「―――成程。表向きで活躍している天使を正面からあてがい、裏でもう一人天使を潜入させていたのか。ふん、神の使いとやらも、随分姑息な手を使うものだ…」
ミカとマンセマットを交互に見つめながら冷淡に言う黒男爵。
「しかし、その結果があのようないたいけな少女を泣かせる事になった…。ふっ、慈悲深い天使様か、笑わせてくれる」
「下賤な悪魔が人の子の情を語るか。何と
次いで、嘲笑を浮かべる黒男爵。しかし、これにはマンセマットが言い返す。皮肉を言っている黒男爵と違い、本気で嫌悪している様子だ。
「では、貴様ら全員の魂を頂くとしよう」
そういうやいなや、黒男爵の全身が青黒い光に包まれる。そして、その光が止んだ後にその場にいたのは、全身を赤いローブで包み、体中にペイントの様な物を施した、あのシンジュクのガイア教の男よりも更にエキゾチックな雰囲気の…人間だ。
「悪魔…じゃない?」
「あの姿は…まさかネビロス!? 死人使いのネビロスか!? いけない!!」
見た目は悪魔に見えない黒男爵の正体に、ミカが首を傾げる。が、その横でマンセマットが驚き大声を上げたのを見るに、やはり存在としては悪魔…それもかなり有名な悪魔なのだろう。
そのマンセマットの大声にも関せず、何やら呪文を唱える黒男爵…ネビロス。すると、次の瞬間部屋全体に悍ましい雄たけびが響き始めたのだ!
「ぐあっ!?」「くっ!?」「う…ううっ!?」
その声を聴き、両耳を押さえると共に苦悶の声を上げる中道、愛子、法二の三人。
「無駄だ。この
そんな三人に無機質な声を掛けるネビロスだったが、ここで冷や汗を一筋垂らす。その視線の先にいるのはミカだ。
「三人とも大丈夫!? もう、うるさいなぁ! なんなのこれ!?」
苦しそうにもがく三人に駆け寄りながら、呪言に苦言を吐くミカ。その様子を見る限り、不快には思っていても苦しんでいる感じはない。
「そっちのローブの天使はもともと神聖な霊体なのでこの程度効きはしまいと思ったが、こっちの肉の器を依り代にしている天使も無効化して見せるか…。肉体的にもあのベリアルと正面から殴り合って見せ、魂魄的にも私の呪殺が通じない。本当に何という頑丈さだ…」
何やら呆れている様な感心している様な変な声を上げるネビロス。しかし、直ぐに真顔に戻り、
「気が変わった。聖園ミカ…だったな。貴様の魂を私に捧げるというのなら他の奴らは見逃してやろう。断るというなら呪言の出力を上げその人間共を全員殺す!」
と、ベリアルに次いで人質作戦に出たのだ。
「またそれ? ベリアルと言いあなたと言い、二人とも卑怯過ぎない?」
「私も人間如きが相手なら正面からやり合っても負けはせんが、ベリアルと大立ち回りを演じてみせた相手とやり合うのは流石に無理があるのでな。勝つために手段など選んではいられん」
ネビロスを睨みながらも溜め息を吐くミカに、ネビロスも冷徹に言い返す。
「ぐ…う、うう…。ま、また…ミカ様の…あ、あしで…まといに、な…なるのか…? い、いやだ…そ、そんなのは……そ、そんな……の、は…っ!!」
そうしてネビロスとミカの睨み合いになる中で、苦し気ながら響く声。見ると、今の今まで倒れ蹲っていた法二が、必死の形相で立ち上がっていたのだ!
「な、なに!? ばかな…人間如きが私の呪言を跳ね除けて…!?」
「ネビロスッ…!!!」
驚愕の声を上げるネビロスに向かって、その名を口にしながら銃を構えて突撃する法二。不意を突かれ動けなかったネビロスの顔面に、銃の連射をお見舞いする!
「ぐうっ! 小僧! 人間如きが図に乗るなっ!!」
とはいえ、やはりただの人間の銃撃ていどでは大した効果はなかった様だ。ネビロスは僅かに怯みはしたものの、すぐさま右手の刺突を法二の胸に向けて放ち、刺し貫いてしまったのだ!
「ホウジ!!」
「ミカ様! 今だ!!」
明らかに致命傷であろうその一撃にミカが悲痛の声を上げる。しかし、法二の鋭い声にハッとするミカ。確かに、法二に気を取られている今のネビロスなら、不意を突いて一気に倒せるかもしれない。
「っ! やああああっ!!」
一瞬の呼吸の後、あめのむらくもでネビロスに切り掛かるミカ。再び不意を突かれたネビロスはこの一撃で苦悶の声と共に地面に叩きつけられるが、ミカは容赦しない。倒れ動けなくなっているネビロスに向かって更に銃を乱射したのだ! そしてこの銃弾、ミカの気合に呼応するかのように光り輝き、ネビロスに着弾する度に小さな爆発を起こすのだ。これでは流石にネビロスもひとたまりもない。
「ホウジ!」
弾丸を撃ち尽くした後、すぐさま法二に駆け寄るミカ。しかし、改めて見ても傷は酷く、どう見ても助かりそうにない。更に、
「中道!? ねえ、中道っ!! しっかりして!!」
不意にミカの耳に届く絶叫。見ると、なんと愛子がぐったりしている中道に必死に呼びかけていたのだ!
「えっ!? な、なんで…なんでナカミチまで…!?」
「く、くはは…。た、ただでは…やられはせん…。一人でも…多く……道連れ…だ…っ!」
予想外の状況に狼狽えるミカに、ネビロスが息も絶え絶えながらに言う。見ると、ネビロスの右手が中道に向いていたのだ!
「そ、そんな…」
「聖園ミカ様! まだです! 反魂香を彼に!」
愕然とするミカだが、ここでとぶマンセマットの指示。そうだ! と、ばかりに顔を上げたミカは、急いで反魂香を取り出し、中道の近くで香をたく。すると、見る見るうちに青ざめていた中道の顔に血色が戻り、程なくして目を覚ましたのだ!
「…はあっ! う、う…」
「中道!! ああ、良かった! 本当に良かった!!」
「は………反魂香……だと…? ば、ばかな…」
息を吹き返した中道に大喜びで抱きつく愛子。一方、予想だにしなかったであろう貴重品の出現に、ネビロスは震えた声を出していた。
「ぐうっ…ならば……ならば、せめて…この小僧の魂だけ……でも…」
「そうはさせない」
中道はもう無理だと判断したらしいネビロスは、次に同じく息だえかけている法二に狙いを定めるが、これはいつの間にか二人の間に割って入っていたマンセマットに妨害される。
「先程見せた気高き献身の魂。貴様如き下賤な悪魔が易々と触れてよい物ではないと知れ」
マンセマットのガードに、既にボロボロのネビロスには打つ手はない様で、ガックリと力なく項垂れる。
「ホウジ!」「法二!」「法二! しっかりして!」
瀕死の法二に駆け寄るミカ、中道、愛子の三人。その中で、愛子が法二に向かって手をかざす。すると、淡い光が法二の体を包み始めたのだ。
「なんと…。これは回復の魔術か…。しかし、流石にこの様な致命傷には…」
「分かってるわよ! だからって、何もしない訳にもいかないでしょ!!」
愛子の使う魔術に驚きの声を出しつつも、残念そうな声を出すマンセマット。愛子も効果がない事は分かっている様だが、それでも法二に魔術をかけ続ける。
「―――法二よ。汝に一つ問う。汝、メシアとなりてこの世界を救う覚悟はあるか?」
そんな中、唐突にマンセマットが法二に問い質してくる。何やら
「マンセマット様…?」
突然の問いかけに訝し気な声を出す法二だが、マンセマットはただ黙って法二を見つめ続ける。その眼差しを受けて、法二も何かを感じ取ったのだろう。
「―――あります…! 僕は…弱き人々…苦しんでいる人々を……助けたい!」
その瀕死の体からは想像できない程に力強い言葉で返す法二。
「覚悟の言葉。しかと聞き届けた。ならば…」
法二の言葉に一つ頷いた後、マンセマットは愛子をやんわりと押しのけて法二の肉体に手をかざす。すると、法二の体が白い光に包まれたかと思うと、みるみる小さくなり半透明の光の球となってしまったのだ。そう、かつて愛子の精神の中で見た愛子と同じような状態だ。
”こ、これは…”
「肉体と魂の因果を逆転させました。通常、魂は肉体の内で守られているのですが、今の貴方の肉体は崩壊寸前。なので、魂の内に肉体を安置している状態となります。この状態である限り肉体が滅びる事はない。ただし、本来は守らなければいけない魂をむき出しにしているのです。当然、外部からの攻撃には非常に弱い状態だ。故に私から離れないで下さい。貴方の肉体と魂を、メシアとなるべく洗礼を施す場に連れていきますので…」
光の球から発された法二の声に、マンセマットが今の法二の状態を説明する。それを受けて、光の球…法二は”メシア…”と感慨深そうな声を上げる。
「よくわかんないけど、ホウジは任せていいんだね?」
「は。お任せください」
ミカの圧のある確認に、
「―――分かった。信じる。なら後は…」
そう言って、これまでの一部始終を黙って見ていたネビロスに銃口を向けるミカ。
「何故だ…? 愛する者の為に尽くす事…。それが何故いけないんだ…」
最後に聞かせてくれ…と、ばかりに言葉を絞り出すネビロス。
「別に尽くす事は悪くない。だが、尽くしたい愛しい人がいるのはお前やベリアルだけじゃない。そういう人達から愛しい人を奪えば、報復されるのは当たり前だろう。もし次の機会があるのなら、もっと静かに暮らすんだな」
「―――ふっ。まさか…人間如きに…説教されてしまうとは…。私も…堕ちたものだ…」
対して、返ってきた中道の冷徹な答えに、ネビロスは自嘲気味の笑いを漏らすのだった。