「もう一度改めて聞くけど…。本当にホウジをお任せして大丈夫なんだよね?」
ネビロスにトドメを刺した後、マンセマットに振り返り問い質すミカ。その時に発した強めの圧からも、未だにこの天使を胡散臭く感じているのだろう。
「ええ、お任せを。必ずや迷い惑う人々を救うメシアとして復活致します」
「メシア…ねえ…」
恭しく頭を下げるマンセマットに、ミカは腕を組んで怪し気にマンセマットを見る。とはいえ、既に法二は肉体と魂の因果が逆転しているとかいう訳の分からない状態にされてしまっている。こんな状態のまま返されてもミカにはどうしようもないというのも実情ではある。
”メシアか…。さっきは覚悟を決めたけど、本当にか弱き人々を導けるだろうか…”
「貴方なら大丈夫だ。それは、先ほどのネビロスとの戦闘で証明されている」
そんな二人のやり取りを聞いていたらしい法二が何やら不安げに漏らすが、これもマンセマットはいやに自信満々に答えて見せる。
”先ほどの戦闘…? あれはとにかくミカ様の足を引っ張りたくないと必死で…”
「勿論その大いなる献身の心も重要です。が、真に大事なのは深き信心だ。恐らくだが、貴方は以前に神を敬う場所にて、神聖なる物品を手に入れた事があるのではないか?」
マンセマットの問いかけに法二は”神聖な物品…?”と不思議そうな声を出すが、暫くして”あっ”と小さく声を上げる。
”そうだ…。大破壊前にメシア教でロザリオを二つ買いました。僕と…藍子の分。今も肌身離さず持っています”
「やはりそうか。そのロザリオは悪魔の呪いから身を守るための物。更に、持ち主の信心深さに応じて強度も上がる。そして、あの死人使いからの呪言をも跳ねのける程の強度…その信心深さ、メシアとしてこれ以上相応しい人物などいる筈も無し」
思いで深く語る法二に、マンセマットも満足げに頷く。
「―――そうだ! アイコちゃん!」
しかし、この話を聞いていたミカがハッと顔を上げると共にある方句を見遣る。そこには、中道を復活させるために使い、既に香が切れている反魂香…の香をたく土台があるのみだ。
「ど、どうしよう…? 慌てて使っちゃったけど、これじゃアイコちゃんを助けてあげられない…!」
”―――仕方ありません。もし同じ物を見つけられたら、その時こそ藍子を助けて”
「お待ちなさい。諦めるのはまだ早い」
困惑するミカに、法二も悲し気な声を上げるが、このマイナスの雰囲気にマンセマットが待ったをかける。
「ベリアルもネビロスももういない。結界も消えた。ならば、あの少女の魂に掛かっていた呪いも弱まっている筈。なにより…」
そう言った次の瞬間、マンセマットの全身が真っ白に輝きだす! そのまばゆい輝きに、ミカも後ろにいた中道と愛子も目を庇ってしまう。
そして、光の中から出てきたのは…まごう事なき天使だ。先ほどの薄汚いローブではなく、純白のローブに身を包み、頭の上には天使の輪っか。ただ、目元を純白のマスクで隠し、羽が漆黒に染まっているなど、変化前とはまた違う雰囲気の胡散臭さを放ってもいる。
「結界が消えた事で私も力を十全に取り廻せる。今の私なら、反魂香の半身であるこの土台を作り替え、あの少女を開放するための新たな霊具を作れよう」
そう言いながら、マンセマットは反魂香の土台を手に取りおもむろにミカ達に背を向けたのだ。
「ムォ……ムォッ……グォフッ…」
「ちょ…ちょっと…。何やってんの?」
何やら不気味な声を漏らすマンセマットに、たまらず声を掛けるミカ。微かに体を震わせているのも不気味さを助長している。
「出来た…。これを…」
少しの間を置いて振り返るマンセマット。その手には、淡く輝く水晶体があった。元は香から出る灰を納める小型の壺だっただけに、物凄い変わりようだ。
しかし、これをミカに手渡した瞬間、マンセマットは明らかに疲労した様子で膝を地につけたのだ。
”マンセマット様!?”
「まやかしの解除に、結界の弱化、さらにこれの作成でだいぶ力を使い果たしてしまいました…。が、私はいい、あとで必ず追いかけますので、皆さんは速くあの少女を永遠の苦しみからの解放を…!」
気遣う法二に、しかしマンセマットはミカ達を藍子の下へと急かす。それを受け、ミカ達は例の地下牢へ急ぐのだった。
「うっ…!!」
藍子の捕まる地下牢へ到着した一行。しかし、つくやいなやミカは顔をしかめ口で手を覆ってしまうが、それも無理はないだろう。
牢の中に藍子はいなかった。いたのは一体のゾンビ…いや、最早ゾンビと言うのもおこがましい程に人の原形をとどめていない、腐った肉の塊が一つあるのみだ。
「て し さま ほぅ じ は ?」
しかし、こんな言葉を発する事もまともに出来ない程の、あまりにも悲惨すぎる姿に成り果てても、まず出てくるのが法二の事であるあたり、生前にどれほど彼を愛していたかをひしひしと感じさせてくれる。
「―――大丈夫。ホウジなら大丈夫だよ。さあ、これを…」
出来るだけ優しい声で答えた後、水晶体を肉の塊にくっつけるミカ。すると、水晶体が光り輝き、肉の塊から半透明の藍子の体がゆっくりと出てきたのだ!
「ああ…これでやっと…天国に行ける…。ありがとう、天使様、ありがとう…」
ミカに感謝の言葉を捧げながら、天へと昇っていく半透明の藍子の体。そして、その姿が見えなくなったあたりで、肉の塊は完全に腐り落ち、水晶体も砕け散ってしまった。
”ミカ様、本当にありがとうございます。貴女が居なければ、藍子は一生あの悪魔たちに弄ばれていた事でしょう。いくら感謝してもしきれません”
感謝の言葉を述べる法二に、しかしミカは何も答えない。ただじっと藍子の昇っていった天を見上げ続けるのみだ。その頬から流れる一筋の水滴が、今ミカの胸中は言いようのない感情でいっぱいいっぱいである事を示している。
「どうやら、上手く言った様だな」
と、ここで背後から声がかかる。見ると、マンセマットが遅れて到着していた。
”マンセマット様。貴方にも礼を…。これで思い残す事はありません。僕はメシアとして、必ずこの世をよりよい方向へと導いて見せます…!”
「ほっほっほ…。これは頼もしい…期待していますよ…」
改めて決意を語る法二に、マンセマットもご満悦の様だ。
「ねえマンセマット。一つ教えて。大破壊って何なの? その神とかいうのは何故そんなむごいことをしたの?」
そんなマンセマットに、改めて聞くミカ。能面の様に無表情なそのミカの顔付きは、普段の圧かけよりも何倍もの圧を感じる。
「―――穢れし人の子らを浄化した…と、聞き及んでおります」
その、いつも以上に圧のあるミカの様子に、マンセマットも表情を無に戻して答える。
「穢れし? はぁ? あの子穢れてた? ねえ、アイコちゃん穢れてた? ねえってば」
そんなマンセマットのローブを掴み、強引に自分の目前にまで引き寄せるミカ。その異様な剣幕に中道も愛子も、そして法二も口出しする事が出来ない。
「その点は私も疑問に思っています。無論、選別は致し方なし事。しかし、今回はその方法があまりにも乱雑且つ暴虐すぎる。この様な過程を経て建てられた王国を果たして光の王国などと呼称して良いものか…」
しかし、
「なので、主の真意を伺いたいのは私も同じ。しかし、今の私の立場では主と謁見する事すら叶わない。なので、今は功績を挙げるしかないのです。そうして、天使以上の存在になれば主との謁見もかなう筈。法二をメシアに推すのもその為。私が推した者が功績を挙げれば、それは私の功績にもなる。全ては、主の真意を知るため」
ミカを真正面から見返して話し続けるマンセマット。そうして、暫く互いの視線を交錯させるが、
「―――その神とか言うのが、アイコちゃんを穢れた存在なんていうなら、私は神を潰すけど、それでもいい?」
「致し方ないでしょう。私では主には逆らえませんし、かと言って貴女を止められる程の力もない」
冷徹なミカの問いに、マンセマットは一つ頷く。その肯定を見たミカは、少し間を置いてからマンセマットのローブから手を離した。
「どうやらお許しを得られたようだ。では法二、行きましょうか」
そう言うと同時に、法二の魂と共に何処かへと消えてしまうマンセマット。何か言いたそうな声を上げていた法二だが、残念ながらそれが言葉になる事は無かった。
「良いのかミカ? 正直、あいつかなり胡散臭いぞ」
「そもそも、あいつ本当に天使なの? あんな真っ黒い羽をもつ天使、初めて見たわ」
その場を去ったマンセマットに対し、中道と愛子が思い思いの言葉を漏らす。
「羽が黒いと怪しいの?」
愛子の言葉に、ミカが反応する。ミカの回りには羽が黒い子も居たため、そこはあまり疑問に思わなかったからだ。
「へ? ええ、まあ…。少なくとも私達は羽が黒い天使なんて知らないわ。貴女は違うの?」
「うん。私は羽が黒い子も何人か見た事はあるから…。でも、そうなんだ。この世界では羽が黒い天使は珍しいんだね…」
困惑の声を上げる愛子に、ミカはただただしみじみと呟くのだった。