スリザリンの凡人、なぜか闇の帝王候補扱いされる   作:ノア

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僕は行くとは言っていない

 ホグワーツの授業が始まってすぐに、ノアはこの事実に気づいた。

 ホグワーツの階段は、信用ならない。

 

 ノアは、三階へ続く踊り場の手前で足を止めた。壁には、灰色の髭を胸元まで垂らした魔法使いの肖像画が掛かっている。斜め向かいには鎧が一体。右の篭手だけが、磨き残しのように鈍く曇っていた。

 

 覚えるものは、その二つでいい。

 

 ノアは廊下の奥へは踏み込まなかった。石壁、燭台、古びた絨毯。校長が命に関わると言った場所にしては、あまりにも普通の廊下だった。扉に鎖が巻かれているわけでもない。床から煙が出ているわけでもない。ただ、奥へ行けば曲がり角があって、その先はここから見えない。

 

 見ただけでは分からない場所ほど困る。

 

 ホグワーツの階段は勝手に動くし、廊下はどこも似ている。うっかり入ってから、ここが立入禁止の三階の右側だったのか、と気づくのは遅い。なら、先に目印だけ覚えておくのは、平穏に過ごすための賢い危機管理だろう。

 

「セルウィン?」

 

 背後から声がした。

 

 ノアはまず自分の靴先を見た。まだ踊り場の石の上にある。問題の廊下には入っていない。そこを確かめてから振り向くと、ダフネが階段の途中で足を止めていた。

 

 彼女はすぐにはこちらへ来なかった。ノアの靴先を見て、それから曇った篭手の鎧を見上げる。階段に置きかけた足が、一段下で止まった。

 

「そこ、前に校長先生が言っていた三階の右側かしら?」

 

「そのはずだ」

 

 ダフネは肖像画を見た。眠っている老人の瞼は少しも動かない。次に鎧を見て、曇った右の篭手に目を止める。

 

「もちろん、入るつもりはないのよね」

 

「自分からはな」

 

 もちろん、自分から好き好んで、校長が命に関わると言った廊下へ足を入れる気はない。

 

 ただ、入るなと言われて素直に引き下がる人間ばかりとも思えなかった。好奇心で曲がり角の先を覗く奴もいる。友人に焚きつけられて、面白半分で足を踏み出す奴もいる。後のことを考える前に走り出す奴は、どこにでもいる。

 

 なら、何かが起きた後で「三階の右側ってどこだったか?」と聞いて首を傾げるより、先に場所だけ押さえておいた方がいい。

 今のように場所の確認をすることすらできないような、危険な場所になる可能性だってあるのだから。

 

 ダフネはその返しに、少しだけ眉を動かした。ノアが足を置いている場所と、廊下の曲がり角を見比べる。

 

「自分からは、って言い方をするのね。なら、ここに立っているのは何のため?」

 

「場所を知らないと、あとで聞いても分からない」

 

「あとで?」

 

「誰かが三階の右側で騒いだとして、ここだと分からなければ話にならない」

 

 ダフネは階段へ掛けかけていた足を、そのまま止めた。

 

「……誰かが入ると思っているの?」

 

「入るなと言われた場所を、気にする奴はいる」

 

「あなたは行かないのに?」

 

「俺が行く必要はない」

 

 ダフネはすぐには返さなかった。肖像画を見て、鎧を見て、それからもう一度ノアを見る。

 

「行かなくても、分かる時はあるものね」

 

 ノアは返事をしなかった。

 

 間違ってはいない。誰かが勝手に入って、騒ぎになれば、それで中に何があるかは分かる。自分の足で確かめに行くよりは、よほど安全だ。

 

 ただ、それをそのまま口に出すと、別の意味になる。

 

「……先に場所を知っておけば、あとで対応はできるだろう」

 

 ダフネは軽く首を傾けた。

 

「そう、対応するために来たのね」

 

「……ただ場所を見に来ただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「ええ。あくまでも場所を、ということね」

 

 ダフネはそこで、階段を一段だけ上がった。けれど踊り場へは上がりきらない。ノアが越えていない線を、自分も越えなかった。

 

「でも、校長先生は、近づくな、と言っていたけれど?」

 

 語尾だけが、少し上がった。

 

「だから、ここで止まってる」

 

「入ってはいない、ということ?」

 

「入ってない」

 

「……なるほどね」

 

 ダフネはそれ以上は追わず、曇った篭手をもう一度見た。

 

「この鎧と、あの肖像画ね」

 

「話に出た時、ここだと分かればいい」

 

「ええ。覚えておくわ」

 

「覚えなくていい」

 

「いいえ、覚えておくわ。覚えておけば、対応はできる。なのでしょう?」

 

 ノアは、少しだけ口を閉じるのが遅れた。

 

 余計なことを言った気がする。

 

 ダフネは廊下の奥へ視線を向けた。曲がり角の先は見えない。見えないくせに、そこまでの道は拍子抜けするほど普通だった。

 

「本当に、ただの廊下に見えるわね」

 

「だから入る奴がいる」

 

 ダフネがこちらを見た。

 

「あなたは、そういう人を止める側ではないのね」

 

「近くにいたら、そうなるかもしれない」

 

 ノアは踊り場から一歩下がった。

 

「だから近くにいない」

 

 そう、面倒事を避けるために。

 

 ダフネはその一歩を見て、ほんの少しだけ目を伏せた。それから、同じように一段下がる。

 同じ視線に立って、ノアが立っていた踊り場の縁を見た。

 

「近づかないため、というのも、少し違うのかもしれないわね」

 

 ノアは返事をしなかった。

 

 返事をすると、また何かが余計に聞こえそうだった。

 

   *

 

 昼食後の廊下は、授業へ向かう生徒たちで少し騒がしかった。

 

 ノアはドラコの半歩後ろを歩いていた。クラッブとゴイルは、そのさらに後ろにいる。横へ並ぶと話しかけられる。離れすぎると、今度は呼ばれる。半歩後ろというのは、相手の機嫌を損ねず、会話の中心にも置かれにくい、今のところいちばん無難な位置だった。

 

 その無難さは、少し先から聞こえてきた声で崩れた。

 

「だから、三階の右側って何があるんだろうな」

 

 赤毛の少年の声だった。

 

 声が大きい。聞こうとしなくても耳に入る。ノアは顔を向けず、足だけを少し緩めた。ドラコも歩みを落とす。急に止まられたクラッブが背中にぶつかりかけ、ゴイルがそれを見て、自分も足を止めた。

 

「ロン。校長先生が近づくなとおっしゃったのよ。理由を探す必要なんてありません」

 

 返した声には覚えがあった。

 

 ハーマイオニーだ。胸に抱えた本の端を片手で押さえ、ロンの前に立っている。眉を寄せて、さっきから少しも笑っていない。

 

「でも、気になるだろ。あんなふうに言われたらさ」

 

「なりません」

 

「いーや、なるね。それにグリフィンドールはこういうときに怖じ気つかないのが美徳なんだ。ハリーも気になるよな?」

 

 ロンが隣の黒髪の少年を見た。

 

 ハリー・ポッター。

 

 名前と顔くらいは、ノアでも知っている。入学前から噂の中にいて、組分けの時には大広間中の視線を集めていた少年だ。

 

 ポッターは、いきなり話を振られて眼鏡の位置を直した。

 

「僕は見に行くって言ってるわけじゃないよ。ただ、何があるんだろう、とは思う」

 

「ほら」

 

「ほら、じゃないわ」

 

 ハーマイオニーは本を抱え直し、ロンの前に半歩出た。勢いで本の角がローブに当たり、彼女はそれをもう一度胸元に押しつける。

 

「危ないと分かっている場所に、わざわざ近づく理由がありません。学校が始まったばかりなのよ。減点されるだけならまだしも、本当に何かあったらどうするの?」

 

「だから、今すぐ行くとは言ってないだろ」

 

「今すぐ、って付けたわね」

 

 ロンが口を閉じた。

 

 ノアは、それを聞いてしまった。

 

 廊下の真ん中であれだけ話していれば、嫌でも耳に入る。聞こえた以上、考えることは一つだった。

 

 ロンは「今すぐ」のところだけ引っ込めた。行かない、とは言わなかった。隣にいるのは、あの有名なポッターだ。本人がどれだけ乗り気かは知らないが、「何があるんだろう」と口にした時点で、ロンの中では一人分以上の理由になる。

 

 近くにいない方がいい。

 

「聞いたかい、セルウィン」

 

 ドラコが、声を落として言った。

 

 ポッターたちには届かない。ノアと、少し後ろにいたダフネには届く。

 

「ポッターは、もう校則破りの相談をしているらしい。グリフィンドールの勇気というのは便利だな。校長に止められた場所へ行きたがることまで、美談にできる」

 

 ドラコはそこで、クラッブとゴイルにちらりと目をやった。

 

 二人が笑うのを待ってから、口元を持ち上げる。

 

「もちろん、今すぐ行くなんて言っていないさ。ただ、ポッターでも気にしている場所なら、僕が見に行けない理由もないだろう?」

 

 クラッブが遅れて笑った。ゴイルもそれに合わせる。

 

 ノアは笑わなかった。

 

 ドラコの指が、ローブの袖口を一度だけ撫でた。列車でポッターに声をかける前も、同じ動きをしていた。

 

「ここでその話をするな」

 

 ノアは短く言った。

 

 ドラコの目がこちらへ向く。

 

「僕が本当に行くと思っているのかい?」

 

「思っていないなら、なおさら言うな」

 

 ノアは廊下の先を見た。

 

 ハーマイオニーはまだロンに何か言っている。こちらを見てはいない。けれど、声を拾われない距離でもなかった。

 

「グレンジャーに聞こえる」

 

「あいつに聞こえたら、何だっていうんだい?」

 

「あいつは先生を呼ぶ」

 

「冗談だと言えばいい」

 

「先生に聞かれてからな」

 

 ノアは、ドラコの横にいるクラッブとゴイルを見た。

 

「その時、俺も隣にいたことになる」

 

 ドラコの口元から、さっきの笑みが少し薄れた。

 

「君は、自分の名前が出るのを嫌うんだね」

 

「面倒だからな」

 

 ノアがそう返したところで、背後にいたダフネが本を抱え直した。

 

「昨日も、似たことを言っていたわね」

 

 ドラコが振り向く。

 

「昨日?」

 

 ダフネはノアを一度だけ見てから、廊下の先へ視線を移した。

 

「三階の右側よ。セルウィンは、廊下には入らずに手前で止まっていたの。灰色の髭の肖像画と、右手だけ曇った鎧を見ていたわ」

 

 ノアは口を開きかけて、やめた。

 

 そこまでは事実だ。廊下には入っていない。目印も見た。否定すれば、かえって説明が増える。

 

「自分では行かない、と言っていたわね」

 

 ダフネは続けた。

 

「でも、入るなと言われた場所を気にする人はいるかもしれない。だから、場所だけは見ておく、と」

 

「……それは」

 

 ノアは、そこで言葉を止めた。

 

 言った。

 

 だいたい、その通りのことを言った。

 

 ドラコは笑わなかった。

 

 廊下の先へ視線を戻す。ロンがまだハーマイオニーに何か言い返している。ハーマイオニーは本を抱えたまま、その前に立っている。ポッターは二人の間で、話を切るでもなく、歩き出すでもなく立っていた。

 

「いるじゃないか」

 

 ドラコが小さく言った。

 

 ノアは、その一言の向きに気づいて眉を寄せた。

 

「違う」

 

「何が違うんだい? 君は昨日、入るなと言われた場所を気にする人間がいるかもしれないと言った。今、そこにいる」

 

 ドラコはロンとポッターの方を見たまま、声だけを少し落とす。

 

「君は自分では行かない。僕にも、ここで口にするなと言った。グレンジャーに聞こえれば、先生へ言う。なるほど。確かに、ここで僕が言質を取られるのは下手だ」

 

「そこまで考えてない」

 

「考えていないなら、よく見ているんだね」

 

 ドラコは袖口から指を離した。

 

「ポッターは、言われた場所へ来ると思うかい?」

 

 問いだけがこちらへ向いた。

 

 ノアは答えたくなかった。答えなければ、ドラコは都合よく受け取る。答えれば、もっと都合よく使われる。どちらにしても、もう遅い。

 

 ロンはハーマイオニーに止められている。けれど、行かないとは言っていない。ポッターも、見に行くとは言っていない。だが、何があるのか気になるとは言った。

 

「あの赤毛次第だろ」

 

「ウィーズリーか」

 

 ドラコが笑った。

 

「なら来るね」

 

「断言はしてない」

 

「必要ないよ」

 

 ドラコはそう言って、歩き出した。

 

「マルフォイ」

 

 ノアが呼ぶと、ドラコは半分だけ振り向いた。口元には、さっきとは違う笑みがある。クラッブとゴイルが、何が始まるのか分からないまま彼についていこうとしていた。

 

「君の言いたいことは分かったよ、セルウィン。僕が行く必要はないんだ」

 

「言ってない」

 

「そうだったね。君は何も言っていない。僕も下手なことはなにも言わない」

 

 ドラコはそれ以上続けず、ポッターたちの方へ向かった。

 

 ロンが最初に気づいた。赤い髪がこちらを向く。次にポッターが顔を上げる。ハーマイオニーは、ドラコの歩き方を見ただけで嫌そうな顔になった。

 

「やあ、ポッター」

 

 ドラコはわざとらしく明るい声を出した。

 

「さっきから面白い話をしているじゃないか。三階の右側に何があるか、そんなに気になるのかい?」

 

「君には関係ないだろ」

 

 ポッターの声は硬かった。

 

「もちろん、僕には関係ないさ。校長が近づくなと言った場所に、わざわざ近づきたがるほど暇じゃない」

 

 ドラコは一度そこで言葉を切り、ロンを見た。

 

「けれど、ウィーズリーは違うらしいね。口だけなら、いくらでも勇敢になれる」

 

「なんだと?」

 

 ロンが一歩前へ出た。

 

 ハーマイオニーがすぐに腕を出して止める。

 

「ロン、相手にしないで」

 

「おや、グレンジャー。君は先生に言いつけに行かなくていいのかい? それとも、ポッターが絡むと規則は少し曲がるのかな」

 

 ハーマイオニーの顔が赤くなった。

 

「規則を破ろうとしているのは、あなたでしょう」

 

「僕が?」

 

 ドラコは目を丸くして見せた。

 

「僕はただ、ポッターがどれくらい勇敢なのか知りたいだけだ。噂ではずいぶん有名だからね。夜の廊下くらい、怖くないだろう?」

 

 ポッターは眼鏡の奥でドラコを見た。

 

「何が言いたいんだ」

 

「今夜、十二時。三階の古い鎧の前」

 

 ノアの指先が、ローブの端を掴んだ。

 

 灰色の髭の肖像画。右手だけ曇った鎧。

 

 ダフネが、隣で小さく息を止めた。

 

 ドラコはそこで、クラッブの肩に軽く手を置いた。

 

「何を言いたいかは分かるだろう? 僕の付き添いはクラッブだ」

 

「ハリー、だめよ」

 

 ハーマイオニーが低い声で言った。

 

「規則を破らせたいだけよ。あなたが行く必要なんてありません」

 

「必要がないなら、来なければいい」

 

 ドラコはポッターを見たまま、少し笑った。

 

「明日の朝食で、誰が来なかったか分かるだけだ」

 

「ロン!」

 

「大丈夫だって。ハリー一人で行かせるわけないだろ」

 

 ロンはドラコを睨んだまま、ハリーの横に立った。

 

「僕も行く。決闘っていうのは、介添人がいるんだ」

 

 ハリーは一瞬だけハーマイオニーを見た。彼女は強く首を振っている。けれどロンはもう、引く気がなかった。

 

「分かった」

 

 ハリーが言った。

 

 ドラコの口元が、少しだけ上がる。

 

「楽しみにしているよ。グリフィンドールの勇気を」

 

 そう言って、彼は踵を返した。

 

 ノアの方へ戻ってきた時、ドラコは何も言わなかった。ただ、すれ違いざまに袖口を軽く撫でる。

 

 クラッブとゴイルはまだ笑っていた。二人は、今夜本当に行くのかどうかも分かっていない顔をしている。

 

 ダフネが、ノアの横で小さく呟いた。

 

「……あの鎧」

 

「言うな」

 

 ノアは廊下の先を見た。

 

 ハーマイオニーがポッターとロンに詰め寄っている。ロンはまだ怒っている。ポッターは黙っている。

 

 その三人の向こうで、ドラコは一度だけ振り返った。

 

 口元に、満足そうな笑みが残っていた。

 

   *

 

 翌朝、噂は朝食の席に着く前から廊下を流れていた。

 

 ポッターとウィーズリーとグレンジャーが、夜中に寮を抜け出したらしい。

 

 三階の方へ行ったらしい。

 

 そこまでは、誰が話してもだいたい同じだった。違っていたのは、その先だ。

 

 ある生徒は、三人が青い顔で戻ってきたと言った。別の生徒は、ウィーズリーが腰を抜かしていたと言った。さらに別の生徒は、ポッターが扉の前で動けなくなって、グレンジャーが二人を引っ張って戻したのだと声を潜めた。

 

 何を見たのかは、誰もはっきり言わなかった。

 

 ただ、グレンジャーがいなければ戻ってこられなかったらしい、というところだけは、妙に早く広まっていた。

 

 ノアはフォークを持ったまま、しばらく皿の上のソーセージを見ていた。

 

 行ったのか。

 

 行ったのか、あいつら。

 

 しかも三人で。

 

「聞いたかい、セルウィン」

 

 隣に座ったドラコが、上機嫌に声を落とした。

 

 ノアは返事をしなかった。返事をすると、ろくなことにならない気がした。

 

「君の言った通りだったね。入るなと言われた場所を気にする人間はいる。ポッターとウィーズリーは、まさにそういう連中だったわけだ」

 

 ドラコは銀の杯を指で押し、少しだけ位置を直した。中のかぼちゃジュースが揺れる。

 

「グレンジャーまでついていったのは意外だったけれどね。あいつは先生に言いつけるだけの女だと思っていたが、少なくとも逃げ道を探す頭はあったらしい」

 

「……それは知らない」

 

「知らなくても、結果は出た」

 

 ドラコは満足そうに言った。

 

「僕たちは三階へ行っていない。先生に見つかってもいない。けれど、ポッターたちが青い顔で戻ってきたことは分かった。校長が命に関わると言った場所に、何かがあることもね」

 

 ノアはフォークを置いた。

 

 金属が皿に当たって、小さく鳴る。

 

「マルフォイ」

 

「何だい?」

 

「その話を、俺に向けるな」

 

「どうして?」

 

 ドラコは本気で不思議そうに眉を上げた。

 

「僕は行くとは言っていない。待っているとも言っていない。何をするとも言っていない。ポッターとウィーズリーが、勝手に意味を受け取って、勝手に夜の廊下へ出ただけだ」

 

 クラッブが、よく分からないまま頷いた。ゴイルもそれに合わせる。

 

「危険な場所には、自分では踏み込まない。必要なら、踏み込む人間に踏み込ませる。結果だけを拾う。スリザリンらしいやり方じゃないか」

 

「違う」

 

「違う?」

 

「俺は、場所を確認しただけだ」

 

「そうだね。君は廊下に入っていない。僕たちも入っていない」

 

 ドラコは笑った。

 

「純血の家に生まれた者が、何でも自分の靴で確かめる必要はない。そういうことだろう、セルウィン?」

 

 ノアは額に手を当てた。

 

 違う。

 

 まず、純血の話ではない。

 

 そう言いかけて、向かいの上級生がスプーンを止めているのに気づいた。隣ではクラッブとゴイルが、分かったような顔で頷いている。

 

 スリザリンのテーブルで、ドラコ・マルフォイに向かって、純血なんて関係ない、と言う。

 

 その後で、何もなかった顔をして朝食を続けられる気はしなかった。

 

「体調でも悪いのかい?」

 

 ドラコが、妙に機嫌よく尋ねた。

 

「悪くなった」

 

「なら、今日は安静にしているといい。昨日はずいぶん頭を使っただろうからね」

 

 ノアは額を押さえたまま、深く息を吸った。

 

 このままだとまずい。

 

 スリザリンの中で、ノアは純血らしい純血として見られつつある。しかも、ただ家柄を誇るだけではない。自分の手を汚さず、人を動かし、危険の中身だけを抜き取る側の人間として。

 

 違う。

 

 違うのだ。

 

 ただ巻き込まれたくなかっただけなのに。

 

 ノアは顔を上げ、大広間の反対側を見た。

 

 グリフィンドールのテーブルでは、ハーマイオニーが本を開いたまま座っていた。ポッターとウィーズリーが何かを言っているが、彼女は返事をしていない。いつもより背筋が硬い。

 

 話すなら、あそこだ。

 

 純血主義者ではないと見せるなら、スリザリンの中で言い訳を重ねるより、マグル生まれのグレンジャーに普通に話しかけた方が早い。

 

 問題は、それをどうやって自然にやるかだった。

 

 ノアはもう一度、額に手を当てた。

 

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