原神×ウルトラマン ウルトラコクセイ&ウルトラカンウ 作:いぼんこ1234
本作は『原神』と『ウルトラマン』のクロスオーバー作品です。
怪獣ベムラーの襲来によって命を落とした刻晴と甘雨が、白銀の巨人から光を受け継ぎ、ウルトラコクセイとウルトラカンウとして戦う物語になります。
原作とは異なる独自設定や解釈、オリジナルの怪獣・技などが登場しますのでご注意ください。
楽しんでいただければ幸いです。
それは、一つの世界の物語ではなかった。
星々の海。
時間の流れすら曖昧な空間。
無数の世界を繋ぐ狭間。
そこを一匹の怪獣が飛んでいた。
青白い身体。
鋭い爪。
異様な咆哮。
ベムラー。
ある世界を焼き。
ある文明を滅ぼし。
また別の世界へ逃げる。
世界そのものを渡り歩く災厄。
その背後を、一筋の金色の光が追っていた。
轟音。
金色の光がベムラーへ激突する。
怪獣が咆哮を上げた。
宇宙空間に火花が散る。
隕石群が砕ける。
星の欠片が吹き飛ぶ。
その中心にいたのは、一人の戦士だった。
白銀の身体。
金色のライン。
胸に輝く小さな円形の宝珠。
大きく発光する瞳。
人ではない。
だが。
どこか女性らしさを感じさせる光の戦士だった。
「ようやく見つけた。」
静かな声だった。
疲労が滲んでいる。
それでも。
その瞳は諦めていない。
ベムラーが熱線を放つ。
蒼白い閃光。
戦士は身体を捻る。
熱線が肩を掠めた。
白銀の装甲が砕ける。
金色の火花が散る。
だが止まらない。
光弾。
拳。
蹴り。
ベムラーを追う。
ベムラーは逃げる。
戦士は追う。
また逃げる。
また追う。
どれだけ続いただろうか。
何十年か。
何百年か。
あるいはそれ以上か。
戦士自身も覚えていない。
ただ一つだけ確かなことがある。
ベムラーを放置すれば。
またどこかの世界が滅ぶ。
だから追う。
どこまでも。
やがて。
ベムラーが空間を引き裂いた。
黒い裂け目。
その向こうに青空が見える。
海。
山々。
知らない世界。
戦士は小さく息を吐いた。
「次はそこ?」
ベムラーが飛び込む。
戦士も続いた。
◇
璃月港は今日も賑わっていた。
港には船が並び。
商人達が荷を運び。
市場には活気ある声が響いている。
帝君亡き後も。
璃月は止まらなかった。
人々は自分達の足で立ち。
自分達の手で未来を築こうとしていた。
その中心にいる者達もまた忙しかった。
月海亭。
会議室の机には大量の書類が積み上げられている。
港湾整備。
輸送計画。
鉱山管理。
予算案。
どれも璃月の未来に関わるものだった。
「以上が先月の港湾整備計画の進捗です。」
静かな声が響く。
甘雨だった。
長い年月を生きる半仙。
そして月海亭を支える秘書。
彼女は資料へ目を落とした。
「また、絶雲間の仙人方から頂いたご意見ですが――」
「待って。」
声が割り込む。
甘雨は視線を上げた。
刻晴だった。
璃月七星・玉衡。
鋭い紫色の瞳が真っ直ぐ甘雨を見ている。
「また仙人?」
会議室の空気が少し張り詰めた。
だが誰も驚かない。
いつものことだからだ。
甘雨と刻晴。
この二人の議論は珍しくない。
「また、とは?」
甘雨は冷静に尋ねた。
「そのままの意味よ。」
刻晴は腕を組む。
「港湾整備も。」
「輸送網改革も。」
「復旧計画も。」
「何かある度に仙人へ意見を求める。」
「それが当たり前みたいになってる。」
甘雨は静かに答える。
「仙人方は長きに渡り璃月を支えてくださいました。」
「その知恵を借りることは決して悪いことではありません。」
刻晴はため息を吐いた。
「だからそこなの。」
「私はその考えが嫌い。」
会議室が静まり返る。
「帝君はもういない。」
刻晴が言う。
「璃月は人間の時代に入ったの。」
「いつまでも仙人に頼る訳にはいかない。」
甘雨は少し考えた。
そして静かに答えた。
「私は。」
「人と仙人が共に歩む未来もあると思っています。」
刻晴は肩を竦めた。
「でしょうね。」
「だから意見が合わないのよ。」
その時だった。
轟音。
会議室全体が激しく揺れた。
窓ガラスが震える。
棚の書類が崩れ落ちる。
誰かが悲鳴を上げた。
「何!?」
刻晴が立ち上がる。
甘雨も窓へ駆け寄る。
そして。
二人は言葉を失った。
璃月港の遥か沖。
空そのものが裂けていた。
黒い裂け目。
その中から現れる巨大な影。
青白い身体。
鋭い爪。
耳を劈く咆哮。
誰も見たことのない怪物だった。
さらに。
その後ろから。
一筋の金色の光が飛び出す。
それは白銀の巨人だった。
「シュワァッ!」
轟音。
怪物へ激突する。
空が揺れた。
「な……。」
刻晴が絶句する。
甘雨も目を見開いた。
怪物だけではない。
あの白銀の巨人もまた。
理解を超えていた。
「千岩軍を招集して!」
刻晴が叫ぶ。
「全市民へ避難命令!」
「港湾区画を閉鎖!」
「弩砲部隊を配置して!」
月海亭の職員達が走り出す。
甘雨も動く。
「医療班へ連絡を!」
「避難経路の確保を急いでください!」
璃月全体が動き始めた。
◇
怪物が海へ降り立つ。
轟音。
巨大な波が押し寄せる。
停泊していた船が吹き飛ぶ。
港が揺れる。
悲鳴が上がる。
その背後へ。
白銀の巨人も降下した。
海面へ着地した瞬間。
周囲の海が弾け飛ぶ。
巨大な水柱が立ち上がった。
まるで神話だった。
いや。
神話ですら、これほどの光景は語られていないかもしれない。
怪物が咆哮する。
白銀の巨人が飛ぶ。
「ハァッ!」
衝突。
轟音。
空気が爆ぜる。
海が割れる。
璃月港全体が揺れた。
誰も言葉を発せない。
ただ。
見上げることしか出来なかった。
◇
千岩軍が展開する。
港湾地区。
市街地入口。
外縁部。
兵士達が次々と走る。
弩砲が据え付けられる。
神の目を持つ者達も集結した。
誰もが緊張している。
だが逃げない。
ここが璃月だからだ。
「第一中隊は住民避難支援!」
刻晴の声が飛ぶ。
「第二中隊は港湾封鎖!」
「第三中隊以降は迎撃準備!」
兵士達が一斉に動き出した。
その姿を見ながら刻晴は空を見上げる。
巨大な怪物。
山のような巨体。
胸の奥が重く沈む。
あれほどの存在を前にしてなお、自分は指揮を執らなければならない。
一つ判断を誤れば。
多くの命が失われる。
責任の重さが肩へ圧し掛かっていた。
「化け物ね……。」
小さく呟いたその時。
甘雨が隣へ降り立つ。
「避難誘導は順調です。」
「そう。」
刻晴は頷いた。
安堵する暇は無い。
避難が終わっても。
今度はあの怪物を止めなければならないのだから。
「なら今度は私達の番ね。」
甘雨も空を見上げる。
そして。
初めてその光景を正面から見た。
怪物。
そして。
その怪物へ立ち向かう白銀の巨人。
二つの巨大な影が空で激突している。
轟音。
衝撃波。
砕ける雲。
まるで神話だった。
だが。
刻晴の表情は険しいままだった。
「甘雨。」
「はい。」
「どう思う?」
刻晴は空を見上げたまま言う。
怪物。
そして白銀の巨人。
どちらも常識の外にいる存在だった。
甘雨は少し考える。
そして静かに答えた。
「分かりません。」
正直な答えだった。
白銀の巨人は怪物と戦っている。
だが。
だからといって安心できるとは限らない。
何者なのか。
何故戦っているのか。
敵なのか味方なのか。
何一つ分からない。
「そうよね。」
刻晴は小さく頷く。
「少なくとも。」
「どちらも私達の理解を超えている。」
甘雨も同意した。
「はい。」
怪物も。
白銀の巨人も。
神話や伝説の中から飛び出してきたような存在だった。
再び轟音が響く。
怪物の爪が振るわれる。
白銀の巨人が受け止める。
「ッ!」
衝撃波。
海面が爆ぜる。
そのまま巨人は怪物を押し返した。
二つの巨影がぶつかるたびに大地が震える。
どちらに転んでもおかしくない。
だが。
刻晴が考えるべきことは別だった。
敵か味方か。
そんなことを判断している時間はない。
どちらにせよ。
この戦いが続けば璃月は壊れる。
「まずは住民の避難を優先する。」
刻晴は振り返った。
「迎撃準備を続行!」
「怪物への攻撃を開始する!」
甘雨は静かに弓を構えた。
「攻撃を試みます。」
刻晴は頷く。
「お願い。」
少なくとも。
現時点で街へ被害を出しているのはあの怪物だった。
放置する訳にはいかない。
甘雨は弦を引く。
氷元素が収束する。
空気が白く凍り付いた。
周囲の兵士達が息を呑む。
この一撃の威力を知っているからだ。
そして。
氷の流星が放たれた。
白銀の光が轟音と共に空を切り裂く。
氷の矢が怪物の胸部へ直撃した。
瞬間。
巨大な氷塊が形成される。
冷気が港中へ吹き荒れた。
海面が白く凍り付く。
周囲の兵士達が息を呑む。
「やったか!?」
誰かが叫ぶ。
甘雨自身も。
ほんの僅かだけ期待した。
少しでも足止めできれば。
少しでも時間を稼げれば。
そう思った。
だが。
次の瞬間。
轟音。
巨大な氷塊が内側から砕け散る。
無数の氷片が空へ舞った。
そして。
怪物が姿を現す。
傷一つ無い。
まるで何もされていないかのように。
甘雨の表情が僅かに曇った。
「そんな……。」
背筋を冷たいものが走る。
効いていない。
自分の力が。
まるで届いていない。
怪物はゆっくりと甘雨を見下ろした。
その視線だけで圧力を感じる。
巨大な獣に睨まれたような本能的恐怖。
甘雨は思わず弓を握り直した。
「なら!」
刻晴が飛び出す。
紫電が迸る。
剣へ雷元素が収束する。
地面を蹴る。
建物を足場に跳躍する。
一気に怪物の足元へ到達した。
甘雨の攻撃が通じないなら。
自分が道を切り開くしかない。
璃月七星として。
この場の指揮官として。
誰よりも前へ出なければならない。
「これでどう!?」
雷光一閃。
紫電が怪物の脚部を駆け上がる。
轟音。
閃光。
港全体が紫色に染まった。
だが。
怪物は僅かによろめいただけだった。
刻晴の顔色が変わる。
甘雨の攻撃も。
自分の攻撃も。
通じていない。
胸の奥で警鐘が鳴る。
まずい。
このままでは本当に止められない。
怪物は足元の刻晴へ視線を落とした。
ゆっくりと腕が持ち上がる。
そして振り下ろされた。
「っ!」
刻晴は咄嗟に飛び退く。
直後。
先程までいた場所が爆発した。
石畳が砕ける。
建物が崩れる。
衝撃波が吹き荒れる。
もし一瞬でも遅れていたら。
命は無かった。
着地した刻晴の額を冷や汗が伝う。
だが。
恐怖に足を止めるわけにはいかなかった。
自分が怯えれば。
兵士達の士気にも影響する。
歯を食いしばる。
再び剣を構える。
その時だった。
怪物が咆哮する。
蒼白い光が口元へ集まった。
熱線。
本能的に理解した。
刻晴が振り返る。
その先には。
まだ避難中の住民達がいた。
負傷兵。
老人。
子供。
逃げ遅れた人々。
「まずい!」
心臓が凍り付く。
間に合わない。
あれが放たれれば終わりだ。
次の瞬間。
白銀の巨人が飛び込んだ。
「シュワァッ!」
轟音。
拳。
ただそれだけだった。
怪物の顎が跳ね上がる。
熱線の軌道が逸れた。
蒼白い閃光が海を薙ぎ払う。
巨大な水柱。
津波のような波が港へ押し寄せる。
「全員伏せて!」
刻晴が叫ぶ。
兵士達が住民を庇う。
波が港へ叩き付けられる。
建物が揺れる。
だが。
熱線直撃より遥かにましだった。
誰もが理解した。
今。
あの白銀の巨人が。
住民達を守ったのだと。
怪物が怒りの咆哮を上げる。
巨大な腕を振るう。
白銀の巨人は正面から迎え撃った。
「ハァッ!」
轟音。
空気が爆ぜる。
怪物の一撃を受け止める。
刻晴は目を見開いた。
信じられない。
自分達の攻撃では傷一つ付かなかった相手だ。
その怪物と。
あの巨人は真正面から力比べをしている。
次の瞬間。
白銀の巨人が踏み込んだ。
拳。
衝撃。
怪物の巨体が後退する。
地面が砕ける。
港が揺れる。
さらに追撃。
飛び上がる。
回し蹴り。
轟音と共に怪物の身体が吹き飛んだ。
誰も声を出せなかった。
甘雨も。
刻晴も。
兵士達も。
ただ見上げることしか出来ない。
あまりにも次元が違った。
白銀の巨人は着地する。
静かだった。
勝ち誇ることもない。
ただ。
再び怪物へ向き直る。
怪物が立ち上がる。
そして。
二つの巨影が再び激突した。
拳と爪。
衝撃波。
爆発。
余波だけで倉庫が崩れ。
窓ガラスが砕ける。
まるで神話だった。
甘雨は息を呑む。
先程まで。
自分達はこの怪物を相手にしていた。
だが違う。
本当の意味で戦えてなどいなかった。
あの白銀の巨人だけが。
唯一。
あの怪物と同じ舞台に立っている。
兵士達の顔色が変わる。
「押している……。」
「勝てるかもしれない。」
「助かったんじゃ……。」
希望が広がり始める。
だが。
甘雨だけは黙っていた。
視線は白銀の巨人から離れない。
「甘雨?」
刻晴が声を掛ける。
甘雨は答えるまで少し時間が掛かった。
「……不思議なのです。」
「何が?」
甘雨は空を見上げる。
白銀の巨人。
その姿から放たれる光。
圧倒的な力。
それは確かに。
神や仙人にも匹敵する。
あるいは。
凌駕しているのかもしれない。
だが。
違う。
何かが違う。
甘雨は長い時を生きてきた。
仙人達を知っている。
魔神を知っている。
帝君の力も知っている。
だからこそ分かった。
あの力は。
どれとも似ていない。
元素力ではない。
仙力でもない。
神の権能でもない。
もっと異質な何か。
まるで。
この世界の外から来た光のように。
「私には……。」
甘雨は小さく呟く。
「あの方が何者なのか分かりません。」
その時だった。
ピコン……
ピコン……
奇妙な音が響いた。
甘雨と刻晴が同時に顔を上げる。
白銀の巨人の胸。
小さな宝珠。
先程まで青く輝いていたそれが。
今は赤く点滅していた。
ピコン……
ピコン……
規則正しい警告音。
白銀の巨人自身も気付いているらしかった。
ほんの一瞬だけ視線を落とす。
だが。
次の瞬間には再び怪物へ向かっていた。
まるで。
そんなものは関係ないとでも言うように。
しかし。
甘雨は見逃さなかった。
あの音が鳴り始めてから。
白銀の巨人の動きが。
ほんの僅かに鈍くなったことを。
ピコン……
ピコン……
胸の宝珠が赤く点滅する。
規則正しい警告音。
白銀の巨人自身も気付いているらしかった。
ほんの一瞬だけ視線を落とす。
だが。
次の瞬間には再び怪物へ向かっていた。
まるで。
そんなものは関係ないとでも言うように。
怪物が咆哮する。
蒼白い熱線。
白銀の巨人は身を捻ってかわす。
反撃。
「ハァッ!」
拳。
蹴り。
衝撃波。
怪物の巨体が後退する。
依然として戦況そのものは優勢だった。
怪物は押されている。
誰の目にもそう見えた。
兵士達の顔にも希望が戻り始めていた。
だが。
甘雨の胸のざわつきは消えなかった。
むしろ大きくなっていく。
白銀の巨人の動きは鋭い。
圧倒的だ。
だが。
先程までより僅かに遅い。
本当に僅か。
普通の人間なら気付けない程度。
だが。
甘雨は見逃さなかった。
怪物の爪が振るわれる。
白銀の巨人が受け止める。
「ッ!」
轟音。
衝撃波。
だが今度は。
爪の先端が肩を掠めた。
白銀の装甲が砕ける。
金色の火花が散る。
「……!」
甘雨が息を呑む。
初めてだった。
あの巨人が傷付いたのは。
だが。
白銀の巨人は止まらない。
怪物の腕を掴む。
投げ飛ばす。
地面へ叩き付ける。
海が揺れる。
港が揺れる。
兵士達から歓声が上がった。
「すごい……!」
「勝てる!」
「やれるぞ!」
希望だった。
絶望しか無かった戦場へ現れた希望。
だが。
白銀の巨人は歓声に応えることもない。
ただ黙って怪物を見据えていた。
その背中はどこか孤独だった。
まるで。
誰かに称賛されるためではなく。
ただ戦うことだけを目的にしているかのように。
怪物が立ち上がる。
その目が赤く光った。
次の瞬間。
怪物の全身から青白い光が噴き上がる。
空気が震える。
海が荒れる。
港の建物が軋み始めた。
「まずい……。」
甘雨の顔色が変わる。
刻晴も理解した。
今までとは違う。
怪物がさらに力を解放しようとしている。
白銀の巨人が踏み込む。
止めようとしている。
だが。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
動きが遅れた。
ピコン……
ピコン……
胸で赤く点滅する宝珠が警告音を鳴らす。
その僅かな隙を。
怪物は見逃さなかった。
巨大な尾が唸りを上げる。
轟音。
白銀の巨人の身体が吹き飛んだ。
「っ!?」
刻晴が息を呑む。
初めてだった。
あの巨人が正面から弾き飛ばされたのは。
白銀の巨体が倉庫群を突き破る。
建物が崩壊する。
瓦礫が舞う。
港が揺れる。
兵士達から悲鳴が上がった。
白銀の巨人はすぐに立ち上がる。
だが。
誰の目にも分かった。
戦況が変わり始めたのだと。
◇
甘雨は目を離せなかった。
あの巨人は強い。
圧倒的だ。
神や仙人に匹敵するどころではない。
あるいは凌駕しているのかもしれない。
だが。
その力には限りがある。
そんな気がした。
理由は分からない。
けれど。
胸で赤く点滅する宝珠を見るたび。
命を削って戦っているようにしか見えなかった。
怪物の熱線が放たれる。
白銀の巨人は回避する。
だが。
熱線は港湾施設を貫いた。
爆発。
炎上。
悲鳴。
刻晴の表情が凍り付く。
「負傷者の搬送を急いで!」
「はい!」
兵士達が走る。
だが。
次の瞬間。
別方向でさらに爆発が起こる。
終わらない。
被害が広がり続ける。
「刻晴さん。」
甘雨が静かに呼んだ。
刻晴は振り返る。
甘雨の表情は険しい。
「このままでは……。」
言葉は最後まで続かなかった。
言わなくても分かる。
このまま戦いが続けば。
怪物に勝とうが負けようが。
璃月そのものが壊れる。
その時だった。
怪物の熱線が白銀の巨人へ直撃した。
轟音。
閃光。
空が白く染まる。
「ジュワァァァッ!!」
苦痛に満ちた叫びが璃月へ響き渡った。
兵士達から悲鳴が上がる。
誰もが息を呑む。
煙の中から現れたのは。
やはり白銀の巨人だった。
立っている。
まだ倒れていない。
だが。
肩。
胸。
腕。
全身に傷が増えていた。
白銀の装甲は焼け焦げ。
砕けた箇所から金色の光が漏れている。
ピコン……
ピコン……
胸で赤く点滅する宝珠が鳴り続ける。
甘雨は目を見開く。
その姿が。
何故か痛々しかった。
勝てる。
まだ戦えている。
それなのに。
どこか。
無理をしているように見える。
まるで。
倒れることを許されていないかのように。
◇
白銀の巨人が再び構える。
怪物も咆哮する。
二体の巨影が激突する。
その瞬間。
刻晴の元へ伝令が駆け込んできた。
血だらけの千岩軍兵士だった。
「玉衡様!」
刻晴が振り返る。
兵士の顔は青ざめていた。
「第四陣地が突破されました!」
「何ですって!?」
「弩砲隊壊滅!」
「第三中隊戦闘不能!」
「負傷者多数!」
刻晴の表情が変わる。
それを皮切りに。
次々と悪い報告が飛び込んできた。
「北側防衛線崩壊!」
「救護所被害!」
「港湾区画維持不能!」
刻晴は目を閉じる。
千岩軍は戦った。
誰一人逃げていない。
自分達も全力を尽くした。
それでも。
届かなかった。
空では。
ピコン……
ピコン……
胸で赤く点滅する宝珠を鳴らしながら。
白銀の巨人がまだ戦っていた。
まるで。
自分一人で世界を支えようとしているかのように。
刻晴はゆっくり目を開く。
そして。
決断を下した。
「……全軍撤退。」
その声は震えてはいなかった。
だが。
その決断がどれほど重いものかを。
ここにいる誰もが理解していた。
「全軍撤退!」
伝令が叫ぶ。
「全軍撤退だ!」
兵士達が動き出した。
負傷者を担ぐ。
住民を誘導する。
弩砲を放棄する。
必死だった。
敗北。
その言葉が誰の脳裏にも浮かぶ。
だが。
刻晴は首を振った。
違う。
これは敗北ではない。
生き残るための撤退だ。
ここで全滅すれば。
璃月を再建する者すらいなくなる。
だから。
生きなければならない。
「甘雨。」
「はい。」
「最後尾へ回る。」
甘雨は頷く。
殿。
撤退する部隊の最後尾。
最も危険な役目だった。
「私も行く。」
刻晴が言う。
甘雨は一瞬だけ眉を寄せる。
「ですが。」
「指揮官は――」
「だからよ。」
刻晴は即答した。
「誰かに押し付けられるものじゃない。」
「私が出した命令なら。」
「私が最後まで責任を取る。」
甘雨はそれ以上何も言わなかった。
この人はそういう人だ。
知っている。
ずっと前から。
「分かりました。」
二人は撤退する部隊の最後尾へ向かった。
空では。
白銀の巨人がまだ戦っていた。
ピコン……
ピコン……
胸の宝珠は赤く点滅している。
それでも。
戦い続けている。
怪物の爪を受け止め。
「ハァッ!」
拳を叩き込み。
吹き飛ばされても立ち上がる。
刻晴は空を見上げた。
「本当に。」
小さく呟く。
「何者なのかしらね。」
答えは返ってこない。
ただ。
白銀の巨人は怪物へ拳を叩き込んでいた。
まるで。
倒れることを許されていないかのように。
◇
撤退は続いていた。
崩れた街路。
砕けた建物。
燃え上がる倉庫。
戦いの爪痕が街の至る所へ刻まれている。
「玉衡様!」
避難中の兵士が敬礼する。
刻晴は頷いた。
「先へ。立ち止まらないで。」
兵士は再び走り出す。
人々も続く。
誰もが疲れ切っていた。
だが。
まだ生きている。
それだけで十分だった。
その時だった。
遠くから泣き声が聞こえた。
刻晴と甘雨が同時に足を止める。
再び聞こえる。
子供の泣き声。
二人は顔を見合わせた。
そして駆け出す。
崩壊した街区。
倒壊した建物。
煙。
炎。
その奥にいたのは。
少女を抱きしめた母親だった。
瓦礫に挟まれ動けない。
「お願い……!」
母親が叫ぶ。
「助けてください……!」
少女は泣いていた。
まだ幼い。
刻晴は即座に状況を確認する。
巨大な梁。
崩壊寸前の瓦礫。
少しでも手順を間違えれば。
全て崩れる。
時間は無い。
怪物との戦いは続いている。
次の被害がいつ来てもおかしくない。
それでも。
刻晴は迷わなかった。
「助けるわよ。」
「はい。」
二人は同時に駆け出した。
怪物の咆哮が響く。
空ではなおも白銀の巨人が戦っている。
ピコン……
ピコン……
胸で赤く点滅する宝珠の警告音が。
遠くから微かに聞こえていた。
「助けるわよ。」
「はい。」
二人は同時に駆け出した。
刻晴は瓦礫へ飛び込む。
巨大な梁が母娘の前を塞いでいた。
「甘雨!」
「分かっています!」
甘雨が弓を構える。
氷元素が収束する。
白銀の光。
放たれた氷の矢が梁の一部を砕いた。
だが。
まだ足りない。
刻晴は剣を差し込む。
全身へ力を込めた。
梁が僅かに浮く。
重い。
信じられないほど重い。
「大丈夫!?」
刻晴が叫ぶ。
母親は涙を流しながら頷いた。
「お、お願いします……!」
「娘だけでも……!」
少女が母親へしがみ付く。
刻晴は首を振った。
「二人とも助ける。」
迷いは無かった。
甘雨も反対側へ回る。
氷元素が広がる。
崩れかけた瓦礫が凍り付く。
二次崩落を防ぐためだった。
額へ汗が浮かぶ。
それでも止めない。
やがて。
梁が持ち上がる。
「今です!」
甘雨が叫ぶ。
母親が少女を抱き上げる。
必死に這い出る。
刻晴はさらに力を込めた。
腕が悲鳴を上げる。
それでも離さない。
数秒後。
母娘が瓦礫の下から抜け出した。
刻晴は梁を投げ捨てる。
轟音。
地面が揺れた。
少女が泣きながら母親へ抱き付く。
母親は何度も頭を下げた。
「ありがとうございます……!ありがとうございます……!」
刻晴は息を整える。
「お礼は後。」
「走って。西へ向かいなさい。」
甘雨も頷く。
「急いでください。」
母親は少女の手を握る。
走り出す。
何度も振り返りながら。
涙を流しながら。
それでも走る。
刻晴はその背中を見送った。
安堵が胸を過ぎる。
助かった。
間に合った。
そう思った。
その瞬間だった。
甘雨の顔色が変わる。
「刻晴さん!」
刻晴が振り返る。
空。
そこには怪物がいた。
白銀の巨人が怪物へしがみ付いている。
必死だった。
全身の力を振り絞っている。
押し上げる。
少しでも上へ。
少しでも住民から離れた方向へ。
ピコン……
ピコン……
胸で赤く点滅する宝珠が警告音を鳴らす。
それでも離さない。
甘雨は理解してしまった。
あの巨人は。
自分達を守ろうとしている。
知らない世界の。
知らない人々を。
自分の命を削って。
次の瞬間。
怪物が咆哮した。
蒼白い光が口元で膨れ上がる。
熱線。
世界が白く染まった。
白銀の巨人が最後の力を振り絞る。
怪物の顎が僅かに上がる。
熱線の軌道が変わる。
本来なら住民達を薙ぎ払うはずだった光が。
空へ逸れる。
だが。
完全ではなかった。
熱線の一部が地表を掠める。
轟音。
爆発。
閃光。
刻晴は理解する。
間に合わない。
甘雨も理解する。
間に合わない。
そして。
二人は同時に駆け出した。
打ち合わせたわけではない。
言葉も交わしていない。
それでも。
二人は全く同じ判断をした。
「っ!」
刻晴が母親へ飛び込む。
甘雨が少女へ飛び込む。
轟音。
母親と少女の身体が弾き飛ばされる。
避難民達の方へ。
母親は何が起きたのか理解できなかった。
少女も同じだった。
ただ。
視界の端で。
刻晴と甘雨がこちらを見ていた。
そして。
二人は微笑んだ。
熱線が迫る。
刻晴は笑った。
「甘雨。」
「はい。」
「後悔してる?」
甘雨も微笑む。
「もちろん。」
刻晴は思わず吹き出した。
「私もよ。」
光が迫る。
その瞬間。
二人の脳裏に浮かんだのは。
戦場でも。
怪物でもなかった。
光り輝く璃月港。
働く人々。
笑う子供達。
市場の賑わい。
守りたかったもの。
それだけだった。
閃光。
蒼白い熱線が二人を飲み込む。
悲鳴すら残らない。
刻晴の身体が光に触れた瞬間。
その肉体は一瞬で蒸発した。
甘雨も同じだった。
半仙の肉体ですら耐えられない。
骨も。
血も。
衣服すら。
何一つ残らない。
二人の身体は熱線に呑まれた瞬間、この世から消滅した。
一瞬だった。
苦痛を感じる暇すら無かった。
母娘は助かった。
住民達も助かった。
だが。
そこに二人の姿は残らなかった。
◇
空では。
白銀の巨人が目を見開く。
「――――ッ!!」
声にならない叫び。
怪物の尾が振り抜かれる。
轟音。
白銀の巨人の身体が吹き飛んだ。
港が揺れる。
建物が崩れる。
地面へ叩き付けられる。
「ジュワァァァッ!!」
苦痛の叫びが響く。
ピコン!
ピコン!
ピコン!
胸の宝珠が激しく点滅する。
それでも。
立ち上がる。
彼女達が命を賭して守った人々がいる。
だから。
まだ倒れるわけにはいかなかった。
白銀の巨人は再び構える。
怪物も咆哮する。
二つの巨影が再び激突した。