「やあああっ!!」
ミカの拳による渾身の一撃が、目の前にいるあのタケミナカタよりも更に一回り大きい体格の大男の腹部にヒットする。
「ぐふっ!? ぬ、ううう…っ!」
しかし、その一撃に大きく体制を崩されながらも、大男は倒れる寸前で踏ん張りを見せる。
「す、すごっ…! この世界の人で私の本気のパンチを三発も耐えるなんて…!」
「舐めるな…小娘…っ! このニオウ…易々と膝を地に付けはせんのだ…っ!」
その圧倒的な頑丈さに驚きを隠せないミカ。そう、戦闘が始まってからこれで三発目のミカの打撃となるのだが、未だに一度もダウンを奪えていない。とはいえ、大男…ニオウもフラフラと立ち姿が危ういあたり、最早戦闘不能寸前の大ダメージを受けているのは明らかだ。
「そうだね。簡単じゃないのは分かった。でも、これで終わりだよ!」
いうがいなや、今度はニオウの顔面に右ストレートをお見舞いするミカ。立つのもやっとなニオウがこれをかわせる筈もなく、吹き飛ばされ遂に地面に倒れてしまった。
「ぐ……ぐぐ……。わ、我が名は…ニオウ…! その名に……かけて……脱獄…は…ゆ、許さん…っ!!」
しかし、ここまでされても尚、必死の表情で立ち上がるニオウ。出口の前で毅然と立ち塞がる。そして、その立ち姿のまま、ゆっくりと消えていった。
「た、立ったまま倒れて…?」
「まさしく、仁王立ちという言葉がふさわしい最後だったな…」
「あの圧倒的頑丈さと誇り高さ…ミカが居なかったらと思うとぞっとするわ…」
力尽きて尚、己の使命を果たそうとするニオウに、ミカは困惑し、中道は素直に感動し、愛子は顔を青ざめさせるという三者三様の様子を見せる。
「ま、まあいいや。これで道は開けたね! じゃあ…」
そんな中において、改めて口を開くミカ。それを受け、三人は一斉に一つ頷き、
「すぐに脱出だ!」「すぐに脱出ね!」「速くヤマを倒しに行こう!」
現世人とキヴォトス人で綺麗に意見が分かれてしまった。
牢屋を出た後、三人はマンセマットの願い通りに周囲の牢屋に捕まっていた人達を救出しつつ、出口を探していた。その過程で、ニオウと戦闘になり撃破して今に至る。
「いやいや! 目の前に立ち塞がった訳でもないのに無駄な戦闘する必要ないだろ!?」
「ダメ! このままあの人を放っておいたら、また罪のない人が不当な裁判で捕まっちゃう!」
「罪がない…正直、ちょっと怪しいわね…」
中道の説得に、しかしミカも首を横に振って反対する。その横では、愛子が少し首を傾げていた。
というのも、捕まっていたのはそのほぼ全てがメシア教の信者だったのだ。大体は、メシア教らしく
また、数少ないメシア教の信者ではない者達は、恐喝、強盗、殺人など、思ったよりも真っ当な理由で捕まっていた事も判明したのだ。
「って言っても、ガイア教の人は一切捕まってないんでしょ? じゃあやっぱり不当じゃん!」
しかし、そんな愛子にミカは大声で抗議する。そう、ガイア教に連なる者は一切捕まっていなかったのだ。例え判決自体は公平であろうとも、受ける者の立ち位置でその判決の猶予に決定的な差を産むのであれば、やはり不当の烙印を押されるのもやむなしだろう。
「とにかく、私は行くよ! ああいう言いがかり、私大っ嫌いだから!」
中道と愛子が止めるのも聞かず、裁判の間に走り出してしまうミカ。こうなっては仕方がないので、中道と愛子もミカの後を追った。
「世代中道! 三流愛子! そして聖園ミカ!! その方ら無許可での悪魔との契約という罪を犯し、我が裁判を貶め、更に脱獄した身でありながら、我が前に現れ神聖な裁判の間を汚すというか!! もはや致し方なし!! 我が直々に貴様らに裁きを与えん!!」
扉を蹴破り裁判の間に侵入したミカ、中道、愛子を前に、憤怒の形相で立ち塞がるヤマ。と、同時に何やら地獄の底から響く様な呪いの言葉を口にし始めた。まるで、あの死人使いネビロスの様に。
「うっ…!? こ、この声は……」
「くっ、つ、辛くはあるけど…あのネビロスの時ほどではないわ…」
しかし、この呪殺の怨言はミカは勿論として中道と愛子にも大した効果は示さない。改めて、ミカの力を宿した例の下着の効果は絶大なものだと実感する。
「な、なに…!? 我が煉獄の秘技が通用せんだと!? 聖園ミカはともかく、後ろの二人はただの人間の筈だ! 何故通用せん!?」
「厄介な攻撃があるのを分かってるのにいつまでも対策を講じないなんてありえないでしょ!!」
驚愕に瞳を見開くヤマに、ミカは大声と共に、ヒノカグツチを持ってヤマに突進する。その斬撃をヤマは紙一重でかわした。
「ぬううっ!! ならばこの地獄の炎はどうだっ!?」
叫ぶと同時に、ヤマの両手から灼熱の炎が放出される。が、
「ふん! こんなの、あのベリアルの炎と比べたらマッチの火だね!」
お構いなしに炎に突撃し、あっさりと突破して見せるミカ。そして、予想外の結果だったようで動きが止まってしまったヤマの体を今度こそ切り裂いた!
「ぐは…! ……お、おのれ…ここが…現世では…なく……
無念の言葉を残し倒れ伏すマヤ。ニオウと同じく、その体が少しずつ消えていく。
「―――あ、あれ? なんか呆気ないな…。あのニオウっていう人はものすごく頑丈だったから、この人も頑丈だと思って最初から武器を使ったんだけど…」
「まあ、言葉から察するにこのヤマという悪魔は戦闘は本業じゃないんだろ。いきなり俺達を呪殺しようとした事からもそれは明白だ。明らかに戦闘が本業だったであろうニオウと比較するのは酷ってもんだ」
思ったよりもあっさりと決着がついた事に拍子抜けするミカに、中道がフォローを入れるが、ミカはどうも納得がいっていない模様。上に立つ者は強い人という固定観念がある様だ。
「裁判の間に侵入者が現れたと聞いて、まさかと思ってきてみれば…。お、お前ら…ヤマ様をやっちまったのか…?」
と、ここで背後から何やら震える声。振り向くと、そこには茫然とした表情の力也が立っていた。
「うん。やっつけたよ。もう一度聞くけど、何でこんな人の下についてたの? リキヤってそんなに弱かったっけ?」
そんな力也に、頷くと共に問うミカ。その真剣な表情からして今回は嫌味などではなく、本当に純粋に疑問を感じている様だ。
「―――地獄の統治者まで倒しちまうなんて、ほんととんでもねえ奴だ…。いや、しかし…ミカの言う通りだ。偉いからなんだ…強くなけりゃ、こんな無様を晒しちまう…。所詮ヤマもこの程度だったって事だな…」
何やらブツブツと呟いていた力也だったが、不意に顔を上げる。
「ありがとよミカ。おかげで目が覚めたぜ。お前らが甘ちゃんな様に、俺は俺でまだまだ覚悟が足らなかった様だ。俺はもう行く。お前らも面倒に巻き込まれる前にさっさとここを離れた方がいいぜ」
微かながら何やら晴れた顔でそれだけ言うと、力也はさっさと何処かへ行ってしまった。そして、確かにヤマを倒した事により、何やら周りが騒がしくなっている。このままここにとどまっていては確かに再び厄介ごとに巻き込まれかねない。
そう判断したミカ達も、足早に裁判の間を…スガモプリズンを後にするのだった。