当に、生意気な子ね」
踵を返すと、団員たちも回収したボールを持ってその後へ続いていった。捕まったナックラーを全部取り戻せたわけじゃない。それでもギンガ団の姿が遠ざかるにつれ、砂へ潜っていたナックラーたちが一匹ずつ顔を出し、周囲を確かめながら地上へ戻ってくる。
その上では、まだ羽音が続いていた。
「おーい! もう終わったぞー!」
ビブラーバは降りてこない。少し高度を下げたかと思えば、また羽根を動かして上がり、砂地の上を大きく回っていく。
「……聞いてる?」
『いいじゃん。もうちょっと飛ばせてあげようよ。ずっと飛びたかったんだから』
「……まあ、そりゃそうか」
さっきまでまともに曲がることもできなかったのに、何度も飛んでいるうちに少しずつ羽根の動きが揃ってきた。高く昇ったと思えば地面すれすれまで降り、ナックラーたちの上を通り過ぎると、また四枚の羽根を広げて空へ戻る。
「めちゃくちゃ飛ぶじゃん」
『ユアだって、ずっとやりたかったことが急にできるようになったら、たぶん同じことするよ』
「俺はもうちょっと落ち着くって」
『ほんとに?』
「……たぶん」
キルリアが笑う。
しばらく空を飛び回ったあと、ビブラーバはようやく高度を落とし、群れの近くへ降りた。ナックラーたちが周りへ集まり、見慣れない姿や四枚の羽根を眺めながら身体を寄せている。
俺はそこへ入らず、少し離れた場所から見ていた。
やがて仲間たちに囲まれていたビブラーバが顔を上げる。
目が合った。
「……飛べたな」
「ブラァ」
ビブラーバは小さく鳴いて答えると、四枚の羽根をもう一度広げた。砂がふわっと舞い、その身体が仲間たちの上へ浮かび上がる。
今度は、落ちてこなかった。