亀の力を借りてカテドラルから移動を開始する一行。ミカのお願いでまず目指す事となったのはシナガワだ。数あった町の中で、唯一避難させる事が出来なかった町。正直、人々の生存は絶望的であり、中道からも一度は止められた。恐らくは、ミカの精神面を考慮しての制止だろう。
勿論、ミカだって分かってはいる。大陸丸ごと水没させる程の津波など、キヴォトスの人達ですら大打撃は免れないだろう。当然、この世界の人々ではひとたまりもない。
それでも! もしかしたら…もしかしたら生き残っている人がいるかもしれない…! という、一縷の望みがミカをシナガワへ強行させた。
しかし…やはり、現実はただただ残酷だった。シナガワの地は完全に水没し、周囲には漂流物が波に揺られて浮かんでいるのみ。とても生存者がいるとは思えない。
更にミカは見つけてしまった。見覚えのあるリボンが巻き付いた銃を。リボンの部分が漂流物に引っかかっていたのだ。
「こ……これ…は……」
震える手でその銃を手に取るミカ。リボンの端っこにちぎれた後があるが、間違いない。この銃は、あのミカが助けた少女の…。
「……う……ひっ……。ど、どうして……どうして…なの…? あの子が………ここの…人たちが……一体……ひっく…何をしたって…いうの…?」
銃を両手で抱え込みながら、崩れ落ちむせび泣くミカ。その姿はあまりに痛々しい。中道も悔し気に顔を伏せ、パスカルも意気消沈気味に頭を下げ、愛子も悲し気に周囲を見回す。その頬からは一筋の涙が…。
「―――ミカ! もうここはいいだろう。次は旧警視庁だ! スティーヴン達がどうなったのか気になる。ミカが元の世界に帰れるかの瀬戸際でもあるからな!」
そんな中において、大声でそう宣言する中道。無論、今のミカを急かすのは酷なのは中道も重々承知だろうが、実際スティーヴン達がどうなったのかは気になるし、その安否がミカの帰還に直結しているのも事実。
結局、中道はミカの返事を待たずに旧警視庁へ亀を向かわせるのだった。
そして旧警視庁。地上5階建てと決して低くはない建物だったが、やはりこの津波には勝てなかった様で他と同じく水没してしまっている。近くにある高さ300メートル以上の東京タワーですら半分以上沈んでいるのだ。5階建て程度ではどうしようもない。
「くっ…ダメか…。ミカの帰る手段が…」
水面を睨みながら、再び悔しそうに呟く中道。愛子とパスカルも苦悶に顔を染め、当事者たるミカに至っては絶望からかただ呆然と水面を見つめるのみだ。
しかし、その時だった。中道の機械に反応があったのだ。
「ん…? こ、これは…ターミナルとかで使う転送機能…?」
其れに即座に反応し、機械を弄りだす中道。程なくして、なんとスティーヴン達に預けていたミカのスマホが転送されてきたのだ!
『―――小僧か? 小娘か? それとも天使か? 誰でもいい、聞こえるなら返事をくれ』
そのスマホから声が聞こえる。声色から、おそらく相手はマッドサイエンティストだ。どうやらミカのスマホは通話状態になっている様だ。
「マッドサイエンティスト! 生きてたのか!?」
『小僧か。なんとかの。とはいえ、部屋を完全密封して水の侵入を防いでいるにすぎん。もう長くはもたん。決壊する前にお前らが物質転送可能な範囲まで来てくれたのは僥倖だった』
驚きの声を上げる中道に、マッドサイエンティストは飄々とした声色で答える。あまりに予想外だったのか、愛子もパスカルも、そしてミカもただただポカンと口を開けているだけだ。
とはいえ、スマホ越しからでもなにやら金属が軋む嫌な音が際限なく響いている。残念ながら、絶望的な状況である事に変わりはない様だ。
「スティーヴンはどうした!?」
『奴なら強引に転送してやったわい。不安定なシステムでやったので何か不都合が起こっている可能性はあるが、こんなところで死んでしまうよりはましじゃろう』
「ならお前も早く転送を」
『もうそんな大層な機能を使う程電力が残っておらん。この通話も、先ほどの物質転送も、電力を抑えに抑えてごまかしてやってるんじゃ』
矢継ぎ早の中道の質問にやはり飄々と答えていくマッドサイエンティスト。しかしながら、その声色にはどこか諦念の色が浮かんでいる。
「お前…まさか死ぬ気か?」
『死ぬ気も何も、もう助からんじゃろうしのぉ…』
「そんなのダメ! 今助けに行くから待ってて!!」
息を呑みながらの中道の質問に、ここで完全に諦念の言葉を吐くマッドサイエンティスト。その言葉を聞いて、即座に首を横に振ると共に海中に飛び込もうとするミカだったが、
『その声は……ミカ…か?』
不意にスマホから届いた懐かしい声に、ミカの動きがピタッと止まった。
「―――………まさか……セイア…ちゃん…? セイア…ちゃん……うっうっ……」
『やはり…やはりその声はミカか! 今何をしている!? 一体どこにいるんだ!? すぐに助けを出すから早く教えるんだ!!』
懐かしき親友の声に嗚咽を漏らすミカ。シナガワの時とは違う、見るからに安堵の嗚咽だ。一方通話の相手…百合園セイアの方も慌ただしくしながらも、その声にやっと見つかった! という感じの安堵の色が見える。
『はっはっは…天使どうし仲の良い事だ。だが、話は最後まで聞けい』
『むっ…。君はさっきの…。マッドサイエンティストを自称していた…』
そこに割り込んでくるマッドサイエンティストの声。これに更にセイアの警戒の声がスマホから届く。同じ場所にいる訳はないので、どうやら混線しているようだ。
『話…というのは、さっき言っていたミカを帰らせる方法だな?』
『うむ。と、言ってもそっちの…天使の世界で出来る事はない。全てこちらでせねばならん。故に、小僧も天使もよく聞け!』
訝し気なセイアの声に、マッドサイエンティストはどちらかと言うと中道やミカに聞こえるように声を荒げる。
『まず改造したプロブラムだが、残念ながら時間が足りず、常用では天使の世界とは通話がやっとという所までしか出来んかった。だが、実験の過程で高い場所であればあるほど…また、神聖な場所であればあるほど接続の出力が高まっていることが分かっている! 人体の転送が可能なほどの出力が出る場所を探し当てられれば、天使の帰還も可能じゃろう!』
「高く神聖な場所…か…」
マッドサイエンティストの説明に、中道は腕を組んで考え込む。
「ね、ねえ! 教えてくれるのは嬉しいけど、なんか、壊れる音や水の流れる音が聞こえてきてるよ!?」
しかし、その思考はミカの悲痛な叫びで中断させられる。確かに、スマホの向こうから軋みを通り越して破砕音と水流音が徐々に強まっている。
『ど……やら………こまで……よ…じゃな…。まった……さい…のさ…ご……で……冴えん……んせい………った……』
急激に感度が悪くなっていく通話。そして、最後に特大の破砕音が鳴り響いた後、マッドサイエンティストからの通話は途切れてしまった。
「ちょっと! ねえ、ちょっと!! マッドサイエンティスト!! 返事してよ!! ねえってば!!!」
『い、一体何が起こっているんだい!? 今の破砕音は!? マッドサイエンティストとやらは無事なのか!? ミカ! 何がどうなっているのか説明してくれ!』
「ごめんセイアちゃん! あとでちゃんと説明するから今は黙ってて! ねえ、返事を…返事をしてよーっ!!」
スマホに向かってマッドサイエンティストの名を連呼するミカだが、残念ながら返事はない。しかし、慌てふためくセイアを黙らせ、ミカはスマホに呼び掛け続けるのだった。