転生したら甲斐の虎の弟になった   作:淡々鬼

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長篠の戦い後編

 1575年 5月

 

 武田軍約1万5千が織田・徳川軍に攻撃を開始。

 

 先陣をきるは、飯富政景率いる赤備え。

 それに続くように原昌胤・小幡信貞の軍勢が続く。

 

 迎え撃つは徳川家康及びその配下の大久保忠世・本多忠勝ら。

 

 両軍の中央より離れたこの地の戦いは長篠の戦い最大の激戦となる。

 

「赤備えよ、儂に続け!」

 

 飯富隊の位置は武田軍で最も左に位置し、柵を迂回して攻め入ろうとする。

 これに対し大久保隊は柵の端を死守すべく被害を覚悟のうえで迎え撃とうとする。

 

「撃て~!」

 

 数多の銃口より同時に放たれる弾丸。

 それだけで本来ならば1千の兵にも勝ったであろう。

 

 そう、”ほんらいなら”ば

 

 撃たれたのは赤備え。

 武田軍。戦国最強を欲しいままにする怪物。

 

「おもしれえ、玩具じゃねえの。血湧き肉躍るなあ!白猿猴!」

 

 政景は身長140㎝程の小柄な男であった。

 しかし、彼が持つ大太刀はその全長を160㎝と伝えられ、政景の身長を軽く凌駕する。

 

 彼の愛刀の名を白猿猴。

 名前の由来はかつて飛騨に侵攻した際に傷ついた政景たちが山中をさまよっていた際に一匹の白い老猿が温泉まで案内した。その際にその猿より手渡された刀である。

 この際に現れた老猿は山の神と伝えられ、山の神を殺したことで死亡したヤマトタケルと逆に山の神に礼を尽くした結果与えられた加護とも言われる。

 

 その刀の刃はどれだけ多くの敵を切っても錆びることなく、血すらもつくことがない。

 

 しかし、政景がこの刀を抜いたということはそれだけ今回の敵は脅威なのだと、赤備え達は認識する。

 

 次の瞬間、再び数多の銃口より弾丸が放たれる。

 

 また放たれる。3人死んだ。

 

 また放たれる。7人死んだ。

 

 また放たれる。9人死んだ。

 

 また放たれる。12人死んだ。

 

 また

 

 また

 

 また

 

 どれだけ弾丸を斬ろうとも絶え間なく銃弾が放たれ、死者が増えていくばかり。

 

 如何に政景が強くとも人間である限り、いずれ限界が来るものである。

 

「貴様らぁ!戦えぇ!この様なものは戦ではない!…残ったもの達よ儂とともに死んでくれ、一人でも多く、三河の軟弱者どもを殺してくれようぞ!」

 

 既に政景の側にいるのは僅かに50程。

 

 当初、2千近くいた赤備えのその大半が銃弾に飲み込まれて消えて行った。

 

「おおおお!!」

 

 政景の刀が大久保隊のすぐ前の柵を一刀両断する。

 

 次の瞬間、政景が見たのは絶望であった。

 

 かすかに見えるのは、何重にも張り巡らされた柵。

 

 一つだけではなかった。最低でも三つ存在する。

 

 それと同時に左より大久保隊の歓声が上がる。

 柵を迂回しようとした別動隊が壊滅したのだろう。

 

 その推測と同時に政景の右手が打ち抜かれる。

 

 カラン、カランという音とともに白猿猴が落ちる。

 

 次の瞬間、左手も打ち抜かれる。

 

 それでも政景は采配を口に加え自らの健在を皆に知らしめる。

 

 『飯富政景は未だ生きておるぞ!』

 

 その事実が赤備えを動かす。

 

「突撃せよ!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 それと同時に政景は地面に落馬する。

 

 開戦より一刻も立たずして、武田軍の最強が崩壊した。

 

 飯富隊のすぐ隣で戦っていた原隊もまた、本多隊・榊原隊との抗戦の末壊滅。

 小幡隊も同じく壊滅。

 

 武田軍の左翼で残ったのは内藤昌豊、武田信廉、小山田信茂の三名の部隊のみであったが。

 武田信廉、小山田信茂もこの直後に敗走する。

 

 一方中央の戦場においては真田信綱・昌輝兄弟が織田軍の第二の柵まで破るが

 

「そこは死地じゃぞ、武田よ」

 

 四方八方よりの銃撃によって真田隊は壊滅。この後方を進んでいた長尾景勝の身代わりとなり、直江信綱が討死。

 また武田信豊(信繁の子)が撤退するなどして武田軍の中央軍も壊滅する。

 

「全軍突撃じゃ、武田を破れ」

 

 織田軍による追撃が開始。

 この時点で武田軍に残る戦力は右翼の馬場・土屋・望月隊

 中央の武田本隊・諏訪隊

 左翼の内藤隊のみ、穴山隊は織田軍の追撃を察知するとさっさと撤退。

 

 これをうけ、内藤・馬場・土屋隊を殿に武田本隊・諏訪隊などの武田家の一門衆を撤退させることになる。

 

「殿、我らはどういたすので」

 

「我らの退路は前じゃ」

 

 男はそう言うと前方の佐久間信盛の陣に突撃し柵をよじ登る途中で銃弾によって蜂の巣となる。

 土屋昌次討死。

 

「皆の者!未だ衰えぬ者どもよ!一人でも多く道連れにせよ!」

 

 その声に応えるものは既にいない。

 彼の後ろにあるのは仲間の屍のみ。

 

「無念なり」

 

 内藤昌豊討死。

 

「千代女、信永殿を頼んだよ。なあに問題ない、此度も帰るさ。だから泣くな」

 

「盛時様…」

 

「信永殿、貴殿は武田の一門です。生きて甲斐へ戻り、これからの武田をよろしくお願い致します」

 

「祖父様、御免」

 

「さあ、この望月盛時の首、とれるものなら取って見せよ!」

 

 ───信玄公よ、私は貴方様にお仕え出来て幸せにございました。悔やむのは武田の行く末を見守れぬことのみに。

 

 『なあに、心配ねえよ、あいつらが、俺の自慢の弟と息子たちが武田を守ってくれるだろうよ』

 

「そうで、ございますなぁ」

 

 望月盛時討死。

 

「お主らはとっとと撤退しろ」

 

「馬場様こそ撤退を」

 

「ふん、ここで死ぬのは老い先短い老人のみで十分じゃ、若い者らは撤退せんか」

 

「……馬場様」

 

 彼らの周りにあるのは織田の小隊の死骸。

 馬場信春は一人でも多く救うため、僅か3百の兵で織田の小隊を5度に渡り撃退していた。

 既に満身創痍。普段であれば指先すらも動かせなかっただろう。

 しかし、それでも武田のため、一人でも多くの者を救うべく老人は動き続けた。

 

「ようやく追い詰めたぞ、鬼美濃」

 

「かっかっか、そうだ、この失敗を悔いとしろ、武田の当主は失敗から立ち上がり、そのたびに強くなるのだ。かつての信玄公のようにな。…かっかっか、面白き人生であったわ」

 

 馬場信春討死。

 

 武田軍は信玄以来の家臣の多くと1万近い兵を失い大敗。

 長篠城は守られ、織田家の武威が日ノ本に轟くこととなった。

 

 撤退した武田信義は留守を守っていた武田信繁・高坂昌信に迎えられ、馬を替え、身なりを整えてから甲府に帰還する。

 

 この戦いは飯富政景、馬場信春、内藤昌豊ら信玄以来の家老の他、高坂昌澄、三枝昌貞、山本勘蔵など次世代を担うはずであった武田家の家臣らも多く命を散らし、武田家に深い傷を負わせた。




望月信永について、今作では生存した彼は武田信繁の三男です。彼の養父の妻の父親が一説には望月盛時(千代女の夫)なんだとか。信永は史実では長篠で死んでいます。

真田兄弟について、父親の幸隆が信定に仕えたので死亡フラグが消えたと思った方安心してください、信綱・昌輝は共に越後から援軍とともにやってきて討死しました。(何気に幸隆がまだ生存している。史実では1574年に病死)

直江信綱について、直江景綱の養子で、景綱の娘、お船(後の直江兼続の妻)を妻とした人物。史実では謙信死後のお館の乱の終結後に恩賞に不満を持った武士に殺されています。本作では一言も話さずナレ死してしまいました。(一応、直江の家督は兼続が継ぐ模様)

ちょこちょこ史実との相違はありますが、ほとんど結果は変わらず、織田・徳川家の勝利に終わりました。
日常回(退場回)を描いて、運命の1582年に突入させようかな。

年数を一気に進めるのあり?なし?

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