信じる者は、救われるのか。それについて、私は答えを知っています。
「信じさせればお金を手に入れられる」
救われるかどうかという形而上的な話は私にはとんと分かりません。
救われるかもしれないし、救われないかもしれない。
しかし、お金は現実として存在するわけですから、そこについては覆せないでしょう。
だから、私は信じさせることにしたのです。
救われるやり方は知りませんが、"その気にさせる"やり方は知っているわけですから。
まぁそれを行動に移した結果、目をつけられて廃部になったわけですが。
ということで、私は今────────
「吾妻ミライの救われ方カリキュラム」
「目標発見。ブラボー班は先回りして道路の封鎖を」
"了解した"
「なんで私一人にこんなついてるんです!?ちょっとプラモデルを売っていただけでしょう!」
ヴァルキューレに追われています。
廃部となった疑似科学部をもう一度、部として建て直すべく行動していました。
私たちはヴァルキューレのパトロールの合間を縫って活動しているので、考えられる要因は二つ。
あのビッグシスターが嗅ぎつけて先を打たれた、もしくは
「匿名で"詐欺師が部品を抜いたプラモデルを相場より高い金額で売りつけている"と通報があったが…またお前らか!」
「御託を!私たちは分かる人達にしか売っていませんよ!」
"知っている側"の部員とだけやり取りしていたつもりでしたが…離反者は相次いでいます。
ミレニアムエキスポでの私の失態を知って以降でしょうか?あるいは、私が"教授"と名乗る人物と連絡を取り始めた頃か。
仔細は知り得ませんが、ともかく今は逃げるのが先です。
目についた路地に飛び込むと薄暗く、隠れるには好都合な場所でした。
ふと、看板が目につきました。まるでひっそりと身を隠せと言わんばかりの。
したり、というのはこういうことを言うんでしょうね。
ドアハンドルを回して、中に入ると濁った光が目に飛び込んできました。
とりあえず、入ってすぐ横にあった大きなドールの陰で息を潜めます。
「…」
まもなく、複数の足音が店内で聞こえました。
木製の床が軋み、ペンライトが私の視界に入ったところで、店内の奥から、落ち着いた男性の声が耳に入ってきます。
「おぉ、いらっしゃい。買い物ってわけじゃ、なさそうだな?」
「申し遅れました、ヴァルキューレです。先ほど一人生徒が入ってきませんでしたか?」
「ふむ、いないな。今日は君たちが初めてだ。最も、この店に入ってくる客は…」
「そうですか、では調べさせていただいても?」
食い下がるヴァルキューレの生徒に、男性は静かに首を横に振りました。
「なにか…勘違いしているようだな。これは私個人としての発言ではない。セミナーにでも聞いてみたらどうだ?"ミレニアムの古物商"について」
「…?」
「…!!こちらアルファ、対象は見つけられなかった。引き続き捜索する」
「おい、なにいって、」
ヴァルキューレの一人が無線を入れると、もう一人を引っ掴んで急いで店外に行きました。
私が一息つく間に、店主らしき男性はもう一度声を上げました。
…え?
「お嬢さん、これでよかったかい?」
「ッ!」
「あぁ、身構えないでくれ。私も事情を抱えていてね…話を聞きたかったんだ」
ただ、沈黙が訪れました。どこからか聞こえてくる時計のカチ、カチという音。
30秒。何もなければ、やるしかない。この店主が味方という確証もありませんし。
1分。男性の咳払いと、「あ、あ~…」という、だらしない声が聞こえてきます。
「通報する気はないさ。君がこれを信じてくれるかは定かではないがね。ひとまず、私から名乗ろうか」
「…"ミレニアムの古物商"という名に聞き覚えはありませんが」
「なんでも都市伝説というのが流行っているそうじゃないか。私はそんな大層なものでもないが、名を借りさせてもらった」
古物商。その単語だけであれば、確かに。近頃流行っていますねぇ…
なんでも、"古びた店の店主の顔を見て、帰ってきた生徒はいない"とか。そんなものあるはずないでしょう?
私が"それ"を流したんですから。最も、私はそれで一山稼いだのでそれを言う義理もありませんが。
「私はしがない古物商さ。実際、ここで売買も行われている」
「へぇ…私も目利きには自信がありますよ?」
「そうか…では、私のことも?」
「…も、勿論知っていますよ、えぇ!」
私は隠れていたドールから身を出し、その声の主を見下ろしました。
コーギーの男性です。目が細く、角ばったその体は犬というより狼を彷彿とさせました。
その男性の傍らには白いドローンが静かに宙を浮いていました。
「そうか、まぁ詳しくは詮索しないさ。お互い抱えている事情は違うからな」
「そうしていただけると助かります。あぁ、このお礼はなんとお返しすれば!」
「ふむ?」
「私はこの通り追われている身でして。何もお返しできるものがないのです…!大変申し訳ありません…」
私が大袈裟に顔に手を当てて膝まづくと、男性(この人は一旦コブツさんと呼ぶことにしましょう)は顎に手を当てて暫し考える素振りをしました。
やがて何か思いついたかのように、「あぁ、それなら」と指をある一点に指しました。
その指の先にあるのは、象の意匠が施された大きな植木鉢でした。
「あれをどかしてはもらえないだろうか。大事な物が奥にあるんだが、いつの間に埋もれてしまってね」
「?まぁ、それなら…」
植木鉢に手をかけると思ったより軽く、空いているスペースに動かしました。
奥には、幾何学の模様の赤が目に入りました。絵画?にしては、大して値打ちもしなさそうですが…
「ありがとう。その絵は友人から…譲り受けたものなんだ。なんでも、持っていると幸運が訪れるとか」
「…の割には、随分奥に立てかけてあるんですねぇ」
「そりゃそうさ。これを"持っている"と認識されると、盗まれてしまいかねない」
大層な妄信ですね…赤と言えば火。サージがいつ起きても分からないこんな場所では、むしろ危ない気がしますね。
なんて、そんなことは思っても言わないのが正解でしょう。いつ通報されてもおかしくありませんし。
私はその説明をひとしきり頷いて聞き流しました。
「確かに…この絵には、目には見えないエネルギーの奔流を感じます。素晴らしい絵画ですね!」
「…そうか、君は」
「?」
「いや、なんでもない。うちの二階が空いているから使うといい。この間清掃をしてもらったから衛生上は問題ないだろう」
コブツさんは正面のソファに座ると、手前のデスクに古ぼけた鍵をコン、と置きました。…怪しいですね。
あまりに、無害。そして無償で何かを差し出すという態度が、気に入らない。
「流石にそれは警戒しますよ。身分も分からない生徒を家に上げるというのが、どれだけ危険かお分かりですか?」
「うぅむ…私は特に感じないが。それを言うだけの理性があるだけ、君は常識がある」
「…そうですか、では、お言葉に甘えて」
鍵をポケットに入れると、私は暖簾がかかった階段を登っていきました。