蛍という女の子がいます。お兄ちゃんに会いたいみたいです。
オラリオではないどこか。
現在とは異なるいつか。
氷に囲まれた不思議な場所に、少女がいた。
表情に乏しい少女だ。
最後に口角を上げたのはいつだったか、彼女はもう覚えていない。生活の中に驚きはなく、金の瞳が揺れることなど起こらない。
涙はとうの昔に枯れた。
凍りついた心は何事も面倒に感じてしまうが、だからといって永遠にじっとしているのは退屈だった。
──
名前を最後に呼んでくれたのは誰だっただろうか。
少女は忘れてしまった。時間が経つにつれて、色んなことが頭の中から消えていくのが嫌だった。
──私ってなんなんだろう。
そのうち本当にわからなくなりそう。
そうなったら、きっと楽になれる。そんな気がしていた。
──懐かしい記憶もじきに消える。きっとそうなんだと思う。
もう随分と昔のこと。
彼女は、いつも『兄』を追いかけていた。
顔が思い出せない親と死に別れた後も。
居場所が次々と消えてしまった後も。
頼りになる『兄』の背中を追いかけながら、長い長い旅をしてきた。
自分達はきっと迷子だった。
風のような旅人生活は最初のうちは楽しかったが、そのうち思うようになった。
いつまで歩き続ければいいのか。いつまで飛び続ければいいのか。気づいた時には『兄』の背中は消えていて、大好きだった世界は消滅していた。
そして全てが終わり、束の間の
『迷子の迷子のお姫さま。
名状しがたい何かが、何度も何度も尋ねてくる。
その度に、
この長すぎる旅に、本当の意味の終わりなどない。
自分の意志に関わらず、勝手に始まっては最後には滅びる。そしてまた始まるのだ。
無限ループの回数は万を超えただろうか。少し足りていないかもしれないが、正確な数なんてどうだって良かった。
『迷子の迷子のお姫さま。在りし日の願いを覚えているか?』
氷の奥で名状しがたい闇が囁く。
もちろん覚えているとも。
嫌なことを忘れたいと願った結果、忘れてはいけないことを忘れてしまった。
いつからかそばに居た名状しがたいナニカは、願いを叶えてはくれなかった。
何を教えてくれることもなかった。
ただ、蛍の願いを歪な形で叶え続けた。もう何もしたくないと祈ったら、氷の宮殿から出られなくなった。本当に何も出来なくなった。
『迷子の迷子のお姫さま。兄の背中はどこにある?』
そういえば、兄はどんな声をしていただろうか。
名前はとうに忘れてしまった。微かに残っている香りの記憶もやがて消えるだろう。
そうなった時、
『私は何者なんだろう』
冷たい銀盤に映っている姫騎士のような少女は、今日も今日とて無機質だ。
ボサボサに乱れた金の髪、黒く染まったインテイワットの髪飾り、
戦いもしないくせに剣を持っているのが酷く
『あなたは誰?』
自分に向かって問いかけてみるも、返ってくるのは風の音だけ。
分厚い氷に囲まれた薄暗い迷宮。
何をどうしても出られない監獄。外がどんな景色だったのか、忘れてしまう日は近いかもしれない。
そうなったいよいよ自分も末期だな。どこか他人事に考えていた蛍はある日、『声』を聞いた。
『あの、どちらさまですか……? さっきから話しかけてるんですけど、僕のこと見えてます? お城みたいな背景が見えるんですけど、どこかのお姫様だったりします?』
『えっ、どちらさまですか?』
暇だったから氷に向かって話しかけていたら、向こうからも話しかけてきた。
気付いたら白髪の男の子が映っていて、心配そうな顔で蛍を見ていた。
『ベルです。ベル・クラネル。迷宮都市オラリオの冒険者で、今はダンジョンで落とし穴に落ちちゃったところだったんですけど、どうしてあなたはこんなところに?』
『待って待って。よくわからないよ。とりあえずいい? 大切なことを指摘していい?』
『なんですか?』
『ここは落とし穴の中じゃないよ』
『見れば分かります……』
ベル・クラネルと名乗った少年は、聞いたこともない都市の冒険者だった。
オラリオ。どこだそれは。
テイワットの世界にそんな場所があっただろうか。
蛍は怪しい記憶をほじくり返してみたが、該当しそうな都市はなかった。
『もしかして、困ってますか? それなら相談してもらえれば、なにか力になれるかも……』
『いや、あなたは今、落とし穴に落ちてるんだよね?』
『そうですけど、大丈夫です!』
力強く宣言する少年の顔は、紫色の液体でベトベトだった。モンスターの体液か何かかもしれない。
本当に大丈夫なのかコイツと思いながらも、蛍は言葉を返した。
『じゃあ顔を拭いてからでいいから、少し話できる? これ、どうなってるのかわからないけど……ずっと誰とも喋ってなかったから、なんでもいいからお喋りしたい。他人と』
『いいですよ! でも待ってください! モンスターが落ちてきたんで!』
『うん。待ってるから早く倒そう?』
間もなく、爆発音が聞こえてきて、少年の体は黒い煙に飲み込まれた。
なんか燃えてるっぽいけど大丈夫だろうか。
よくわからないけど死んだかもしれない。
蛍は久しぶりに人様を心配した。ちょっとワクワクしかけていたのに、死んでたら悲しい。五体満足である必要はないので、とりあえず生きていて欲しいなと思った。
☆
爆死したかに思われた少年は生きていた。
黒焦げになってはいたが命に別状はなかったようで、蛍は少しだけ彼とお喋りした。
『大丈夫ですか? ほんと、困ってることがあったら言ってくださいね。そこがどこかはわからないですけど、なにか出来ることがあるなら……』
少年はしきりに蛍を気遣ってくれたが、まずは自分の心配をした方がいい。
『私は大丈夫だから手当しようか』
『
『ポーション? ああ、お薬みたいなやつかな? そういえば落とし穴の中にいるんだったね……早くでなよそんなとこ』
『いやでも蛍さんが』
『私はなんともないから』
その日から少年はちょちょい顔を見せてくれるようになり、彼が来ると少しだけ気分が和らいだ。
普段に比べてちょっとだけ、アビスな気持ちがマシになった気がした。元々の自分の性格がどうだったかはおぼろげだが、ずっと氷にだけ囲まれて生活してたら暗くもなる。しかも話し相手は自分しかいないのだから、気づいた時には喋り方を忘れかけていた。
『こんにちは蛍さん! すみませんちょっと誘拐された後に戦争になっちゃって、顔を出す時間が作れなくて……』
『いいよいいよ。別に待ってないし。それよりちょっと誘拐されたってなに? なんで戦争が起こるの?』
『女神様をフッちゃって……それで』
『そっかそっか大変だったね。ごめん全くわかんない』
少年は優しいけど変な奴だった。
というか変な運命に愛されている節があった。その証拠に、話せば話すほど変な出来事がぽんぽん出てくる。長期間顔を見せない時は大体どっかで死にかけているか、監禁されていた時もあった。
なんでも、鬼畜な妖精に改造されたとか。変わったかどうか確かめて欲しいと言われたからオッケーしたら、いきなり『あなたは貞淑な姫君でウンヌン』とか言われてドン引いた。改造は改造でも改悪だったらしい。鬼畜妖精とやらは余計なことをしたと思った。
『カッコつけない方がいいよ。気色が悪いから』
『はい……わかりました……ワカリマシタ』
蛍は怒っていたわけではない。
純粋に鳥肌が立っただけだ。素朴な人間が無理してキザなことを言うのは見ていて痛い。別に格好つけなくても素の自分でいいのだ。蛍はどちらかと言うとナチュラルを愛する女だ。
『こんにちは蛍さん。すみません。ちょっと邪悪な精霊と戦ってて、途中で全身食べられちゃったんですけど何とか生きてました』
『人間を丸呑みとか邪悪すぎるね。ところでなんで生きてたの?』
『あ、僕を食べたのは別のモンスターです。何匹だったかはわからなかったんですけど、あっという間にバリバリ食べられちゃって……』
『群がられたってことね。なんで生きてるの?』
少年の話は冒険中に起こった出来事がほとんどで、内容は大体グロテスクだった。他の話はないのかと思うこともあったが、冒険者だから冒険ばかりしているのだろう。文句みたいになっても嫌だから、蛍はうんうんと真顔で話を聞かせてもらった。
時間は毎回一時間もなくて、今のところほとんどが雑談の域を出ていない。次回あたり身の上話でもしてみるか。いや先に聞き役の方がいいか。子供の頃の話とか聞いてみようか、などと考えている間に
『飽きちゃったか、繋がらなくなったか、そのうち会いに来るって言ってたのになぁ。実際に来るのは無理だろうから、期待はしてなかったけど』
また、話し相手は自分一人に戻ってしまった。
できれば永遠に眠りたいところだったが、死んでもどうせ目覚めてしまう。何もしなくていいのはたしかに楽ではあるのだが、できれば完全に終わらせて欲しいところだった。辛いという感情すら忘れかけている中、終われないことだけは明確にシンドいと思った。
『パイモンみたいにやかましくないし、壊れたロボットみたいでもないし、いい話し相手だと思ったのになー。残念だなぁ』
もし、仮に、奇跡が起こって。
彼が壁をぶち破って来てくれて、ここから出ることもできたら、久しぶりに冒険とかしてみたかった。
願いは叶わないものだから、そんな日が来ることはないのはわかっているけど、蛍は残念だった。
☆
淡く輝く星々が、夜空から大地を見下ろしている。
見上げれば吸い込まれそうな冷えきった夜空。散らばった千切れ雲が、黄金の満月を覆っている。
夜半の迷宮都市、オラリオは熱気に包まれていた。
冒険者達が酒盛りに
今月オラリオで起こったのは、絶望のどん底からの大逆転劇。ダンジョン深層で壊滅した【ロキ・ファミリア】を、冒険者達は全勢力をもって見事に救出してのけた。派閥の
あのまま【ロキ・ファミリア】が全滅していれば、下界が
ある神いわく、戦いは紙一重だったという。
深層に巣食っていた敵は邪悪かつ強大で、冒険者達が敗れていた場合、そのまま地上に侵攻されていた。
つまり最終決戦を前に終わっていた可能性が極めて高いのである。だからこそ冒険者達の凱旋時の熱狂は相当なもので、あれからまだ一ヶ月も経っていない。
迷宮都市が未だ熱に浮かされているのも、仕方の
「……」
そして、本日は祝いの宴が開催されている。
前代未聞続きだった今年を
複数の神々とギルドが合意して開催に漕ぎ着けた、
名目上は自由参加。とはいえ
断る理由もないしむしろ楽しみにして来たのだが、今、ベルは
宴の場所は巨大な屋敷。つい最近ギルドに押収された、元最強派閥の
「……」
煉瓦を枕にして寝っ転がり、ベルはたそがれていた。白髪が夜の冷風でフワフワする中、魂の抜けた顔で星空を見上げる。
ベルはとても疲れていた。
半月前の疲労がようやく抜けたかと思っていた矢先、本日の宴でどっと疲れた。
原因は乱闘や決闘などではなく、
宴の開始前から既に予兆はあったのだが、ダンスの時間になった瞬間に
そして、そんなことになれば近しい女性達が黙っておらず、主神のヘスティアが持参品のタッパーを振り回して激怒。
──『こうなったら決闘だあああああああああッッ! みんな、装備の準備はいいかぁ!』
──『かかってきなさい妖魔共! リリがベル様を守ります!』
参謀兼副団長のリリが火炎石を取り出し、
最終的には当事者のベルそっちのけで、女同士の熱い戦いが始まってしまった。ベルは泡を食って逃げ出し、こうして屋根の上に避難中というわけだ。
(アーニャさん、大丈夫かな……)
ひとまず魔の手(大量)から逃れられたところで、頭に浮かんでくるのは困った
酒場からアーニャが出ていって今日で七日目。
そのまま行方をくらませて、などというようなことはなく、現在は【ガネーシャ・ファミリア】の本拠に住み着いている。なんでも神ガネーシャが落ちていたから届けてあげたら、団員達から凄く感謝されて、仮住まいさせてもらえることになったようだ。
なんでそんなことになるのか、ベル達は理解に苦しんだ。まあ、行方知れずになるよりは遥かにマシだが。
「……ふぅ」
「いや、ふぅ……じゃないんですけど。あなた、何考えてるんですか。
「……」
ベルは現実に引き戻された。
顔をあげると、山吹色の妖精、レフィーヤ・ウィリディスがこちらを見ていた。彼女は先程からいたのだが、疲れ切っているベルの様子を伺っていたのだ。
いつまで経ってもベルが口を開かないので、痺れを切らせたというわけである。
「戻りなさい。そして責任を取りなさい。どうするんですか、あんな大騒ぎを起こして」
相変わらず手厳しい。
でも、以前に比べると面と向かっても緊張しない。
先の戦いで共闘して、少なからず冒険者として認めたあった……ような気がしているのが大きいのだ。あくまでベルの主観なので、実際は前以上のゴミクズと思われている可能性も大いにある。
疲れきった顔で体を起こすと、紺碧色の瞳は細く細く
「僕、何もしてないんですけど……」
「最初にハッキリ選ばなかったでしょう、ダンスの相手を。ヘラヘラして煮え切らない態度を取っているから、こういうことになるんです」
レフィーヤはピシャリと言い切ったが、ベルは解せなかった。
たしかにヘラヘラはしていたし、ああも複数のお誘いを受けては即決するのは難しかった。もちろん意中の相手が誘ってくれていたら違っていたが、アイズは新作のジャガ丸くんに夢中だったし。
「だとしても、
「みんながみんな
「そうですね……」
「ええ……はぁ」
生真面目な妖精は右手で額を抑え、ストンとその場に腰を下ろした。かなり呆れているようだ。
「とりあえず、タッパー持参はやめさせた方がいいですよ……ロキがやったら叩きます。料理をコッソリ持ち帰るなんて、【ファミリア】の恥です」
「……」
それはそうだ。
ベルは無言で頷き、先輩からの有り難い助言を受け入れることにした。主神のヘスティアは宴にタッパーを持参する神だ。超貧乏な頃はとても有難かったが、今それをやると格好がつかない。そもそも、わざわざ持って帰る必要もない。超裕福ではないにしろお金はあるし、なくなっても稼げる体制ではあるし。
「自覚してくださいね。貴方、もう英雄候補なんですよ。これまでとは立場が違うんですから」
「……そうですねぇ」
「なんですか、その腑抜けた返事は」
「いや、実感なくて……」
ベル・クラネルは世界から英雄候補として認められた。冒険者生活が一年未満だろうが関係ない。
Lv.1でミノタウロスを単独討伐し、史上最短でLv.2に至ったことから始まり、リヴィラの神災ではゴライアスの亜種を討伐。【アポロン・ファミリア】を
黒いミノタウロスとの市街戦を経て、あれよあれよという間にLv.4に。何か知らんが深層で妖精と逃避行して戻って来たかと思えば、人造迷宮での決戦に飛び入り参加してMVP級の活躍を見せ、お次は【フレイヤ・ファミリア】を粉砕。
女神フレイヤの求愛行動も見事に粉砕。
いつの間にやらLv.5となっていた少年は、このたび【ロキ・ファミリア】救出作戦成功の立役者となった。全ての元凶こと穢れた精霊にトドメの一撃を食らわせ、囚われていたアイズ・ヴァレンシュタインを解放した。ついでに精霊も救われたようだというのが神々の談。
なお、細かい活躍はもっと色々ある。
それらを一年未満で成し遂げてきた少年は、誰がどう考えても前代未聞のバグキャラであった。
「実感ないんですよ……それなのに、いきなり周りの反応が変わりすぎて困惑するっていうか……いや、覚悟はしてたんですけど」
「そうですか。それなら自分が変わるしかありませんね。周囲というのは自分に都合良くは変わってはくれませんから。運命と同じです。物事というのはなかなかどうして、思いどおりにはなってくれない」
特に深く考えた様子もなく、レフィーヤの口からは揺らぎのない言葉が出てきた。
これが経験の違いだろうか。
「女性関係はともかく、ひとまず安心しました」
「え?」
「その様子だと、しっかり回復できたようですね。貴方なりに良い形で、戦いを終えることができたんじゃないですか。全て望む結果になったはずがありませんが、それでも自然と前を向くことができている」
違いますか? と問われたベルは、「違いません」と即答できた。
たしかに全て望んだとおりにはならなかった。
救いたかったけど手が届かなかったものは確かにあった。成れの果てとして襲いかかってきた先達達を屠った時のことは、きっとこの先、忘れることはできないだろう。でも、それでも、絶望して全て失ってしまうような愚かな結果にはならなかった。
「英雄になりたい。今回道を切り開いてくれた人達に、胸を張れるような」
「そうですか。そうですね。私達は胸を張って進んでいかなければいけません。そうでなければならないんです」
魔界と化した深層には【ヘスティア・ファミリア】の皆はほとんどついてこれなかったけど、その場面場面で頼りになる人達がいてくれた。
犠牲者の数を考えればもちろん悲しみは消えないけれど、それでも前に進む。心はちゃんと燃えている。
ベル・クラネルは英雄になりたい。
誇り高い騎士がいる。都市最強の男がいる。
どちらも正真正銘の英雄で、ダンジョンでの活躍には心が震えた。皆に報いたいという気持ちとは別に、純粋な憧れの気持ちが強まった自分がいる。
「そういえば、レフィーヤさんはどうしてここに? 僕のこと嫌いなんじゃ……」
「はい? 別にいいでしょう。嫌いは口をきかない理由にはなりませんよ?」
「そうなんですか……?」
少し熱が冷めてきた。というか寒くなってきたあたりで気になっていたことを尋ねてみると、よくわからない答えが返ってきた。
嫌いならわざわざ話をしにきたりしないのではないだろうか。そう思ったベルだったが、すぐに考えを改めた。特定の女性を思い出しながら、そうとも言いきれないなぁと。
「……」
「レフィーヤさん?」
着衣が擦れる音が耳に届く。レフィーヤが立ち上がったのだ。風になびく山吹色の髪。彼女は無言で前進した。お喋りの時間は終わりということだろうか。
そういうことなら、自分もそろそろ戻った方がいいだろう。いつまでも隠れていても埒が明かないし、時間が経過して場が沈静化していることを祈って……!
「僕も戻ります」
ベルは意を決して腰を上げ、レフィーヤの後に続こうとした。
「……明日、空いていますか?」
「はい?」
その時だった。
神妙な顔で振り返った妖精は、非常に言いづらそうな顔で明日の予定を聞いてきた。
ベルは固まった。明日は空いているか。いついつは空いているか。これは噂に聞くデートのおさそ
「立て続けになって非常に申し訳ないのですが、
「……えっ?」
「ちなみに、プライベートで遊びに行くとかではありません。妙な勘違いをしているのなら、焼きます」
「してません! 断じて!」
違った。焼くとか言われたのでベルは慌てた。
(って、立て続けって……救出作戦の時はレフィーヤさん個人の依頼ってわけじゃなかったけど)
上擦った声で返答しつつも、どうにか冷静になる。
救出作戦の時、たしかに個人的に力を借りたいと言われはしたが、そもそもベルは戦力に含まれていた。
作戦が決定した時点で、鬼畜エルフによる酷使は必然だったのだ。だからそこまで恩義を感じる必要はないのだが、律儀な妖精さんである。
「ええと、クエストは構いませんけど……どうして僕に?」
「共闘しやすい相手が欲しいのと、後は単純に私の勘です」
今、褒められただろうか? もしかしなくても認められていることが伝わってきて、ベルは謎の達成感に包まれた。アイズとの特訓がバレそうになって逃走したのが悪手だったことに始まり、精力剤をぶっかけて激怒させてしまったこともあった。
そんなこんなで、少し前までは軽蔑ばかりされていた。それを思えば、これはすごい進歩である。
「認めてもらえてるのは嬉しいですけど……あの、勘っていうのは?」
「……はぁ」
「え、なんですか今のため息」
一方で、勘というのはよくわからない。もう少しきちんとした説明が欲しいところだ。そしてなんだ今の呆れ果てたようなため息。
「
「なにをですか。何を言ってるんですかレフィーヤさん」
「わからないならいいです」
「気になるんですけど!」
ベルは吠えたが、レフィーヤは答えてはくれなかった。ため息の理由については。
「勘というのは、貴方はなにかと
「いやいやわかりませんって……え? ボマーってなんですか、爆弾?」
勘がウンヌンという話については説明してくれたが、不足であった。余計に混乱した。
何か起こる気がするって、彼女は
「ボマーはボマーです。すみません説明がまどろっこしくなってしまいましたね。結論から言います。
「………………えっ」
アレコレ考えていたベルは、時を止めた。
レフィーヤは困り果てた表情で、「ですから消息不明なんです」と繰り返す。
ベート・ローガ。救出作戦の最後で背中を押してくれた
「聞いていますか。
ベート・ローガ、Lv.6。
救出作戦が完了した半月後に、今度は単独で消息不明となってしまった。ベルはよろけそうになった。
「え、えぇ……」
「生きてはいるみたいなんですが、ロキいわく放っておいても帰ってくる可能性は低い、とのことで」
「…………」
今度こそよろけた。
ロキがそのように見立てた理由は不明だが、これはどう考えても大事件である。
「他の方々に悟られると混乱を生むので、他言は無用でお願いします。宴はキャンセルするべきだという意見もあったんですが、それでは何かあったと言っているようなものですからね。ああ、リヴェリア様が来ていないのは捜索のためです」
なるほどだから来てないのかリヴェリアさん!
ベルは心の中でヤケクソ気味な台詞を吐いた。
流石に年内はもう何も起こらないと思っていたのに、ここに来てまさかのベート行方不明。
弱々しい顔でフラフラしているベルに、レフィーヤは澄まし顔で、告げた。
「手がかりを手当り次第あたってはいますが、進捗は思わしくありません。要するに埒が明かないんです。ですので、貴方を連れて探し回っていれば何か起こるのでは……と」
その言葉からは妙な自信が感じられたが、なんの根拠もない。本当にただの勘である。
しかし、断る理由はベルにはない。
ベートほどの漢に何かあったのだとしたら見過ごすわけにはいかないし、全力で協力させてもらうことにした。
「わ、わかりました……好き
「助かります。では詳しい話を後ほど……」
かくして、発生してしまった緊急クエスト。
内容はベート・ローガの捜索。救出作戦に続いて、レフィーヤと共闘することになった。ほぼ間違いなく今年最後の仕事になるのだろうと、ベルは気合いを入れ直したのであった。