深海の馬 ~記憶を探す旅~   作:D’n A

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第十章:取り戻したもの

 

 季節は巡り、冬。電飾で彩られ、主の降誕を祝う街の通りを、デンジとアサは凍える手を繋いで歩く。それぞれの空いた片手には、紙袋が握りしめられている。

 二人はあれから、何度かデートを重ねた。仕事と学校が終わった平日の夜に、夕食を共にすることも増えた。だが、師走に入ってからは、アサが期末テストの勉強で忙しくなり、なかなか会うことができなかった。テストが終わってすぐは、解放ムードもあってアサは学友との予定が立て込んでいた。二人での軽いお疲れ会はしていたが、しっかりと時間を取ってデートをするのは久しぶりだ。二人とも、この日だけは一ヶ月以上前から予定を確保していた。

 

「えっと、確かこのあたりなんだけど……どれだ?店の名前コレなんだけど……」

 

 デンジは、ポケットの中でグシャグシャになったメモ用紙をアサに見せる。そこには、綺麗な手書きのアルファベットで店名が記されていた。

 

「女の人の字?これ」

「ん、あぁ。センパイにオススメの店教えてもらったんだ。店の名前難しくて覚えらんねぇから、書いてもらった」

「ふーん……あっ、アレじゃない?筆記体みたいで、分かりにくいね」

「ありがと。行こうぜ」

 

 デンジはメモ用紙をポケットにしまい、アサと手を繋ぎ直して店に向かった。

 店に入り、予約した名前を伝えると、正方形の四人がけの席に案内される。ウェイターは隣り合う席を引き、着席を促す。向かい合っていたいつもの食事と違う席次に、二人は少し緊張する。十代の二人にとっては少し背伸びした店だ。アサは緊張をほぐすように、デンジに小声で問いかける。

 

「デンジ、大丈夫……?ここ、すっごく高かったりしない?」

「ここ教えてくれたセンパイに、高すぎないとこにしてくれって言ったから大丈夫なハズ。……あの人も今のカレシ、初めてだって言ってたから、ちょっと不安だけど……」

 

 ヒソヒソと話していると、ウェイターがメニューを持ってくる。メニューを開き価格を見ると、デンジはホッと息を吐き安心する。普段行く店の数倍は高いが、デンジの給料と普段の出費を考えれば、年に数度の贅沢にはちょうど良い金額だ。反面、アサの顔は硬直する。公安職員には無理のない金額でも、高校生には似つかわしくない金額だった。親の遺産を切り崩して暮らすアサには尚更だ。

 

「デンジ、コレ……」

「ん?あぁ気にすんなよ。今日は奢るぜ」

「え……こんな高いのに」

「オレは社会人だからさ。そんなビビるほどじゃなかったし」

「でも……」

「じゃあ、アサが良いトコに就職して稼いだらさ、今度はオレに奢ってくれよ」

「うん……ありがと」

 

 そんな先の未来まで、一緒にいてくれるつもりなんだ――アサにとってデンジの言葉が、ご馳走に与ることよりずっと嬉しかった。

 二人でメニューを見て、値段は気にせず気になったものを頼む。次々と料理が運ばれ、食事は終盤に差し掛かる。

 

「このウニのパスタ、うめーー!」

「さっきから『うめーうめー』しか言ってない」

「アサだって『美味しい』しか言ってねーじゃん」

「私はもっと何がどう美味しいのか言ってるもん」

「じゃあ、コレは?」

「ウニの火の入り方が絶妙で、生臭くないし、クリームにも味が溶け込んでて、麺との相性が最高で美味しい」

「おぉ、すげぇ。学校じゃそういうのも勉強すんだな」

「そんな訳…………うん、そう。家庭科の授業で習った」

「いいなぁ、オレも学校行きたかったな」

「クッ……アハハ、嘘よ嘘。こんなの学校で習わないよ」

「ええ〜」

 

 デンジの純粋さを前に、アサはすぐには否定せずからかって見せる。デンジが食べながらアサに尋ねる。

 

「そういや、魚ムリなのにウニとかヒトデとかはいけるんだよな」

「自分でも不思議だけど、魚以外の海産物は大体大丈夫…………今ヒトデって言った?ヒトデなんか食べる訳ないじゃん」

「え、食ったって。一緒に。ウニみたいに割って」

「無い無い。大体、どこでヒトデなんて売ってるの」

「どこだっけ……?あれ、水族館?」

「あの水族館にレストランなんて無いし、あったとしてもヒトデなんか出してる訳ないじゃん」

「なんかあの不思議な記憶とごっちゃになってるかも……」

「アハハ、『前世』の私達、水族館のヒトデ捕って食べたの……?」

「そうかも……」

「なにそれ、笑っちゃう。私達、一体どんな状況だったんだろ」

 

 二人は談笑しながら食事を続ける。最後に欲張って頼んだデザートを、はち切れそうなお腹に押し込んだ。

 食べ終わると、二人は待ってましたとばかりに、各々が持ってきた紙袋を持ち出す。今日のメインイベントだ。アサが号令をかける。

 

「せーの」

「「メリークリスマス!」」

 

 紙袋から取り出したプレゼントを交換して、二人揃って目を輝かせて包装を解く。アサが手にしたのは、ワンポイントの猫の刺繍が入った、本革製の財布だった。

 

「可愛い……し、高級感ある」

「前にハンカチ買った店に行って、それがオシャレだなと思って」

「わざわざまたあの店に行ってくれたんだ……ありがと。大切にする。私があげたのは、開けた?」

 

 デンジが手に持つのは、鮮やかなオレンジのマフラーだ。

 

「オレ、マフラー持ってなかったんだ。……あったけぇ」

「ちょっと派手な色だけど、デンジなら似合うかなと思って」

「うん、かっけぇ。今日さみぃし、これ着けて帰る」

 

 二人はしばらく、貰ったプレゼントをまじまじと見つめていた。満足すると、アサは財布を鞄にしまい、デンジはマフラーを巻いて席を立つ。デンジが会計を済ませ、帰路についた。

 レストランに入る前より更に冷える街を、また手を繋いで歩く。電車に乗り席に座ると、寄りかかりあって運ばれる。電車を降りて歩いていると、あっという間にアサの家まで着いてしまった。

 

「今日はありがとな。オレ、クリスマスを誰かと祝うの初めて。マフラー、大事に使うよ」

「私も、お財布ありがとう。あとご飯も全部奢って貰っちゃって……私、いつか絶対お返しするから…………ずっと、一緒にいてよね」

「あ、あぁ。モチロン。離さねぇよ」

 

 つい口から出たクサい台詞に、二人は小っ恥ずかしくなり口を閉じる。数秒の沈黙のあと、デンジがアサに顔を近づけ、唇を重ねる。家まで送った別れの挨拶は、キスが恒例になっていた。唇が離れると、デンジはしどろもどろに口を開いた。

 

「アサ、あのさ、今日、その…………い、いや!やっぱなんでもねぇ。おやす――」

「待って」

 

 デンジが別れの挨拶をしようとすると、言い終わる前にアサはデンジの手を取った。デンジが何を言おうとしたのか理解していたアサは、言葉を続ける。

 

「今日くらい、帰らないで……泊まっていってよ」

「い、いいのか……?」

「うん…………」

 

 ドアを開け、二人は暗い部屋へと入っていく。五月蝿いくらいの心音が鳴り響き、相手にまで聴こえてしまいそうだ。凍える空気の中繋いだ手と手は、汗でびっしょりと濡れていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 暖房をつけたばかりのまだ寒いアサの部屋を、重い沈黙が埋め尽くす。デンジとアサは、ベッドの上に離れて座っている。デンジは初めて入るアサの部屋をキョロキョロと見渡すが、アサの姿を視界に長く入れられない。気を紛らわすように、無理に口を動かす。

 

「テレビでも見るか……?リモコン借りていい?」

「今面白いのやってないよ。それに、そういう気分じゃない……」

「そっか……」

 

 会話が続かない。暖房が効いてきた頃、給湯器の「ピピッ」というブザー音が静寂を破った。その音を聞き、アサはデンジに言う。

 

「先、お風呂入っていいよ。シャンプーとかも、使っていいから」

「風呂……?」

「だって、先に体洗わなきゃでしょ」

 

 確定でそーいうことじゃん――デンジはアサから誘われていることを確信し、更に心音が上がる。同時に浮つき、調子に乗って提案する。

 

「一緒に、入らねぇ?」

「何バカなこと言ってんの…………ううん、嫌なんじゃなくて、心の準備ができてないから、先に入って……」

「わ、分かった……」

 

 アサに促された通り、浴室へ向かう。服を脱ぎ、身体を洗ってから浴槽に浸かる。浸かりながら、前に見た傷顔のアサの幻覚を思い出す。

 

『エッチさせてあげる。アサもしていいって』

 

 いよいよだ――デンジは目の下まで浴槽に浸かり、ブグブクと息を吐いた。

 風呂を出ると、脱衣所に丁寧に畳まれたバスタオルが置いてあった。身体を拭いてから、バスタオルを手に持って眺める。

 

(どーすりゃ良いんだろ……タオルだけ巻いて出て行ったら、ヤる気マンマンみたいで引かれっかな……?)

 

 散々迷った挙句、もう一度服を着て脱衣所を出た。

 

「あっ、服、着たんだ……」

「どーすりゃいいか、分かんなくて……」

「まあ、私もこれから入るし……私が入っている間、脱衣所のドライヤー、使っていいから……」

 

 アサはそう言うと、そそくさと風呂場へと向かった。しばらく待ち、シャワーの音が聞こえると、脱衣所へと向かう。梨地調の半透明のドアの奥に、ぼんやりとした肌色の影が見える。見てはいけないと、目を背けて鏡を見ながら髪を乾かす。途中、何度か誘惑に負け、浴室の方に向き直って肌色を見つめる。ドアの足元に畳まれた衣服を見ると、重なった服の隙間から女性ものの下着の一部が見え、まじまじと見てしまう。シャワーの音が止まり、アサが浴槽に浸かる音がすると、髪を乾かし終えたデンジは慌てて出て行った。

 ベッドに座りながら、アサを待つ。脱衣所からはドライヤーの音が聞こえる。また部屋の中をそわそわと見渡すと、生活感が無くなるほどまで掃除されていることが分かる。

 

(アサ、色々調べて準備して、順序とか全部決めてるんだろうな……)

 

 デートの度、準備に余念が無かったアサのことを思い出す。アサの覚悟を理解すると同時に、自分が情けなくなる。

 

(オレが不甲斐ねぇから……アサ、今日はもう決めてたんだ。でも、ホントはオレも……)

 

 デンジは上着の内ポケットからコンドームを取り出し、ズボンのポケットへとしまった。

 十分以上続いたドライヤーの音が止み、デンジは背筋を伸ばして待機する。脱衣所のドアが開くと、タオルを巻いたアサが現れた。

 

「ア、アサ……?!」

 

 デンジは手で顔を覆う。自分も同じ格好で出るべきか迷っていたくせに、いざアサのタオル姿を見ると気が動転する。指の隙間を通して、そのあられもない姿をちゃっかりと覗く。

 

「だって……こういう時は、こうするんでしょ……?そんな反応されると、ますます恥ずかしい……」

 

 アサはカチカチと電気のスイッチを操作し、常夜灯に切り替える。ほんのりとオレンジ色の光が、ベッドで待つデンジを照らすと、アサはその左側に座る。

 肩を寄せ合う。デンジは、自分の彼女が布一枚で隣にいることを実感する。心臓が破裂しそうなほど脈打っている。意を決して、俯くアサの頬に手を当てる。

 

「アサ、顔……見せて」

「やだ……間違えて髪も顔も洗って、メイク落ちちゃった」

「してなくても可愛いって。平日会う時は、いつもしてねぇじゃん」

「そうだけど……」

 

 観念したアサはデンジと目を合わせると、唇を奪われる。アサの左手の指にデンジの右手の指が絡みつき、肩の高さまで持ち上げられ、握り合う。脇で挟まれていたアサのタオルが、バサっと落ちた。

 

「あっ……」

 

 アサは慌てて繋いでいた手を離し、恥ずかしそうに腕で身体を隠す。デンジは、身体を隠す腕の隙間から覗く腹部を見つめる。華奢な身体に似合わず、そのお腹はぽっこりと出ている。アサは視線に気付き、言い訳をする。

 

「違うの……ホントはこんなにお腹出てない。今日、食べ過ぎちゃった……」

 

 アサのタオル姿に鼻の下を伸ばしていたデンジは、打って変わって優しい目をしている。アサの少し膨らんだ腹部に手のひらを当て、呟く。

 

子供(ガキ)できたら、こんな感じになんのかな」

「からかわないでよ、バカ」

「……アサが勉強頑張ってたから、オレも勉強始めたんだ。小学校の内容からだけど。漢字読めねぇ親なんて、嫌だろうし……」

「デンジ……」

 

 デンジの言葉を聞くと、アサの腕が自然と下がり、身体を隠すものが無くなる。目を見開いたデンジの顔に、アサは空いた片手を添え、唇を重ねる。舌を深く絡ませ合った後、アサはデンジの服を見ながら言う。

 

「ねぇ、デンジも脱いでよ……。私だけこんな、()(ぱだか)で……」

「お、おぅ……」

 

 デンジはいそいそと服を脱ぎ始める。アサは黙って、鍛えられた逞しい背中を見ている。デンジは全て脱ぎ終わると、ポケットの中にしまっていたコンドームを取り出し、握りしめてベッドへと戻る。

 

「なんだ、デンジも準備してたんじゃん」

「実は……付き合ったあと、すぐに買ってて」

「……買わなきゃ良かった。薬局で買うの、すんごい恥ずかしかった」

「え、アサも……?」

「だって……そーいうことあるかもしれないし、デンジ知識あるか不安だったし」

「学校行ってねぇけど、エロの知識なら多分あるぜ」

「自信満々に言わないでよ、ヘンタイ」

「うっ……でも、デートの時、仕事終わりじゃない時はいつも持ってた」

「『でも』って何よ。いつもやましいこと考えてたの?やっぱりヘンタイじゃん」

「そんなこと…………ある、けど……そうじゃなくて、いつそーいうことになってもいいようにって。アサとおんなじだよ」

「……だったら、男から誘ってよね」

「でも……なんか引かれねぇか、怖くて」

「言ったでしょ。あの時、襲われても良かったって――」

 

 その言葉が合図となり、デンジはアサの肩に手を添え、優しくベッドに倒す。一糸纏わぬ二人が、肌と肌を重ね合わせる。互いの心音がはっきりと聞こえる。手探りで不器用な初体験に、二人は身を委ねていく。

 一つになった二人は、目を閉じると同じ夢を見る。走馬灯のように、不思議な記憶が次から次へと流れ込む。

 

 学校の屋上で交わした口喧嘩。出口の無い水族館で、お金を盗んで走り回る。上空へと落下するアサの手を掴んで助ける、チェンソーの悪魔の姿をしたデンジ。一緒にバイクに跨って、崩れる街を走り抜ける――

 

 目を開けると、お互いの裸の姿と、初めての感覚に歪む顔が見える。身体の動きは止まらず、二人から声が漏れる。キスをして目を閉じると、瞼の裏にまた鮮明な映像が映る。

 

 電車に揺られ、二人は語り合う。アサはデンジを「助ける」と、強い決意を持って伝える。閉じ込められた悪魔の世界で語り合い、協力して抜け出す。今度はデンジが上空へと落下し、アサが脚を掴んで助ける――

 

 絡めた舌を離し、また見つめ合う。吐息が、声がどんどん荒くなる。ピシッと整えられていたシーツが、ぐしゃぐしゃに掴まれている。軋むベッドの音が一層大きくなると、二人は名前を呼び合い、小さく身体を震わせながら互いにしがみついた。全身から力が抜け、ふわっと意識が飛ぶような感覚になる。その時、飛んだ意識を埋めるように、以前にも見た光景が入り込んできた。

 

 路地裏で、子供姿のデンジと学生服を着たアサが語り合う。お互いの罪を告白すると、アサはデンジを助けるために自死を試みる。失敗に終わるが、デンジが子供の姿から学生服姿へと変わりながら、アサに手を差し伸べある言葉を言う――

 

 現実に戻ると、二人は重なりながら、余韻に浸っていた。ぴったりとくっつく肌と肌が、お互いの汗で滑る。目が合い、またキスをする。二人とも無言のまま、あの光景の中で最後にデンジが言った言葉を思い出していた。

 

『ポチタは……!俺とポチタで世界作ろうぜって言いてえんだ!その世界にアサを招待してやるよ!』

 

 ◇ ◇ ◇

 

 あれから二人はしばらく、殆ど言葉を交わさずに裸のまま抱き合っていた。そろそろ寝ようとアサは足下の布団を引っ張り、シングルサイズの掛け布団に二人一緒に入る。掛け終わると、アサは口を開いた。

 

「ねぇ、どう……だった?」

「すんげー、良かった……。アサは、痛く無かったか?」

「うん、平気……」

 

 それだけ話すと、二人はまた黙る。大事なことを話したいが、今話して良いことか分からない。デンジはアサの顔を見て、自分と同じように悩んでいると分かると、切り出した。

 

「なぁ、アサも、見てた……?」

「うん……」

「オレさ、全部……全部思い出したかも」

「うん」

 

 アサの目に、涙が浮かび始める。デンジは続ける。

 

「『前世』なんかじゃねぇ、世界だ。ここはポチタがオレのために作ってくれた世界だ……!」

「そこにデンジが、私を招待してくれた……!」

「アサ、オレのことずっと、助けようと……」

 

 デンジの目からも涙が溢れる。アサは掠れる声で言う。

 

「今度は、私が約束を守る番。私が、私がデンジを幸せにする……!」

 

 アサの言葉が終わると、二人は声をあげて泣いた。抱き合いながら、泣き疲れるほど泣き続け、そのまま一緒に眠りに着いた――

 

 ◇ ◇ ◇

 

 翌朝、二人は朝食を取っている。アサが焼いたトーストにジャムを塗った、簡単な食事だ。デンジが昨夜の会話を思い出し、言う。

 

「そういやさ、アサが『エッチさせてあげる』って言ってくれる夢みたいなの、時々見てて気になってんだけど……あれ、アサじゃなかったんだな」

「あれはヨル。ヨルのことも思い出した?」

「あぁ。……でもアイツが言ってた、『アサもしていいって』ってのは?」

「あれは……自分でも分からないけど、してあげたいなって思っちゃったの。でも、結果論だけど、できなくて良かった」

「えぇ、なんで?」

「そりゃそうでしょ。ヨルにあんな好き放題されて、初めてのエッチまで取られなくて良かった」

 

 デンジは気まずそうにアサを見る。アサの顔が、心なしかニヤリとしている。「私だけのモノ」と言いたげな目に、デンジはドキりとした。デンジが続ける。

 

「悪かった……正直、アサとヨル、ちゃんと区別しきれてたわけじゃねえんだ。同じ身体に二人いるから、まとめて好きになっちまってた。……でも、今はアサだけだよ」

「ふふっ、ポチタ……あの黒いチェンソーマンにお礼言わなきゃ」

「ポチタ、ホントは犬みたいな姿してんだぜ。こんくらいで、可愛いの」

「えー?あんな怖い悪魔が?」

「マジだって!ヨルは……アサの体にいたけど、ホントはどんな姿してたんだろ」

「私も知らない……。私の前は鳥を乗っ取ってたって」

「ヨルはどこで何やってんだろうな……あの時助けてくれたの、ヨルだよな?」

 

 二人はマンションでの一件を思い出す。悪魔の身体の一部を武器にした、強い悪魔――戦争の悪魔に違いない。

 

「多分、そう……私たちのこと、覚えてるのかな?……まあでも、楽しくやってんじゃない?前の世界と違って、いつも何処かで戦争が起きてて、恐れられてるから」

「そっか。ポチタには、もう会えねーな……。オレがバカなせいで、ポチタはオレを助けるために、自分のこと食っちまった……」

「きっと、また会えるよ。こうやって、思い出したんだから」

「そうかなぁ」

「うん、きっと」

 

 二人は窓の外を眺め、かつての相棒に思いを馳せていた。

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