1話
ノモセシティを出て何日か歩き、昼を少し過ぎた頃には、道の先まで建物が続くようになっていた。広い通りには人とポケモンが行き交い、荷物を積んだ車が交差点を曲がっていく。建物の隙間からは大きな倉庫らしい屋根も覗いていて、頭上を飛んでいたビブラーバはあちこち気になるのか、少し先へ行っては高度を上げ、また戻ってくるのを繰り返していた。
「ビブラーバ、あんま遠く行くなよ!」
「ブラァ!」
呼ぶと、屋根の高さまで上がっていた身体が傾き、大きく円を描いて戻ってくる。最近は羽根の動かし方にも慣れてきたらしく、進化した直後みたいに曲がるたび身体をぐらつかせることも減った。それでも飛べること自体が楽しいのは変わらないようで、俺たちの頭上を一周すると、今度は少し前へ出て通りを見下ろしている。
『ちゃんと戻ってくるんだからいいじゃん。楽しそうだよ』
「人にぶつからなきゃな。街ん中でまで好き放題飛ばれたら、追いかけるこっちが大変なんだよ」
『でもユア、飛ぶ練習してた時はずっと応援してたじゃん』
「飛べとは言ったけど、俺を置いてけとは言ってねぇよ」
『ユアだってノモセで寄り道したじゃん』
「……あれは寄り道じゃねぇよ」
『じゃあ何?』
「…………飯探すぞ!」
『ふふっ』
街へ着いたら先にジムを探すつもりだったけど、通りの向こうから焼いた肉の匂いが流れてきた途端、予定なんて簡単に変わった。朝から歩きっぱなしで腹も減っているし、ジムなら飯を食ってからでも逃げない。
「そういや、ここのジムリーダーなんだよな。ゴーリキーと組手してるってやつ」
『うん。マキシさんが言ってた女の子だよね』
「今考えても説明の順番おかしいだろ。生粋の格闘家で、当身が得意で、使うポケモンはかくとうタイプばっか。しかもゴーリキーと組手までしてるんだぞ? そこまで聞いたあとで女の子って言われても、全然頭ん中で繋がらねぇよ」
『でもマキシさん、一つも嘘ついてないよ。ユアが勝手に大きい男の人を想像しただけでしょ』
「説明の順番が悪いんだって。普通は最年少の女の子ってところから言うだろ」
『強さに男も女も関係ないって言ってたじゃん』
「分かってるって。そういう話じゃなくて、ゴーリキーと組手って聞いた時点でもう頭の中にでっかい格闘家が完成してんの」
『じゃあ会ったら答え合わせできるね』
「……ほんとに会ったらな」
そもそも街へ着いたばかりで、ジムリーダーがどこにいるかも分からない。ジムへ行けば会えるだろうけど、それより今は飯だった。
店の看板を眺めながら歩いていると、開いた扉から料理の匂いが流れてくる食堂を見つけた。中を覗けば人間だけじゃなくポケモンを連れた客も何組かいて、奥には広めの席も空いている。
「ここにしようぜ」
全員で中へ入り、案内された席へ腰を下ろす。メニューを開いて俺は肉の乗った大盛りの丼を選び、キルリアたちの分も順番に頼んでいると、ビブラーバがテーブルの端へ前脚をかけて横から顔を寄せてきた。
「お前、それ見ても分かんないだろ」
「ブラァ」
「近いって。ちゃんとお前の分も頼んだから待ってろ」
顔を軽く押し返すと素直に離れたものの、今度は料理を運んでいる店員へ首を向ける。そのまま一人通り過ぎるたびに顔まで動かしていて、まだ何も来ていないのに落ち着かない。
『自分の探してるのかな』
「どれ頼んだか知らないのに?」
『じゃあ全部自分のだと思ってるとか』
「それは困る」
「ブラァ!」
「違うからな」
何に返事をしたのか分からないけど、ビブラーバはまた店員を目で追い始めた。
しばらくして料理が揃うと、さっきまで忙しかった首もようやく止まった。俺も箸を取り、まずは空腹をどうにかすることに集中する。
丼を半分くらい食べたところで、入口の扉が開いた。
入ってきたのは俺と同じくらいの歳に見える女の子だった。小柄で、身体にはぴったりしたトレーニング用らしい服を着ている。店員に声をかける様子にも慣れた感じがあり、そのまま一人で空いている席へ向かった。
その時は一度見ただけで、俺もすぐ丼へ戻った。
次にそっちを見たのは、店員が両手に皿を持って横を通り過ぎた時だった。
二枚とも、さっきの女の子の前へ置かれる。
別の店員も来た。
さらに二皿。
その後ろから汁物まで運ばれてくる。
「…………」
『どうしたの?』
「いや……誰かあとから来るのかなって」
さすがに一人分には見えない。家族か誰かと待ち合わせでもしてるんだろうと思い、自分の飯へ視線を戻す。
しばらくして何となくもう一度見ると、席に人は増えていなかった。
代わりに皿が減っている。
「…………」
女の子は普通に食べていた。
慌ててかき込んでいるわけでもない。肉が乗っていた皿を空にすると次へ移り、合間に汁物を飲み、横に置かれた飯も減っていく。俺が見ている間にも一枚食べ終わり、店員が空いた皿を持っていった。
『……ユア、見すぎ』
「だって、あれ全部一人で食ってんぞ」
『ユアも大盛りじゃん』
「俺の丼何個分あると思ってんだよ」
声を落としたつもりだったが、どうやら聞こえていたようで女の子の箸が止まった。
「どうかしましたか?」
「え」
こっちを見ている。
「え、いや……結構食べるん……ですね」
「はい!」
見ていたことを気にした様子もなく、女の子はあっさり頷いた。
「これくらい食べないと、組手もジムもやれませんから」
「……組手?」
口へ運びかけていた箸が止まる。
組手。
ジム。
もう一度、女の子を見る。
小さい。俺とほとんど歳も変わらなさそうで、さっきキルリアと話していた格闘家とはどうやっても同じ姿にならない。
「……もしかして、トバリのジムリーダー?」
「はい! トバリジムのスモモです! 押忍!」
「…………」
いた。
「……ほんとに女の子だった」
「はい?」
『ふふっ』
「いや、こっちの話」
隣でキルリアが笑っている。スモモは何のことか分からないらしく首を傾げたけど、俺の顔を見てからキルリアへ目を移し、今度は少し離れたところにいるクチートまで見たところで目を大きくした。
「あっ! もしかして……マキシさんから聞いてますよ! ユアさんですよね!」
「え、俺のこと知ってんの?」
「はい! ノモセジムで対戦したあとに連絡をいただきました。次はトバリへ向かうかもしれないって聞いていたんです。黒い服で、キルリアとクチートを連れているとも聞いていたので、もしかしたらって!」
「……あのおっちゃん、俺の特徴まで伝えてんのかよ」
「ノモセジムでの対戦のことも聞きましたよ。それから、大湿原へ行くって話をしていたことと、プロレスをすごく楽しんでくれたって!」
「最後の情報いる?」
『ノモセで寄り道したくらいだもんね』
「お前それ今日二回目だぞ」
『ふふっ』
スモモもつられて笑い、俺は止まっていた箸を動かした。向こうもまだ食事の途中だったらしく、話しながら次の皿へ手を伸ばす。
「そういや、マキシから聞いたんだけど。本当にゴーリキーと組手してんの?」
「はい! 毎朝やってますよ。ゴーリキーは力が強いので、受け方を間違えると簡単に崩されちゃうんです。でも、相手の動きを見ながら足を運んだり、力を逃がしたりする練習にはちょうどいいんですよ!」
「毎朝かよ……」
そこまで聞いて、ようやくマキシが言っていた姿と目の前の女の子が少しだけ繋がった。
「じゃあ当身が得意ってのも?」
「はい。打撃や投げも練習しますけど、私は相手の力を受けて返す方が得意です。マキシさんとは戦い方が全然違いますね。あの人は真正面からぶつかるのが好きですから!」
「それは分かる。めちゃくちゃ分かる」
カメックスと一緒にリングへ立っていた姿を思い出せば、そこだけは説明されるまでもない。
『マキシさんの話、ちゃんと合ってたね』
「……認める。説明の順番が変だっただけで、嘘はなかった」
「何の話ですか?」
「スモモの話。最初にゴーリキーと組手する格闘家って聞いたから、俺ずっとでっかい男だと思ってたんだよ」
「そうだったんですか?」
「普通そうならない?」
「私はなりませんけど……」
「そりゃ本人だからだろ!」
真面目な顔で返され、キルリアがまた笑う。
スモモはまだ少し不思議そうだったけど、すぐ食事へ戻った。喋っている間にも皿は着実に空いていて、最初に見た時の量が嘘みたいに減っている。
「まあいいや。俺、トバリジムにも挑戦するつもりで来たんだけど、明日行っていい?」
スモモが箸を置き、俺へ身体を向けた。
「もちろんです! 私もマキシさんからユアさんの話を聞いて、一度対戦してみたいと思ってました。今日はこのあとトレーニングがありますから、明日ならいつでも大丈夫です! 押忍!」
「じゃあ明日行く。ゴーリキーと毎朝組手してるジムリーダーが、どんなポケモン使うのか気になるし」
「はい! お待ちしてます!」
勢いよく頭を下げたあと、スモモはまた箸を取った。
俺も丼に残っていた最後の一口を食べ、向こうのテーブルをちらっと見る。
さっきまで並んでいた皿は、ほとんど空になっていた。
「……やっぱそっちの方が気になるな」
「何か言いましたか?」
「なんでもない」
ーー
店を出る頃には腹もいっぱいになり、スモモとは入口の前で別れた。明日の約束を確認すると、「押忍!」と片手を上げてから通りの向こうへ走っていく。
『想像してた人と全然違ったね』
「うん。ていうか、あんな小さいのにどこにあの量入ってんだよ」
『そこ?』
「だって気になるだろ」
『ジム戦は?』
「そっちも楽しみだよ。どんなポケモン出してくるんだろうな」
羽音が近づき、ビブラーバが頭上から俺の少し前まで降りてくる。
「ブラァ!」
「お前は明日出るか分かんないからな。相手見てから決める」
「ブラァ?」
「そんな顔すんなって。出番なくても拗ねんなよ」
ビブラーバはもう一度鳴くと、俺の頭の上を越えて飛んでいった。
「だから先行きすぎんなって!」
少し先で身体が曲がり、こっちへ戻ってくる。
明日はトバリジム。
どんなポケモンが待っているのかキルリアと話しながら、俺たちは泊まる場所を探して通りを歩いた。