(そこです。そのエレベーターで地下へ…)
マンセマットの指示に従い、とある建物に備え付けられていたエレベーターで地下へと進む一行。更に誘導されたその先に、マンセマットはいた。
「お待ちしておりました。あのベリアルと戦闘になったと知った時は流石に気が気ではなかったが、こうして生きて私の前にいらっしゃる…。やはり貴女はあの方の」
「御託はいいから! 何を見つけたのか早く教えてよ!!」
焦りました…みたいな事を口走る割にはゆったりした口調で喋るマンセマットに、ミカは明らかにイライラした口調でまくし立てる。マンセマットの口調もあるだろうが、そもそも根本的に目の前の胡散臭い相手をミカは嫌っている様子だ。
「そうですね。まずこちらをご覧ください」
「ご覧くださいって…ただの壁じゃん」
ミカの圧にも一切屈せずある方向に右手を向けるマンセマット。しかし、その先はミカの言う通りただの壁だ。怪しい所など何もない。
「そう、ただの壁。しかし、これは悪しき力による幻覚なのです。…………ぬんっ!!」
そう言って、壁に手を置き気合の声を入れるマンセマット。すると、壁がゆっくりと消えていき、何かが置かれている台座のある部屋が現れたのだ。
「あれは………壺?」
その何か…壺を凝視するミカ。なにやら仰々しく安置されているが、壺自体は何の特徴もない普通の壺…に見える。
「あれはわきみの壺と呼ばれる物。使用者の意思により、どのような強大な存在でもその内に封じ込める事が出来るという、反魂香に並び立つ至高の一品。あれならばベリアルとて無事ではすむまい」
「ふーん。凄い壺なんだね。じゃあ、早速あの壺を使ってベリアルを倒そう」
マンセマットの説明を聞くやいなや、部屋の中に入ろうとするミカ。
「お待ちください!!」
次の瞬間、マンセマットの鋭い静止の声と、ミカが何かに弾き飛ばされる衝撃音が同時に響いた。
「いったーーっ!! もう、なんなの!?」
「この部屋は強力な結界で守られています。外の結界と違い、正真正銘外部からの侵入を拒む結界。聖園ミカ様だからこそ痛いですんでいますが、人の子や下級の天使程度では触れた瞬間に存在が消し飛ぶほどの物です」
結界に触れてしまった個所をさすりながら怒声を上げるミカに、マンセマットの説明が飛ぶ。それを聞いて「早く言ってよ!!」とミカもご立腹だ。
「どうすればいい?」
怒り心頭のミカに代わり、中道がマンセマットに聞く。
「私の力でこの結界を出来る限り弱めます。その隙に聖園ミカ様に強引に結界を突破して頂くのが最善かと…」
「大丈夫なの? 貴方、外の結界のせいで力が出せないとか言っていなかった?」
簡潔に作戦を説明するマンセマットに、今度は愛子から疑問の声が飛ぶ。
「理由は分かりませんが、外の結界が弱まっている。その分、私も力が回復してきています」
「そうか! ベリアルの奴が此処はもう用済みだから結界も消すと言っていた! 恐らくそれで…」
愛子の疑問に答えながらも少し不思議そうにしているマンセマットに、法二が閃き話す。
「成程、そういう事ですか。奴らめ、最後の最後でしてはならぬ油断をしてしまった様だな」
法二の閃きに、マンセマットも一つ頷く。が、ここで僅かに地面が揺れる。何事かと周囲を見回すミカ達四人だが、
「巨大で邪悪な気が近づいてきている…」
マンセマットの言葉に全員に緊張が走る。ミカ達に近づいてくる巨大で邪悪な気…間違いなくベリアルだ。
「時間がない! 聖園ミカ様! 先ほども言ったように私がこの結界を限界まで弱めます! その隙に、なんとかこの結界を突破してください!!」
そう言うと同時に、結界に手をかざし「ぬううううぅぅ!!」と先ほど以上の裂帛の気合を放つマンセマット。すると、こころなしか部屋全体が明るくなり始めた。
「ああもう! とりあえずこの結界をぶち破ってあの壺を取ればいいんだね!?」
次に、短く要点だけを口にした後、ミカが結界に向かって思い切り突撃する。やはり電撃が走ったような衝撃音が響くが、今度はそれに怯まず結界に体を押し付けるミカ。
すると、少しずつミカの体が結界の中に埋まり始めたのだ!
「くっ…くっぐぐぐっ……ぐうううっ!!!」
苦悶の声と共に更に結界の中に強引に侵入しようとするミカ。どんどんと体は結界の内側にめり込んでいき、遂には結界を打ち砕き部屋の中に入る事に成功した!
「ふう~~っ…。流石にちょっときつかった…。はい、壺を手に入れたよ」
「私が弱めていたとはいえ、あのベリアルの渾身の結界を本当に破るとは…。これがミカエル様の御力…」
「これが…これが天使様の御力…。人間の身では到底届かない…正しき法と秩序を守る神聖なる御力…」
顔の汗を拭い、一息ついてから壺を手にするミカ。そんなミカを恍惚と見遣るマンセマットに、更に結界を破った二人を尊敬と羨望の眼差しで見つめる法二。
「見つけた…。見つけたぞぉ!!」
と、その時だった。地獄の底から響くような恐ろしい声がその場にいる全員に降りかかったのだ。見ると、ベリアルが物凄い勢いでこちらに向かってくるではないか!
「もう我慢はせん! 人間共は魂ごと焼き尽くし、あの天使は何としても私達の虜に………っ!?」
勝利を確信しているらしいベリアルが距離を詰めながら宣言するが、その途中で気づいた様だ。壺の置いてあった部屋があばかれている事に。
「な、なんだとぉぉっ!? そ、その部屋は…」
「その通り! これで貴方もお終いっ!」
驚愕の声を上げるベリアルに向けて、壺の口を向けるミカ。すると、壺全体が一瞬光ったと思ったら、瞬く間にベリアルの全身が壺の中についこまれてしまったのだ!
「わーお…。これは確かに凄いね…。あのベリアルがこんな簡単に吸い込まれちゃうなんて…。私もこれを向けられたら流石に危ないかも…」
その圧倒的効力に感動の声を上げるミカ。ただ、最後はこれを自分に使われたら…を想像してしまったようで、少し冷や汗をかいているが…。
「きゃーーーっ!! 赤おじさんがーーーっ!!」
一方、ベリアルの背に乗っていたアリスは、唐突に封印されてしまったベリアルを見て顔面蒼白だ。それを見たミカがおもむろにアリスに近づく。
「いい? これに懲りたら、もう我儘ばかり言わない! ずっとそんなだと、最後には皆から見捨てられちゃうよ!」
「うっうっ…。だって…だってお姉ちゃんと一緒に居たかったんだもん! う、う…ううーーっ!」
ミカの説教に、アリスは泣きながら心境を吐露し、そのまま何処かに走り去ってしまった。
「あ、ちょっと待って! 一人じゃ危ないよ!」
「―――うふふ、なかなかやるじゃない」
そんなアリスを止めようとしたミカだが、何故か返答は背後から返って来る。…いや、声色が全く違うから別人だ!
慌てて声の方を振り向くミカと中道達。みると、見知らぬ一人の女性が立っていた。
「―――ユリコ?」
「久しぶりね中道。でも、女の子を泣かせるのは感心しないわ」
だが、中道はどうやら面識があるらしくその女性…ユリコの名前を口にする。いや、中道だけではない。法二も愛子も彼女を知っているらしく、強い警戒の視線をユリコに向けている。
「それでその壺だけど…。こちらに渡してくれないかしら? それは貴方達には荷が重い代物よ」
「はあ!? いきなり出てきて何言ってるの!? あげる訳ないじゃん!」
そうして、ユリコの唐突な要求。当然ミカははねつけようとするが、
「ミカ…。今はユリコの言う通りにしておこう」
何故か、中道はユリコの要求を飲もうとする。納得のいかないミカは、視線でユリコの説明を求める。
「その女の名前はユリコ。大破壊前から何かと俺達の前に付きまとう女だ。そして、こいつも三十年前から姿が変わっていない。ゾンビになった…という訳でもなさそうだ。正体が分からない以上、下手に手を出すべきではない」
「うふふ…頭が良くて素直な男は好きよ、中道」
中道の説明に、ユリコは称賛の声を送る。無論、ミカとしてはまだまだ納得はいっていないが、目の前の女からは何やら不気味な感じがするのも確か。ミカ一人なら何が来てもはねのける自信があるが、それが中道達にまで向かってしまったら問題だ。
そう判断し、中道の指示通りに壺をユリコに手渡すミカ。
「ふふ……うふふふ…」
ミカから渡された壺の口に中道達に見せつけるようにゆっくりと手をかけるユリコ。当然、全員が封印を解く気か!? と、戦闘態勢に入るが、
「大丈夫よ、安心して。ここでこの封印を解くつもりはない。他はともかく、中道をこんな所で死なせてしまう訳にはいかないわ」
クスクスと笑いながらそんな事を口にするユリコ。どうやらからかわれただけの様だ。
「この…っ!」
怒ったミカが一歩踏み出したその時! なんといきなりユリコの腹から右手が突き出てきたのだ!
「………えっ?」
「では、私がその封印を解き放ちますので、返して頂きましょうか」
あまりに唐突過ぎて思考が停止するミカ。一方、その右手の持ち主…黒いスーツに身を包んだ男性が冷淡な声でユリコに吐き捨てるように言う。
「あらあら…。気の短い男はモテないわよ、黒男爵さん」
腹を貫かれてなお余裕の表情で黒いスーツの男…黒男爵に語り掛けるユリコ。次の瞬間、その全身は数えきれないほどの蛇と化し、その全てが一目散に逃げて行った。
「ちっ…逃がしたか。相変わらず不愉快な蛇だ。まあいい、ベリアルについては後だ。まずは…」
舌打ちと共に明後日の方を向いて何やら呟いていた黒男爵だったが、おもむろにミカ達に向き直った。