「ふむ…。正直、もう少し苦心すると思っていたのだが…。これがミカさんの力か…」
旧警視庁ビルを制圧した、という報を受けたスティーヴンの第一声がこれだった。実際、ビル内を防衛していた戦闘機械の数はかなりの物だったので、ミカが居なければ何日かかっていたか分かったものではない。
真面目に、ミカがいけるなら大丈夫だしミカが無理なら無理…という様相を呈してきている。そして、前述の報告をしている最中の中道とスティーヴンの会話を聞く限り、この状態はあまりよろしくなさそうな雰囲気だ。
しかし、とりあえずは当初の目的であった旧警視庁ビルを制圧できた。スティーヴンをシステム室に招き入れ、いよいよミカのスマホ内にある悪魔召喚プログラムを、本格的に改良する時が来た。
「どれくらいかかりそう?」
「それなんだが…。実を言うと、プロブラムの改造自体はもう終わっているんだ。…いや、終わっていた…と言った方が正しいかな…」
切実な表情で聞くミカに、スティーヴンはシステム室のコンソールを操作しながら答える。しかし、その意外な答えにミカも、そして後ろで聞いていた中道と愛子も首を傾げてしまう。
「以前に、このスマホがハッキングされているという事は話したね? そのハッカーが、強引にプログラムを改造してしまったようなんだ。既にこれは悪魔召喚プログラムではなくて、空間転移システム…とでも呼ぶべき代物だ。全く、本当に滅茶苦茶やってくれるねこのハッカーは。技術は凄いのに、何だか子供みたいだ」
驚愕の冷汗をかきながらも、やれやれ…と言った呆れの様子も見せているスティーヴン。
「じゃ、じゃあ、もう帰れるの!?」
「いや、最後の仕上げがある。技術的に言うと難しすぎるので例えで簡潔に言うが、このハッカーがした事はこの世界とミカさんの世界の繋がる道を作った事だ。しかし、まだこの世界の扉が開いていない。この扉の鍵はこちら側からしか開けられない。なので、私は今からこの鍵を作るつもりだ」
「そんな事が出来るのか?」
「なに、ターミナルの転移装置に比べれば楽なものだよ。なにせ、道自体は向こうが作ってくれたのだから」
「ちょっと待って。今この世界の扉は閉まっているのよね? じゃあミカはどうやってこの世界に来たの?」
「それもいずれは解明しなければならない。が、今は先ず約束通りにミカさんを帰す鍵を作ろうと思う」
そして、歓喜のミカ、訝し気な中道と愛子のそれぞれの質問にも答えていくスティーヴン。そうしながらもコンソールを操作する手は止まらない。
「あー、流石に今すぐは無理か…。でも、その様子だとそんなに時間はかからないんだね?」
「ああ、時間をかけるつもりはない。もう一つ言えば、後ろで見ているその男も手伝ってくれれば、さらに時間は短縮できるだろうね」
希望の灯った瞳でスティーヴンに聞くミカに、スティーヴンは一つ頷いた後、ここでチラッとだけだが初めて視線を後ろに向ける。そこにいるのは例のマッドサイエンティスト。
「ねえねえ! 何でもいう事聞いてくれるんだよね!? お願い、手伝って!!」
「い、嫌じゃ! ワシはワシだけの機械軍団を作りたいんじゃ! そもそも天使のお願いなど聞きたくもない! こちらの祈りはまともに聞かんくせに、都合のいい時だけ頼りおって!」
即座にマッドサイエンティストに駆け寄り懇願するミカだが、先ほどまでと違い明確な拒絶を見せるマッドサイエンティスト。明らかにミカ…というよりも天使という種族に対しての不快が現れている。
「ふーん…。さっきなんでもいう事聞くって言ってたと思うんだけど、嘘だったのかなぁ…」
ここで再び圧をかけるミカ。しかし、今度はマッドサイエンティストも頑としてそっぽを向いている。僅かに表情が青ざめているのを見るに恐怖は感じている筈だが、先ほどと違い今回は自分がいないと困るだろうからそう無茶はしない筈…と高を括られている様だ。
「ならば、俺達人間からの頼みでもダメか?」
「ふん! 人間も悪魔もどいつもこいつも嫌いじゃ! 下らん綺麗ごとを並べながらやっとる事は弱者から搾り取る事だけ! 心を許せるのは機械だけじゃ!」
その様子を見かねたらしい中道が頭を下げるが、それでもマッドサイエンティストを説得する事が出来ない。
「うーん…機械か…。あ、じゃあキヴォトスの機械の人達を見てみる? 機械なら興味があるんでしょ?」
「―――天使の世界の機械じゃと?」
どうした物か…と頭を悩ませた末のミカの提案に、マッドサイエンティストが反応を示す。そうして、スティーヴンから一時スマホを返してもらい、数ある保存してある動画の中から、機械の人達が映っている動画のみを選び出し、マッドサイエンティスト…と興味を惹かれたらしい中道と愛子が視聴する。
「な、なんだこれは…。機械が…感情を持っている…?」
「ほ、本当に機械なのこの人達…? 実は着ぐるみなんです…とかじゃなくて…?」
画面の中に映る機械の人々。その喜怒哀楽という感情をしっかりと表に出す存在に、中道も愛子もかなり困惑している。そのあまりの人間臭さに愛子は思わずと言った感じで疑うが、表情は電灯以外では基本変わらない。身体は確かに金属でできている…と、いった辺りに機械の感じはしっかりとでている。
「な……何じゃ…これは……っ!?」
一方、この動画群を見たマッドサイエンティストは何やらブルブルと震えている。先ほどまでと違い、湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしているのを見るに、相当激怒している様だ。
「あ、あれ…? な、何かマズかった…?」
なにやら不穏な雰囲気を感じたミカが、マッドサイエンティストに声を掛ける。が、次の瞬間!
「気に入らん! 気に入らんぞぉ!! なんで機械に人間の真似事なんかさせとるんじゃ!? 人間と同じにする事が機械の幸せとでも言うつもりか!? バカモンが! 人間と一緒など天罰と同じじゃ!! そもそも”既にある物”を作ってどうする!? それでは”機械”を作った意味が無かろう!! 機械はあくまで人間の便利な道具であるべきだし、更に上を目指すというなら人間以上の”何か”にすべきじゃ!! ”人間”では意味がないんじゃ!!!」
濁流のごとく持論を叫び散らすマッドサイエンティスト。あのミカまでもが「きゃあっ!?」と悲鳴を上げてしまったほどに、その勢いは凄まじい物だった。
「はあっ、はあっ、はっ…。よかろう…っ! ワシも手伝ってやる!」
わめき散らし乱れた息を整えた後、唐突に手伝う意思を見せるマッドサイエンティスト。
「え、い、いいの…?」
「勘違いするな! お前なんぞどうでもいいが、この機械達の有様はきにくわん! ワシもこの世界に行き、この機械達の作成者に文句の一つも言ってやらねば収まらんのじゃ!!」
再びの手のひら返しに呆けた様子で聞き返すミカ。対して、怒髪天を衝く様子で返すマッドサイエンティスト。どうやら、ミカの動画群は想像以上にマッドサイエンティストの逆鱗に触れてしまった様だ。
「うーん…。ちょっとモヤモヤするけど…手伝ってくれるのなら…ま、いっか」
少し考えこみながら、自分を納得させるミカ。モヤモヤ…というのは、やはり手伝う理由が何やら不穏な感じがする…という所だろうか。
「スティーヴン。実際のところどれくらいかかりそうだ?」
「そうだね…。やはり十数日…いや、万全を期すならもう少しは欲しい所かな」
そんな中で、唐突にスティーヴンに聞く中道。それに、スティーヴンも変わらぬ様子で答える。
その答えに一つ頷いて、今度はミカの方に振り向く中道。
「ミカ、改めて頼みがあるんだが…」
「ん? なになに?」
真面目な表情の中道に、ミカも興味を惹かれた様子。そうして中道はミカの目を見ながら口を開いた。
「俺と愛子はこの後も東京中を回るつもりなんだが…。できればミカも同行して欲しいんだ。ミカが一緒ならば非常に心強いからな。どうだろうか?」