深海の馬 ~記憶を探す旅~   作:D’n A

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第十二章:ハッピーエンド

 

「それでは、確認事項は以上ですね。長い間のご準備、お疲れ様でした。明日は早いですが、七時に四階の美容室までお越しください」

「一緒に色々考えてくださって、本当にありがとうございました。夜久(やく)さんのお陰で、満足する内容になりました」

 

 とあるホテルの婚礼サロンの一角で、一組のカップルとプランナーが、翌日の挙式に向けた締めくくりをしている。プランナーに礼を言った新婦――アサの薬指には、上品なダイヤが輝いている。隣に座る新郎――デンジは眼帯をしておらず、両目がしっかりとある。

 アサが高校を卒業してから、五年以上が経った。デンジは相変わらず公安のデビルハンターを続け、経験の豊富さと実力から、若くして副隊長へと昇進した。同年代の新米を指導する立場だ。アサは国立大に進学し、大手企業に就職した。結婚や出産を経験した女性が多く働く職場だ。アサが職場に慣れてきた頃のクリスマス、デンジは高級レストランで、大きなバラの花束とともにプロポーズをした。一世一代の攻め台詞を噛んでしまったことは、今でも笑い話のタネだ。

 付き合い始めた記念日に、挙式日と結婚記念日を合わせた。その日を翌日に控えたデンジは、向かい合う髪の長い女性のプランナーに尋ねる。

 

「あの……夜久さん、今日一日眼帯してなかったんですけど、その……違和感とか感じました?」

「私はこの距離でずっとお話ししていたので、義眼でいらっしゃることは分かりましたが……目の動きとかで気づきましたので、離れた距離にいらっしゃるご来訪者の方々からは分かりにくいと思いますよ」

「良かった〜。ありがとうございます」

 

 隣で安堵するデンジを見ながら、アサは言う。

 

「それで今日からつけてたんだ」

「だっていつも一緒にいるアサじゃ参考になんねーし……。あと、ゴロゴロすっから慣れときたくて」

「普段から使えばいいのに」

「仕事のとき邪魔なんだよ。それに、眼帯カッコよくねえ?」

「まぁ、カッコいいなとは思うけど……。そっちの方が怖くなくて、人当たり良さそうに見えるよ」

「うーん……。休日は使おうかな」

 

 二人の世界に入ったデンジとアサを、夜久(やく)と呼ばれたプランナーは穏やかな顔で見守り、会話が終わるのを待つ。アサがハッとして夜久の方に向き直り、話題を変える。

 

「すいません、関係ない話で。明日は、夜久さんいらっしゃいますか?」

「挙式までの一連のご案内は私がいたしますよ。結婚式と披露宴は、専門の者が担当いたします」

「そしたら、また明日よろしくお願いします」

「お願いします」

 

 アサに続いて、デンジも挨拶をする。夜久が返す。

 

「はい、よろしくお願いいたします。特典のご宿泊ですが、チェックインの際にこちらをフロントまでお持ちください」

「ありがとうございます」

 

 デンジは礼を言い、夜久から案内状を受け取る。デンジとアサはサロンを出て、夜久に挨拶をしてその場を後にする。デンジは視線を感じ、後ろを振り返る。サロンに戻る夜久の横顔と、目が合った。

 

「アレ……?」

「どうしたの、デンジ?」

「いや、なんでもねぇ」

 

 デンジは向き直り、フロントへと向かう。案内状を渡してチェックインを済ませると、エレベーターで高層階に登り、案内された部屋へと入る。部屋を入ってすぐに見える大きな窓からは、光り輝く夜の東京が眺望できた。

 

「すげぇ、こんな高ぇんだ」

「夜景、綺麗……」

「部屋もキレイだし、タダでこんなとこ泊まれるなんてサイコーだな」

「タダっていうか、これも料金に含まれてるんでしょ」

「え?でも特典って言ってたぜ」

「物は言いよう、でしょ」

「そういうもんか……」

「デンジ、テレビの通販とかに弱そう……」

「たまに見てっけど、欲しいモンねぇよ」

「欲しいもんあっても気をつけてよね。一緒に暮らすんだから」

「そうだな。とうとう『家族』になるんだな……」

 

 デンジは夜景を見下ろしながら、噛み締めるように呟いた。アサはデンジの腕に自分の腕を絡め、肩に頭をもたせて言葉を返す。

 

「ね。私たちが、ずっと欲しかった、家族」

「オレ、式よりも、役所行く方が楽しみかも」

「式の直前にそれ言うー?」

 

 デンジの発言に対し、アサは口では突っ込んでいるものの、幸せそうな笑顔で頭を預けたままだ。アサもまた自分達が家族になるための、ただの手続きが待ち遠しくてたまらない。夜景を眺め感慨に浸っていると、アサは組みついているデンジの腕を引っ張り、顔を寄せた。デンジはそれに応え、夜景をバックに二人の唇が重なる。気分が高揚し、さらに深くキスをする。すると、デンジは目の前の花嫁を抱え上げた。

 

「ひゃあっ?!何、急に?」

「『白馬に乗った王子様』って感じ、するか?」

「ふふっ、なによそれ」

「アサが言ったんだぜ。オレたちが、付き合い始めた日」

「あんな何年も前の話、覚えてるんだ……」

「忘れる訳ねぇだろ、あんなセリフ」

「……っ、そう言われると、恥ずかしいんだけど。それに、明日の方が王子様なんじゃない?」

「カッコよくしてくれっかな。アサのドレス姿も、楽しみだな」

 

 二人がもう一度見つめ合うと、デンジはアサを抱え上げたままベッドまで運び、優しく放り出した。

 

「きゃっ?!ちょっと、お姫様じゃない……の?」

 

 アサが言い終わる前に、デンジは牙を剥きアサに覆い被さる。アサは妖しい顔になり、目を細めて言う。

 

「悪魔みたいな顔。食べられちゃいそう」

「アサが悪いんだぜ。あんなエッチなキスするから――」

「あっ、待って!カーテン閉めて……」

 

 結婚前夜。美女と野獣が、熱く燃え上がった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 翌朝、ブライズルームの前で、先に支度を済ませたデンジが待っている。光沢のある純白のタキシードをピシッと着こなし、右目には昨日と同じく義眼が装用されている。落ち着かないデンジがふらふらと歩き回ると、背中から声がした。

 

「お待たせいたしました」

「ひゃいっ!!」

 

 後ろを向くと、夜久に引き連れられた、純白のドレスに身を包んだアサが現れた。プロの手によるメイクアップとヘアスタイリングが、アサの美貌をさらに引き上げる。デンジは口を半開きにして、言葉が出なかった。その様子を見たアサが先に声をかける。

 

「お待たせ。どう?私、綺麗でしょ」

「あぁ…………」

「ねぇ、もうちょっと大っきいリアクション取ってくれても……デンジ、泣きすぎじゃない?!」

 

 デンジは猫背で突っ立ったまま、涙をポロポロと流していた。代わりに口が回るようになり、言葉を返す。

 

「うっ……義眼がゴロゴロして……」

「こんなときくらい素直になりなさいよ。左目からも涙出てるよ」

「うるせー……。綺麗だよ、凄く」

「ふふっ、でしょ?」

 

 デンジは夜久に差し出されたハンカチを受け取り、涙を拭く。背筋を伸ばし、気合を入れ直すと、アサに向けて手を差し出した。

 

「行こうぜ、お姫様。写真撮影だってよ」

「あっ……うん」

 

 さっきまで自信に満ちた表情だったアサが、デンジのキザな台詞に急にしおらしくなる。デンジの手をとり、歩み寄った。

 挙式当日の新郎新婦は忙しい。息つく暇もなく、ホテルの中をあちらこちらと連れ回されアルバム用の写真を撮る。それが終わると、関係者の挨拶へと向かう。本来であれば親族の顔合わせだが、二人に親族はいない。デンジ側はナユタとパワーをはじめ親しい同僚が、アサ側は親しい友人達が出席し、かしこまった挨拶はせず記念撮影だけ行う予定だ。デンジの親代わりを自称するパワーとナユタは早めに到着していた。ナユタの背は、アサと同じくらいまで伸びている。

 写真撮影が終わると、デンジとアサ、そして親のいないアサをバージンロードでエスコートすることになった友人のユウコが、夜久に引き連れられて準備室へと向かう。その背中を見るナユタに、パワーが声をかけた。

 

「ナユタ、どうしたんじゃ、ぼうっとして。そろそろ受付やらんでいいのか?」

「……うん、今行く」

 

 ナユタは立ち去る前に、鼻をすんすんと動かした。

 デンジとアサ、ユウコの三人が、チャペル手前の準備室に着く。リハーサル担当の者が着くと、夜久が新郎新婦に挨拶をする。

 

「それでは、私はここまでです。披露宴が終わりましたら、ご帰宅までのご案内に参ります。良いお式になりますように」

「ありがとうございました、また後ほどよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

 アサに続いてデンジが挨拶をすると、夜久は深くお辞儀をしてその場を去った。リハーサルが始まる前に、ユウコがアサに尋ねる。

 

「ねえアサ。あの人、どこかで会ったことあるっけ……?」

「このホテル以外で?少なくとも、私は覚えてないよ」

 

 デンジは会話に入らず、リハーサルの準備を始めていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ホテルのチャペルを合唱隊の讃美歌が埋め尽くすと、扉が開いてデンジの姿が現れた。背筋を真っ直ぐに伸ばし、祭壇へと向かって歩く。デンジが祭壇に上がり前を向くと、最前列にいるパワーが涙を流している。それを見たデンジは、吹き出しそうになるのを必死に堪え、表情が歪む。パワーの隣にいるナユタが、小声で話しかける。

 

「嘘でしょ?パワー、泣いてるの?」

「ワシの犬が……立派になりおって…………」

 

 デンジの目線の先で扉がもう一度開くと、ユウコにエスコートされたアサが入場した。片手はユウコの腕を取り、もう片手にはブーケがある。ユウコは空いた片手で、アサの両親が写る写真を持っている。バージンロードをゆっくりと進み、デンジの元まで着くと、ユウコは介添に写真を手渡し、アサのヴェールを下ろす。続いて、アサの手をデンジへと手渡す。デンジはアサの手を取ると、祭壇の上へとエスコートする。

 聖書の朗読が始まると、先ほどまで泣いていたパワーが、深妙な顔をしてナユタに話しかけた。

 

「ナユタ、血に塗れた悪魔の匂いがするぞ」

「うん、私も気づいた」

「デンジの結婚式を台無しにされたら敵わん、ワシが殺してきてやる」

「パワーはここにいてあげて。私が様子を見てくる。気になることもあるし」

 

 ナユタは静かに席を離れて、出入り口へと向かった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 チャペルの屋根の上。厳かな外観に似つかわしくない、ムカデのようにたくさんの脚が生えた巨大な悪魔が佇んでいる。どこかで人間を食べてきたのか、その口は血で汚れている。

 ナユタがチャペルの外に出ると、屋根からはみ出た悪魔の身体の一部が見えた。鎖を使って、急いで屋根の上へと登る。登り切ると、おどろおどろしい悪魔と相対する、長い髪を靡かせた人間がいた。他でもない、デンジとアサの結婚式のプランナーを務めた、夜久であった。その手には、披露宴でウェディングケーキを切るのに使われるナイフを持っている。

 

「悪魔のくせに結婚式場で働くとか……一体どういうつもり、()()()()()?」

 

 ナユタは夜久に向かって言った。夜久はナユタと同じ、同心円模様の瞳でナユタを見つめ、答える。

 

「悪魔のくせにデビルハンターなんかやってるお前に言われたくはないな、()()。それにこの仕事は、この身体の持ち主のものだ」

 

 支配――悪魔の名前で呼ばれたナユタは、夜久と名乗っていた人の形をした悪魔に向かって尋ねる。

 

()()()()()の力……色んなものを武器に変える能力。まさかそのナイフ、この後使う予定のものじゃないよね」

「当たり前だろう。これは厨房から持ってきたものだ。ほら、さっさと戻れ。お前はデンジの飼い主なんだろう?」

「……任せていいのね?」

「ああ」

 

 ナユタは二体の悪魔に背を向け、屋根の下へ降りる。ムカデの悪魔はその背中を追うが、夜久が蹴り飛ばしそれを止める。

 

「お前の相手は私だ。『ウェディングソード』」

 

 夜久が武器の名前を言うと、手にしていたケーキナイフが巨大な剣へと変わり、戦いの火蓋が切って落とされた。

 およそ勝負とは言えない、一方的な形勢で戦いは進む。ムカデのような悪魔の攻撃は届かず、何度も斬りつけられる。まるで結婚式を祝うかのように、派手に血飛沫が舞い散る。とうとうムカデの悪魔は細切れになり、沈黙した。

 夜久は剣を持ったまま屋根の縁に立ち、庭を見下ろす。すると、列席者が道を挟んで並び、新郎新婦の登場を待っていた。腕を組んだ新郎新婦が現れ、両側からの花吹雪で盛大に祝われる。デンジとアサが道を歩き抜け、列席者の方を向き直ると、屋根の上からでも二人の幸せそうな顔がよく見えた。アサと一瞬目があった気がして、背中を向けてその場を去る。戦争の悪魔は、祝いの言葉を呟いた。

 

「よし!ハッピーエンドだな!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 披露宴と出席者の見送りが終わり、デンジとアサは着替えと片付けを済ませた。美容室の前で、プランナーの夜久が最後の挨拶に来る。その目は、黒に近い茶色をした、至って普通の人間の目をしている。

 

「本日は大変お疲れ様でした。ご満足いただけるお式になりましたでしょうか」

「ええ、とっても。なんかチャペルの上で悪魔が死んでた気がしますけど……。まあでも、みんな気づいて無さそうだったし」

「ホテル常駐のデビルハンターが対処しました。死体の撤去まで間に合わず申し訳ございません」

「いえ、そんな……式に影響が出なかっただけでも良かったです。今まで、本当にありがとうございました」

「ありがとうございました。これ、つまらないものですが……」

「あっ、そんな……ありがたく、頂戴します」

 

 デンジは御礼の菓子折りを夜久に手渡す。しばらく、披露宴であったことの話で盛り上がった。デンジの上司としてスピーチに立ったナユタの風貌が新郎新婦より若く、会場がどよめいた話題は特に盛り上がった。

 

「それでは、()()()。末永くお幸せに。私はこれで、失礼いたします」

 

 夜久が一緒になった二人の苗字を呼びつつ、祝いの言葉とともに別れの挨拶をする。背を向け、立ち去ろうとすると、アサが大きな声で呼び止めた。

 

「待って!ヨル……ヨルなんでしょ?!」

 

 振り向く夜久。その瞳は、屋根上の戦いの時のように、同心円の模様へと変わっている。

 

「やっと気づいたのか。何度も会っていたのに、寂しいじゃないか」

「表に出てこないのに、分かるわけないじゃない!あの日、私たちを助けてくれたのもヨルでしょ……?私たちのこと、前の世界のこと、覚えてるの……?」

「やっぱりお前達は記憶を失っていたのか。それにしても、弱くなったな、デンジ。私が助けてやらなかったら死んでたぞ」

「仕方ねーだろ、もうチェンソーマンじゃねえんだから」

「本当にそうか……?」

 

 戦争の悪魔――ヨルはそう言うと、デンジの胸に頭をもたせかけ、耳をしっかりと当てる。

 

「えっ……」

「ちょっ……?!」

 

 驚くデンジとアサを他所に、ヨルはデンジの心音を聞き、すうっと匂いを嗅ぐ。頭を離し、デンジの心臓目掛けて人差し指を立てると、デンジの顔を見つめて言う。

 

「チェンソーマンはココにいるぞ。能力が残っているかどうかは知らんが、チェンソーマンはまだお前の心臓のままだ」

「マジ……?」

「マジ」

 

 ヨルは真顔で答えた。デンジは胸に手を当て、かつての相棒の存在を噛み締める。目を見開き、開いた口が塞がらない。ヨルは呆然する二人を前にして言う。

 

「私の気が変わらないうちに早く行け。デンジごとチェンソーマンを殺してしまうかもしれないぞ?或いは、あの約束を果たしたくなってしまうかもしれん」

 

 ヨルの発言を受け、デンジが尋ねる。

 

「約束……?」

「『エッチさせてあげる』って言っただろう。覚えてないのか?」

「あっ…!」

「約束、果たしてしまっていいのか、アサ?」

「だ、ダメに決まってるでしょ!!行くよデンジ!」

 

 アサが言うと、ヨルは再び背を向ける。アサはその背中に向かって言う。

 

「ねえ、ヨル。また……会える?」

「この人間の連絡先はもう知っているだろう?今の話はコイツも全部聞いてる。たまには連絡しろ」

「うん、する。きっと」

 

 アサは目を赤くして、手を振りながら立ち去るヨルを見送る。隣ではデンジがずっと胸に手を当てている。ヨルの姿が見えなくなると、デンジは涙を流して崩れ落ちた。

 

「ポチタ…………!!」

 

 アサはかがみ込んで、その背中にもたれて寄り添った。それぞれの相棒と再会できた喜びを分かち合うように、二人はしばらくそのまま動かなかった。

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