ちょっと一息
「わぁ…っ! ここがギンザなんだぁ…!」
様々な格好をした性別も年齢も問わない多くの人々が道を行きかい、そこかしこで威勢のいい商売人の声掛けが聞こえてくる。そんな、今まで見た事もない程の活気があふれた場所を前に、ミカの瞳はキラキラと輝いていた。
今いる場所は、ミカの言った通りギンザという所。ロッポンギの地下道を抜け、遂にここまでたどり着いた。後は、この近くにあるという警視庁ビルを制圧すれば、元の世界へ帰る足がかりを掴む事ができるのだ!
「確かに…確かにここでのショッピングはなんか楽しそう! ナカミチ! アイコちゃん! 早く行こ!」
が、ミカの口から飛び出したのは目的とは全く関係のない事。そうして小走りに人ごみの中へ突撃してしまうミカに、その後をついて来ていた中道と愛子もしょうがない…と言った様子で、後を追った。
ロッポンギでの事件の後、シンジュクに戻ったミカ達。ようやくスティーヴンも後始末も終えたようで、いよいよロッポンギ~ギンザ地下道を経て、警視庁ビルに向かう手筈が整った。
しかし、肝心のミカの様子が何やらおかしかったのだ。明らかな異常を発している…という訳ではないのだが、どうも何をやっている時も上の空で、呼びかけてもワンテンポずれるという事もしばしば。
心配した中道達が医者に連れて行ったところ、恐らくは心労が溜まっているとの事だ。ロッポンギでの出来事が決定打になったのだろうが、それ以前もオザワの件やシブヤでの辛い視線など、表面上は取り繕っていたが、やはり鬱憤が溜まってはいたのだろう。
少し休んでもらった方がいい…そう判断した中道達がミカに何か趣味は無いのかと尋ねたところ、
「おしゃべりがしたい! オシャレがしたい! ショッピングがしたい!!」
と、駄々っ子の様に返されてしまった。
おしゃべりはその気になれば口の上手い中道と同性の愛子で何とかなるだろうが、他ふたつは正直かなり厳しいというのが実情。
オシャレにしろショッピングにしろ、対象物は基本的に嗜好品だ。しかし、大破壊で文明が崩壊しかけたこの地に嗜好品などを作る余裕など多分ない。事実、シンジュクで売られている商品は銃や防具、怪我用の薬、あとは最低限の食料と日用雑貨くらいの物。このラインナップの商店を”ショッピング”気分で回れる年頃の女の子などまずいないだろう。
だが、オシャレについては気持ちはわかるとは愛子の談。というのも、ここまでの激戦の影響で、ミカの元はオシャレであっただろう服は既にボロボロなのだ。当然いきなりこの世界に飛ばされたミカが代わりの服など持っている筈もないので、新しい服を欲しがるのは無理もないし、出来ればオシャレなのがいいというのも、女の子の欲求としては至極当然なのだろう。
そこで白羽の矢が立ったのが次の目的地であるギンザだ。今、最も人口が多いと言われているこの町なら、ミカの御眼鏡に適う店があるかも知れない。
という一縷の望みをかけて、一夜明けた後に一行はギンザに向かったのだ。
「うう…ううう……オシャレ…オシャレがしたいよぉ…」
しかし、やはり現実はそう甘くはなかった。品ぞろえは確かにシンジュクの数倍良いのだが、その殆どが実用性重視でオシャレ感皆無の防具ばかりだ。なかには、戦国時代に出てきそうな
とはいえ、このまま既にボロボロの服を着続けるのもミカ的には耐えられないようで、売られている防具の中で一番地味な防具を買い、一緒に小さなリボンなどの小物を数点購入した。どうやら、この小物で防具を飾りつけするつもりの様だ。
そして、防具と同じく銃についてもシンジュクより品揃えが良かったのだが、意外な事にこれらの銃をミカはそれなりに興味深そうに物色していたのだ。
「意外だわ…。思ったより楽しそうね。銃が好きなの?」
言葉通りにミカの様子が意外だったのだろう愛子が声を掛ける。
「銃自体は好きって訳じゃないよ。ただ、私達の世界では銃は必需品だから、この銃はどんな感じで飾ったら可愛いかなって考えるのは好きなの」
「銃が必需品…? もしかして、この子のいた世界ってかなり殺伐としてる…?」
しかし、返ってきたミカの返答に、愛子は冷汗をかく事となった。
結局、オシャレに関しては全く手ごたえ無しだった。しかし、店自体は色々とあり、中には面白い物も結構あったので、ショッピングとしてはミカはなかなか楽しんだようだ。
「あー楽しかった! よーし、早く帰ってこの防具を色々飾りつけして…」
事前に予約しておいた宿への帰路の最中、満足げに両手を上げて背伸びするミカだったが、その時に下した手が隣の通行人に当たってしまう。
「あ! ご、ごめんなさい!」
「ってーな! どこ見て歩いてんだこらぁ!」
慌てて謝るミカだったが、相手の返答の仕方を聞く限り、どうも厄介そうな相手にぶつかってしまった様子。
「―――天使? 何で天使がこんなところに?」
「天使………目障り……」
「あーいってー! こりゃ骨折れてるかもしれねぇなぁ!」
改めて相手側に振り返る。どうやら三人組の様で全員女性だ。訝し気にしているミステリアスな女性。言葉通りに嫌悪の圧を放っている、前髪で目が隠れている女性。そして、台詞も見た目もチンピラみたいな、ミカに喧嘩を売っている女性だ。そして、三人とも角を模したアクセサリを赤いバンダナで頭に止め、黒装束に黒いブーツという服装で統一されている。
「ありゃ…。一応言っとくけど、カツアゲなら止めといたほうがいいよ。私、強いから」
雰囲気的に闘争は回避できないと悟ったらしいミカだが、それでも警告を発する。
「可愛い顔して言ってくれるじゃない…!」
「うぬぼれ…身の破滅…!」
「この鬼女郎毒殺姉妹を舐めた事、あの世で後悔しやがれ!」
しかし、この警告が三人の癇に障った様だ。怒声を発すると同時に、目にもとまらぬ速さで懐に手を入れ、間髪入れずに三人同時に何かをミカに投げつけてきたのだ!
右腕でガードするミカだが、その右腕に何かが突き刺さる。見ると、それは細長い針だ!
「終わりよ。その針に塗られた毒は天使と言えどイチコロ…」
「ご臨終…ご愁傷様…」
「あはははっ! せいぜい苦しんで死ねっ!」
勝利を確信したらしい三人が、思い思いの言葉を口にする。が、そのまま少し時間が経つがミカには何の異変も起こらない。
「―――ふーん。毒が何だって?」
ニヤッと口角を上げながら口を開くミカ。その余裕の表情から、毒の兆候は一切見られない。
「ばかな…っ!? 全然効いてない…っ!?」
「驚愕…っ! ありえない…っ!」
「て、てめえっ!! 一体何者だっ!?」
そんなミカの様子に、驚きに目を見開く三人。しかし次の瞬間、今度はミカが目にもとまらぬ速さで三人全員に打撃を一撃ずつお見舞いする。その打撃をまともに食らった三人は、声を上げる間もなく倒れてしまった。
「ミカ、大丈夫か?」
「腕、見せて。すぐに治療するわ」
その戦闘を傍でずっと見ていた中道と愛子がすぐに駆け寄り、愛子がミカの針を刺された腕を手に取るが、これをミカはやんわりと拒否する。
「大丈夫だよ。それに、何か少し懐かしい気持ちになっちゃったし」
「懐かしい…?」
不快な喧嘩を売られたというのに、何やら暖かい表情で倒れる三人を見つめるミカに、怪訝そうな声色を向ける愛子。
「トリニティ内では流石になかったけど、トリニティの外ではこんな感じで銃を持った不良に絡まれるなんて日常茶飯事だったからね。それで、なんか久しぶりだなって思って…」
「冗談だろ…? 銃を持った不良に絡まれるのが日常茶飯事って、無法にも程がある…。いや、しかし…そんな世界で生き残っているからこそ、ミカは強いのか…?」
しみじみと呟くミカに、しかし中道も愛子もミカが生きてきた暴力と無法の世界を想像し、ただただ震え上がる事しか出来なかった。