限界までマッドサイエンティストに呼び掛けた後、崩れ落ちるミカを連れて、一旦近くにある東京タワーに身を寄せる一行。
だが、残念ながら東京タワーの内部も全体的に雰囲気は落ち込み気味だ。避難勧告のおかげで人的被害こそほぼなかったとはいえ、やはり今まで住んでいた土地が丸ごと津波で流される…などという未曽有の大災害をうけてしまえば、意気消沈せざるを得ないだろう。
そんな中で再びミカ…例の天使様が現れた。これに東京タワーの内部の人々の表情に微かな希望の色が灯る。いままで各地を救い歩いていた救世主が登場したのだ。今回も何とかしてくれるに違いない…と期待してしまうのも無理はない。とりわけ、ミカをテレビで強烈に推しだしていた者達は「また助けに来てくれた!」と狂喜乱舞だ。
しかし、実際に今のミカの姿を見て、それが幻想なのだと東京タワーの内部の人々はすぐに思い知らされる。うつろな目。よたよたと頼りない歩き。完全に心が折れているその姿は最早絶句するしかない。
やはり………やはり神に逆らうなど無謀なのか…。
そんな諦念が東京タワーの内部に広まる中、中道はミカの代わりにセイアと話し合いをしていた。
『―――では、ミカの帰る場所についての目途は立っているんだね?』
「ああ。カテドラルの最上階…可能性があるとしたらそこだ。ただ、そこは先ほど説明したロウの軍勢が占拠している。これが問題で、総大将ミカエルの指揮するロウの軍団の戦力は強大だろう。更に、仮に撃破できたとしても、その疲弊しているところをカオスの軍勢に襲われる可能性もある。結局、この二大軍勢を何とかしないと、ミカも帰還できないだろうな」
『ふむ…。ロウにカオス…法と秩序、力と混沌…か。私も大仰な言い回しをする癖があるが、その私をもってしても、これはまた大仰な者共が出てきたものだと思ってしまうね』
中道の説明に、セイアも何やら唸っている。
「とにかく、戦力が足りない。以前から兆候はあったが、流石に今回の事でミカの心ももう限界だ。これ以上戦闘を強いるのは酷だし流石に気も進まない。さりとて、俺と愛子とパスカル…あと仲魔達だけでは二大軍勢の片方を相手取るだけで精いっぱいだ。残りは非戦闘員しかいないので援軍も期待できない」
『むう…。できるのならば、こちらから援軍を送ってあげたいところだが…。送る手段がないし、仮に送れたとしても、絶対に帰れるという保証もない以上、希望者もそんなに出てくるとは思えない…。ミカもこちらでは少し立ち位置がややこしくてね…そんな危険を背負ってまでミカを助けようとする者が何人いるか…』
『セイアさん! ミカさんが見つかったというのは本当ですか!?』
更に話し込んでいく両者だったが、ここでセイア側から新しい女性の大声が響いた。
『ナギサか。今少し向こうの住人と話し込んでいる所なのだが…』
『お願いします! 少し…ほんの少しだけでも代わってくれませんか!? ミカさん! ミカ! 私です! ナギサです!! 聞こえますか!?』
その女性…桐藤ナギサの懸命の懇願に、仕方がないな…と言った感じのセイアの吐息が漏れ聞こえる。なので、中道も一旦スマホをミカに返した。
「ナギちゃん…」
『ミカ!! ああ、良かった! 突然いなくなって本当に…ほんっとうに心配したんですよ!? 執務中も貴女の事が頭から離れず、ティータイムの時間も取る気にならなくて…』
弱弱しくナギサの名を口にするミカ。次の瞬間、ナギサは盛大な安堵の声と共に、矢継ぎ早にまくし立てるが、これも安堵により緊張が決壊したが故の事だろう。
『ミカ、今一体どこにいるのです? そもそも何故突然行方不明に? もしかして…何者かに連れ去られた…とか? 貴女がそう簡単に誘拐を許すとは思えませんが、もしそうならこちらとしても準備を…』
そうして一通り喋り終えた後、改めてミカの場所を尋ねるナギサ。ただ、なにやら不穏な雰囲気を醸し出している事に中道は気づく。
『ちょ…セイアさん…なにを…。当然です! 親友を誘拐された私の私怨も否定はしませんが、首長の立場にあったミカさんが誘拐されたなど、トリニティ総合学園の沽券にかかわる問題! ここで誘拐した相手を野放しにでもしてしまえば、トリニティの権威は間違いなく地に落ちてしまいます! それはセイアさんもお判りでしょう!? そうならない為にも、犯人は何としても撃滅しなければいけません!!』
「さ、流石…。ミカの親友だけあってなかなか苛烈な性格の奴だな…」
どうやら通話の向こう側でセイアと言い合いをしているらしいナギサ。そのナギサの言い分を、中道は冷汗をかきながら聞き続ける。
「………………そうだよ………全部………やっつけちゃえばいいんだ」
と、その時だった。ナギサの苛烈な言葉に反応するかのようにポツリとそう漏らすミカ。その、静かなのにやけに耳に残る呟きに、中道…のみならず、その場にいた全員がミカの方に視線を向ける。
「ロウだのカオスだのどうでもいいじゃん…。ホウジもリキヤももう知らない…。全部………ぜーんぶやっつけちゃえば問題解決じゃんね…」
「お、おい…ミカ…?」
ユラリ…と立ち上がり、銃を握り締めるミカ。その暗い笑みと限界まで開ききった瞳孔から放たれる威圧感は凄まじく、中道も声を掛けるのがやっとだ。
「そう…全部……全部っ……全部っっ………やっつけて……!」
「ミカ!! ミカ!!!」
「ミカ!! しっかりして!!!」
遂には、ミカの周囲になにやら黒いオーラが立ち上り始める。明らかに危険な雰囲気を出すミカに、中道と愛子も懸命に呼びかけるが、残念ながら全く聞こえていない様だ。
そして、そんなミカが一歩踏み出した…その時だ!
”ミカ”
と、スマホから穏やかな声が木霊する。そして、その声を聴いたミカの動きがピタッと止まったのだ!
「せ……先生……」
依然黒いオーラを立ち上らせているものの、微かに正気の光が目に灯ったミカが、スマホを自分の耳にあてる。
「先生……うん……うん……………せんせぇっ……」
なにやらその先生と言う人物と会話を交わすミカ。そして、ミカが一つ頷くたび、そして先生と呼ぶたびに黒いオーラは弱まっていき、遂には完全に消えてしまった。
「す……すげえ…。あの、明らかに危険だったミカを一瞬で宥めちまった…」
「今ミカが喋っているのが、ミカの言っていた先生っていう人…。これは…確かにヤバいわね…」
「まさか本当に…中道以上の話術の使い手がいるとはな…」
一瞬でミカに正気を取り戻させた先生という人物に対し、中道、愛子、パスカルは驚愕に目を見開く。…のみならず、
「せ……先生…?」「あの天使様の…先生?」「先生…って事は…。当然、天使様より…偉い?」「明らかに危なかった天使様を一瞬で元に戻しちまったし…」「あの天使様より偉いって…」「どんだけスゲエ存在なんだ…?」「も、もしかして…」「あの先生とやらに味方して貰えば…」「神にも勝てる…?」「もしかして………もしかしたら…!」
この一部始終を見ていた東京タワーの内部の人達も、唐突に現れた微かな希望に、俄かに色めき立つのだった。