「怪しい。怪しすぎるよ君たち」
「怪しくないですよ……何も怪しくないです……神様」
オラリオ南の宴会場で、僕は肩を落としていた。
レフィーヤさんと一緒に戻ってきたら、ヘスティア様が目を吊り上げて迫ってきたのだ。
何をやっていたんだと激怒された後、今は
過度な接触がなかったかの
「ロキのところのエルフくん! この際だから言っておくけどね、戦闘で息が合うのと男女関係は別物だから! 違うものだから! そこのところウッカリ勘違いとかしないようにね! 全くっ、油断も隙もないっ」
「あの、ベル・クラネル? ヘスティア様は何をわけのわからないことを仰っているのですか?」
「すみませんレフィーヤさん。僕にもわからないんで聞き流しておいてください」
ヘスティア様はやましいことがなかったか疑っているようだけど、そんなものあるわけがない。
たしかにレフィーヤさんは素敵な妖精さんだけど、そもそも僕は嫌われているのだ。
それに僕はアイズさん一筋だ。フレイヤ様もシルさんもフってしまった以上、他の人に心を奪われるなんてことはあってはならない。それは絶対にダメだと思い始めている今日この頃である。ちょっと想像してみたら激怒される未来が見えて、怖くなったのだ。
「──では、
広い宴会場の奥。壇上でヘルメス様が声を張り、巨大な箱が運ばれてきた。運んできたのは死んだ目をしたアスフィさんだ。今日も疲れてるなぁ……。
「さあ! ふるって参加してくれ! ってオーイ! どうしてみんな無関心なんだよ!」
ヘルメスさまは会場を見渡すと、沈痛な表情で悲鳴をあげた。みんなお喋りとお酒に夢中で、ほとんど反応がなかったからだ。
「っ、聞いてくれ! 大当たりはベルくんとのデート券だ! どうだいみんな! これならやる気が出るんじゃないか!?」
なんですって?
僕の顔が引きつったのと同時くらい。
まずは女神様達の集団から大歓声が巻き起こった。
いや何言ってんですかヘルメス様!? 許可してませんけど何勝手にデート券とか作ってるの!?
「参加だー! 全部私によこせー! オラオラ箱ごとよこすんだよさっさとしろー!」
「どけハトホル! あの少年は私のものだ!」
「奴の童貞は妾が貰う! 邪魔だ貴様ら!」
「クジは一枚までだ! ハトホルやめろ! 欲張るでない!」
「コラコラコラコラコラァ!? 主神に無断で何をおっぱじめてるんだヤメロ! エルフくんっ、ヘルメスごと抽選箱を燃やしてくれっ」
ヘスティア様がレフィーヤさんに泣きつく中、別の場所から走ってくるのは
なぜか豊穣豊穣って大合唱しながら女神様達に突撃して、
「はいはーい、どいてくださいねー」
「グハァ!?」
「あ、アトラスしっかりしろぉっ!? そなたっ、女神の顔を杖で殴るなど何事だっ」
「邪魔でーす」
「ギャアアアアアアッ!?」
「いかんテトランディーネもヤラれたぁ!? 誰か【
女神様達が、ボカンボカンと撲殺されていく。
た、大変だ。僕は心臓が何度もヒュンってなって、滝のような汗を流した。
やめてくださいヘイズさん! 不敬どころの騒ぎじゃない! 神殺しになっちゃいますよ!? 誰か! 誰かあの人を止めて! なんか目がキマッてるし明らかに正気じゃない!
「いやいや、アルゴノゥト君を景品にするとかダメだって! レフィーヤー! この人達を
褐色のアマゾネスが二階から飛び降りてきて、僕達に向かって叫んだ。【ロキ・ファミリア】のティオナさんだ。やっぱりいい人だなぁ……って思った矢先、倒すとか言い出した。
だからなんで戦おうとするの!?
「えー……嫌です。コレのために戦いたくはありません」
「それはそれでなんか悲しいですよレフィーヤさんッ! ってアーーーッ、ティオナさん乱入しないで下さい戦っちゃダメですって!」
僕が悲痛な叫びをあげる中、乱闘に巻き込まれたヘルメス様が天井に向かって飛んでいった。お綺麗な顔は傷だらけで、完全に眼球が裏返っている。
この短時間でズタボロにされすぎだろ。誰の仕業だっ。
「──早く落ちてこいクソ主神! ほらほらほらぁ! 追撃待ちだぞこっちはぁ!」
水色の髪の美女、アスフィさんだった……。彼女もまた目がキマっている。僕はヘルメス様を助けに行こうとして、すぐに足を止めた。
「ベル。これは流石にやかましい。良ければ全て吹き飛ばしましょうか? あのような迷惑行為には魔法で対処するのが有効」
「リューさん。ダメです。間違いなく何人か死にます。会場の半分くらいなくなりそうですし、絶対にやめてください」
「……むぅ」
「いや、むぅ……って言われても」
リューさんはリューさんで物騒なこと言い出すし、普通に場を収めようとする人はいないのか。
ていうかフィンさんは? いたよねフィンさん。【
「ハハハ。ベル。君も大変だね。それで、お嫁さんは決まったかい?」
「……」
フィンさん、いた。
素早く僕の後ろに回り込んで、ポンポンと肩を叩いてきた。完全に面白がっている。なんて酷い人なんだ。ところでベートさんは大丈夫ですか? なんか失踪したとか聞いたんですけどぉ!
「──わはははははははははは! 大当たりゲットォー! ベルちゃんの所有者は私だー! さあ張り切ってえっちなことするぞー!」
「ぶっっ!? しませんから変なこと叫ばないでハトホル様!」
やばい当たりクジが発見されてしまった。引き当てたのはお面……じゃなくて牛神のハトホル様だ。牛神様のわりにはスレンダーな御方。ていうかクジの
「何枚引いてるんだ君はっ! そんなのは無効だ無効っ! おいヘルメス! 何とか言えっ」
「ガハッ、グフッ…………へ、ヘスティアたすけ…………グアアッ」
「おら、おら、もっと給金
ヘスティア様の抗議を受けて、ヘルメス様は何も出来なかった。アスフィさんにボッコボコにされ続けているから。ヘルメス様、強く生きてください。これからはなんでもかんでもアスフィさんに押し付けない方が良いですよ……。
「いい加減にしてください! クジをリリにも渡しなさい!」
「わ、
「乗り遅れた!? このローリエ・スワル、一生の不覚っ……!」
リリがキーキー怒っている。春姫さんが何か大いなる勘違いをしている。ローリエさんが料理をぶん投げて走ってきた。
「誰やッ、ウチのお尻を引っぱたいたんは!? セクハラやセクハラ!」
「誰がロキのオシリなんて触るか!」
「ロキはどうでもいいからアストレア様を呼べぇ!」
「どうしてフレイヤ様はいないんだぁ!」
「母性が足りねーよ母性が! ロキは論外だしヘスティアはヘスティアだし華がねぇよ華が!」
「ぶっ殺すぞ自分ら!?」
ロキ様が男神様たちに襲いかかった。
フォークを持たないで! 見てて怖い! うっかり送還とかしちゃいそうでっ。
他にもいろんなお方が暴れ始めている。
ミアハ様やタケミカヅチ様、他にはアミッドさんとか、まともな方々は会場の隅に避難していた。そりゃそうだよね。納得の対応である。
「……」
僕は静かに踵を返した。もうダメだと諦めたのだ。
「……」
「ベル・クラネル。どちらへ?」
「帰ります。お疲れ様でした、レフィーヤさん」
さぁて、明日は頑張ってベート・ローガさんの捜索だッ! 大切な用事があるんだから夜更かしは良くない。さっさと帰ってきちんと睡眠を取らなければ。僕は気持ちを切り替えて、宴会場の扉を潜った
「いや、ダメですから」
直後。首根っこを掴まれて引っ張られた。
レフィーヤさんである。
「全ての元凶が逃げるなど許されません。あの中に特攻して責任を取ってきなさい」
「僕に……死ねと?」
「はい」
「……」
ハッキリ死ねって言われた。
僕は泣きそうになった。
☆
本日昼過ぎのこと。
アレンは激怒していた。
『どうして話してくれなかったのですか、シル様。事前に聞いてさえいれば、何としてでも考え直させました。……今すぐに連れ戻してきます。半殺しにしてでも』
『アレンさん! ダメです! 今はそっとしておいてあげてください! 今回のことは私にも責任がありますから、どうか私に免じて』
『……ッ』
シルは知っていた。
数日前からアーニャに言われていたらしい。
酒場をやめて冒険者に戻って、アレンと一緒に戦えるような戦士を目指すと。
馬鹿げている。まるで現実が見えていない。
それをしようとしてついてこれず、何度も何度も死にかけたのはどこのどいつだ。同じ戦場にいればいつか必ず死ぬと思ったから、アレンはフレイヤに頼んでまでアーニャを遠ざけてもらったのに。こんなことをされては今までのことは全て無意味。冗談ではなかった。
『アレンさん。少し頭を冷やす時間をあげてください。大丈夫。今のアーニャは簡単に死んでしまうなんてことは』
『そういう問題ではない!
アレンは終末に向かって走り続ける。
言うまでもなく未来を創るために。そして、その道にアーニャはいてはいけない。いつ死んでもおかしくない道を共に進むなど、アレンは絶対に許せない。
『どうして……』
子供じみた言葉を呑み込む。
どうしてわかってくれない。派閥大戦ではあれだけ正面からぶつかったのに、どうしてわかってくれないんだ。シルの前で口には絶対に出したくなかった。だから、激情を抑えて呑み込んだ。
『……あなたは、どうすべきだと思いますか』
『アーニャがしたいようにすればいいと思います。今はもう……あの頃とは違いますから。ベルさん達もいます。きっと大丈夫です』
『……』
アレンは
今のは女神としての言葉が、あるいは友人としての想いか。いずれにしてもアレンがやることは決まっていた。その足で都市を駆け、身を寄せているという【ガネーシャ・ファミリア】に向かい、アーニャを見つけて詰め寄った。
神ガネーシャが制止しようと割って入ってきたが、構わず突き飛ばした。
『あの御方以外が口を出すんじゃねぇ! おい
『【
団長のシャクティが肩を掴もうとしてきたから、それも突き飛ばした。
『テメェらこそ、他所の事情に口出してんじゃねえ! 轢き殺されてえか!』
少し前までのアレンなら踏みとどまっていた。【フレイヤ・ファミリア】があった頃なら。
でも今は駄目だった。中途半端に妹と交流を再開させてしまった結果、色々と歯止めが効かなくなってしまっていたのだ。
『兄様、やめて! どうしてわかってくれないニャ! 私も兄様を守れるようになりたいのに!』
『余計なお世話だ馬鹿野郎! 何も出来ねぇ愚図のくせして身の程を弁えやがれ! どうしてお前はそう、昔から頭が悪いんだッ』
『ッ、兄様はいつも勝手に一人で決める! このままじゃ、いつか勝手に死んじゃう! そんなの嫌だ!』
『ああ
アレンは吠えた。
甘ったるいことを言っている余裕はないと。
自分が死んで黒竜討伐が成功するなら、喜んで死んでやると。それで未来が拓けるなら本望だとまで言ってのけた。
第一級冒険者が、目の色を変えて、怒気を飛ばしながら。
そこまでの行動と伝え方はどうあれ、その意志は冒険者達には伝わったようで
『……アレン。我々は理解している。理解しているんだよ、そんなことは』
代表するように、シャクティは述べた。
なぜか哀れみの眼差しを添えて。
他の団員達も同じだった。粗暴な行いを批難する声は止まり、どういうわけか同情的な視線を向けてきていて。アレンの苛立ちは増すばかりだった。
『アレン。お節介かもしれないが、老婆心で言わせてもらう。お前の志は立派だと思うが、
『……』
アレンは微動だにしなかった。
冷たい瞳でシャクティを睨み、次に野次馬共を
『……は』
そして、乾いた笑いを漏らした。
無視をするなだと? 笑わせる。
そんなもの、
黒竜を討って未来を切り開くためなら、アレンはなんだってする。この下界を故郷のようにするわけにはいかないのだ。かつてアーニャと一緒に歩き続けた、瓦礫の道が延々と続く暗い世界。あんな未来が防げるのなら、女神ではなく邪神に魂を売ってもいい。
『さて、どうする? これ以上騒ぎ立てるようなら、豊穣の酒場に通報させてもらうが』
『……悪かった。これは詫びだ』
シルを仄めかされて、少し頭が冷えた。
アレンは金貨の入った袋をシャクティに押し付け、アーニャ達に背を向けた。今後のことは改めて熟考するとして、その場を離れることを決める。
『……』
『兄様は、認められない? 私がついていくこと』
『……ああ。
最後、アーニャの震える声が耳に届いて、返事は小さい声になった。
『どうしても、認められない?』
『……ああ、
──わかった、ごめん。
アーニャの謝罪が聞こえてきて、アレンは逃げるように石畳を蹴った。
苛立った。情けなかった。苦しかった。
満足に妹一人説得できない自分が。全て無視してきたのだから当然なのはわかっていたが、それでも。