「13号、避難開始! 学校に電話を試みろ! センサーの対策もしている敵だ、電波系の個性が妨害している可能性もある。上鳴、お前も個性で連絡を試せ!」
「っ、はい!!」
本物のヴィランの襲撃。
相澤先生は指示を飛ばすと、自身のゴーグルを装着し、首に巻かれた捕縛布を構えた。自らは単身で階段を下り、広場のヴィランの群れへ向かうつもりだ。
「先生、一人で戦うんですか!?」
緑谷がたまらず声を上げた。
「あの数はいくらなんでも……! 先生の個性を消す戦闘スタイルは、不意打ちからの短期決戦でこそ活きるのに、真正面からの集団戦には向いてない!」
緑谷の悲痛な叫びに、相澤先生は足を止めず、首越しに振り返った。
「一芸だけじゃヒーローは務まらん。……任せたぞ、13号」
そう言い残し、相澤先生は無数の敵が待ち受ける広場へと一人、単身で飛び降りていった。
生徒たちを逃がすための、決死の殿。
その背中を見届け、俺たちも急いで出口へ向かって走り出そうとした、その時だ。
「させませんよ」
俺たちの目の前の空間がドロリと歪み、先ほど広場に現れた黒いモヤが、退路を塞ぐように立ち塞がった。
「初めまして。我々はヴィラン連合。本日は平和の象徴オールマイトが、このUSJにいると聞き、息の根を止めに来たのですが……予定が狂った」
(オールマイトの……息の根を止める!?)
黒いモヤの言葉に、俺の背筋が凍りついた。
あの無敵のトップヒーローを殺す? そんなこと、常識で考えれば不可能だ。だが、わざわざ雄英の厳重なセキュリティを突破してまで多数の戦力を送り込んできたこいつらは、間違いなく本気だ。本気でオールマイトを殺せる“何か”を用意しているというのか。
「その前に、俺たちにやられるとは考えなかったか!?」
「死ねェッ!!」
黒いモヤが慇懃無礼な口上を述べている最中、切島と爆豪が瞬時に飛び出した。
切島の硬化した鋭い拳と、爆豪の掌から放たれた強烈な爆破が、敵の顔面めがけて容赦なく叩き込まれる。
そして、凄まじい爆炎と衝撃波がモヤを飲み込み、周囲に煙が立ち込めた。
「やったか!?」
「……いや、待て!」
だが、煙が晴れた後に見えた光景に、爆豪と切島が驚愕に目を見開いた。
無傷だ。それどころか、爆炎も打撃も全てがモヤの体をすり抜け、ダメージが全く効いていない。
(ウソだろ……!? 爆豪のあの至近距離からの爆破をまともに食らって、傷一つないなんて……。打撃も爆炎もすり抜ける、実体のない個性なのか!? いや、強すぎだろ!!)
底知れない敵の能力に俺が戦慄した直後。
「危ないですね。そう、あなた達は生徒とはいえ、優秀な金の卵……」
モヤが爆発的に膨張し、俺たち生徒を逃げ場のないドーム状に包み込んでいく。
「まあいい。私の役目は、あなた達生徒を、散らして、嬲り殺すこと……!」
「ッ……! ホムラ、手を離すな!」
俺は咄嗟にホムラの細い腕を強く引き寄せ、抱き留めるようにした。
直後、空間が歪み、重力が反転したかのような強烈な浮遊感に襲われる。
「玲空ッ──!」
視界が真っ黒に染まり、次に目を開けた瞬間。
俺とホムラは、空中に放り出されていた。
「うおぉっ!?」
「下、水です!!」
ザパーーンッ!!
盛大な水しぶきと共に、俺たちはUSJ内の『水難ゾーン』にある巨大な湖へと叩き落とされた。
冷たい水中で体勢を立て直そうとしたその時、水底からサメのような顎を持った水棲のヴィランが、俺の足を狙って猛スピードで突進してくるのが見えた。
(マズい、水の中じゃ剣が振れない──!)
そう覚悟した瞬間、頭上からカエルのようなしなやかな影が飛び込んできた。
梅雨ちゃんだ。
彼女は水中でヴィランの顔面に強烈な蹴りをお見舞いすると、その長い舌で俺とホムラの腰を巻きつけ、さらに近くでもがいていた緑谷と峰田を両脇に抱え、水上に浮かぶボートの上へと勢いよく放り投げてくれた。
「ゲホッ、ゴホッ! 助かった、ありがとう梅雨ちゃん……!」
「ケロ。無事でよかったわ」
甲板に倒れ込み、激しくむせる俺の背中を、ホムラが優しく撫でてくれる。
「大丈夫ですか、玲空……?」
「ああ、大丈──ぶッ!?」
俺は、隣にいるホムラの姿を見て言葉を失う。
全身ずぶ濡れになったホムラのタイトなスーツは、彼女の豊満すぎるプロポーションにピッタリと張り付き、目のやり場に困るほどの扇情的なシルエットを形作っていた。
(だ、ダメだ! 今はシリアスな命懸けの状況だぞ俺! 煩悩を振り払え!!)
俺が必死に理性を総動員している中、峰田は半狂乱になって甲板を駆け回っていた。
「うわああああん! なんでこんなことに! オイラまだおっぱいも揉んでないのに殺されるぅうう!! ──って、おおおおおおッ!?」
突如、パニックを起こしていたはずの峰田の動きがピタリと止まり、その両目がカッと見開かれた。視線の先には、当然、ずぶ濡れで扇情的なシルエットを晒すホムラがいる。
「神様ありがとう!! 人生最後にオイラの目の前に、水も滴る爆乳の女神様がッ!! 西里ィ! どうせ死ぬならオイラにも一度だけその胸にダイブさせろォォ!!」
涙とヨダレを撒き散らしながら、魚雷のような勢いでホムラの胸元へダイブしてくる峰田。俺は咄嗟に大剣の柄で峰田の頭のモギモギをガシッと押さえつけ、空中で強引に制止した。
「させるかバカ! お前、状況と空気を読め! あとホムラに近づくな!」
「ケロ。峰田ちゃん、次変なことしたら水に落とすわよ」
梅雨ちゃんの冷ややかな視線と俺の物理的なブロックで暴れる峰田を抑え込む。
ふと、背後にいるホムラがほんの少しだけ頬を染めていることに気づいた。
「……ホムラ?」
「れ、玲空も……今は集中しましょう、ね……?」
(あ。俺もホムラに興奮してるのバレてた)
「……うす。誠に申し訳ございません」
ホムラのジト目とたしなめるような声に、俺は自身の頬を両手でパンッと叩き、強制的に意識を切り替えた。
「みんな、見て! 水中にあんなにたくさんのヴィランが潜んでる……!」
船のヘリから身を乗り出して水面を観察していた緑谷が、切羽詰まった声で指を差した。
緑谷の指差す先を見ると、ボートを取り囲むように、半魚人や水棲の異形型ヴィランたちがうようよと泳ぎ回っていた。しかし、彼らはすぐには船に乗り込んでこようとはしない。
「……あいつら、なんで一斉に襲ってこないんだ?」
「たぶん、僕たちの個性がわからないからだよ」
緑谷が真剣な表情で自身の考察を口にする。
「向こうは僕たちを水難ゾーンに飛ばした。つ、梅雨ちゃんみたいな水中で戦える個性を持つ相手を、わざわざ水辺に落とすなんておかしい……。それに、西里くんとホムラさんも一緒だ。ということは、敵は僕たちの個性を把握していない状態で、近くにいた人同士を適当にゾーンへ振り分けたんだと思う」
(確かに、緑谷の言う通りだ。もし敵が俺たちの個性を把握していたら、真っ先に俺とホムラを分断して別々のゾーンへ飛ばしていたはずだ。あの黒いモヤに包まれる瞬間、咄嗟にホムラを抱き寄せておいて本当に良かった……)
隣で俺の背中に身を寄せるホムラの温かい体温を感じながら、俺は密かに安堵の息を吐き出した。
「緑谷の推測は当たってるだろうな。だから、うかつに手を出さず様子見してるってわけか。……だが、悠長に構えてる時間はないみたいだぞ」
俺が言い終えるかどうかのタイミングで、船体が大きく揺れた。水中のヴィランの一人が、水流を操って船底に強烈な一撃を加えたのだ。
ミシミシと嫌な音を立て、船体が真っ二つに割れ始める。
「ヒィィィッ!? 沈む沈む沈む!!」
「パニックにならないで峰田ちゃん。緑谷ちゃん、何か案はある?」
「……うん。皆の個性と、敵の思い込みを利用すれば、一撃でこの状況を抜け出せるかもしれない」
緑谷はそう言うと、俺たち全員の顔を順に見回した。
「西里くんの個性は、ホムラさんと一緒に炎や剣を操ることだよね? 梅雨ちゃんはカエルのような跳躍力と舌。僕は……超パワーだけど、使うと怪我をしてしまうから、切り札にしかならない」
「オイラの個性は『もぎもぎ』! 頭のボールを投げてくっつけるんだ。……まぁ、こんな状況じゃ何の役にも立たねェけどな!」
自暴自棄に頭のもぎもぎを毟り取って甲板に叩きつける峰田。しかし、それを見た緑谷の目に光が宿った。
「それだ! 峰田くんの個性、すごく役に立つよ!」
「えっ……? マジで!?」
緑谷は早口で俺たちに作戦を説明し始めた。水中の敵を一点に集め、梅雨ちゃんと俺たちの力で一気にボートから脱出するという、無茶苦茶だが理にかなった作戦。
「……なるほどな。敵が水流を操るなら、それを逆手に取るってわけか」
俺はニヤリと笑い、虚空から聖杯の剣を顕現させた。
「ホムラ、いけるか?」
「はい! いつでもいけます!」
「よし……! いくぞ、みんな!」
船体が真っ二つに割れ、完全に水没する寸前。
緑谷が大きく息を吸い込み、右腕にフルパワーを込めて海面へと飛び降りた。
「デラウェア──スマァァァァッシュ!!!」
緑谷が水面にデコピンで指を弾き入れた瞬間、凄まじい衝撃波が巻き起こり、湖の水がすり鉢状に大きく抉り取られた。
「な、なんだぁッ!?」
「水が……吸い寄せられる!」
水中のヴィランたちが、すり鉢状の渦の中心へと次々に巻き込まれ、身動きが取れなくなっていく。
「今だ峰田!!」
「食らえェェェ!!」
峰田が泣き叫びながら、頭のボールを無数にもぎ取って渦の中へ投げ入れた。粘着力のあるボールは、密集したヴィランたちを数珠繋ぎにくっつけ、一つの巨大な塊にしていく。
「梅雨ちゃん、跳んでくれ!!」
「ケーローッ!」
梅雨ちゃんが長い舌で緑谷と峰田の腰を巻きつけ、カエルの強靭な脚力で沈みゆく船から空中へと大きく跳躍する。
それに合わせ、俺もホムラの細い腰を抱き寄せ、力強く甲板を蹴り上げた。
「ホムラ、最大出力でぶっ放すぞ!!」
「はいッ!!」
空中に飛び出した直後。俺は背後の水面──ヴィランたちが密集する渦の中心へ向けて、大剣を大きく振りかぶった。ホムラから流れ込んでくる莫大なエーテルが刀身に集中し、紅蓮の炎が渦を巻く。
「はああぁッ!!」
渾身の力で振り下ろされた大剣から、巨大な炎が後方へと放たれる。
着弾した超高温の炎は、湖面の水を一瞬にして沸騰させ、凄まじい水蒸気爆発を引き起こした。その強烈な爆風の反動が、空中にいる俺たちを浅瀬へと向かう砲弾のように加速させる。
「うおおおおッ!!」
爆炎の推進力と、梅雨ちゃんの跳躍力。
二つの力が合わさり、俺たちは広範囲に広がる分厚い水蒸気の壁を背にしながら、水難ゾーンの浅瀬へと吹っ飛んでいった。
「っとぉ……!」
俺はホムラを腕に抱えたまま、彼女から供給されるエーテルで脚力を極限まで強化し、浅瀬の底を両足で力強く捉えた。水底の砂利を抉るように数メートルほど滑走し、強引に勢いを殺し切って停止した。
一方、梅雨ちゃんも持ち前のカエルのようなしなやかな脚力を活かし、浅瀬の水面を軽く蹴って衝撃を逃がすと、舌で巻いていた緑谷と峰田を安全に地面へと降ろした。
「……やった! 抜け出せたぞ!」
着地と同時に、緑谷が歓声を上げる。
振り返ると、もうもうと立ち込める白い蒸気の向こう側で、巨大なボールの塊にくっつき合ったヴィランたちが、熱湯と化した水面で熱さに呻きながらプカプカと浮いていた。
「す、すげぇ……。オイラの個性が役に立った……」
峰田が震える声で感動に浸る中、俺はホムラからそっと手を離し、大きく息を吐き出した。
「緑谷の機転に助けられたな。それに、梅雨ちゃんと峰田も、ナイス連携だった」
「西里ちゃんとホムラちゃんの炎も、すごい威力だったわ」
お互いの健闘を称え合う俺たち。
だが、安堵の時間は一瞬で終わりを告げた。
「玲空、あれ……!」
「相澤先生……!」
ホムラの視線の先、中央広場では、相澤先生がたった一人で、無数のヴィランたちを相手に立ち回っていた。
捕縛布を縦横無尽に操り、個性を消し、体術で次々と敵を無力化していく。その動きは研ぎ澄まされ、隙がない。
「すげぇ……あの数相手に、単独で圧倒してる」
「でも……おかしいです」
ホムラが、鋭い視線で広場の中央──無数の手首をつけた男を睨みつけた。
「あのリーダー格の男性……これだけ仲間がやられているのに、焦りが全くありません」
ホムラの言う通りだった。
相澤先生のゴーグルの奥の目は、確実に血走り、疲労の色を濃くしている。瞬きの回数が増え、動きにわずかな遅れが生じ始めていた。
「……24秒」
不気味な呟きと共に、手だらけの男が動いた。
速い。
これまで後方に控えていた男が、相澤先生の死角へ一瞬で肉薄する。
相澤先生が捕縛布を放ち、男にエルボーを叩き込もうと踏み込んだ。
その瞬間。
相澤先生の髪が、フッと下へ落ちた。
「──ボロボロだなぁ、イレイザーヘッド」
男の手が、相澤先生の放った右肘を、五本の指でガッチリと掴んでいた。
「な……ッ!?」
直後、相澤先生の肘の皮膚が、肉が、ボロボロとひび割れ、崩壊していく。
広場に、相澤先生の痛ましい叫び声が響き渡った。
「それとヒーロー。本命は──俺じゃない」
その言葉と同時。相澤先生の背後に、いつの間にか“それ”が立っていた。
筋骨隆々の異形。脳髄が剥き出しになった黒い化け物。
「脳無」
バキィィィィッ!!
鈍い破砕音が、広場に響き渡った。
『脳無』と呼ばれた化け物が、相澤先生の腕を易々とへし折り、そのまま頭を地面に叩きつけたのだ。
「あ、相澤先生ぇぇぇッ!!」
緑谷が絶叫する。
俺も、全身の血が凍りつくような錯覚に陥った。
(ウソだろ……!? 相澤先生はあのバケモノへ向けて、咄嗟に『抹消』の個性を発動させてた……つまり、あいつはただ、純粋な“暴力”のステータスだけで、先生を圧倒してるんだ……!)
プロヒーローの中でもトップクラスの体術を持つはずの相澤先生が、まるで赤子のように蹂躙されている。
その異常なまでのパワーとスピード。そして、悪意を煮詰めたような異形すぎる姿を見た瞬間、俺の脳裏に、先ほどのモヤのヴィランの言葉がフラッシュバックした。
『オールマイトの息の根を止めに来た』
点と点が繋がり、最悪の答えが導き出される。
(間違いない……! アイツだ。あの黒い化け物こそが……ヴィランが用意した、オールマイトを殺すための『切り札』なんだ……!)
あれは、次元が違う。俺たち生徒がどうにかできるような相手じゃない。
相澤先生がピタリとも動かなくなると同時に、空間に黒紫のモヤが広がり、やがて人の姿を形作る。
「……死柄木弔」
「黒霧。13号は殺せたか?」
手だらけの男──死柄木が、空間から現れた靄のヴィラン──黒霧に問いかける。
「行動不能には。……ですが、散らし損ねた生徒を一人、逃してしまいました」
「……は?」
死柄木と呼ばれた男の動きが止まった。
彼はゆっくりと首を掻きむしり始め、そのスピードと力は次第に狂気を帯びていく。
「逃がした……? おい。何やってる、黒霧……! お前の個性が『ワープゲート』じゃなかったら、今ここでお前を粉々にしてたぞ……!」
死柄木は苛立たしげに自身の首をガリガリと掻き毟り始めた。
その皮膚が赤く剥け、血が滲む。
「ああ……ダメだ。数十人のプロが押し寄せてくる。……ゲームオーバーだ。ああ、帰ろうか、黒霧」
(帰る……? 助かるのか……?)
緑谷や峰田が、信じられないものを見るように息を呑む。俺もホムラを庇うように前に立ちながら、全身の強張りが少しだけ解けそうになった、その時だった。
「その前に。平和の象徴のプライドを……少しでもへし折って帰ろう」
死柄木の姿がブレた。
常人には目で追えないほどの異常なスピードで、水難ゾーンの浅瀬にいた俺たちの目の前へと一瞬にして跳躍してきたのだ。
「ッ!?」
死柄木の手が、最も手前にいた梅雨ちゃんの顔面へと真っ直ぐに伸びる。
俺もホムラも、間に合わない。
その手が梅雨ちゃんに触れる──その時だった。
シュガァァァンッ!!
鋭い風切り音と共に、円月輪のような形をした二つの刃が飛来し、梅雨ちゃんへ伸びていた死柄木の腕を浅く切り裂いた。
「チッ……!」
死柄木が舌打ちをして後ろへ飛び退くと同時に、水飛沫を上げて巨大な白い獣が俺たちの前に立ちはだかる。
「皆さん、ご無事ですか!!」
「ビャッコ!?」
俺が驚きの声を上げる中、ビャッコに跨っていた少女が空中でブーメランのように戻ってきたツインリングを両手で受け止めた。
ニアだ。
「君たち……さっきの……!」
「ケロ……敵じゃ、ないの……?」
路地裏での出来事を知らない緑谷が、ヴィラン側から現れた突然の助っ人に目を白黒させている。梅雨ちゃんと峰田も、訳が分からないという顔だ。
「ニア……お前、なんで……」
(俺たちを助けるために、ヴィランを裏切ったのか……!?)
彼女たちはさっき、間違いなくヴィランの群れの中にいた。
仲間の裏切りという、信じられない光景に、死柄木は苛立たしげに彼女を睨みつけた。
「あァ……? 白い虎を連れた猫……お前、黒霧が連れてきた野良だろ。何やってんだよ、頭イカれてんのか……!」
底冷えするような死柄木の声。
だが、ニアは一歩も引かず、その金色の瞳で死柄木を真っ直ぐに睨み返した。
「イカれてんのはそっちだろ! 子供相手に!」
ニアの悲痛で、しかし芯のある怒鳴り声がUSJに響き渡る。
「アタシはただ……“シン”に繋がる手がかりが欲しかったから、アンタらに付き合ってただけだ! 罪もないヤツらを殺す手伝いなんて、絶対に御免だね! ──それに」
(シン……? 誰のことだ……?)
聞き慣れないその名前に俺が疑問を抱く中、ニアは俺たちの方をチラリと見やると、少しだけ柔らかく口角を上げた。
「アタシは、借りを返さないままにするのは性に合わなくてね」
「ニア……!」
「……チッ。これだから寄せ集めはダメなんだ。数を揃えるために適当に野良を混ぜるから、土壇場でこんなバグが出る……!」
ニアの決死の宣言を前に、死柄木は怒りを隠そうともせず、爪が食い込むほど猛烈に首をガリガリと掻き毟った。
「心底使えねぇ手駒だな……! なら、お前もここでゲームオーバーだ、クソ猫。……やれ、脳無」
その短い命令が下された瞬間。
広場の中央で相澤先生を蹂躙していた黒い化け物が、瞬きする間もなく俺たちの目の前へと跳躍してきた。
「ッ……! 危ない!! みんな下がって!!」
誰よりも早く反応したのは、緑谷だった。
そして、体力テストや屋内訓練の時に見せた、自らの体を壊すほどの規格外のパワーを右腕に込めた。
「スマァァァァッシュ!!」
緑谷の拳が、迫り来る脳無の腹部へと直撃した。
凄まじい風圧が巻き起こり、水難ゾーンの水面が大きく波打つ。
(腕が……折れてない!?)
緑谷自身もそれに気づいたらしく、自身の右腕を見て、一瞬だけ驚きと安堵の表情を浮かべた。どうやら初めて直接人(?)に対して個性を放ったことで、無意識のうちに威力のブレーキをかけてしまっていたらしい。
だが、安堵したのも束の間。砂埃が晴れた後に見えた光景に、俺たちは絶望的な戦慄を覚えた。
「効いて、ない……!?」
緑谷の顔が驚愕に染まる。ブレーキがかかっていたとはいえ、あれだけの風圧を生むパンチをまともに食らって、脳無は一歩たりとも後ろに下がっていなかった。全くの無傷だ。
「──ショック吸収」
死柄木が嘲笑うように告げる。
「コイツは『脳無』。オールマイトを殺すために造られた、“アンチ平和の象徴”。お前のその程度の打撃じゃ、コイツには傷一つ付けられない」
脳無の丸太のような太い腕が、無防備な緑谷へと振り上げられる。
「緑谷ちゃん!!」
誰もが最悪の結末を覚悟したその時。
俺とホムラを繋ぐキズナが、眩い光を放った。
「ホムラ!!」
「はいっ!!」
俺とホムラは同時に地を蹴り、緑谷と脳無の間に割って入った。そして、俺は刀身に炎が展開された聖杯の剣を、迷わずホムラへと向かって放り投げる。
「はぁぁぁぁぁッ!!」
空中で大剣を受け取ったホムラは、そのまま刀身を地面へ向ける。
物理的な打撃が吸収されるなら、全てを焼き尽くす炎をぶつけるまでだ。
「『プロミネンスリボルト』!!!」
刀身が地面に突き刺さると同時に、爆発が起きた。
「グギャァァァァッ!?」
打撃ではなく、超高温の炎とエーテルの奔流。ショック吸収の個性を持つ脳無であっても、その規格外の爆炎を完全に相殺することはできず、巨体が広場の端まで大きく吹き飛ばされた。
「はぁ!? 脳無を吹っ飛ばしただと!? おいおい、なんでガキの中に、んなチート個性が混じってんだよ……!」
苛立ちを露わにしながら首を掻きむしる死柄木。しかし、彼の淀んだ赤い瞳が、ホムラの胸元を捉えた瞬間。
ピタリと、首を掻く手が止まった。
ホムラの胸元で煌びやかに発光する、翠玉色の『コアクリスタル』。
それを見た死柄木の口角が、三日月のようにおぞましく吊り上がった。
補足
ニアがツインリング使ってますが、あれはビャッコのブレイド武器じゃないです。
それと、玲空と路地裏で会った際にツインリング(凶器)は所持していません。
USJ襲撃の際、虎を連れてて威圧感あるとはいえ、丸腰の女性なので、戦力になるよう黒霧が適当な武器を見繕いました。