旧警視庁ビルの中は予想通りに防衛用の戦闘機械で埋め尽くされていた。本来なら、この圧倒的物量の防壁を前に責める事すらままならないのだろう。
しかし、そんな物量攻め知った事か。と、言わんばかりにミカは手当たり次第に戦闘機械を破壊し、ドンドンとビルの最上階を目指していく。
「えいっ!」
掛け声と共に、鉄の塊であるはずの戦闘機械を一撃で殴り倒すミカ。直後に振り返り、銃口の形をした腕をミカに向けていた戦闘機械二体を逆に銃で撃ちぬく。
「よし! 次の階が最上階だよね! 早く行こう!」
周囲の敵を片付けたミカは駆け足で前へ進んでいく。
「何なのあの天使…強すぎない?」
「体力…無尽蔵…」
「もう一時間くらいあの調子で暴れてるのに、何で全然疲れてる様子がねぇんだ? おかしいだろ」
「あの子については、こと身体能力に関しては常識は通用しない…とだけ教えとくわ」
そんなミカを唖然とした様子で見つめる三人組に、愛子が同情した様子で教える。中道も口こそ開かないが愛子と似たような表情だ。
「ナカミチー、アイコちゃーん、あと…えーとオニジョロー…だっけ? の三人も早く来てよー!」
そんな中で飛んでくる先行しているミカからの催促。これを受け、三人組はやけくそ気味に、中道と愛子は無表情で後を追った。
「おのれ…おのれぇ…!」
そしてついに辿り着いた最上階のシステム室。そこには、大量の戦闘機械に守られた一人の初老の人物がいた。白衣に身を包み、狂気に駆られた二つの瞳はまさしくマッドサイエンティストと言った感じだ。
「この機械軍団で悪魔も天使も、そして人間も皆殺しにしてやるのだぁ! 邪魔はさせんぞ偽りの教えを振りまく忌まわしい天使めぇ!」
凶悪な宣言をするマッドサイエンティスト。このセリフと同時に部屋の中にいた大量の戦闘機械も、一斉に入り口に立つミカに襲い掛かって来た!
「やあああぁぁぁっ!!」
その機械軍団に、掛け声と共に正面から突撃するミカ。殴り、蹴り、撃ち、ミカがアクションを起こすたび、戦闘機械は次から次へと戦闘不能にされていく。
「さあ、あとは貴方だけだよ!」
結局、大した時間もかからずに機械軍団を全滅させてしまったミカ。その勢いで、銃口をマッドサイエンティストに向ける。
「ぐっ…おのれ…わしの機械軍団が…」
悔しそうに呻くマッドサイエンティスト。
「ホント、とんでもない天使だわ…。ま、私達は楽できたからいいけど」
「任務…遂行…」
「さーて、とっととこのジジイを始末して帰るかぁ」
一方、三人組もマッドサイエンティストに向かって歩き出すが、全員が針を構えている。間違いなく少し前にミカに向けて放ったあの毒針だろう。ミカだからこそ無効だったが、この様な老い始めた人物が受けたら間違いなく死んでしまう。
「え、ちょ、ちょっと待って! ま、まさか三人ともこの人を…こ、殺すつもり…?」
「何をいまさら…。最初からそう言っているでしょう」
「始末の意味…分かってる…?」
「始末っつったら殺す事に決まってんだろ! 何訳分からねぇ事言ってやがる!」
唐突に不穏な動きを見せる三人組に、ミカは思わず聞いてしまう。そして返ってきたのはお怒りの言葉。
「い、いや…。始末って言葉は元の世界でも何回か聞いた事あるけど、殺す事は出来ないからてっきり脅し文句だとばかり…」
慌てて弁明するミカだが、三人組は剣呑な雰囲気を放ったまま歩みを止めない。
「だ、駄目! 確かにいけない事をしたかもだけど、殺すのは駄目!」
三人組は止まる気は無い。と、悟ったらしいミカが、マッドサイエンティストの前に立つ。
「はあ…。また、厄介な事になってきたわね…」
「厄介…極まりない…」
「いいからどけ! 私達も任務できたんだからそいつ始末しねぇと帰れねんだよ! 大体、そいつさっき悪魔も人間も…そんで天使も皆殺しとか言ってただろ!? だったら覚悟決まって」
「た…助けてください天使様あぁぁ! 何でも…何でもしますからぁぁっ!!」
三人組の内のチンピラみたいな女の言葉も言い終わらないうちに、ミカにしがみついて助けを乞うマッドサイエンティスト。その綺麗な手のひら返しに「ぐっ、こ、こいつ…っ!!」と苛立たし気に歯を噛みしめるチンピラみたいな女。
「―――ぷっ。ふふっ、素直な人は嫌いじゃないよ」
一方、そのくるっくるな手のひらのマッドサイエンティストに、ミカは微かに吹き出した後、改めてマッドサイエンティストを守る構えを取る。
睨み合う三人組とミカ。防衛対象がいる以上ミカは迂闊に動けない。対する三人組も、まともにやり合っては勝ち目はないと踏んでいるらしく、何とかミカの隙を突けないかと様子を窺っている。
「少し良いかな?」
と、ここで謎の声が室内に木霊する。全員が声のした方を振り向くと、いつの間にか一人の男が立っていた。金髪オールバックにスーツを着た少し怪し気な男だ。
「ル、ルイ様!? な、何故貴方様がここに!?」
その姿を見た瞬間、三人組のミステリアスな女性が驚愕の声を上げる。他の二人も似たような表情だ。
「なに、噂の聖園ミカと名乗る天使を一目見てみたくてね。君たちは引きたまえ。荷が重い相手なのは承知しているのだろう」
「任務…終わってません…」
「教祖には私から話を付けておこう」
「―――わ、わかりました…。では…」
ミカに対する態度から一転、まるで借りてきた猫のように大人しく指示に従う三人組。そうして、すごすごといった様子で、部屋を出て行ってしまった。
「さて…。―――ふむ、君が聖園ミカ…か。………成程、成程」
「何なの? どこかおかしな所でもある?」
金髪の男…ルイの不躾な視線に晒され、不機嫌な声を上げるミカ。
「おっと、これは失敬した。では改めて…。私の名はルイ・サイファー。以後、宜しく」
「これはご丁寧にどうも。で、何の用なの?」
「いや、先ほども言ったように、ただ君を一目見てみたかっただけだ。取り立てて用があるという訳ではない。と、いう事で用も済んだので失礼する」
睨むミカに向かって、慇懃に礼をした後その場を去ろうとするルイ。が、中道の隣にきた瞬間、その足取りがピタッと止まる。
「おお、一つ忘れていた。君が中道君だね?」
「な、何で俺の名前を…?」
そうして、唐突に名前を呼ばれ困惑する中道。ミカならば色々活躍しているので知られていてもおかしくはないだろうが、現時点ではそのお付きの域を出ていない中道の名前を知られているとは思わなかったからだ。
「ユリコが君に伝えたい事があるそうだ。今は急用で来られないが、近いうちに彼女を伴って来よう」
「ユリコだって…? あんた、ユリコとどんな関係なんだ…?」
不意に出てくる知人の名前に訝し気に聞く中道。が、ルイはこの質問には答えず、靴音を響かせながら部屋を出て行ってしまった。
そんなルイの背中を室内の全員が黙って見つめていたが、やがてその靴音が聞こえなくなったあたりで、
「た、助かったのか…?」
と、ミカの後ろにいるマッドサイエンティストが安堵の呟きを漏らす。
「―――そうだね。助かったみたいだね」
その呟きに、一瞬の間を置いてから振り返るミカ。何やら満面の笑みを浮かべている。非常に圧のある満面の笑みを。
「ところでー…。さっき言ってたけど、何でもしてくれるんだよね? 何してもらおっか?」
ニコニコしながら一歩前へ出るミカに、マッドサイエンティストは引き攣った顔で一歩後ずさる。
「て、天使様…ど、どうかご慈悲を…」
「うーん…でも、その天使も含めて皆殺しにするつもりだったんでしょ? 立場が悪くなったら許しを乞うなんて、ちょっと調子が良すぎるかな…」
跪き両手を合わせるマッドサイエンティストだが、ミカは容赦しない。そうして、手を合わせるマッドサイエンティストと、笑顔の圧を放ち続けるミカという構図がしばらく続いたが、
「―――まあ、詰めるのはこのくらいにしよっか。でも、貴方も大人なんだから、周りの人たちに迷惑をかけちゃだめだよ!」
スッと雰囲気を弛緩させながらも叱るミカに、マッドサイエンティストは何度も「はい、はい…!」と懸命に頭を下げるのだった。