その日の夜、約束していた店へ向かうと、スモモはもう奥の広い席に座っていた。俺たちに気づくとすぐに手を上げ、その前にはすでに何皿か料理が並んでいる。しかも店員がちょうど追加の皿を運んできたところだった。
「お待ちしてました、ユアさん! 押忍!」
「おう。……もう頼んでる?」
「はい! ジム戦もありましたから、お腹ぺこぺこです!」
「今日もすごいな」
俺たちも席へつき、メニューを開く。キルリアは俺の隣、クチートとチュリネも近くへ落ち着き、ビブラーバは店員が料理を運ぶたびに首を動かしていた。昨日この街へ着いて最初に入った店でも似たようなことをしていたけど、料理が皿に乗って運ばれてくるのはまだ珍しいらしい。
「ビブラーバ、お前のもちゃんと頼むから人の見んなよ」
「ブラァ」
『昨日よりは大人しくなったんじゃない?』
「昨日は運ばれてる飯全部見てたからな」
注文を終える頃には、スモモの前にあった一皿がもう空になっていた。
「……ほんと早いな」
「そうですか?」
「そうだよ」
本人にはあまり自覚がないらしい。スモモは次の料理へ箸を伸ばしながら、昼間のジム戦の話を始めた。
「ゴーリキーもハリテヤマも、もうポケモンセンターで診てもらいました。今日はゆっくり休ませて、明日からまた練習です!」
「もう明日からやるの?」
「もちろんです! 今日みたいな相手にどう近づくか、考えたいですから。キルリアの“テレポート”を全部追いかけようとすると振り回されますし、“サイコショック”も離れたところから飛んできます。次はもっと上手く距離を詰めます!」
「もう次やる気なんだな」
「負けたところが分かったなら、そこ練習した方がいいじゃないですか!」
「まあ、そりゃそうだけど」
スモモは少しも落ち込んでいない。昼間の試合が終わった直後にも思ったけど、負けたことより次にどうするかの方が気になるらしい。
そうこうしているうちに俺たちの料理も届き、しばらくは普通に食事を続けた。腹が減っていたのは俺も同じで、話すより箸を動かす方が忙しくなる。
半分ほど食べたところで、店の奥から雑音が聞こえた。
ザザッ、と短い音が混じる。
「ん?」
壁際に置かれたテレビの画面が横へ崩れ、映っていた番組の声が途切れた。ほんの一瞬で元へ戻ったけど、近くにいた客がテレビを見ながら小さく「またか」と呟く。
「……今の何?」
俺がテレビを見たまま聞くと、スモモの箸が止まった。
「最近、多いんです」
「テレビが?」
「テレビだけじゃありません。ラジオも急に雑音が入ったり、何も聞こえなくなったりします。すぐ戻る時もありますけど、長い時は何分か続くこともあって」
「店のテレビが壊れてるとかじゃなくて?」
「最初はそれも調べてもらったんです。でも同じ時間に別の場所でも起きてますし、街の設備を見ても大きな故障は見つからなかったそうです。それで今度は電波そのものを調べてもらったら、外から別の電波が出て邪魔してる可能性が高いって」
「誰かがわざとやってるかもしれないってこと?」
「そこまではまだ分かりません。ただ、自然に起きてるものとは考えにくいみたいです」
スモモは一度店内を見てから、少し声を落とした。
「発信してる場所も正確には分かってないんですけど、ギンガトバリビルの周辺へ近づくほど強くなることまでは調べられています」
「ギンガトバリビル……」
聞き慣れない名前だったけど、「ギンガ」という部分だけが引っかかった。
「そのビルって、ギンガ団と関係あるの?」
「分かりません」
スモモはすぐに首を振る。
「名前が似てるだけですし、妨害電波もビルの中から出てると決まったわけじゃありません。今分かってるのは、あの建物の周辺で電波が強くなるってことだけです」
「じゃあビルが原因って決めつけるわけにもいかないのか」
「はい。だから困ってるんです」
スモモは箸を置き、俺の方へ身体を向けた。
「それで……ユアさんにお願いしたいことがあります」
「俺?」
「明日、ギンガトバリビルの周りを少し調べてもらえませんか?」
「スモモが行かないの?」
「私が動くと目立つんです」
スモモは少し困ったように眉を下げた。
「トバリの中なら私の顔を知ってる人も多いです。ジムリーダーが同じ場所を何度も歩き回って何か調べてたら、街の人にもすぐ気づかれますし……もし本当に誰かが電波を出してるなら、その人にも警戒されるかもしれません」
「なるほど」
「ユアさんなら旅の途中でこの街に来た普通のトレーナーです。ポケモンを連れて歩いてても変じゃありませんし、ビルの近くへ行っても私ほど目立たないと思います」
そこまで言ってから、スモモは念を押すように続けた。
「でも、無理に建物へ入ったり、怪しい人を追いかけたりしなくていいです。周りを見て、何か変わったものがあったら教えてください。それだけでも助かります」
「周り見るだけ?」
「はい。ビルが原因なのか、近くに別の何かがあるのか、それすらまだ分かってませんから」
それくらいなら難しい話でもない。明日は街を出る予定もないし、周辺を歩くくらいならできる。
ただ、一つだけ聞いておく。
「報酬は?」
「…………」
スモモの動きが止まった。
俺もそのまま待つ。
しばらく考えたあと、スモモが自分の前に並んでいる料理を見た。
俺もつられて見る。
「今日のご飯、私が奢ります!」
「飯?」
「はい! みんなの分も全部!」
もう一度テーブルを見る。
俺たちの分だけでもそれなりの量がある。最近ビブラーバが加わったばかりで、旅をしていると飯代も前よりかかるようになっていた。
「……全員分?」
「もちろんです!」
「じゃあやる」
『決めるの早いね』
「飯代舐めんな。毎日かかるんだぞ」
『私たちの分もあるもんね』
「そういうこと」
クチートたちの飯だって勝手に空から降ってくるわけじゃない。宿と違って野宿すればどうにかなるものでもないし、一食分でも全部浮くなら普通に助かる。
「ありがとうございます!」
「いや、俺も得するからいいよ。明日その辺歩いて、何か見つけたら戻ってくればいいんだろ?」
「はい! お願いします!」
話がまとまったところで、スモモがまた箸を取る。
俺も食事へ戻ろうとした時、テレビから再び雑音が聞こえた。
今度は長い。
ザザザッ、と音が潰れ、画面が細かく揺れる。映像がほとんど見えなくなり、数秒遅れて音まで消えた。
店の何人かが顔を上げる。
でも、驚いている人はいない。
「……ほんとに慣れてんだな、みんな」
「最近は一日に何度も起きることがありますから」
スモモもテレビを見ていた。
少しして映像が戻ると、客たちはまたそれぞれの食事や会話へ戻っていく。
「これだけ頻繁なら、早めに何とかしたいよな」
「はい。お願いします、ユアさん」
「任せろってほど何かできるか分かんないけど、見るだけ見てくるよ」
それで本題は終わった。
今度こそ飯へ戻り、残っていた料理を食べる。明日どのくらい歩くことになるか分からないし、昼までに戻れるとも限らない。
「……追加頼んでいい?」
「もちろんです!」
『食べるんだ』
「明日動くの俺たちなんだから、食える時に食っといた方がいいだろ」
「それならいっぱい食べてください! 今日は私が払いますから!」
「じゃあ遠慮なく」
店員を呼び、もう一品追加する。
「私はこれと、これと……あとこっちもお願いします!」
「お前も追加すんの?」
「はい!」
「……まだ食うんだな」
スモモは当然みたいに頷き、追加の料理が来る前に残っていた皿へ箸を伸ばした。
隣でキルリアが小さく笑う。
「何?」
『ううん。明日、頑張ろうね』
「飯の分くらいは働くよ」
そう返して、俺も残っていた料理を口へ運んだ。