LIMINALITY   作:uso80024365

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第二話

幽霊曰く、いま学校には図書室に一人、体育倉庫に一人、校舎裏に一人、そして中庭で鳥束と話している楠雄自身。合計四人の“斉木楠雄”がいるらしかった。それらはただ佇み、誰かと話す様子はないのだと言う。幽霊たちは、そのどれもがピンクの髪で、ヘアピンを差し、緑のレンズの眼鏡をしていて、斉木楠雄とそっくりそのままの顔をしていると言う。

 

「自分で出した分身じゃないんですか?」

『お前も知ってるだろ。分身能力は、そこまで外見精度が高くない』

「じゃあ、何だって……」

『心当たりなら、ある』

 

心当たり――斉木楠雄とそっくりな存在は、何も楠雄の出す分身だけではない。楠Ωなどというふざけた名前の楠雄のレプリカロボット。それは一度PK学園に送り込まれたことがある。鳥束もまたそれに思い至ったらしい。

 

『話をつけてくる』

 

周囲に人がいないのを確認して、楠雄は鳥束の目の前から消えた。瞬間移動だ。

 

 

 

 

瞬間移動先は家だった。

 

楠Ωとは、楠雄の兄である斉木空助が作製した、楠雄について学習したAIを搭載したレプリカロボットで、外見はほとんどそのまま楠雄である。楠雄との違いはメガネをかけていないことだった。しかし、空助はついにメガネをかけさせ、さらにそれを複数体作り上げたらしい。そしてそれを、街へ学校へと放った。一体何がしたいのか。

 

楠雄はいつも、兄のことがわからない。なのに兄は楠雄が自身の理解者であるかのように振る舞う(おそらくそのつもりはないのだろうが)ので、いつだってやることなすこと言葉が足りない。勝負をしたいにしても、ルール説明がなくてはいけない。空助はフェアさにこだわりがあったから、ルール説明を省くことなどなかったのに。楠雄は、何か見落としていないかを思案した。しかしやはり、この事態に覚えはなかった。

瞬間移動先のリビングから部屋を見渡すと、空助はキッチンで湯を沸かしていた。カップとポットがあったから、紅茶でも淹れるつもりなのだろう。暢気なことだ。

 

『おい』

 

空助は振り向くと、楠雄の険しい顔に驚いたような顔をした。

 

『何がしたい?』

「何のこと?」

 

斉木空助とは、一を聞いて百を知る男である。テレパスキャンセラーをしていた頃ですら楠雄の思考を表情ひとつから読み取り会話を成立させていた。その点では、空助は楠雄の理解者ではあるのかもしれない。その空助が、これだけのことをしておいて「何のこと?」だなんて。白々しいことこの上なかった。楠雄は舌を打つ。

 

『お前が作ったレプリカロボットだ』

 

それを街に放っているのはお前だろう、と睨みつける。

 

「それは楠雄が壊しただろう」

 

空助は、素直に首を傾げた。

 

また、違和感。テレパシーのある楠雄には嘘など通じない。そして楠雄はいま何も信じられない。なのに、誰も楠雄に嘘をついていないのだった。楠雄を見たと言った海藤も窪谷須も心美も、鳥束も、楠雄にとっては事実でないことを言っているのに、彼らの中で楠雄を見たことは真実なのだ。そして嘘をつけない幽霊たちは、楠雄がこの世界にいま複数いることを証明した。だから、楠雄は空助を問い詰めにきたのだ。お前がやったのだろうと。

 

頭が痛い気がした。空助は、嘘をついていない。空助の仕業じゃない。

 

『じゃあ、あれは何なんだよ』

 

項垂れるように楠雄が視線を下げたとき、空助は目を見開いた。そして呟いた。

 

「楠雄だ……」

 

空助の視線は、楠雄よりも後ろへ飛んでいる。その楠雄の後ろには、リビングの庭へつながる窓がある。

火にかけられたやかんが、甲高く鳴り響く。弾かれるように顔を上げた楠雄は、空助の視線を追いかけた。そして、ついにそれを、見た。

 

――ピンクの髪、ヘアピンに見えるようにした制御装置、緑のレンズのおもちゃのメガネ。

 

それは紛れもなく、斉木楠雄――自分自身の姿だった。それを楠雄が認識した瞬間、姿はふっと消えてしまった。

 

何もなかったかのように、そこにはいつも通りの庭が広がっている。風が、母の植えた植物たちを揺らす。呆然と楠雄はそれを見ていた。カチ、という音。それは、空助がコンロの火を消した音だった。ダイニングに沈黙が満ちる。

 

「あれのことか」

 

空助は、低く問いかけた。そして空助の問いに応えるように楠雄は深く息を吐いた。その瞬間に、空助はほとんどすべてを理解することができた。楠雄であって楠雄でないもの、つまり、空助の弟ではない何かが、弟の周囲にいる。

空助の中に、怒りのような感情が広がっていた。得体の知れない何かが弟を苛んでいる。弟を困らせるものが自分以外であることが腹立たしかった。

しかし、そのことをおくびにもださず、空助は笑ってみせた。感情を隠すことなど、空助にとってはなんということもない。何年超能力者の兄をやっていると思っているのか。

 

「ねぇ、そうなんでしょ?」

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