夕暮れ時のナユタの執務室で、呼び出されたデンジはナユタの椅子に座っている。机の横を向いて座るデンジの正面に立つナユタの両手からは、二本の鎖が伸びる。片方はデンジの脳に、もう片方はデンジの心臓に繋がっている。ナユタは目を閉じ、デンジとチェンソーマンの記憶の中を潜航している。チェンソーマンの心臓からサルベージした思い出の欠片を、デンジの脳にも送り込む。潜航を始めてから三時間が経とうとしていた時、ナユタは長い沈黙を破った。
「はぁ……疲れた」
「どうだった、ナユタ?…………オレ、全部思い出したつもりだったけど、そんなこと無かったんだな。大事なことや仲良かった人、今度こそ全部思い出した」
「私はデンジとのことはある程度思い出してたけど……ツギハギだった記憶が、全部綺麗に繋がった。デンジと暮らしてた日々が、昨日のことのように思い出せる」
「妹みたいな感じだったのに、公安の上司か。不思議なもんだな」
ナユタは答えず、窓の外を見上げる。しばらく無言で空を見つめた後、ボソッと呟く。
「知らない方が良かったなんてこと、あるんだね」
「……死に方か?あん時は、悪りい。オレが――」
「違う。デンジを助けて死んだことは後悔してない。……その前の私のこと、知りすぎちゃった」
「……マキマさん」
二人は何も言わず、マキマだった頃の支配の悪魔とデンジの思い出に浸る。一方的なチェンソーマンへの憧憬と、一方的なマキマへの愛。最後まで交わらなかった二人が、皮肉にも一つになって終わった物語。
「私があんな遠くまでゾンビの悪魔を狩りに行って二人を拾ったの、前の私の記憶に引っ張られていたのかも」
「じゃあ、悪いことでもないじゃん」
「でも、パワーにはこのこと話せないな。前の私が殺したなんて、とてもじゃないけど言えない」
「アイツには、どこまで話そうかな」
「なんだかんだ色々思い出してきてるし、自然に思い出すのを待てば良いんじゃないかなあ。それに、早川アキ。彼と一緒に暮らしてたことなんて話したら、会いに行くって言い出しかねないよ」
「……なぁ、アキの奴が今どこで何してるか、調べてくんねえか?」
「会いたいの?急にデビルハンターと悪魔が押しかけたら迷惑じゃない?前の世界のこと、思い出すかどうかなんて分からないんだし」
「いや、生きて元気に暮らしてるかどうかだけ、知りたい」
「わかった。やっとく」
ナユタはデンジの要求を承諾する。前の自分がデンジのもう一人の家族を奪ったことに、罪悪感を覚える。少し俯いて、デンジに尋ねる。
「ねえ、マキマと私って、似てる?」
「ナユタはナユタだよ……」
「見た目とかは?同じ髪型してるよね」
「…………あんまし」
「今、胸のデカさは似てるって思ったでしょ」
「思ってねぇよ!」
「私の鎖が脳に刺さったままなの忘れたの?」
「げっ……!」
バツが悪くなったデンジは、左を向いて成長したナユタの身体から目を背ける。すると、右目の無いデンジの死角に入ったナユタは鎖を引っ込め、デンジの腕を取り、その親指を噛む。
「いてぇ!…………この噛む力は――」
デンジが指を噛まれた感想を言い終える前に、ナユタはデンジの腕を下に下ろし、自分の胸に押し当てた。
「あア?!アっ!!」
不意打ちに驚いたデンジは、ナユタの胸から自分の腕を引っ張り上げ、勢い余って椅子ごとひっくり返る。ナユタは仰向けになったデンジに跨る形でしゃがみ込み、唇が触れそうになるほど顔を近づける。すると、ナユタは耐えきれず吹き出した。
「プッ……ぎゃははははははははは!!なにマジになってんの!私と浮気でもしたくなった?」
「するかよ!オレにはアサがいるんだ!……なんでマキマさんの真似事なんかしたんだよ」
「だって、前の私とは、コレが一番強烈な思い出でしょ」
「まぁ、そん時の『約束』をモチベにデビルハンター頑張ってたからな……」
仰向けになったまま物思いに耽るデンジの肩を、ナユタはバシっと引っ叩いて言う。
「それいけチェンソーマン!悪魔退治に出動だ!」
「えぇ?もう仕事終わる時間だぜ」
「出ちゃったんだから仕方ないじゃない」
「……ネズミで聞いたのか。どこだよ」
「東京駅」
「げっ、アサの職場の近くじゃん!行ってくる!」
デンジは急いでナユタの執務室を出る。その背中を見送るナユタから、言葉が漏れる。
「泥棒」
その口元は少し緩んでいて、どこか楽しげな表情をしていた。
◇ ◇ ◇
デンジはナユタの執務室を出てから、急いでオフィスのカフェへと向かう。そこには、女の先輩と同じ机を囲むパワーがいた。ティータイムを楽しんでいたようだが、机にある皿の数からはとんでもない量のスイーツを平らげたことが分かる。パワーは机に突っ伏したまま、デンジの方を向いて言う。
「終わったか?待ちくたびれてケーキを食べ過ぎてしまったわ」
「ケーキは関係ねぇだろ。それより仕事だ。悪魔が出たぞ」
「よしきた!血じゃ!血じゃ!」
会計を先輩に押し付け、出動の準備に入る。オフィスを出る途中で、デンジは頭をかいて目を逸らしながらパワーに言う。
「なんつーかその、ありがとな。……オレをマキマさんから、助けてくれて」
「なんの話じゃ?ワシがウヌを助けているのなんていつもじゃろう」
「なんの話でもいいだろ。こっちの話」
「……フン、礼は受け取っておくか。デンジは契約のことなんて忘れていたからのう」
「あれ、パワー……もしかして思い出して――」
「なんとなくじゃがの。あんまり遅いからワシが迎えに行ってやったわ」
「探しに行けって言われてもアテが無さすぎんだよ。でもオレ、パワーとの契約、忘れたことなんてなかったよ……。結局、二回も命を助けられちまったぜ」
パワーはデンジの言葉を聞くと、満足そうに軽い足取りでオフィスを出る。デンジとパワーはバイクに跨り、夜の東京駅を目掛けて走り出した。
◇ ◇ ◇
丸の内のオフィス街のとある企業で、アサは企画書を取りまとめていた。ひと段落し、そろそろ帰ろうかと身支度を始めようとしたところ、内線を取った同僚から呼ばれる。
「三鷹さん、フロントにご主人がお見えですって」
「なんで?!……分かりました、すぐ行きます。ありがとうございます」
急いで一階のフロントまで降りると、仕事服のままのデンジがいた。外にはパワーの姿も見える。
「あっ、アサ!良かった〜まだ帰ってなくて」
「どうしたの?会社まで来て」
「駅に悪魔が出たんだ。アサが駅の方行っちまったらやべえと思って、先にこっち来た」
「あ、ありがと……」
「サクッとブッ殺して来っからよぉ、サービス残業しながら待っててくれ」
「なんでサービス残業なのよ、働いたらちゃんとお金は貰うよ」
「あれ?セーカツ残業だっけ?」
「人聞きの悪いこと言わないで!」
受付のスタッフの、クスクスという笑い声が聞こえる。アサは顔を赤くしてデンジに言う。
「もう……。じゃ待ってるから、迎えに来て」
「おう」
「気をつけて、怪我しないでよね」
「心配しすぎだよ。オレは最強の副隊長様だぜ?」
「最強名乗るのは隊長になってからしたら?」
「それもそうか……んじゃ、不死身のチェンソーマンだ。必ず戻ってくんぜ」
「うん……行ってらっしゃい!」
デンジはアサに見送られ、ビルを出る。パワーと目を合わせ、悪魔を狩るハンターの顔になる。悪魔のいる駅へと向かう前、デンジは手を心臓に当て、気合いを入れる。
「よし、行こうぜ!ポチタ!」
胸の奥から、「ワン!」と元気な声が聞こえた気がした――
あとがき
初めまして、D’n Aと申します。この度は拙作『深海の馬 ~記憶を探す旅~』をお読みいただきありがとうございました。拙い部分もあったかと思いますが、お楽しみいただけましたでしょうか。ハーメルンのお作法がわからず手探りでしたが、最後までお読みいただいた方が一人でもいらっしゃるのであればこれ以上の喜びはございません。
いや〜終わりましたねぇ、チェンソーマン!ロス、特にデンアサロスがやばい!最終話が公開されてからずっとロスが癒えなくて、先週の最終巻発売でさらに追い討ちされちゃいました。表紙のデンジ、カッコ良かったなぁ〜。
本作は、そんなロスをちょっとでも癒したくて、自給自足のために書いた作品です。実は第一章『再会』と第三章『デジャヴ』は、前身となる会話文だけのSSを某掲示板の某スレで投下していて、それを元に妄想を膨らませて小説として書き上げました。まさか7万字近い作品になってしまうとは……。デンアサの民とも、そうでない方とも、一人でも多くの方と、最終回後の世界のデンジたちの幸せを願う気持ちを共有できていたら何より嬉しいです。
デンアサを軸に描き始めた本作ですが、結果的にはパワー、ナユタ、ヨル、そしてポチタも絡んで、前の世界の記憶を探す群像劇のようなストーリーになったかなと思います。デンアサの相棒のポチタとヨルはもちろん、パワーやナユタもデンアサと同じくらい好きなキャラなので(最終回出てきて良かった!泣)、そちらもしっかり書こうとプロットを組みました。
全体のプロットというか予定を組んだ後、単話の執筆に関してはもう頭から一気に筆を走らせました。後で回収する伏線も、書きながら思いついたものも多いですね。キャラについて考察と解釈を深めた結果、「このキャラにこうさせたい」というより「このキャラならこうする(言う)」という感じで筆が進みました。改めて素晴らしいキャラクター達だと思います。
説明文にある通り、本作品はまずPixivで連載し、完結後にハーメルンに転載いたしました。ハーメルンではこうした作品がどのように受け取っていただけるか分からず不安もありましたが、もしロス民がいらっしゃれば届くといいな、と思い公開に至りました。刺さった方がいらっしゃったのであれば何よりです。
Pixiv連載当時は最終巻発売日あたりで完結させたくて、リアルを(ちょっとだけ)犠牲にして高頻度で投稿してました……。多い時には毎日でしたね。というのも、(十中八九無いと思っていたけど)最終巻のオマケとかで、デンジたちの未来について何かしらの“正解”が提示されてしまう前の、余白が無限大のうちに完結させたいと思っていたからです。実際のところ、そういうオマケはなかったですね。個人的には、あの最終回で綺麗に締めて、広大な余白と咀嚼する余地を残したまま、何も語らないでいてくれて良かったと思います。
あっ、でもそでのイラストでポチタと一緒にヨルがいましたね!嬉しい!!最終回いなかったヨルと会えて嬉しいし、あれはきっとデンジとアサが寄り添う未来を表してるってことでいいんですよね?!
今後も創作活動は続けていきたいと思っています。これからはもっとインプットも増やして表現の幅を広げていきたいですね。またどこかで作品をお届けできたら嬉しいです。最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。それでは。
『デンアサ最高!オマエもデンアサ最高と叫びなさい!!』
D’n A