「―――うん、壊せそう」
鉄格子の感覚を確かめた後、頷きながら口を開くミカ。実際、ミカが握った個所が少し歪んでいる。その気になればいつでも破れるだろう。
「分かった。なら今日はここで休息を取って、明日行動開始だ」
それを受けての中道の言葉に、ミカも愛子もコクリと頷く。
今三人のいる場所は、スガモプリズンの数ある牢屋の内の一つの中だ。ヤマから明らかに不当な判決を下された後、直接今いる牢屋に飛ばされてしまったのだ。
飛ばされた直後は三人とも怒り心頭だった。特に愛子とミカの怒りようは酷く、
「ああもう…イライラするわね…! あんな名ばかり裁判だと分かっていれば、多少の騒ぎは覚悟して強行突破するべきだったわ…っ!」
「そもそも、あんなお遊戯を裁判なんて名前にしてるのが可笑しいよね!? 何、天使なら問答無用で有罪って!? あんなのなら、トリニティのいじめっ子達の自称裁判の方がまだましだよ!? 無茶苦茶こじつけでも一応証拠は持ってくるからね!!」
などと怒りの言葉を吐き続けていたのだ。終いにミカは、即座に脱獄して再び裁判の間に突撃していきそうなほどの勢いだった。
それを中道が何とかなだめ、一旦体を休める事を提案したのだ。
牢屋と言う事で、当然ながら作りは頑丈だ。脱獄は容易ではないだろうが、逆を言えば外部からの干渉も難しいと言う事。即ち、周囲を気にせずゆっくりと休息をとれるという訳だ。
今の時代、野宿が危険なのは当然として、宿屋などに泊まっていてもトラブルに巻き込まれる可能性はあるので、作りは頑丈で見張りもいるこの場所は思った以上に安全な場所になっているのだ。
とはいえ、勿論それは脱出する手段が確保できている…今回はミカの力…のが大前提だが。
「―――いつの間にか愛子はミカに気を許してるな。最初はかなり警戒していたと思うが…」
何気ない雑談をしていた愛子とミカを見ていた中道が、おもむろに口を開く。
「そうね…。最初は正直警戒していたわ。天使ってのもそうだし……その……中道と………し…」
その言葉に応える愛子。ただ、後半は尻すぼみになって何を言っているのか聞き取れなかったが。
「何だって?」
「も、もう! 何でもいいでしょ! とにかく最初は警戒してたの!」
「ナカミチ! あんまり女の子の恥ずかしいとこを突こうとするのは感心しないよ!」
その聞き取れなかったところを聞きなおそうとする中道だったが、赤面している愛子には拒否られ、何故かミカにまで詰められてしまった。どうやらミカは愛子の意図を察している様だ。
「でも、六本木の牢屋の時や、銀座でミカの話を聞いて、凄い力を持ってはいるけど、心根は普通の女の子なんだなぁって思って。そうしたら、何だか警戒も嫌悪感も消えていっちゃったみたい…」
「な、何か思ったよりもチョロいな…」
改めての愛子の告白に、中道はなにやら拍子抜けしたような表情だ。どうも、もっと何か決定的な物があると思っていた様子だ。
「そう言うナカミチだって、最初はものっ凄い警戒した視線を私に向けてたよ」
が、ここでミカから横やりが入る。
「そ、そうだったか…?」
「うん、そうだった! でも、アイコちゃんを助けた後はめっきりそんな目で見てこなくなったなぁ~。好きな子を助けて貰ったから信用するなんて、ナカミチも凄くチョロいと思うよ~?」
「ぐっ!? た、確かにあれ以降ミカを不審に思った事なんて一度もないな…」
さらに続くミカの口撃に中道はたじたじだ。
「―――なによ、ナカミチだって人のこと言えないくらいチョロいじゃない」
そしてミカに続く愛子。しかし、その言葉とは裏腹に表情はどこか嬉しそうだ。
「む、むむ…………ん?」
何とか反論を並べようと唸っている中道だったが、不意に外が騒がしい事に気が付いた。鉄格子付近にて耳を澄ませてみると、どうも数人の見張りが慌ただしく駆け回っている様子。
時折聞こえる、いたか?…だとか、探せ! だとかいう言葉から察するに、どうも不審者が忍び込んだようだ。
暫くして、声が遠ざかっていった。そんな中で注意深く外に意識を集中させていたのだが、不意に鉄格子の外に人影が現れたのだ!
「―――なんと。まさか聖園ミカ様ですか?」
驚きの声を上げる、ローブを深くかぶったその人物。ただ、声色自体は落ち着いているので本当に驚いているのかは定かではない。
「あ、その声! まさかマンセマット!?」
そして、この聞き覚えのある声にミカが真っ先に反応する。
「おお、私の名を覚えて頂けていましたか。それで、皆さんはこんなところで何を?」
「貴方に話を聞きたかったの! ねえ、トウキョウタワー…だったかな? っていう所でカズフェルとかいう天使に襲われたんだけど、あの人、散り際に貴方の名前を言ってたの! どういう事!?」
マンセマットの質問に、食い気味に質問をし返すミカ。だが、このミカの質問返しにマンセマットの眉がピクッと動いた。
「襲われた…? まさか…。カズフェルに…ですか?」
「だからそう言ってるじゃん! ねえ、どういう事なの!?」
信じられない…と言った様子で確認を取るマンセマット。一方、繰り言になった事が不愉快だったのか、早くもミカは感情が荒ぶりだしている。
「何故…その様な愚かな事を…。ミカエル様と同じ気質を持つ方だと報告した筈だが…。カズフェル…と言う事は恐らくはハニエルも一緒…。法二…そうだ、法二からは何か聞きましたか? ハニエルはともかく、法二なら聖園ミカ様の疑問ならば答えてくれるはず」
「残念ながら今どこにいるか分からん。だから聞きようがなかった」
何やら難しい顔でブツブツと呟いていたマンセマットだが、ふと思い出したように法二の事を尋ねてくる。それに、不審そうに答える中道。
「大聖堂にいない…? となると、やはりカテドラルか…? しかし何故…?」
「ねえ、一人で納得していないで、ちゃんと説明してくれる?」
そうして、またもや思考に耽るマンセマットに、愛子も少し苛立ちながら口を開く。
「―――ああ、失礼いたしました。ですが、正直に申しまして、私も何故カズフェルがその様な暴挙に出たのかは皆目見当もつきません。そして、ハニエルも恐らくは答えないでしょう。やはりここは、何としても法二に話を聞くべきかと」
「本当に!? 本当に知らないの!?」
申し訳なさそうに口を開くマンセマット。ミカがしつこく詰めるが、マンセマットは「残念ながら…」としか返さない。
「なら、法二に会う方法はあるのか?」
「会えるかは分かりませんが、法二なら恐らくカテドラルと呼ばれる場所にいる筈。ここは大聖堂に代わる新たなメシア教の聖地として建造されておりましたが、間もなく建造も終わると聞き及んでいます」
「どうやって行けばいいの?」
「正道はシナガワから…。しかし、これにはハニエルの許可が必要だ。不可抗力とはいえ、カズフェルに手を出してしまった皆さんにハニエルが許可を出すとは思えない。そこでもう一つの道ですが…どうやら、エキドナという悪魔がカテドラルの乗っ取りを計画している様子。当然移動手段を用意している筈なので、これを利用するのが一番の近道かと…」
「あ! ホウジからもその悪魔を倒してきて欲しいってお願いされたよ!」
「ならば話は速い。では、これを使って早速脱出を…。ただ、余裕があれば願いを一つ聞き届けて頂きたい。この牢獄に捕まっている他の同胞達を救い出してほしいのです。そもそも私がここに侵入したのはそれが目的。ですがどうやら長話が過ぎてしまった様だ…」
中道、愛子、ミカの言葉にそれぞれ答えながらミカに鍵…恐らくは牢屋の鍵…を手渡し、頼みごとをしてくるマンセマットだったが、ミカ達の答えを聞く前にそそくさと入り口から出て行ってしまった。
その直後、再び周囲が騒がしくなる。そして、瞬く間に牢屋の入り口に数人の見張りがなだれ込んできた。
「おい! ここに不審者が来なかったか!?」
「し、知らないよ!? 何なの騒々しい!」
先頭にいた見張りがデカい態度で質問してくるが、負けじとミカも大声で対応する。
「貴様、囚人の分際で偉そうに…ん? 貴様の手に持っているそれは…」
このミカの態度は見張りの神経を逆なでしたようだが、その時にミカの持っている物…牢屋の鍵に見張りが気付いた様だ。
「おい! 何をしている!? さっさと不審者を追わねぇか!!」
しかし、ここで再び入り口からの怒鳴り声。見ると、力也が怒り顔で立っているではないか。
「り、力也様!? し、しかしこいつら…」
「そいつらについては俺が落とし前を付けておく! さっさと行け!!」
困惑する見張り達に再びの力也の指示。これを受け、見張り達は慌てて牢屋を出ていき、残ったのはミカ達と力也のみとなる。
「―――今回は見逃してやる。だが、ここから先は力と混沌が支配する世界。今までの様な甘い考えじゃ即座に取って食われるって事だけは忘れんじゃねぇぞ」
ミカの持つ鍵を注視しながら、しかし力也は忠告だけして踵を返すのだった。