深海の馬 ~記憶を探す旅~   作:D’n A

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第八章:馬鹿

 

「アサ、オレと…………もう会わねぇ方がいいと思う」

 

 デンジの口から出たのは、愛の告白ではなく、別れの言葉だった――

 

「……っ!…………っ、はぁ?」

 

 アサの視界が涙で滲む。ベンチから立ち上がってデンジに向き合うと、なんとか絞り出した、掠れた震え声をぶつけた。

 

「なんで……っ、なんでよ?!私やっぱり、可愛くなかった……?」

「……すんげー可愛い」

「〜〜っ!フった女にサラッと……っ!分かった、やっぱり相棒さんのことが好きなんでしょ?それなら仕方ないよね、あんなに可愛い――」

「アサの方が好きだよ」

「好き……?私のこと、好きって言った……?」

「うん」

「だったら、なんで……」

 

 デンジの言葉の全てが、理解できない。絶対に両思いだと思っていた。不思議な思い出も共有して、運命だと思った。一線を越えそうにもなった。なのに、始まる前に終わりを告げられた。かと思えば、可愛いだとか好きだとか、喜ばせるような言葉も次々放り投げてくる。頭がぐちゃぐちゃになっているアサを前に、デンジは座ったまま答える。

 

「オレ、義務教育受けてねえし、学校行かずにデビルハンターやって……漢字も読めねえんだ。……ゲームのタイトルすらマトモに読めなかった。デビルハンターくらいしかやれる仕事なんてねぇ」

 

 俯いて話すデンジを見て、アサは息を荒げながら聞いている。

 

「それで、悪魔と戦って、この前みたいに不安にさせてさ。あん時は生きて帰ってこれたけど、いつ死ぬか分かんねえ。こんなオレが、アサと一緒にいていい気がしねぇんだ。アサ、親が悪魔に殺されてるから、尚更――」

「今更すぎるでしょバカ!そんなことで悩むなら最初からデートなんて誘わないでよ!」

「バカだからよく考えてなかったんだよ!」

「だったら後からひっくり返さないでよバカ!」

「う〜っ、バカバカ言うな〜」

 

 不平を言って項垂れるデンジ。アサは荒い息を整えながら、俯くデンジを見下ろした。先にデンジが口を開く。

 

「オレ、悪魔と殺し合ってる時さ、楽しいし、イキイキしてる感じがすんだよね。でも、職場のセンパイ達の話聞くとさ、みんなはホントはちょっと怖えみたいでさ。それでも大事な人を、街を守んなきゃって思いで戦ってんだ。……まぁ、金のためって人もいるけど、それでも戦うこと自体が楽しいからやってる奴なんて、パワーみてぇな悪魔のヤツだけだ。…………分かるか?心がヒトじゃねぇんだよ、オレ」

「そんなこと――」

 

 アサの反論を遮り、デンジが続ける。

 

「この前、アサのこと襲いそうになって……自分でも何するつもりだったのか分かんねえんだ。アサのこと汚しちまったかもしんねーし、それこそ悪魔みてーに、食っちまってたかも。…………怖えんだ、オレが」

 

 デンジの言葉が止まる。アサは何かを言おうとして躊躇っている。しばらく静寂が流れた後、アサは両手を握りしめて、言った。

 

「私、あの時襲われても、良かった――」

「え……?」

「確かに、食べられちゃいそうな気がして怖かったし、前はセックスとか気持ち悪いって思ってたけど……。でも、デンジとなら、あのまま――」

「アサ……」

 

 デンジの心音が高まる。だんだん、自分が許されていくような感覚になる。やっぱり、アサと一緒にいたい――そう思いかけたのを振り払い、デンジは整理しきれない言葉を吐き出す。

 

「い、いやでも、オレみてえなのがアサとそんなの……ダメだって!……オレ、アサと『前世』みたいな記憶があって、運命かもって思ったけどさ……アサ、他の友達ともあったって言ってたろ?」

「うん、一応……」

「だから、アサの運命の相手は他にいるんじゃねぇかな。オレなんかじゃなくて、ちゃんと学校行って勉強して、普通の会社に行くような、そんな――」

「デンジがいいの!!」

 

 アサの大声が、デンジの言葉をかき消した。アサは、今度は私の番と言わんばかりに、デンジを睨みつけて続ける。

 

「私がデンジと初めてあったあの日……コケた私を引っ張りあげて、助けてくれたでしょ?」

「あぁ、なんてことねぇことだけど……でも、なんでか必死だったな。あん時」

「あの後さ、私、悪夢を見たんだ。あのまま私が転んで、みんなの前でコケピー……あの悪魔を潰して殺しちゃうの。三ヶ月以上クラスにいた悪魔でさ、もうクラスの一員だったんだ。だからみんなに恨まれて、私、いじめられるの」

「……酷ぇ夢だな」

「あの時もしもデンジが助けてくれなかったら、そうなってた。ううん、今なら分かる。あれは『もしも』の未来なんかじゃなくて、本当にあったこと。『前世』だかなんだか分からないけど、きっとあの記憶の中の私は、孤独のままだった。でも、デンジが変えてくれた。私、もともとクラスに打ち解けられてなかったの。でもコケピーが声をかけてくれて、デンジが助けてくれて……今はクラスに友達たくさんいるんだ」

「そりゃ、良かった――」

 

 俯いて呟くデンジを目掛けて、アサは公園に響く声で言い放った。

 

「だから、デンジは私の……たった一人のヒーローなの!!あの後も、また命懸けで助けてくれた……まるで、白馬に乗ってやってきた王子様みたいで……」

 

 アサの言葉を聞き、デンジは目を見開いて、口を開けたままアサを見上げる。その目には涙が浮かんでいる。デンジから本音が漏れ出てくる。

 

「オレ……アサのヒーローに、なりたい……」

 

 デンジの返答に、アサの目にもまた涙が浮かぶ。とても恥ずかしい台詞を言った気がするが、気にしない。

 二人は涙目で見つめ合い、笑う。だが、デンジはまた俯いてしまう。目に溜めていた涙が落ちる。

 

「でも、やっぱ、ダメだ」

「まだ、何かあるの……?」

 

 デンジはまた口を閉じると、黙り込んでしまう。茂みから虫の声が聞こえ、だんだん大きくなる。とうとうデンジは口を開き、低い声で言った。

 

「オレ、あの時……嘘、ついたんだ」

「あの時……?」

「猫見に行った公園で、オレのこれまでの話、したとき」

「嘘って、何の?」

「オレの親父、自殺したって言ったろ?」

 

 そこまで聞き、アサは身構えた。デンジは軽く息を吸い、続ける。

 

「ホントは、オレが殺したんだ――」

 

 アサはデンジの告白を、正面から受け止めた。ごくりと唾を飲み込む。言葉の意味を、時間をかけて咀嚼し、聞く。

 

「どうして――?」

「言い訳みてぇだけど、いつもみてぇに酔って暴れて、殴られて……その日はなんでか、『殺される』って思ったんだ。気づいたら、オレの目の前で血まみれの親父が倒れてたよ。オレが持ってた割れたビール瓶には、血がたっぷり付いてさ……」

 

 デンジは両手のひらを広げ、悍ましいものを見ているかのような顔をして話し続ける。

 

「でも、ヤクザが自殺に見せかけてくれたんだ。借金取り返すためだけどさ。そのお陰で捕まんなかったけど、ヤクザに飼われた。クソみたいな生活も、全部オレのせいなんだよ。あんな風に、泣いて貰えるようなコトじゃねぇ。……こんな人間が、アサと幸せになんかなっちゃいけないんだ」

 

 デンジの告白が終わる。風が茂みを揺らす音がする。アサはもう一度デンジの隣に座り、小さく言った。

 

「私もあの日、デンジに言わなかったことがあるの」

「え……?」

 

 デンジは横を向き、アサの顔を見る。アサは前を向いて続ける。

 

「お父さんが悪魔に襲われたあの日……お父さん、私を庇って脚を食べられちゃって。弱い悪魔だったから、お母さんが石で叩き殺せたんだけど。その後お母さんに頼まれて、デビルハンターを呼びに行ったんだ。その時……その時ね、私、わざとコケてたの。私のお父さんも、よく飲んで暴れてたから……助けを呼ぶの遅かったら、助からないかもしれないって」

 

 アサは横を向き、デンジの目をしっかりと見て、言った。

 

「だから、私も親殺し仲間だよ。デンジは私を、悪い人だと思う……?」

 

 その言葉を聞くと、デンジの脳裏に、またある光景が映り込んだ。どこかの路地裏で、アサと二人で話している。なぜだか自分の背が小さく、アサを見上げている。

 

『私は悪い人だと思う?』

『オレ親父殺して自殺に見せかけたけど、オレぁいい人間だよ』

 

 その会話のあと、路地裏のデンジとアサは腹を抱えて大笑いしていた――デンジの意識が現実の公園に戻り、アサの質問に答える。

 

「アサは……いい人間だよ」

「じゃあデンジも、いい人だね」

 

 デンジの肩が震える。ポタポタと大粒の涙を流し、しゃがれた声でアサに問いかける。

 

「オレ、幸せになっていいのかな?」

 

 アサはハッキリと答えた。

 

「私がデンジを幸せにするから!ずっとそうしたいって思ってたの私!」

 

 デンジの目に映るアサに、また幻影が重なり二重に見える。二人のアサは、全く同じ台詞を言っていた。デンジは顔に手を当て、嗚咽を漏らしながら肩を震わせた。

 

「ホントは……オレ、親父のこと好きだったんだ……殴られてもいいから、死んでほしくなかった……」

「分かる、分かるよ……」

 

 アサも涙を流しながら、丸まったデンジの背中にそっと頭と両手をもたせた――

 

 ◇ ◇ ◇

 

 あの後二人は、あまり言葉を交わさず公園を後にした。いつものデートの後のように、デンジがアサを家まで送っている。

 

「そういえば結局、私達ってどういう関係なの?」

「どういう関係って?」

「だって、『大事な話』って言ってたから、てっきり告白されるんだと思ってたんだもん。そしたら『もう会わない』なんて言われて……私一回フラれたよね?!その後言い合いになって……なんか流れで私の方から告白みたいなこと何度も言っちゃった気がするし……」

「うーん、えーと……」

 

 デンジは公園での会話を思い出す。感情のままに喋って泣いていたせいで、話したことを自分でも整理できていない。言葉に詰まる。

 

「ねぇってば!」

「ひゃいっ?!じ、じゃあ…………オレの、彼女になってください……」

「えっ…………ハ、ハァ?そんな……っ、軽く?!私、今日カフェで話してる間も、公園でデンジが話し始める前も、ずっとドキドキしてたんだよ?!それがこんな、ついでみたいに……はぁ、バッカみたい」

「えっ、ダ、ダメですか……?オレ、フラれた?」

「知らない!」

「えええ〜」

 

 競歩のように全身の関節を伸ばして歩くアサと、ガックリと項垂れるデンジ。気まずい空気のまま、アサの家の前までついた。デンジが別れの挨拶をしようとする。

 

「じゃあ、おやすみ……」

「待って、私まだ返事してないよ」

「返事って……?」

「忘れたの?……バカ」

「バカバカ言うなって……あっ」

 

 デンジは自分がフラれてなかったことを理解する。二人の間に緊張が走る。同時に深呼吸した後、アパートの廊下に声が響いた。

 

「付き合ってください!」

「彼女になってあげる!」

 

 二人が全く同時に言葉を発し、声が重なる。告白とその返答になってはいるが、微妙に噛み合っていない。

 

「な、なんでまた言うのよバカ!しかもちょっと違う言い回しで!私が間抜けみたいじゃない!」

「だって、ついでみたいだって文句言ってたじゃん、だから、ちゃんと……」

 

 言い合いとなり、気まずい空気が流れる。デンジが提案する。

 

「じゃあ、オレが先に言うから、アサは待ってから返事くれよ」

「うん、分かった……」

「じゃあ、いくぜ……!」

「う、うん……!」

 

 デンジは気合いを入れるように、両手をアサの両肩に添える。大きく息を吸い込むと、アサの目線に合わせるように頭を下げて、その言葉を吐き出した。

 

「オレと、付き合ってください!」

「ハイ!よろしくお願いします!」

 

「…………プッ……」

「…………クク……」

「「アハハハハハハハハハハハハハ!!」」

 

 馬鹿馬鹿しくなってしまい、二人の笑い声が廊下に響いた。お互いの罪を曝け出したあの路地裏の光景を、二人とも思い出していた。

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