転生したら甲斐の虎の弟になった   作:淡々鬼

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長篠の戦い中編

 1575年

 

 武田軍約2万による長篠城への攻撃が開始。

 長篠城を守るはかつて徳川家を裏切り武田家に降伏し、信玄の死後、再び徳川家に寝返った、奥平貞昌。現在は徳川家康の長女、亀姫を妻とする。

 

「おふうと仙千代らの犠牲を無駄にしてはならぬ、皆の者、必ずや武田家より我らの地を守り抜くぞ!」

 

「おお~!」

 

 貞昌の元妻(処刑前に貞昌から離縁される)のおふうと弟の仙千代は貞昌が武田家に反旗を翻した際に処刑されたと貞昌は聞いている。

 

 全て現代風に言うのであればプロパガンダ。味方の士気を上げるためであればいずれ不要となった親族の死すらも利用するのが戦国武将である。

 

 そういう意味では貞昌は一流の戦国武将であり、大名と言えるのであろう。

 実際、元妻は政略結婚のような形であったとはいえ愛していたであろうし、弟に関しても生きていれば支えてくれただろうとは思う。

 

 だが実際には、どちらも浜松や甲府に人質として送られていた期間の方が長いのだから情など大して芽生えない。

 父親や一族の者たちは泣いていたが、この男は泣かない。

 貞昌という男はどこまで戦国武将であった。

 冷徹、冷酷などというのは人間味がある。だが、感情には飲まれないそんな男であった。

 

 

「落ちませんなあ」

 

「落ちぬな」

 

 馬場信春と飯富政景、武田家が誇る最強が二人呟く。

 

 長篠城を守る奥平貞昌、有能という話も聞かないが無能という話も聞かない、若き将。

 一度、政景は会っているが、その際に抱いたのは唯一つ、どこまでも平凡な男である。

 

「奥平勢め!地形を使うのが上手いわ!」

 

「内藤殿」

 

「また攻め手が押し返された。勘助殿や高坂の若造、それから信定様麾下の真田などがおれば楽だったのじゃが」

 

「真田は息子二人が越後勢の一部を率いてきておりますな。高坂は北条への保険、勘助は病で寝込んでおるわ。かっかっか、まだまだ若いというのに」

 

 信玄の軍師を務めた山本勘助は病で甲府で療養しておりこの戦に参加しておらず。高坂昌信は信濃・上野の留守を守る。真田幸隆は武田信定の軍師として対伊達に出陣し、越後勢3千の大将として長尾景勝、本庄繁長、直江信綱、真田信綱、真田昌輝らを派遣している。

 

 そして名前の上げられた三人はいずれも野戦が得意なものの多い武田家中において貴重な城攻めを得意とする将であった(勘助に関しては諸説あり)。

 

「あんたにとってはほとんどが若いだろ」

 

「かっかっか、儂は不死身の鬼美濃ぞ、生涯現役、死ぬのは戦場でと決めておるわ」

 

(この爺にだけは勝てねえ)

 

「織田は動きますかな」

 

「今までの戦を見るに今回も見殺しだろう、そろそろ徳川が出てくるかもしれぬが」

 

「仮に徳川が出てくれば徳川を討ち、織田は盟友であろうと見捨てると宣伝すればよい」

 

***

 

「信長様、援軍に感謝いたします」

 

「よい、竹千代。そろそろ武田とけりをつけねばならぬと思っておったところよ」

 

 織田信長自らが率いる3万の織田軍と徳川家康率いる8千の徳川軍。

 合わせて3万8千の大軍が長篠に向けて進軍する。

 

 その3日後、織田・徳川軍が設楽原に布陣する。

 

 しかし、その光景は武田家にとっても織田・徳川両家にとっても初めて見る異様な物であった。

 

 織田軍は設楽原に流れる連吾川と呼ばれる小川を堀に見立て、その後方に柵を作り途切れ途切れに布陣した。それは野戦のための陣というよりも城のようであった。

 

 武田軍の本陣

 

「なんじゃ、織田軍の陣は」

 

「分からぬ、だが、あれは罠であろうな」

 

「退くべきじゃ、織田の兵数も分からぬのに突っ込むのは愚策かと」

 

「某も飯富様と同じく撤退すべきかと」

 

 飯富政景や内藤昌豊らが撤退を進言する。

 

「否、怖気づかれたか、お歴々は信玄公が築かれた武田の武威を崩すおつもりか!」

 

「長坂殿、こちらの忍びも帰ってきておらぬのです。少しすれば兵数くらいは分かるはずに」

 

「黙れ!忍び風情が、武士の戦に参加できるだけでも光栄に思えばよいものを」

 

「長坂殿、お言葉が過ぎますぞ。…しかし、この穴山信君も長坂殿の意見に賛同いたす」

 

「跡部勝資も同じく」

 

「小山田信茂も賛同いたす」

 

「土屋昌続も同じく」

 

 彼らに続き、若武者たちが次々に突撃することに賛成を表明していく。

 

 そして

 

「この諏訪勝頼も突撃すべきかと」

 

「皆の意見、よく分かった。長篠に3千を置け。鳶ヶ巣山砦には信実大叔父上を主将に三枝昌貞、和田憲繁、山本勘蔵、高坂昌澄らを2千とともに配置。残る1万5千をもってして織田信長、徳川家康両名の首を獲る。出陣じゃ!」

 

 武田軍約1万5千は織田軍の柵に合わせるように布陣した。

 

 そして、開戦の前日。

 

「突撃せよ」

 

 酒井忠次、金森長近に率いられた4千の織田・徳川軍が河窪信実(信玄の弟)が2千の兵とともに守る鳶ヶ巣山砦を奇襲。

 

「我ら武田の武を見せつけよ!」

 

 河窪信実は奮戦するものの、武田本軍の後方に位置すること、夜間であったことなどから武田軍の兵の多くが油断していたこともあり砦はあっさりと陥落。

 河窪信実、三枝昌貞、和田憲繁らが砦で討死し、武田軍の残兵をまとめて撤退する中で高坂昌澄、山本勘蔵らも討死する。

 

***

 

「なぜ、燃えておる」

 

「砦が…」

 

「退路はない。活路は目の前のみ。全軍攻勢を開始せよ!」

 

 武田軍に動揺が走る中で、武田信義の号令、武田軍最強による突撃によって長篠の戦いの火ぶたがきられる。




鳶ヶ巣山砦(及びその周辺)で討死した三枝昌貞は武田二十四将に選ばれる名将(どうやら弟二人もここで討死しているっぽい)、高坂昌澄は高坂昌信(春日虎綱)息子、山本勘蔵は山本勘助の息子でいずれも生きていれば恐らく武田家の次代を支えることのできた武将じゃないかなと私は思わなくもないです。(実際、甲州征伐時に馬場信春の息子の信房は深志城を守った後、戦死あるいは刑死している。高坂昌信の次男は武田家滅亡後も生き残ったが上杉家から北条家に寝返ろうとしたのがバレて殺されてる。……生きててもロクな最後は迎えれなかった気がする)

次回で長篠は終結かな。

年数を一気に進めるのあり?なし?

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