「明日退院できるってね、デンジ」
「骨が治るまで二週間もかかるとは、人間はヤワじゃの〜」
「これでも普通より倍は早いんだって。パワーの血のお陰だね」
病室ではベッドに腰掛けるデンジの前で、ナユタとパワーが会話をしている。部屋の外からは、業務時間に入った看護師達の足音が聞こえる。ようやく退院できるというのにずっと黙っているデンジをよそに、パワーとナユタの会話が続く。
「やっとデンジと一緒に悪魔とバトルができるのお。ニャーコと戯れたりナユタとゲームしたりして暇を潰しておったが、いい加減血の刺激が欲しいわ」
「まだ無理に決まってるでしょ。退院できるってだけで、暫くは松葉杖生活よ」
「えーー。どれくらいじゃ?」
「普通は三ヶ月くらいかかるって。でも退院まで早かったのを先生不思議がってたから、公安デビルハンターとして血の悪魔と契約してるんですって説明したら、『このままのペースなら一ヶ月くらいで治るかもね』って言ってた。パワーは暇なら暫く別のヤツとバディを――」
「そんなに?!」
さっきまで上の空だったデンジが、急に大きな声で割り込んだ。ナユタは信じられないというように目を丸くして言葉を返す。
「デンジ、聞いてなかったの?退院って聞いてからずっと上の空だったけど、なに考えてたの」
「デー……いや、なんでも無い」
「言ってよ」
「だからなんでもねぇって……」
「問答無用」
ナユタの指先から鎖が飛び、デンジの頭頂部に突き刺さる。支配の悪魔であるナユタの力だ。こうしてデンジの記憶を読み取ろうとしている。
「……ッ、なに?!」
「どうしたんじゃ、ナユタ?」
鎖を刺してから数秒、ナユタは慌ててその手と鎖を引っ込めて頭を抱える。その額には、じんわり汗が浮かんでいる。一呼吸おいてから、ナユタは言葉を続ける。
「なんでもない。それより分かったよ。デンジ、助けた女の子ナンパしたでしょ」
「…………」
「全く、浮かれてずっとデートのこと考えてたんだね。別に良いけど、火遊びはほどほどにしてよね。デンジからしたら同世代でも、世間から『公安が女子高生引っ掛けまくって女遊びしてる』なんて見られたら、私まで怒られちゃう」
「そんな見境なくねぇって……」
「へぇ、じゃあ本気で好きなの?」
「それは…………分かんにゃい……」
俯くデンジに、どこか腹を立てているようなナユタ。ちょっぴり気まずい雰囲気を吹き飛ばすように、パワーが興奮気味に割り込む。
「おお好きじゃ好きじゃ!ベタ惚れじゃ!なんせずっとストーキングしておったからのお!」
「う、うるせぇ!糞パワー!」
「お静かに願えますか?」
「あっ…すいません」
デンジとパワーが喧しくやり合うや否や、部屋の外から看護師が飛んできて注意されてしまう。デンジが謝った後、ナユタは話題をデンジのデートに切り替える。
「そういえばデンジ、デートに着ていける服なんて持ってたの?」
「んにゃ、私服は小屋暮らしで着てた汚え服しかねぇから、公安のスーツ着ていこうかと思ってたけど」
「ダメダメ。言ったでしょ、公安が学生ナンパして遊んでるなんてあんま思われたくないの」
デンジは親がいなく義務教育も受けず、表社会の外のボロ小屋で飢えを凌ぎながら生きてきた。ナユタに拾われて人並みの生活を手にしたものの、仕事以外でちゃんとした服装を教えてくれる人はいなかった。どうしようかとデンジが頭を悩ませていると、能天気にパワーが提案する。
「そうじゃ、ワシがコーディネートしてやろう!」
「パワーが?ゼッテー変なカッコになるじゃん」
「いやでも待って。パワーは確かに常識外れだけど、着ている服は可愛くて似合ってるし、ファッションセンスいいよね。……仕事着パーカーのデザインはともかく」
「当然じゃ、ワシの美貌とスタイルが活きる服を選んでいるからのお。仕事着も気高いワシの名前が目立って良いじゃろうが!」
「んじゃなんであん時ハダカだったんだよ」
「そりゃ山で狩りをしながら暮らすのに服なんて着てもボロボロになるだけじゃし、裸こそ一番美しいじゃろう?今服を着ているのは人間社会に合わせてやってるだけじゃ」
「パワーも世間体気にしたりするんだね…。まあでも、良いんじゃない?私も一緒に行って選んであげる!」
「ありがてえような、おせっかいなような……」
こうして、デンジの退院祝いとして、パワーとナユタがコーディネートして服をプレゼントしてあげることになった。予定を立てると、パワーとナユタは病室を後にする。スタスタと先を歩くパワーの後ろで、ナユタはデンジに鎖を刺し、記憶を探った時に見たものを思い出していた。
いつものように、大勢の犬達を連れて散歩をしている。だがナユタが持つリードの数は半分で、もう半分は隣を歩くデンジがリードを持っている。左を見ると、デンジの右目はちゃんとそこにあって、優しく自分を見下ろしている。目が合うなり、無邪気に犬達と前に駆け出す自分。振り返ると、眼帯をつけていないデンジが手を振っている――
「アレは一体、何…?」
鎖を通じて、白昼夢のように脳に流れ込んできた光景の正体は、結局分からなかった。
◇ ◇ ◇
「デンジ!これカッコイイよ!」
「おお、カッケェ!どう思う、パワー?」
「ダサい。ふざけておるのか?」
「ええー、このドラゴンカッコイイじゃん」
「そのドラゴンがダサいと言っとるんじゃ。ついでにその首元もありえん」
三人は若者向けの商業施設にあるファッションブランドの集まるフロアで、デンジに似合う服を探している。ナユタが持ってきたのは、黒色の布地の前側一面に、ドラゴンの意匠と無数のアルファベットがプリントされ、ネックと袖口からは白のフェイクレイヤードが覗くTシャツだ。デンジも目を輝かせてナユタに同調したが、パワーに一蹴された。
「ナユタ、これなんかどうだ?」
「おおー、良いじゃん。ギラギラしてカッコイイ!」
デンジが手にしているのは、かなりルーズなダメージジーンズだ。あちらこちらに穴が空いたデザインで、腰のベルトループからは、一際目立つ太いチェーンがぶら下がっている。パワーはそれを見るなり、冷めた目でダメ出しをする。
「なんじゃそのジャラジャラしたチェーンは。見てるこっちが邪魔くさくなりそうじゃ。それにそんなダボダボなモン履いて、上は何を着るつもりじゃ?」
「うーん……考えてねぇ」
またしても否定され、しゅんと項垂れるデンジと、つられて項垂れるナユタ。パワーはそんな二人を余所目に、別の店に向かって行く。デンジは松葉杖をついて後ろを追いつつ、横を歩くナユタとヒソヒソと声を潜めて会話する。
「なぁ、このままパワーの言うこと信じて良いのか?だってパワーだぜ?」
「さっきからずっと二体一だもんね。私達のセンスの方が正しいよ」
「だよな、次の店はアイツん言うことムシしよーぜ」
パワーが入った店は、今まで見た店と比べて落ち着いた服の取り揃えられていた。デンジとナユタはハンガーラックを漁るが、候補を決められずにいる。
「なんかどれもシンプルで、悪くねーけど似通ってるっつーか」
「特長というか、決め手に欠けるよね。あれ?でもさっきまでの店に比べて、倍くらい値段するよ」
「良いモン使ってんのか?あんま違い分かんねーけど……」
「でも、確かに触ってて気持ちいい気がする……」
「おーい、デンジ!コレはどうじゃ?」
相談する二人を遠くから呼びかけたパワーの手には、長袖のYシャツと半袖のTシャツ、そしてチノパンとジーパンがそれぞれ1着ずつ抱えられていた。
「なんか、ジミじゃね…?」
「面白みが無くない?」
「いいから着てみろ」
「ご試着ですか?」
デンジは不安を覚えるも、パワーの隣にいた店員に促され、言われるがまま試着室へと入る。着替えを待つパワーとナユタの前でカーテンが開くと、スラっとしたグレーのチノパンと明るいカーキのYシャツをピシッと着こなしたデンジがいた。
「どうだ……?」
「え、カッコイイじゃん。なんか大人っぽく見える」
「そのシャツの色もカワイイじゃろ」
「とてもお似合いですよ。シャツの方は、そちらのジーンズともよく合います」
「そ、そっか。うん……悪かねぇな。次はこっちか」
ナユタが目を見開いてデンジを見つめる。デンジも気に入ったようで、何度も鏡に映る自分を見る。満足すると、残りの服を試すためにまたカーテンを閉じた。再び現れたデンジが着ているのは、シンプルなジーンズと胸の部分に小さなロゴマークの入った白いTシャツだ。ピッタリとしたTシャツが、デンジの胸筋を浮き立たせる。
「え、今度もいいじゃん。似合ってる似合ってる」
「着てみたら案外良いモンだな」
「いや、上はちょっと小さいの。ワシが大きいの持ってきてやる」
「お持ちしますよ。少々お待ちください」
デンジは店員が持ってきた一段階上のサイズのシャツに着替える。今度は上半身が少しゆったりとして、ボディラインが見えなくなった。この時代に流行しているスタイルだ。
「やっぱりこっちの方がバランスがいいの。どうじゃ」
「カッコイイ……気がする」
「先ほどのYシャツを羽織っても素敵ですよ」
デンジは新鮮な自分の姿にどこか惚れ惚れとしている。店員にも褒められて気分がいい。
「じゃあ、この四着全部ください」
「ナユタ、いいのか?こんなに高ぇモンたくさん」
「今日は退院祝いだって言ったでしょ。気にしないで、経費で落とすし」
「尚更いいのか、それ……?」
「いーのいーの」
ナユタがそう言って会計を済ませると、三人は店を後にする。両手が杖で塞がっているデンジの代わりに、パワーが紙袋を持ってあげている。パワーは辺りを見渡し、ナユタに言う。
「ワシも服見ていいか?どこもかしこも服屋でワクワクする!」
「私もパワーに服選んで欲しい!」
駆け出した二人を見送ったデンジは脚を休めるため、フロアの通路にあるベンチに腰掛けている。見つめる先では、パワーとナユタがはしゃぎながら服を選んでいる。結局夜まで買い物が続き、デンジも追加で服や靴を買って貰った。杖をついたデンジと、両手いっぱいの紙袋を持ったパワーとナユタが、満足した表情を並べて帰路についた。
◇ ◇ ◇
松葉杖生活卒業の見通しが立ったある日、デンジは自室で、震える手で携帯電話のダイアルキーを押す。あの日、病院で交換した電話番号だ。
「はい、三鷹です」
「もしもし、デンジです」
少し緊張した声のあと、二人は週末の約束を決めた。水族館で何を見るか。ペンギンだのヒトデだの、そんな話をしていたら、気づけば深夜になっていた。