ノモセシティ編 第9話
大湿原での騒ぎから数日が経ち、キルリアたちの傷もすっかり治った。朝のノモセシティを歩いていても、キルリアはいつものように俺の隣でチュリネと並び、クチートも少し後ろからついてくる。そこまでは前と変わらないけど、一匹増えたせいで頭の上だけはずっと騒がしかった。
「ビブラーバ! そっち人いるから気をつけろって!」
「ブラァ!」
建物の間を抜けていたビブラーバが大きく曲がり、そのまま俺たちの上へ戻ってくる。飛べるようになってまだ数日しか経っていないのに、最初みたいに曲がるたび身体を傾けることも減り、今では屋根より高く上がったと思えば急に俺の頭くらいまで降りてきたり、気になるものを見つければ横へ逸れたりと好き放題だった。
『また戻ってきたね。ちゃんとユアの声聞いてるじゃん』
「聞いてるなら最初から先行かないでほしいんだけど。街ん中で誰かにぶつかったらどうすんだよ」
『飛ぶの楽しいんだから仕方ないよ。ユアだってプロレス見つけた時、私が何言っても全然聞いてなかったし』
「まだそれ言う?」
『だって同じだもん』
「……はいはい」
キルリアが笑い、その横ではチュリネが頭上を通り過ぎたビブラーバを目で追っている。少し後ろのクチートも一度だけ顔を上げたけど、すぐ何事もなかったみたいに前へ戻した。
今日はこのまま街をぶらつくために出てきたわけじゃない。
向かっているのはノモセジムだった。
ーー
「おう、ユア! もう傷はいいのか!」
ジムへ入るなり、奥からマキシの大声が飛んできた。こっちへ歩いてくると、最初に俺ではなくキルリアたちを順番に見て、三匹とも普通に立っているのを確かめたところで大きく頷く。
「よし! もう平気そうだな!」
「うん。みんな治った」
「そうかそうか! それなら――ん?」
マキシの目が俺たちの頭上で止まった。
ビブラーバが少し高度を落とし、その顔を覗き込む。
「……そいつは見ない顔だな。この前はいなかっただろ?」
「それもあとで話す。でも今日は先に、大湿原のことで話がある」
さっきまで笑っていたマキシが俺を見る。
「……分かった。聞こう」
近くの椅子へ移動し、俺は大湿原で起きたことを順番に話した。砂地にいたナックラーたちのこと、そこへギンガ団が入ってきたこと。本来あそこにいないナックラーを自分たちで持ち込み、違う環境で群れを作れるか調べていたこと。調査が終わったからと、今度は片っ端からボールへ入れて持っていこうとしていたこと。
「止めようとしたら戦いになった。ジュピターって女がいて、周りの奴らがそいつの言うこと聞いてたから、たぶん幹部だと思う。スカタンク一匹でキルリアもクチートもチュリネもやられて……何匹かのナックラーは、そのまま連れてかれた」
「……ギンガ団か」
マキシが腕を組む。
「俺が聞いているギンガ団とは随分話が違うな。研究やエネルギー開発なんかをやっている団体だとは聞いていたが、大湿原へ勝手にポケモンを持ち込んで実験しているなんて話は聞いたことがない」
「俺、あいつらと会ったの初めてじゃないよ」
「何?」
「ヨスガへ行く前にテンガン山でも会った。そん時はマーズって女がいて、あいつも周りの団員より上っぽかった。俺たち、そいつにも負けた」
マキシの眉が少し動いた。
「テンガン山でも幹部か」
「うん。ジュピターもマーズのこと知ってたし、俺のことも聞いてたみたいだった」
「なるほどな……」
マキシは少しだけ黙り、組んでいた腕を解いた。
「ああ。今の話だけでギンガ団全体を悪党扱いはできん。だが、テンガン山、そして大湿原で幹部に会ったんだろ? 二度続けば偶然で片づけるには無理がある。俺からリーグ協会へ報告する。大湿原の警備も見直して、他の街にも奴らの動向を気にしてもらった方がいいだろうな」
「リーグにも?」
「ああ。大湿原の管理側にも俺から話を通す。どのくらいの期間ナックラーを放していたのか、管理記録に何か残っていないかも確認させる。今後また連中が入ってくるなら、今回みたいに好き勝手させるわけにはいかん」
「……連れてかれたナックラーたちは?」
マキシはすぐには答えず、俺を見る。
「まず何匹が捕まったのか確認する。それから、どこへ運ばれたのか手掛かりを探す。ギンガ団の施設や移動経路が分かればリーグにも情報を回せるだろう。今ここで必ず取り返すとは言えんが、調べることはできる」
「……そっか」
全部助ける、と簡単に言われるよりはよかった。
「じゃあ、お願いしていい?」
「任せろ。ここはノモセだからな」
マキシが拳を胸の前へ持ち上げる。
「大湿原のことは俺たちが動く。お前はまず、自分のポケモンたちをちゃんと休ませろ」
「もう治ってるって」
「ガッハッハッハ! なら次に無茶をするまでの時間が少し伸びただけだな!」
「なんだよそれ!」
さっきまでの固い声が消え、いつもの大笑いがジムの中へ響いた。
「ところで」
笑い終えたマキシが、今度こそビブラーバを見る。
「そろそろ聞いていいか? そいつはどうした?」
「大湿原で仲間になった。最初はナックラーだったんだけど」
「ナックラーだったのか!?」
「うん。飛べないのに崖から何回も飛び降りててさ。最初に見つけた時なんか俺が下で受け止めたんだぞ。それでも全然やめないから、途中から落ちても怪我しないように俺が付き合ってた」
「ブラァ!」
「お前も自慢するところじゃないだろ」
頭上から鳴き声が返ってきた。
「で、ギンガ団が来て仲間が捕まり始めたら、今度はスカタンクに何回やられても前に出て……その途中で急に光って、気づいたらこいつになってた」
「なるほど。それでスカタンクを倒したのか」
「最後は一緒に戦った。でも、ジュピターにはまだ他のポケモンがいたから、勝ったって感じじゃないけど」
「それでも大したもんだ! ガッハッハッハ! ジムに挑んで、大湿原へ行って、最後には仲間まで増やしたか! 随分と濃いノモセ滞在になったじゃないか!」
「俺が捕まえに行ったわけじゃねぇよ。こいつが勝手についてきたんだって」
「ブラァ!」
「ほら、なんか言ってる」
「ガッハッハ! 気に入られたんだろう!」
「……まあ、たぶん」
ビブラーバはそのまま俺たちの上を一度回り、また元の位置へ戻った。
「それでユア、お前はこのあとどこへ向かうんだ?」
「トバリシティ。次のジムにも挑みたいし」
「トバリか!」
マキシが急に声を大きくする。
「あそこのジムリーダーは生粋の格闘家だ! 俺のようなレスラーとは違って当身を得意とする格闘家でな、使うポケモンはかくとうタイプばかりで、よくゴーリキーと組手をしている!」
「ゴーリキーと……組手?」
「ああ! 真正面から打ち合っても簡単には退かんぞ!」
「…………」
頭の中に、でかい男が浮かんだ。
マキシほど横に広くはないけど、腕はゴーリキーみたいに太く、拳なんか俺の頭くらいありそうな男。上半身はほとんど筋肉で、ゴーリキーのパンチを片手で受け止め、そのまま投げ飛ばす。
絶対そんな感じだ。
「リーグ最年少の嬢ちゃんのくせして、ポケモンも格闘技も強さは一級品だぞ! ガッハッハッハ!」
「…………」
今、なんて言った?
「……嬢ちゃん?」
「ん?」
「女の子なの?」
「そうだぞ」
「……んえぇ!? その情報で女の子なことある!?」
隣でキルリアが吹き出した。
『ふふっ』
「いや絶対もっと早く言う情報あっただろ! ゴーリキーと組手って聞いた時点でめちゃくちゃでかい男想像したんだけど!」
「何を驚いている! 強さに男も女も関係ないだろう!」
「そういう意味じゃねぇよ! 説明の順番の話!」
「ガッハッハッハ!」
「笑って誤魔化すなよ!」
マキシの笑い声につられ、キルリアまでまた笑い始める。
「……まあいいや。会えば分かるし」
「そういうことだ! 挑むなら覚悟して行けよ。見た目で油断したら痛い目を見るぞ!」
「もうその説明聞いたあとで油断できねぇよ」
「それなら結構!」
マキシは満足そうに頷いた。
「明日には出るのか?」
「うん。今日は準備して、明日の朝には出ようと思ってる」
「そうか! なら次にノモセへ来る時は、もっと強くなって来い! 俺もカメックスも待っているぞ!」
「次来たらさ」
「ん?」
「またプロレス見せてよ」
マキシの顔が一気に明るくなる。
「もちろんだ! 次はもっとすごい試合を見せてやる! 一番前を空けておいてやろう!」
「ほんと!?」
『ユア、そっちの方が嬉しそう』
「だって見たいじゃん!」
「ガッハッハッハ! その意気だ!」
ーー
翌朝、荷物を持ってポケモンセンターを出た。
キルリアは俺の隣、チュリネもその近くを歩き、クチートは少し後ろからついてくる。ビブラーバだけは朝から元気で、俺たちの頭上を飛んでは少し先まで行き、呼ばれる前に戻ってくるのを繰り返していた。
街の出口へ向かって歩いていると、通りの向こうから大きな歓声が聞こえてきた。
「うおおおおおおおっ!!」
「…………」
足が止まる。
聞き覚えのある方向を見る。
あの建物だ。
『……見ていく?』
キルリアが横から聞いてくる。
「…………」
出口を見る。
建物を見る。
もう一度出口を見る。
「……いや、行く」
『ほんとに?』
「今日は行くって決めたから。でも次来た時は絶対見る」
『やっぱり見たいんじゃん』
「見たいに決まってんだろ。マキシがもっとすごい試合するって言ってたんだぞ?」
『じゃあ次のお楽しみだね』
「おう」
歓声を背中に聞きながら、今度こそ街の出口へ向かう。
「……増えたな」
『賑やかになったね』
「ブラァ!」
「お前のことな」
ビブラーバが気にした様子もなく、俺たちより先へ飛んでいく。
「おい! ビブラーバ、先行きすぎんなって!」
「ブラァ!」
呼ぶと、前を飛んでいた身体が空中で向きを変え、大きな円を描きながら戻ってきた。
その羽音にクチートが顔を上げる。
ガチッ。
「ブラァ」
「……お前ら、もう仲良くなった?」
隣のキルリアが小さく笑った。
『ふふっ』
「なんで笑うんだよ」
答えは返ってこない。
ビブラーバが頭上へ戻り、俺たちはそのままノモセシティを背にして、次の街へ続く道を歩き出した。