ビブラーバがまだ空を飛び回っている間に、俺はキルリアたちのところへ戻った。スカタンクとの戦いで荒れた砂地には、転がった跡や削れた場所がいくつも残っていて、その真ん中でキルリアは脚を横へ崩して座り、クチートは大顎を砂へ預けたまま伏せている。チュリネも葉を少し垂らして動かずにいたけど、俺が近づくと三匹ともこっちを見た。
「お前、最後のあれ絶対無理しただろ。指示も出してないのに勝手にサイコショック撃って、怪我が酷くなったらどうするんだ」
キルリアは俺と目が合った途端、少しだけ視線を逸らした。
『……ごめん。でも、あそこで何もしない方が嫌だったもん。ナックラー、一人でまたスカタンクに向かおうとしてたし……ラルトスだった頃の自分と重ねちゃって、気付いたら動いちゃってた』
「……まあ、俺が止めても撃ってただろうけどさ。もうやったことはいいよ。でも今はちゃんと休んどけ。立てないのにまた無茶したら、今度はほんとに怒るからな」
『うん。もうしない』
「ほんとかよ」
『今日はね』
「今日だけかよ」
キルリアが少し笑ったので、それ以上は言わずに今度はクチートの様子を見ようと隣へ顔を向けた。
目が合う。
「……ん?」
クチートは何も鳴らさず、伏せていた身体を少しだけ起こした。そのまま俺の方へ寄ってくると、背中の大顎を邪魔にならない方へずらし、当然みたいに頭を俺の膝へ乗せる。
「…………」
見下ろす。
クチートもこっちを見ている。
「……さっきの抱っこといい今といい、今日は甘える日なのか?」
『ふふっ』
「なんだよ」
『なんでもない』
キルリアはそれ以上何も言わず、クチートだけは膝から頭を退けようとしない。昨日はカメックスとあれだけ正面からぶつかって、今日はスカタンク相手にまた無茶したんだから、さすがに疲れてるんだろうと思い、頭へ手を乗せて軽く撫でてみた。
嫌がらない。
「……まあ、今日は頑張ったもんな。少しくらいいいか」
ガチッ。
「その状態でも鳴らせるんだな、それ」
返事を聞きながら撫でていると、クチートは目を閉じるでもなく、ただ俺の膝を使ったままじっとしている。普段なら少し離れたところにいるのに、今日は朝から抱っこを要求したり、今度は膝へ頭を乗せたり、どうしたんだこいつと思いながらも、退ける理由もないのでそのままにしておいた。
チュリネは少し離れたところで座ったままこっちを見ていた。空いている方の手で葉の先についた砂を払ってやると、身体を小さく揺らし、今度は頭上を飛んでいるビブラーバへ顔を向ける。
「チュリネも今日はもう終わりな。みんな少し休んで、歩けるようになったらポケモンセンター戻ろうぜ。さすがに今また何か出てきても、三匹とも戦わせないから」
『それならユアも休んでよ。戦ってはいないけど、ナックラーが落ちてくるたび何回も受け止めてたでしょ?』
「俺はまだ平気。……まあ、腕はちょっと痛いけど」
『ほら』
「分かったって。今日は俺も大人しくしとく」
そう言いながら辺りを見ると、少し離れた砂地にいくつもの穴が残っていた。ギンガ団が来る前までは、あそこから何匹ものナックラーが顔を出していたはずなのに、今は空いたままになっている場所が目立つ。残った群れは砂地の奥へ少しずつ集まり始めているけど、団員のボールへ入れられた奴らは戻ってこない。
「……連れてかれた奴ら、取り返せなかったな」
ギンガ団が消えていった方へ目を向けると、キルリアも黙った。
「分かってるよ。今から追いかけたって、また全員やられるだけだろ。キルリアもクチートもチュリネもまともに戦えないし……そもそもジュピター、最後までスカタンク一匹しか出してないしな」
『……うん。今追いかけるより、まずみんな治した方がいいよ。次に会う時までに、また強くなればいいんだから』
「……次会った時も、あんな差があるままじゃ嫌だな」
膝の上でクチートの大顎が小さく動いた。
ガチッ。
「お前もそう思う?」
今度は返事がなかったけど、クチートの目はギンガ団が消えた方へ向いている。
俺ももう一度そっちを見てから、頭上の羽音へ顔を上げた。さっきまで砂地の上を何度も飛び回っていたビブラーバが、ようやく少しずつ高度を落としている。まだ真っ直ぐ降りるのは難しいのか、大きく二度回ってから群れの近くへ着地すると、残ったナックラーたちがすぐに寄っていった。
一匹が四枚の羽根へ顔を近づける。
ビブラーバが少し羽根を動かすと砂がふわっと舞い、驚いたそいつが一歩だけ下がった。それでも逃げずにまた近づき、今度は別のナックラーまで細くなった身体の横へ寄っていく。
「……ちゃんと分かるんだな」
『ずっと一緒にいた仲間だもん。姿が変わったくらいじゃ分からなくならないよ』
「そっか」
ビブラーバも嫌がる様子はなく、集まってきた仲間たちの真ん中にいる。あいつらを守ろうとして何度倒されてもスカタンクの前へ戻っていたんだから、あそこがこいつの場所なんだろう。
「やっぱ仲間んとこが一番だよな」
『……そうかもね』
「また笑ってる」
『笑ってないよ』
「笑ってるじゃん」
キルリアは誤魔化すみたいにチュリネの方へ顔を向けた。
ーー
しばらく休むと、最初にクチートが俺の膝から頭を上げた。大顎についた砂を振り落とし、何事もなかったみたいに立ち上がると、いつものように少し後ろへ回る。
「……もう終わり?」
ガチッ。
「はいはい」
さっきまで膝を使ってたくせに、立ち上がった途端いつも通りなのが少し腹立つ。
チュリネもゆっくり立ち、最後にキルリアが両手を膝へついて身体を起こした。倒れないか横で見ていたけど、今度はちゃんと自分の脚で立っている。
「歩けそうなら戻ろうぜ。ポケモンセンター着いたら今日は全員休み。俺も腕痛いし、もう寄り道もしない」
『ユアからそれ言うならほんとに疲れてるんだね』
「俺だって疲れる時くらいあるわ」
『じゃあちゃんと休んでね』
「分かった分かった」
歩き出す前に、もう一度群れを見ると、ビブラーバはまだナックラーたちに囲まれていた。何も言わずに帰るのも変な気がして、三匹を待たせたまま砂地へ戻る。俺が近づくと、ビブラーバが仲間たちの間から顔を上げた。
「じゃあな、ビブラーバ。飛べてよかったな。もう崖から飛び降りなくてもいいんだから、今度からはちゃんと羽根使えよ」
「ブラァ」
「あと……こいつらのこと頼むな。まあ、俺なんかに言われなくても分かってると思うけど」
ビブラーバが一度だけ群れへ顔を向けた。
「じゃあな」
「ブラァ」
片手を上げて背中を向ける。
崖から勝手に飛び出して、何度落ちてもまた登って、最後には本当に空まで飛んだ。大事な仲間もここにいるなら、もう俺が心配することもないだろう。
ーー
湿った草のある場所まで戻り、来た時と同じ道を出口へ向かう。三匹の歩調に合わせてゆっくり進んでいると、いつからか後ろから低い羽音が聞こえていた。
大湿原なんだから、飛んでるポケモンくらいいるだろうと最初は気にしなかった。水溜まりを避けて右へ曲がっても聞こえる。木の板を渡って、その先まで歩いてもまだ続いている。
「…………」
足を止めて振り返った。
少し後ろの空中に、ビブラーバがいた。
「……何してんの?」
「ブラァ」
「いや、何してんのっていうか……仲間んとこ戻らなくていいの?」
ビブラーバは同じ高さで羽ばたきながら俺を見ているだけで、来た道へ戻ろうとはしない。
「……途中まで見送り?」
「ブラァ」
「まあいいや」
もう一度歩き出すと羽音もついてくる。
少し進み、水辺を一つ越えてからまた振り返る。
まだいる。
「…………」
俺が止まるとビブラーバも止まり、二、三歩進むと同じだけ後ろからついてくる。
「いや、なんでずっとついてくんの?」
「ブラァ」
「それじゃ分かんねぇって」
隣を見ると、キルリアがビブラーバを見ながら笑っていた。
「……キルリア。絶対なんか知ってるだろ」
『さあ? でも、ずっとユアのこと見てるよ。私に聞くより、自分でちゃんと聞いてみたら?』
「もう何回も聞いてんだけどなぁ……」
もう一度ビブラーバを見る。
群れのいる砂地はかなり後ろまで離れ、もうここからじゃ見えない。それでもあいつは戻らず、俺たちが動くのを待っている。
「…………」
ビブラーバの前まで戻る。
「……もしかしてさ。俺たちと一緒に来たいの?」
「ブラァ!」
今までより大きな声が返ってきた。
「……マジ?」
「ブラァ」
今度は聞き返さなくても分かった。
「でも、お前……あいつらは?」
来た道の方を指すと、ビブラーバもそちらへ顔を向けた。草と水路の向こうに隠れて群れの姿は見えないけど、しばらく同じ方向を見たまま羽根を動かしている。
それでも戻らない。
「……いいの?」
ビブラーバが俺へ顔を戻した。
『大事じゃなくなったわけじゃないよ』
「……分かるの?」
『少しだけ。でも、大事だからあんなに守ろうとしたんだと思う。それでも今、ユアたちと一緒に行きたいって思ってるのも本当。あとは本人に聞いてあげればいいじゃん』
「……そっか」
ビブラーバは俺たちが向かっていた方へ顔を動かし、その先へ続く空を見上げる。
大湿原の外まで空は続いている。
「……もっと飛びたい?」
四枚の羽根が大きく動く。
「ここだけじゃなくて、もっといろんなところ行ってみたいの?」
「ブラァ!」
「そっか」
腰へ手を伸ばし、空のモンスターボールを一つ取り出した。
手のひらへ乗せて、ビブラーバへ見せる。
「俺、まだまだ色んなとこ行くぞ。シンオウだって全然回れてないし、この先どこまで行くかも俺には分かんない。ついてくるなら、たぶんここより遠くまで飛べると思う」
ビブラーバが少し高度を下げる。
「でも、一緒に来るならこれには入ってもらうことになる。無理にとは言わないし、やっぱ群れに残るって決めてもいい」
ボールを差し出す。
「……それでも俺たちと来る?」
ビブラーバはすぐには動かなかった。俺の手を見て、ボールを見て、もう一度だけ来た道の方へ顔を向ける。それから俺へ戻すと、少しずつ高度を下げ、細長い顔を手元へ近づけてきた。
自分からボールの真ん中へ触れる。
「え」
赤い光がビブラーバの身体を包み、そのまま手のひらのボールへ吸い込まれた。
ボールが一度揺れ、もう一度。
少し間を置いて、最後にもう一度動く。
カチッ。
「…………」
動かなくなったボールを見つめる。
『ユア?』
「……ほんとに来た」
『だから言ったじゃん』
「言ってねぇよ。お前ずっと知ってそうな顔してただけじゃん」
『でも、ちゃんと自分で聞けたでしょ? ビブラーバも自分で決めたんだから、それでいいじゃん』
「……まあ、そうだけど」
手の中のボールへ目を落とす。
ナックラーだった時は勝手に崖から飛び出し、何度落ちてもまた登った。仲間が連れていかれそうになれば、今度は何度倒されてもスカタンクへ向かっていった。
最後には羽根まで生やして、本当に飛んだ。
「……これからよろしくな、ビブラーバ」
ボールを腰へ戻しかけたところで、さっきまで空を飛び回っていた姿を思い出して手を止める。
「……いや、いきなり入れっぱなしは嫌か」
ボールを持ち直す。
「出てこい、ビブラーバ」
赤い光が飛び出し、目の前で細長い身体を作る。姿を現したビブラーバは地面へ降りるより先に四枚の羽根を広げ、そのまま俺たちの頭より高いところまで飛び上がった。
「やっぱ飛ぶんかい!」
「ブラァ!」
『そりゃ飛ぶよ。ずっと飛びたかったんだから、今は飛べるだけ飛びたいんじゃない?』
「別にダメとは言ってないって。あんま遠く行くなよ!」
ビブラーバが俺たちの頭上を一周し、さっきより少し滑らかに身体の向きを変えながら戻ってくる。
その下でクチートが足を止めた。
顔を上げる。
ビブラーバも気づいたのか、高度を下げてクチートを見る。
二匹の視線がしばらく重なった。
ガチッ。
「ブラァ」
間を置かず、ビブラーバが鳴き返す。
「……何話したの?」
クチートは俺へ顔を向けず、ビブラーバも空中に浮いたままクチートを見ている。
その隣で二匹を見比べていたキルリアが、クチートへ少しだけ身体を寄せた。
『……ライバル出現だね』
ガチンッ。
「なんで今のだけちょっと強いんだよ」
『ふふっ、なんでもない』
「絶対なんか知ってるだろ」
クチートは知らん顔で前を向き、そのまま歩き出した。ビブラーバも「ブラァ」ともう一度鳴くと、今度はその少し上をついていく。
「……まあいいや。チュリネも、こいつ今日から一緒だからな」
チュリネが顔を上げると、ビブラーバはその頭上まで来て一度だけ高度を落とし、すぐにまた俺たちの上へ戻った。チュリネも飛んでいく姿をしばらく目で追ってから、クチートの後を歩き始める。
「よし。今度こそ帰るぞ」
キルリアが隣へ並び、クチートとチュリネが少し前を歩く。頭の上からは、ここへ来た時にはなかった羽音が聞こえていた。
大湿原の出口が見えてくる頃には、ビブラーバは少し先まで飛んでは戻ってくるのを何度も繰り返していた。
「おーい、ビブラーバ! あんま先行くなよ!」
「ブラァ!」
呼ぶと、少し前を飛んでいた身体がこちらを向く。四枚の羽根を傾け、大きく円を描きながら戻ってくると、そのまま俺たちの頭上で速度を落とした。
クチート、キルリア、チュリネ。
その上に、さっきまでいなかったビブラーバ。
四枚の羽根が鳴る音を聞きながら、俺たちは一緒に大湿原の出口を越えた。