深海の馬 ~記憶を探す旅~   作:D’n A

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第九章:家族

 

「なんで二人ともオレの家にいんだよ……」

 

 タツキコーポ――デンジの住む小さなアパートの一室で、パワーとナユタが、自分の家のようにくつろいでいる。パワーはナユタが置いていったゲームで遊び、ナユタはデンジの家の漫画を寝転がりながら読んでいる。デンジは二人が来てから慌てて始めた掃除を、ようやく終えたところだ。

 

「で、なんの用だ、ナユタ?パワーはナユタが声かけたんだろ?」

「用がなきゃ来ちゃダメなの?ここ、私の家みたいなものでしょ?なんか住んでた記憶あるんだし」

「オイ……」

「デンジの家はワシの家じゃ。ワシはデンジの飼い主じゃからな!」

「まぁオメーはしょっちゅういるけどさぁ……」

 

 我が物顔で家に居座る二人を前に、呆れてものも言えないデンジ。実際、建前上の上下関係は二人の方が上だ。デンジは渋々従い、パワーと遊ぶためコントローラーを手に取る。ゲームをしながら、ナユタに質問を続けた。

 

「でも、わざわざパワーに声かけたってのは、何かあんじゃねーのか?今日は犬達もいねーし」

「あ、気づいた?もうちょっとで来るから、待ってて」

「何が――」

 

 ピンポーンと、デンジの声を遮るように呼び鈴が鳴った。「はーい」と声を上げ、デンジが出る。ナユタが後をついて行く。

 

「配達でーす」

「えっ、ピザ?!なんで……?」

「私が頼んだの。領収書、お願いします」

 

 ナユタが支払いをしている間、デンジは涎を飲み込みながら、受け取ったピザとコーラを部屋へと運ぶ。食欲をそそる匂いにつられ、パワーもゲームを放り出してピザを見つめる。

 

「ナユタ、一体どうして……」

 

 ピンポーンと、また呼び鈴が鳴った。もう一度デンジとナユタで玄関に出ると、今度は冷蔵の荷物が届いた。

 

「ナユタ、コレは何?」

「ケーキ」

「ケーキ?!」

 

 デンジは受け取ったケーキの箱を、ガラガラの冷蔵庫にしまう。ナユタが玄関から戻ってくると、同じ質問を繰り返した。

 

「一体なんだってんだ、ピザに、ケーキなんて」

「お祝い」

「なんの……?」

「デンジに、彼女できておめでとう会」

「ヤッター!……って、なんで知ってんだよ?!」

 

 ナユタに今日の集まりの趣旨を知らされ、困惑するデンジ。ナユタに質問を続ける。

 

「ナユタ……動物使って監視してたのか?」

「人聞き悪いなあ、してないよ」

「じゃあなんで……」

「デンジ、ここのところずっと顔がニヤけとるの、気づいていないのか?」

「え、ええ?!」

 

 ナユタの代わりにパワーが答える。アサと正式に交際を始めてから、噛み締める幸せが漏れ出ていたようだ。

 

「そんなにオレ、分かりやすい……?」

「おう。ワシらどころかみーんな噂してたぞ」

「恥っず……」

 

 肩を落とすデンジを他所に、ナユタはピザの箱を開けて号令をかける。

 

「反省会はあと!食べるよ!おめでとうデンジ!」

 

 魅惑的な匂いを放つその円盤に、三人で一斉にかぶり付いた。食べながら、デンジがナユタに尋ねる。

 

「そういや、なんで彼女できたことなんかでお祝いしてくれるんだ?」

「え?パーティの口実に決まってるじゃん。全部経費だよ」

()っる〜」

 

 デンジの苦言を他所に、今度はナユタがパワーに尋ねる。

 

「そういえば、パワーはいいの?一応パワーもデンジの飼い主なんでしょ?」

「デンジと(つがい)になるってことじゃろ?一緒に飼えばええじゃろ」

「はぁ?」

「デンジ、今度ちゃんとソイツに合わせろ!主従関係を叩き込まなければならんからな!」

「なんか、目眩がしてきた……」

 

 アサに「一緒に悪魔に飼われよう」なんて言える訳がない――有耶無耶にしようと、返事はせずにコーラに口をつける。だが、パワーの勝手な口は止まらない。

 

「そういや、交尾はもうしたのか?」

「ブフォオ?!ゲホッ!ガハッ!変なこと聞くんじゃねえよ!パワーにゃ関係ねぇだろ!」

「関係大アリじゃ!さっさと子供を産ませろ!赤ん坊ならカワイイじゃろ」

「オレの子供も全部パワーの飼い犬ってか?!」

「当然じゃ!ガハハハハ!」

 

 デンジは吹き出したコーラを掃除しながら、パワーと言い合っている。肘をついて様子を見ていたナユタが割り込む。

 

「それで、結局どうなのよ。したの?まだなの?」

「子供がする話じゃありません!!」

「パワーはああ言ってるけど、相手は学生なんだから、避妊はしてよね」

「あーもう、なんなんだよ!!」

「ぎゃはははは!」

 

 狭い部屋に、賑やかな声が響き渡った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 くだらない言い合いは落ち着き、ケーキを取り出して切り分けている。話題は、三人が夢や幻覚として見る、不思議な記憶のようなものに移る。ナユタがケーキを頬張りながらデンジに聞く。

 

「彼女と話して、また新しく思い出したこととか出てきた?」

「出てきたよ、沢山。『前世』だとしたら、すげー深い関係だった気がする」

「その時も付き合ってた?」

「それは分かんねーけど、大事な話したり、キスしたりしてた……あっ」

 

 デンジは、アサとキスした時に見た光景と、アサの言葉を思い出す。

 

『頭に浮かんだデンジとキスする私が、私じゃない気がして……』

 

 その時はぼんやりとしか感じなかった、記憶の中のアサの顔に対する違和感の正体が、ナユタの顔を見て分かった気がした。デンジは、ナユタの同心円を描く瞳をじっと見つめる。記憶の中のキスをするアサの目と、同じ目をしていた。

 

「なに?人の顔じろじろ見て」

「いや、全部じゃねーんだけど、思い出の中のアサのいくつかが、ナユタと同じ目をしてた気がして……」

「ハァ?!」

 

 ナユタが耳をつんざくような大きな声を上げた。デンジはひっくり返りそうになるほど驚く。

 

「な、なんだよ!びっくりしたぁ〜。そんなに気になんのか?」

「騎士……お姉ちゃん……?一体どの…………。まさか『死』なんかってことは……」

 

 ナユタはぶつぶつと一人の世界に入ってしまい、デンジの声が届かない。デンジがもう一度大きな声で尋ねる。

 

「ナユタ!どうしたんだよ?!」

「あっ、ごめん。こっちの話。実際に会う彼女は、私と同じ目をしてる?」

「してねぇし、目が変わったこともない。記憶の中の方も、いつもじゃねえよ。その目をしてる時は、顔に傷みたいなもんもあった気がする」

「うーん……本題と関係あるかも怪しいね。途方もない話になりそうだから、置いておくか」

 

 ナユタは新たに出た疑問を棚上げし、今度はパワーに尋ねる。

 

「パワーは、デンジ以外に昔会ったことあるような気がする人、いる?私はデンジ以外いないんだ」

「あの小さい女、初めて会った時に、見覚えがある気がした……。そう言えばこの前、ワシとデンジが出てくる夢を見たって言っておったぞ」

「センパイのことか。夢って、どんな?」

 

 名前を出されたデンジが、割り込んで聞く。

 

「ワシがあやつの車を運転してデンジを轢き殺したって言っておった。まあそれはただの夢じゃろ。ワシがそんなことするハズないからの。デンジが眼帯をしてなかったって言っておったのは気になるが……」

「じゃあビンゴじゃない?私が夢で見るデンジもそう」

「ワシが見るデンジもじゃ……でもアイツの夢はただの夢じゃ!」

「やっぱそうなんだ……。あ〜、なんで今のオレは目ぇ売っちまったのかなぁ」

 

 デンジはナユタとパワーから両目のある自分のことを聞かされると、後悔に苛まれ宙を見上げる。天井を見つめながら、ふと呟く。

 

「ワケ分かんねえけど、なんでか泣いちまうってのは、パワーとナユタだけだな……。アサとも泣いたことあるけど、あれは自分でも理由分かるし。パワーとナユタん時は、なんか理由は分かんねえけど寂しいような悲しいような気持ちになって、勝手に涙が出てきたんだ」

「あの時の泣き虫デンジね。私達、死に別れでもしたのかな」

「え〜、ワシ死んだのかぁ?」

「『前世』だったら、そういうこともあるんじゃない?私はその説には納得いってないけど」

 

 真面目に考察をしていると、いつの間にかケーキを食べ切っていた。話を切り上げ、三人でゲームをして遊ぶ。あっという間に夜が更け、パワーとナユタは帰り支度を始める。

 

「もう帰るのめんどくさい時間だけど、彼女に悪いから、帰るね」

「ガキ一人いても問題ねぇよ」

「ワシはめんどくなってきた〜」

「オマエはすぐそこなんだから帰れ!パワーは顔知られてっからヤキモチ妬かれんだよ」

「へ〜〜。惚気?」

「なんだよ、ナユタ、ニヤニヤしやがって……」

 

 ナユタはデンジを弄ると、立ち上がり荷物をまとめる。パワーも続いて膝で立つと、少し考えるように動きを止める。座ったままのデンジに背後から近づき、抱きついた。

 

「パワー……?」

(つがい)なんて勝手に作ればいいが、ウヌはワシのモンってこと、忘れるんじゃないぞ」

「あっ、それ言うなら私のモンでもあるんだから」

「デンジはワシのモンじゃぞ!」

「そうだけど、パワーもデンジも、私のモン」

 

 自分の所有権を主張し合う二人に、呆れながらも口を挟めずにいる。背中から伝わるパワーの体温と、ナユタの無邪気な声が、デンジをどこか安心させた。

 玄関から出て行くパワーとナユタの背中に、二人の幻影が重なって見える。幻影の方は、背中を向けてどこか遠くに行ってしまう感じがした。それでも、はしゃいで出て行く現実の二人の横顔を見ると、不思議な寂しさはどこかへ飛んでいった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 パワーとナユタが帰ると、デンジはベッドに寝転びながら二人の発言を思い出し、悶々としている。

 

『交尾はもうしたのか?』

『相手は学生なんだから、避妊はしてよね』

 

 デンジはゴロンと仰向けになり、独り言を言う。

 

「付き合った……ってことは、アサともそーいう行為するよなぁ。つか、この前しかけたし。ゴムとか、買っとかねえと――」

 

 その時、デンジの下腹部に跨る、アサの幻覚が見えた。学生服を着ているが、その上にはマントを羽織っている。その顔には、大きな傷跡があり、ナユタと同じ同心円模様の瞳をしていることが、はっきりと分かる。その幻影は、デンジに妖しい声色で話しかけた。

 

『エッチさせてあげる。アサもしていいって』

 

「?!」

 

 デンジはガバッと上体を起こす。同時に、その幻影は見えなくなった。言葉の意味を反芻する。

 

「オレ、アサとエッチの約束してたのか……?でも、『アサも』ってどういうこった。あの子は一体、誰……?」

 

 誰か、大事な人を忘れている気がする――だが、結局思い出せないまま、眠りについた。

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