深海の馬 ~記憶を探す旅~   作:D’n A

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第四章:目移り

 

「悪魔はこのパワーが倒してやった!崇め奉るが良いぞ!ガハハハハハハ!」

「だからちげーって……みなさんは血や肉に触んねえようお願いしま〜す!!」

 

 デンジとパワーは、住宅街に現れた悪魔の討伐に当たっていた。難なく討ち果たし、住民への勧告とついでに勝ち名乗りをあげる。デンジが後処理班を呼んで待機している間、パワーはひたすら死体から流れる血を飲んでいる。

 

「その辺にしとけって。あんま飲みすぎるとまたナユタに血ぃ抜かれるぞ」

「うーん、もうちょっと……」

 

 デンジはやれやれと思いながら、なんとなくパワーの横顔を見続けている。後処理班が到着すると、デンジはパワーのフードを引っ張ってオフィスへと戻った。

 

「今日の悪魔は特に異常はナシ?」

「ああ、いつも通りザコ悪魔だったぜ」

 

 ナユタの執務室で、デンジが報告をする。仕事も済んだので帰ろうとしたところ、珍しくパワーがナユタに仕事の提案をした。

 

「なあ、明日はもう少し遠くまでパトロールしていいか?あの山の方なんじゃが」

「私がデンジとパワーを拾ったあたり?あそこは基本管轄外だよ。一体どうしたの?」

「ワシとニャーコが住んでた家があるんじゃ。どうなってるか見ておきたくての」

「分かった。上には話通しておくから。特別だからね」

「アレ?ナユタはなんであん時あんなとこまで来たんだ?」

「私はいーの。偉いんだから」

「理由を聞いてんだけど……」

 

 デンジの質問は有耶無耶にされてしまうが、パワーの要求は聞き届けられた。

 翌日、デンジとパワーは目的地に向かう電車の中で、他に誰もいない7人掛けのシートに並んで座る。道中、トンネルに入り向かいの窓の外が真っ暗になると、二人の姿が反射される。デンジの目に映る二人の姿が、一瞬だけ揺らいだ。パワーの着るパーカーが深い黒から鮮やかな青に変わり、二人の間には一人分の空席があった。

 

「アレ……?」

 

 デンジが目を疑うと、すぐに車両はトンネルを抜け、窓に見えるものは明るい田舎の景色に変わる。慌てて右を向くと、ちゃんとすぐ隣にパワーがいて、デンジの着るスーツと同じ黒色をしたパーカーを着ていた。ぼんやりと、アサの言葉を思い出す。

 

『デジャヴ。こうやって水槽の前で話してると、前にもあったような感覚がして……。ユウコ……友達と話してる時とかにも何度もあって』

 

 アサとの間に感じていた不思議な絆のようなものが、パワーともあるのだろうかと、ちょっと思った。

 

(うーん……でも、運命の相手はアサちゃんがいいなあ)

 

 そんなことを考え、トンネルの中で見た光景を振り払うようにパワーに質問する。

 

「そういや、なんで住んでたトコ見たいなんて言ったんだ?ほーむしっくってヤツか?」

 

 パワーは数秒沈黙した後、デンジと目を合わせずに答える。

 

「……夢を見たんじゃ。ワシとニャーコが住んでたはずのあの家に、ウヌがおった。それとこの前倒したコウモリの悪魔も」

「なんだそりゃ、おもしれー」

「それとウヌがワシの胸を揉ませろ揉ませろとアホみたいに喚いていての」

「ハァ?!なんだその夢!!オレヘンタイじゃねーかよ!」

「まあただの夢だと思ったんじゃが……それにしてはハッキリとずっと覚えておるんじゃ。ホントにあったことみたいに」

「…………」

 

 デンジの中で、アサとの体験やさっき見た光景と繋がる。何も言えなくなり、パワーの言葉に耳を傾ける。

 

「じゃからデンジと一緒に行ってみたくなったんじゃ」

 

 電車に揺られて目的地に着くと、人里を離れ山に向かって進む。丘の上に廃墟が見え、そこに続く獣道を歩く。デンジの目線は、先を行くパワーの頭を追いかける。

 

(そういや、普段あんまりパワーの顔見ねえよな。アイツいっつも見えねぇ右側にいるから……アレ?もしかして――)

 

 パワーはいつも、自分の死角を守ってくれているのかもしれない――そんな風に考え出すと、またアサの言葉が頭をよぎる。

 

『相棒さん、すっごく綺麗な人だよね。男女二人のコンビで、気になったりしないの?』

 

 ふと振り向いたパワーの顔が、とても綺麗に思えてしまった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「待て」

 

 廃墟の目の前に辿り着くなり、パワーは左手を広げてデンジを制止した。緊張感が伝わり、デンジはパワーの意図を理解する。

 

「悪魔の匂いじゃ。中におるぞ」

 

 パワーはドアノブに手をかけ、中からは二人の姿が見えない位置を維持しながら、慎重にドアを開く。ドアが開ききると、中から声が聞こえた。

 

「誰?」

 

 声の主が玄関から這い出て、デンジとパワーの前に現れる。ずんぐりとした胴体に、長くぐねぐねと曲がる腕と首。その皮膚は軟体動物のような質感をしている。首の先の顔面には眼球や鼻がなく、大きな口が開いている。頭頂部から生える毛髪と胸部から垂れる乳房は人間のそれのようで、不気味さに一役買っている。その悪魔は、長い首を曲げ、目のない顔をデンジとパワーの方に向けてきた。

 

「あ、あああああああ!!アナタたち!!」

 

 悪魔は怒りに震えた声で叫んだ。デンジが言葉を返す。

 

「喋れる悪魔か。オレたちのこと知ってんのか?」

「知ってるも何も……!アナタたち、私のコウモリちゃん殺したでしょう……?!」

 

 デンジはマンションでの一件を思い出す。

 

(あの悪魔と関係があんのか?アイツくらい強かったら面倒だな)

 

 デンジは身構えながら、パワーに武器を要求する。

 

「パワー!武器!」

「強いヤツにはコレじゃろ?」

「あああ!そのチェーンソー!!私のコウモリちゃんを斬り刻んだ武器!やっぱりあの時の!!」

 

 交戦が始まる。長く伸ばしてくる首と腕は厄介だが、コウモリの悪魔ほどの膂力は無い。デンジとパワーのコンビが優勢で戦いは進む。余裕の出てきたデンジが、悪魔に問いかける。

 

「何の悪魔だテメー。コウモリ殺した恨みがあんのか?あん時見てたんなら、何で出てこなかった」

「私はヒルの悪魔。コウモリちゃんは私の男。一緒に人間を食べ尽くす夢を見ていたのに……アナタ達に殺された!可哀想なコウモリ……。あの時は、恐ろしい悪魔に睨みを利かせられて逃げるしかなかった……。でも私とコウモリの愛の巣に来てくれるなんて……生きていれば良いことがあるものね!!まさに飛んで火に入る夏の虫!ここで虫ケラみたいに潰してあげるわ!!」

 

 ヒルの悪魔は不気味に震える声で、怒り、恨み、そして仇敵が現れた喜びを吐き出す。デンジはヒルの悪魔の攻撃を捌きながら、その言葉のひとつが引っかかっていた。

 

(コイツが動けなかった恐ろしい悪魔……?ゴキブリの悪魔か……いや、最後まで襲ってこなかったってことは、ゴキブリの悪魔を倒してくれたヤツか?)

 

 怒り狂ったヒルの悪魔がデンジに気を取られている間、パワーは背後から自らの血の武器を何度も突き刺す。振り返ったヒルの悪魔の反撃を避けて距離を取ると、掌を向けて勝利を宣言した。

 

「終わりじゃ」

「ぐふっ?!」

 

 パワーが開いた掌を閉じると、ヒルの悪魔の心臓から血でできた刃が外側に向かって突き出し、その肉体を斬り裂いた。悪魔は長い首をもたげて動きを止めると、デンジはその隙を見逃さず、両手で持つチェーンソーを振り下ろす。回転鋸がゆっくりと骨を断つ痛々しい音とともに、ヒルの悪魔の首は一刀両断された。

 

「そんな血の使い方できたのかよ」

「魔人ではない、本来の悪魔の力なら相手の血を操ってもっとズタボロにできたぞ。今のワシで同じようなことができないか考えて、ワシの血を入れてやったんじゃ」

 

 普段なら飛びついているはずの悪魔の死体と血に目もくれず、珍しく見せた頭脳プレーの内容を得意げに話すパワー。彼女はスタスタと歩き、廃墟の中へと向かう。

 

「オイ、報告しねえと……」

「後でいいじゃろう。ワシらはこの家に来たんじゃ」

 

 デンジもパワーの後を追いかける。入ると、中は外観と同じように木で出来たログハウスのような設えだ。パワーは小屋の中央に立ち、天井を見上げている。デンジの目に、同じように突っ立って天井を見上げるパワーの幻影が重なる。その幻影は、やはり青色のパーカーを着ている。こちらを振り向くと、パワーらしくない感情が消えたような真顔で言葉を投げかけてきた。

 

『ウヌの気持ち分かったぞ。酷い気分じゃな』

 

 その言葉を受け止めると、デンジは身体の内から形容し難い喪失感のようなものに苛まれる。胃のあたりがムカムカする。たまらず胸に手をあて俯くと、どこからか犬の鳴き声が聞こえる気がした。

 

(なんだ?この気持ち……。酷ぇ気分だ……)

 

 デンジは深呼吸し気持ちを落ち着けると、顔を上げる。現実にいるパワーが、先程見た幻影のようにこちらを向いている。その頬には、一筋の涙が流れていた。

 

「パワー……?」

「デンジ……今また、夢を見たんじゃ。寝てないのに……。ワシとニャーコが、ここであのコウモリに食べられる夢……。デンジが、アイツの腹を割いて、助けてくれてっ……!その後さっきのヒルの悪魔に襲われて、今度は、デンジが……デンジが食われそうにっ……」

「パワーもニャーコもオレも食われてねえよ。ヒルはさっき倒しただろ」

 

 だんだん言葉に詰まるパワー。デンジは困惑するも、宥めるように声をかけながらパワーの頭を撫でる。パワーは堰を切ったようにわんわん泣き始め、甘えるようにデンジに抱きつき、しばらくの間離れようとしなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「落ち着いたか?」

「おう。ニャーコも一緒じゃしな」

 

 あの後二人はオフィスに帰還し、ナユタと三人一緒に夕食を取りながら報告を済ませた。ナユタの執務室からニャーコを連れてきて、二人と一匹で帰路に着いている。パワーがいつものようにデンジの右側に立つと、デンジは不自然に後ろを回ってパワーの右側に立つ。パワーは訝しげに尋ねる。

 

「何しとるんじゃ、デンジ?」

「パワ子ちゃん、ヘンな夢見てたみてーだから、今日はオレが守ってやんよ。パワー、いつも俺の死角カバーしてくれてんだろ?」

「ワシはウヌの飼い主じゃからな、保護してやるのは当然じゃ。いい加減ワシのことを崇める気になったか?それと、ウヌに守られねばならんほどヤワではないわ」

 

 パワーは得意げに返しながらも、そのままデンジの左側を歩く。デンジは左目でパワーを流し見ながら歩みを進める。

 

(やっぱコイツ、改めて見るとカワイイな……)

 

 守ってやると言いながら、街灯が照らすパワーの顔の造形に気を取られている。不意にパワーの言葉が飛んでくる。

 

「デンジ、ずっとワシの顔をジロジロ見てきてどうしたんじゃ?」

「えっ?だから見守ってやってんだよ」

「だったらもっと周りも見たらどうじゃ。それに、朝からずーっとじゃぞ」

「んなコトねーよ!ジイシキカジョーだよ、ジイシキカジョー」

 

 言い合っていると家の前まで着いた。デンジはパワーとニャーコが家に入るのを見届けると、そこから徒歩五分とかからない自宅へと向かう。途中、ニャーコの姿を思い浮かべ独り言を呟く。

 

「そうだ……閃いたぜ!猫だ!うん、明日電話しよーっと」

 

 あまりに大雑把すぎる、アサとの次のデートのプランを思いつき、ドアを開けて自宅に入った。

 すぐにシャワーを浴び、寝る支度を進める。その間、今日あったこと――目に映った不思議な光景や、パワーが見た夢の話を思い出している。

 

(パワーとも、アサちゃんとの間みてーに何か忘れてるモンがあんのかな?アサちゃん、「記憶の奥深く」とか、「前世かも」とか言ってたけど……。前世……いやまさかなぁ。でも、パワーといるとなんかしっくりくるんだよな)

 

 頭の中で思考を巡らせていると、パワーの顔が頭に浮かぶ。アサとのデートまで考えたこともなかったのに、やっぱり可愛いと思ってしまう。

 寝る支度が終わりベッドに入ると、パワーと初めて出会った時のことを思い出していた。

 

(そういや、アイツあん時ハダカだったよなぁ……乳首も、下も丸見えで――)

 

 無意識に右手がパンツの中に伸びる。左手でベッド脇のティッシュを引っ張り出そうとする。

 

「……ッ!!ナニ考えてんだオレは!!」

 

 デンジはその左手でティッシュ箱を引っ叩いて吹っ飛ばした。急に理性が戻ってきて、どうしようもなく自分が嫌になる。

 

「サイテーだオレ……クソッ」

 

 頭の中からあの日の出会いが離れなくなる。自分の人生を変えてくれた思い出の光景が、性欲の対象になってしまうことに耐えられない。

 

(オレはアサちゃんがいるんだ。この浮気モンが……そうだ、アサちゃん――)

 

 デンジはパワーへの意識を振り払いたい一心で携帯を取り出す。アサちゃんの声が聴きたい――電話帳に登録された、思い人の名前を選択して発信ボタンを押した。

 

「もしもし、三鷹です」

「もしもし、デンジです。ごめん、こんな夜遅くに」

「ううん、全然」

「良かったあ。そうそう、次のデートの内容思いついたんだ」

「あっ……どんなの?」

 

 デートと聞き、アサの声のトーンが上がる。デンジもつられてテンションが高くなる。

 

「アサちゃん、猫好きって言ってただろ?猫見に行かねえ?」

「楽しそう……でも、たとえばどこ?動物園とかにいるイメージないな」

「あっ……考えてなかった……」

「なによ、ふふっ。そういえば、クラスの子が吉祥寺にデートしたときに猫がたくさんいたって言ってたな。公園とか商店街とかにウロウロしてて、看板猫がいるお店もあったって」

「吉祥寺っつーと……田無から電車で近いっけ」

「うん、三十分くらい。大人のデートって感じで興味あるな。猫はついでになっちゃうかもだけど」

「なんか、結局アサちゃんに決めてもらっちゃったな」

「どーだ。私デキる女でしょ?」

 

 ドヤってるアサちゃん、可愛いな――なんて思っていると、いつの間にかパワーへの意識は薄れていた。また長電話をしてしまい、電話が終わるとすぐに眠りについた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 夢を見ている。集合住宅用の大きなゴミ箱の中で、パワーと二人でいる。パワーが優しい目をしながら言葉をかけてくる。

 

『ワシを見つけに来てくれ』

「パワー!!」

 

 聞き遂げると、デンジは叫びながら飛び起きた。パワーの言葉の意味も、なんで叫んだのかも分からない。だというのに、左目からも、空洞になった右目からも、大粒の涙が溢れていた。

 

「なんだよこれ……なんなんだよ……」

 

 涙が止まらない理由も、胸に穴が開いたような感情の名前も、あの光景がなんだったのかも、全てが分からなかった。もう一度目を閉じても、頭に浮かぶのはパワーとふざけて過ごす日々だった。その中に、覚えていないことも混ざっている気がした。

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