「引けっ! 引けえっ!! あちらに我らの創った結界がある! そこまで引くのだっ!!」
「ふん、無駄な事を! 神に仇なす愚か者共に神の裁きを!!」
入電を受け都庁に急行した一行。そしてまず目についたのが、男性を先頭に逃走している人間の集団を、殺意に満ち満ちた雰囲気の天使数体が追い立てている場面だった。
「どうやら早速戦闘の様だな! やるぞ!」
「悪いけど、ちょっと鬱憤が溜まってるから晴らさせてもらうよ!」
中道の指示に即座に全員が戦闘態勢を取る。とりわけ、ミカは積極的だ。言葉通りにたまっている物を銃弾に乗せて吐き出したいのだろう。
そうして、あっという間に天使達を倒してしまう一行。そのあっけなさは、ミカがまだまだ物足りないと不満げにしている程だ。
「お、おお…。小僧ではないか!」
そんな一行に掛かる声。見ると、先ほどの逃走していた集団を率いていた男性が一行に近づいて来ていた。この男性よく見ると…シンジュクでガイア神殿の司祭をしていたあの厳かな男性ではないか!
「あ、あんたは…」
「いや助かった! 天使共に追い詰められていよいよここまでか…と腹を括っていたところだ! ところで…」
驚いている中道に快活な笑みを浮かべながら話しかけてくる厳かな男性。が、ここで唐突に声のトーンを落とし視線をミカに向ける。
そして、この視線が「ところで…」の続きを雄弁に語っていた。
この天使は味方なのか? と。
「―――まずは状況を説明してくれないか?」
その視線を受け、少しの間思案をした後、まずは現状の説明を中道は求めた。
都庁の襲撃自体は本当に少し前に行われた様だ。まだ一日も立っていないらしい。そして、まず最初に都庁の人々を襲ったのは、なんと天使を始めとするロウに属する悪魔達だったらしいのだ。
神に仇なす愚か者共に神の裁きを! という標語の下、誰かれ構わず襲い掛かるロウの軍勢に、人々は逃げ惑うほかなかった。たとえ、メシア教徒が跪き許しを乞うても一切の慈悲なく切り捨てられたそうなのだから、それは確かに逃げるしかない。
そして、これに一番ショックを受けているのが、シンジュクとシブヤにいたメシア教徒だ。彼ら彼女らの中には戦闘をこなせるものもいたのだが、自分たちが崇めている神に裏切られた…という事実に茫然自失となり、現時点では戦力になりそうもない。あのシンジュクにいたメシア教会の法衣の女性とて例外ではない。
まあ、対極にいる厳かな男性すら、上記のメシア教徒を切る天使というのはかなりショッキングな光景…それこそ、避難勧告をしてくれたミカすら疑う程には心にきた光景だったそうなので、法衣の女性を始めとするメシア教徒たちが受けた精神的ダメージは想像を絶するものだろう。
「ミカ様………何故……何故……っ!」
厳かな男性に案内された避難場所。そこにいた法衣の女性に嗚咽を漏らしながら問い続けられるミカ。とはいえ、対応としてはこれでもまだましな方だ。他のメシア教徒は明らかにミカを恐怖と絶望の目で遠巻きに見ているだけなのだから。
「分かんない…。ちょっと話を聞いて来るよ…」
「ミカ、ミカ。少し落ち着いてくれ…。ロウが危ないのは分かった。それで、カオスの方は何かしてきたのか?」
若干うつろな瞳で法衣の女性に答えるミカ。その再び危うくなってくる雰囲気のミカをなんとか宥めながら、カオスの軍勢について厳かな男性に聞く中道。
「うむ、それなのだが…。不思議な事に、カオスの奴らは何もしてこんのだ。ロウの奴らが襲撃してきた直後にカオスの奴らもなだれ込んできたのだが…な」
対して、厳かな男性も不思議そうに首を傾げながら答える。いの一番に暴れまわりそうな奴らが何もしてこない…確かに不気味ではある。が、
「何もしてこないというのなら好都合だ。まずロウの方に行き、何故こんな暴挙に出たのか伺ってみよう。ミカももう我慢の限界の様だしな」
と、まずはロウの方に行く事に決めた中道であった。
そうして、まずは都庁を攻めたロウの大将の場所まで向かう一行。カオスもなのだが、両陣営とも大将は都庁の最上階に陣取っているそうなので、そこまで一気に駆け上がった。ミカの怒りもあり、道中のロウの者どもは文字通り蹴散らされてしまった。
「―――貴様が聖園ミカ…か。ラーヴァナの奴と決着をつけるべくこの地に降り立ったわけだが、その腕慣らしの相手としては申し分無しだな」
ロウの最上階、一人の男がゆっくりと振り返る。何やらきわどい恰好に円盤型の刃物を両手に持っている。
「お前は…」
「我が名はヴィシュヌ! ミカエルめの要請を受け、この地に降り立った魔神! 奴の名を騙り、人々を堕落せしめた偽天使とそのお供の者どもよ、覚悟せよ!」
訝し気に口を開く中道に、きわどい男…ヴィシュヌは両手に持った円盤型の刃物を構えながら答える。
「戦う前に一つ教えて。何故ここの人達を襲ったの? 中には貴方達を崇めていた人達もいたんだよ?」
対して、同じく臨戦態勢を取りながらも、疑問をぶつけるミカ。
「知れた事。その心の内を神以外の者に魅入られた故だ。一欠けらと言えど神を疑い、神の意に反した者…すなわち法と秩序に反した者。その様な者に今を生きる価値はない」
そのミカの問いに淡々と答えていくヴィシュヌ。が、そのあまりに身勝手すぎる内容に中道も愛子もパスカルも、そしてミカも開いた口が塞がらない。
「―――ちょ、ちょっと待て。神以外の者ってミカの事だよな? つ、つまりなんだ…。僅かでもミカに染まった経験があるから皆殺しにしますって事か? 頭おかしいのか?」
「随分と器の小さい神様もいたものね…」
「そんな理由で迫害されたのではたまったものではない…」
「ば…ばっかじゃないの!? そんな理由で大洪水を生き残った人達を迫害してる訳!? それでここのメシア教徒の人達はすんごいショックを受けてるんだよ!? メシア教徒の集まりだったらしいシナガワも滅ぼしちゃうしさぁ! ほんと信じらんない!!」
四者四様の呆れと怒りが入り乱れるが、その内のミカの怒りの言葉にヴィシュヌが反応する。
「戯言を…。品川の地に取り残された者は、全て神を心からは崇めておらぬ者共。ただ平穏を手にする為に、表面上を取り繕っているにすぎぬ愚か者共だ。この様な奴らが救われる道理などある訳なかろう」
厳しい顔でそう言い切って見せるヴィシュヌ。更に、この言い切りについて中道達が何か反論する前に続けて口を開く。
「そもそも、貴様がここのメシア教徒に誘惑の光を当てなければ、少なくともここのメシア教徒は迫害されずに済んだのだ。分かるか? 聖園ミカ。貴様は存在自体が悪なのだよ」
「バカバカしい! 単にお前らの求心力がミカより低かっただけの事だろう」
ミカを責め立てるような口調のヴィシュヌに、しかし即座に中道が反論する。
「そもそも、ミカの主目的は元の世界に帰る事だぞ? 人助けはそのついででしかない。そう、これまでのミカの人助けはあくまで困っている人は放っておけない…というミカの性分によるものだ。それを続けて続けて今の求心力を得るに至ったんだ。お前らも、そんなに崇めて欲しいのなら天上でしたり顔してないで、地上を這いまわって人助けでもしたらどうだ?」
「神を敬い、法と秩序を守れば助けを乞う必要など無くなるというのに…。何と哀れな…」
憮然とした表情で反論を続ける中道。対して、ヴィシュヌは言葉通りに憐れみの視線を送ってくる。
「もういいよ! とにかく、これ以上ここにいる人たちを迫害するつもりなら容赦しないよ! あと、私の私怨もふんだんに入っているから、ちょっとやり過ぎちゃうかもしれないけど、諦めてね!」
これ以上は会話無用! とばかりに大声を上げると共に、ミカは改めて銃を構えなおした。