『個性』という絶対的な基準で人間の価値が推し量られる超人社会。その残酷な世界の片隅で、当時まだ小学校低学年だった俺は、早々に自分の人生に絶望していた。
無個性。底辺。空っぽの器。
周りの同級生たちが次々と華々しい個性を発現させ、手のひらから火を出したり、ふわりと宙に浮いたりして「未来のヒーロー」を夢見て輝いていく中。俺だけが何の力も持たず、ただ無意味に息をしているだけの無価値な存在だった。
いじめの標的にすらならない。「お前は俺たちとは違う生き物だ」という無言の線引き。まるで、最初から世界に存在していない透明人間のような空虚な日々だった。
俺を産んだ両親の姿は知らない。家に帰っても、厳しいじっちゃんがいるだけだった。
今になって振り返れば、じっちゃんはこの時から俺の事を不器用ながらも深く愛してくれていたのだと分かる。だが、当時の俺は、ただひたすらに厳しい鍛錬を強いるじっちゃんの偏屈な態度に対して、「俺が無個性だから憎いんだ」「俺の事が嫌いなんだ」と捻くれて考えてしまっていた。
誰からも期待されない。誰からも愛されない。
「俺なんか、生きてる意味ないじゃんか……」
擦りむいて血が滲む膝を抱え、薄暗い公園の土管の中でひっそりと息を殺して泣くのが、俺の日常だった。
「お前、んなとこで何してんだ」
そんな俺を、砂と埃にまみれた土管の底から乱暴に引きずり出したのが、プロヒーロー『ヴァンダム』だった。
テレビの向こうで高らかに笑うオールマイトのような、華やかで完璧なトップヒーローではない。顔に大きなバッテンの傷を持ち、熊のように大きくて無骨な泥臭い男。派手な活躍を嫌い、地方の荒事や割に合わない汚れ仕事ばかりを引き受ける、野良犬のようなヒーローだった。
俺が無個性だと自嘲し、「僕には生きている価値がない」と俯きながら吐き捨てた時、彼は俺を一切哀れまなかった。同情の言葉をかけることもなく、ただゴツゴツとした巨大な手で俺の頭を乱暴にガシガシと撫で回し、鼻で笑い飛ばしたのだ。
「バカ言ってんじゃねえぞ、小僧。個性がねえから生きてる価値がねえ? んなもん、てめぇの中身まで空っぽだってことにはならねぇよ」
「でも……僕には何もない! 個性もないし、何の役にも立たない! だから、誰からも愛されないんだ……!」
「いいか、小僧。個性があるから偉いわけじゃねぇ。個性がねぇから無価値なわけでもねぇ。人間の価値を決めるのはそんなもんじゃねぇ……てめェの中にある“魂”だろうが」
「僕の中の、魂……?」
その時は、言葉の意味なんて分からなかった。
だけど、それまでの俺の短い人生で積んできたちっぽけな価値観を書き換える為のきっかけとなり胸に残り続けた。
それからの日々、俺は学校が終わると毎日のようにヴァンダムさんの後ろを追いかけた。
彼は「邪魔だ」と悪態をつきながらも、決して俺を追い払うことはなかった。
ヴァンダムさんの仕事は、テレビで見るような派手なヴィラン退治ばかりではなかった。酔っ払いの喧嘩の仲裁、迷子の捜索、時には崩れかけた家屋から荷物を運び出すようなただの力仕事まで。彼は相手が誰であろうと、どんな些細なSOSであろうと、自身の身を粉にして泥だらけになって働いていた。
『見とけ小僧。ヒーローってのはな、空から降りてくる救世主じゃねぇ。地べた這いずり回って、泥水すすってでも、誰かの今日を明日へ繋ぐ奴の事を言うんだ』
俺は彼の背中から、数え切れないほどのことを学んだ。
自分より強力な個性を持つヴィランを前にしても、民間人の前に立ち塞がって一歩も退かなかった背中。
全てが終わった後、「かすり傷だ」と笑いながら、俺と一緒に公園のベンチで半分こにして食べた、少し冷めた肉まんの味。
彼は言葉よりも、その傷だらけの背中で俺に“生き様”を叩き込んでくれた。どんなに格上の相手でも決して退かない意地。誰かを守るために傷つくことを恐れない覚悟。ヒーローとは、生まれ持った異能のスペックで決まるのではなく、自らの足でどう立ち、どう戦うかで決まるのだと。
そうして、彼の背中を毎日追いかけているうちに、ただ空っぽで冷たかった俺の胸の奥は、少しずつ、ジンジンとした確かな熱を帯びるようになっていった。
「ヴァンダムさん」と呼んでまとわりつく俺の頭を、彼がゴツゴツした大きな手で乱暴に撫でてくれる時間が、俺は何よりも好きだった。
両親の顔を知らず、普通の家族の温もりを知らなかった俺にとって、ヴァンダムさんと過ごす時間は、まるで本物の父親と一緒にいるような、くすぐったくて心地よいものだったんだ。
だが、その温かい日々は、唐突な絶望によって引き裂かれた。
──あの日。氷のように冷たい雨が降りしきる冬の街角。
突如として現れたのは、大剣を片手に持ち、異常な身体能力で暴れ回る漆黒の装甲を着たヴィランだった。街は瞬く間にパニックに陥り、瓦礫が崩れ落ちる。
ヴァンダムさんに会いに行っていた帰り道。偶然その場に居合わせてしまった俺は、恐怖で足がすくみ、逃げ遅れてしまった。
破壊衝動の赴くままに周囲を蹂躙していた男の、猛禽類のような瞳が、ただそこに突っ立っていた無力な俺を捉えた。
ヴィランは立ち尽くす俺と目が合うと、ひどく退屈そうな、ゴミでも見るかのような冷たい目を向け──鼻で笑った。
そして、容赦なく大剣を振り下ろす──
(あ、死ぬ──)
死を覚悟した瞬間。
「──ガキに手ェ出してんじゃねえぞ!!」
俺の視界を完全に覆い尽くしたのは、見慣れた背中だった。
大剣が振り下ろされる直前、ヴァンダムさんは咄嗟に太い腕を振り抜き、大剣の側面を殴りつけた。
だが、ヴィランの筋力と剣の重厚さは、ヴァンダムさんの迎撃を容易くねじ伏せ、その刃が、巨大な胴体を深々と斜めに切り裂いた。
ドクドクと、雨水に混じって赤黒い血がアスファルトに広がっていく。
「……チッ。邪魔なんだよ、ゴミが」
吐き捨てるように冷酷な声が頭上から降る。
だが、腹を深々と裂かれ、並の人間なら即死してもおかしくない致命傷を負いながらも、ヴァンダムさんは決して膝を折らなかった。
「誰が……ゴミだッ!!」
血反吐を吐きながら、ヴァンダムさんは両腕を力強く構えた。
その瞬間、彼の両拳の周囲に、凄まじい突風が渦を巻き始める。それこそが、拳に風を纏わせる、彼の個性『風拳』。
「オオオオオォォォッ!!」
死を覚悟した男の、文字通り命を燃やした最後の一撃。
ヴィランが鬱陶しそうに大剣を振るうよりも早く、風を纏った拳が、ヴィランの胸の中央へ、凄まじい威力で叩き込まれた。
ピキィィィンッ……!!
肉を打つ鈍い音ではなく、まるで分厚いガラスか、硬質な“鉱石”が砕けるような、甲高く不吉な音が響き渡る。
「ガァッ……!?」
想像を絶する衝撃に、ヴィランは目を見開き、後方へと下がり膝をついた。そして、信じられないものを見るように自身の胸元に手を当てる。
彼の胸の中心には、元々ヒビ割れていた黒紫色の結晶が埋め込まれており、ヴァンダムさんの一撃は、その結晶に、更に深い亀裂を刻み込んでいた。
「……この俺に、傷をつけやがったのか……?」
ヴィランは自身の胸の傷と、血まみれで膝をつくヴァンダムさんを交互に見やり、ひどく凶悪な笑みを浮かべた。
「ハッ。やるじゃねぇか、おっさん!」
再び飛びかかろうとしたその時、遠くからパトカーとプロヒーローたちのサイレンがけたたましく鳴り響き始めた。
ヴィランはピタリと動きを止め、忌々しそうに空を仰ぐ。
「……チッ。この気配、
男はひどく苛立ったように舌打ちをし、大剣を肩に担ぎ直した。
「運が良かったな、小僧。せいぜい、そいつの遺言でも聞いてやれや!」
男はこれ以上の戦闘は不都合だと判断したのか、俺たちに背を向けた。そして、異常な跳躍力で瓦礫を蹴り、雨の彼方へと瞬く間に姿を消していった。
「ヴァ、ヴァンダムさん……!!」
敵が消え去るのと同時に、ヴァンダムさんもまた、ドスリと重い音を立てて泥水の中に仰向けに倒れ込んだ。
俺は震える足で彼に駆け寄り、血まみれの巨体にすがりついて泣きじゃくった。
「なんで……っ、なんで俺なんかのために! 俺は無個性なんだ! 助けてもらったって、将来なんの役にも立たない、生きてる価値のないゴミなんだ!! いくらヒーローだからって、ヴァンダムさんが命を張る必要なんてないのに……!」
自分の命を投げ打ってまで、俺のような無力な子供を庇ってくれた。その事実が、当時の俺には恐ろしくて、胸が張り裂けそうだった。
だが、ヴァンダムさんは血の混じった口元をニッと笑わせ、いつものように、大きな手で俺の頭を強く、優しく撫でた。
「……だから、バカ言ってんじゃねえって、言ったろ……小僧」
荒い息を吐きながら、彼は俺の涙を拭うように言った。
「勘違いすんな。俺はな、仕事だから……“ヒーロー”だから、仕方なくお前を助けた訳じゃねぇ。無個性だとか、将来役に立つかとかも関係ねえ……。俺が『コイツを護りたい』と思ったから、俺の意志で護っただけだ」
「護りたい、から……?」
「ああ。個性の有無だの、世間の評価だの、他人の作った物差しなんてクソ喰らえだ。自分が何を護り、何のために命を懸けるか……それを決めるのは、いつだって自分自身の魂だ」
ヴァンダムさんの声が、次第に浅く、掠れていく。
撫でてくれる手の熱が失われていく。それでも、薄れゆく意識の中で、ヴァンダムさんは鋭く、けれどひどく優しい瞳で俺の目を真っ直ぐに見据えたのだ。
「お前も、いつか見つけな。てめェの魂が『これだ』って叫ぶものを」
「ヴァンダムさん、やだ、死なないで……っ! 俺を置いていかないで!」
「自分の命を安売りするな。自分の足で立て。お前自身の意思で、護りたいもんを絶対に護り抜け──」
俺の頭を撫でていた巨大な手が、力なく滑り落ち、水たまりに落ちた。
そして、雨だれの音に消え入りそうな、最後の声が響いた。
「──お前の“戦”を戦え、玲空……!!」
それが、不器用で、泥臭くて、誰よりもかっこよかった『俺のヒーロー』の最期の言葉だった。
***
……ッ!!
──冷たい雨の記憶が、意識の奥底へと溶けていく。俺の意識は、冷酷な現実のUSJへと引き戻された。
視界の先、広場の中央。
ホムラが、諦めたような足取りで死柄木の方へと歩み寄ろうとしている。
あんな哀しい顔で。俺たちを生かすために全てを諦めようとしている。
(……行かなきゃ。ホムラのとこへ……!)
勝算なんてない。分断され、力もろくに引き出せない無力な俺ができることなんて、何一つないのかもしれない。
でも。
(……勝てるかどうかなんて、関係ないんだ)
ヴァンダムさんは、絶対に勝てない相手を前にしても、自分の命を燃やして俺を護ってくれた。
勝算の有無なんて関係ない。自分が何を護り、何のために命を懸けるか……それを決めるのは、いつだって自分自身の魂だ。
(──だから俺は、俺の“戦”を戦う……!)
「ホムラァァァ!!」
俺は喉が裂けるほどの叫び声を上げ、鉛のように重たい聖杯の剣を右手に抱えたまま、日々の特訓で鍛えた生身の脚力に全てを懸けて地を蹴った。
「黒霧、脳無、あのうるさいガキをミンチにしろ。アッチから来てんだ。正当防衛だよなぁ、天の聖杯?」
「ッ!! 来ちゃダメ、玲空!」
叫ぶホムラの懇願を無視して、俺は近くにあった巨大なコンクリートの瓦礫へと全速力で走り込み、それを足場にして力強く蹴り上げた。
だが、立ち塞がるのは絶望的な戦力差だ。黒霧が即座にワープゲートを展開しようとモヤを広げ、さらに脳無が俺の行く手を阻むように巨大な拳を振り上げた。
「させないッ!!」
その絶望の壁をこじ開けたのは、緑谷だった。
「(このモヤのヴィラン……かっちゃんが奇襲した時、モヤ自体は物理攻撃をすり抜けるはずなのに、あの首元の金属パーツだけは爆風から庇うようにモヤで覆い隠そうとしていた……! 全ての動きの起点も、ここ……僕の考えが正しければ──これが、このヴィランの実体……!!)」
「くっ、貴様ッ……!」
緑谷は持ち前の観察眼と分析力で導き出した確信を胸に、己の恐怖を押し殺し、黒霧のモヤの中心──金属パーツめがけて、超パワーで足を犠牲に猛然と飛びかかったのだ。
「西里くん、ここは僕がッ!!」
「緑谷……!」
「行けェェ西里ィィッ!!」
同時に、泣き叫びながら峰田が無数の粘着ボールを投げつける。
そのボールが脳無の足元と関節に張り付き、巨体の動きを一瞬だけ鈍らせた。
「ケロ! 峰田ちゃん、ナイスよ!」
すかさず梅雨ちゃんが跳躍し、長い舌で巨大な瓦礫を巻き上げ、脳無の顔面へと叩きつけて視界を塞ぐ。
圧倒的な力を持つ化け物を前にして、彼らだって死ぬほど怖いはずだ。それでも、俺がホムラを助けに行くための道を、命懸けで切り拓いてくれた。
「峰田、梅雨ちゃん……! みんな……ありがとうッ!!」
俺は仲間の決死の援護に叫び返し、“左腕”を前に突き出す。それは、俺のヒーロースーツに仕込んでいた、分断された時、再び相棒の元へ辿り着くための命綱。
「『アンカーショット』ッ!!」
ガキンッ!!
金属音と共に射出された『アンカーショット』の鋭い爪が、街灯の鋼鉄の支柱に突き刺さった。
その瞬間、ガントレットに内蔵された超高速の巻き上げ機構が作動する。自らの脚力で生み出した跳躍の勢いと合わさり、俺の身体はまるで砲弾のように、空中を猛スピードでカッ飛んでいった。
「なっ……!?」
手駒である脳無と黒霧が足止めに入ったことで安心しきっていた死柄木が、予想外の軌道と速度で上空から肉薄してきた俺に気づいた。驚愕に目を見開いて戦闘体勢に入る。
──だが、遅い。
「お前らなんかに──」
俺は空中でアンカーのワイヤーを切り離し、地面を転がりながら、ホムラの前に立つ死柄木の元への滑り込んだ。
「ホムラは、渡さねぇよッ!」
そして、その勢いに合わせ、聖杯の剣を死柄木の身体へと力任せに叩きつける。
「がはッ!?」
その衝撃により、死柄木は数メートル先へと吹っ飛んだ。
「れ、く……? どうして──」
驚きに見開かれる、ホムラの瞳。俺は彼女の細い両肩を掴み、その赤い瞳を真っ直ぐに見据えて言う。
「ふざけんな! 俺たちを生かすためにお前が犠牲になるなんて、絶対にダメだ!!」
「でもっ、玲空! それじゃ、あなたが……みんなが……! 私は人間じゃない、ただの“個性”なんだから、私のことはいいから逃げて……っ!」
「ただの個性なんて言うな! お前は、俺に命をくれて、一緒に笑って、同じ痛みを背負ってくれる……俺の大切な『人』だ!!」
「玲空……っ」
「俺が不甲斐ないから……弱いから、あんな辛い決断をさせて……ごめん! だけど、どんな理由があろうとお前をヴィランになんか渡さない! 俺は、お前を『護る』って決めたんだ!」
「……!」
「だから、一人で勝手に犠牲になろうとするな!
俺の叫びに、ホムラが息を呑む。
その背後で立ち上がった死柄木は、苛立たしげに叫んだ。
「……チッ、もういい。交渉は決裂だ。脳無、さっさとそのガキを殺せ!」
峰田の投げた無数の粘着ボールで足元を固められ、梅雨ちゃんの投げた巨大な瓦礫で視界を塞がれていた脳無。だが、奴は己の足の皮ごと地面を力任せに引き剥がし、顔面の瓦礫を粉々に砕き散らして、凄まじい地鳴りと共に地を蹴る。
「ッ……!!」
そのまま、一瞬で眼前に迫ってきた脳無。その拳が振り下ろされる──その、刹那。
『……本当に、しょうがないんだから』
時間が極限まで引き伸ばされたかのような、精神世界。
脳内に響いたのは、ホムラと同じ声。だが、ホムラとは雰囲気がまるで違う、凛とした透き通るような声だった。
『このまま、ずっと眠っていようと思ってたのに。……君があまりにも無鉄砲な死にたがりで、あの子が泣いてるから』
(誰だ……? ホムラ、なのか……?)
『私の本当の力は強大すぎる。使えば、周りも、君自身をも焼き尽くしてしまうかもしれない。……それでも、その力を使ってでも生き延びたい? 私を……護りたい?』
試すような、けれどどこか恐れを抱いているような声。
だが、俺の心に迷いは一切なかった。
(ああ、護りたい! その力がどれだけ恐ろしくたって……俺は、お前を失うことのほうがよっぽど怖いから)
『……』
(お前の力が危ないものなら、俺がその手を握っててやる! お前の力を、誰かを救う為の力として使ってみせる! だから、俺を信じて……俺の『
『……ッ』
俺の心からの叫びに、未知なる声の主は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
そして彼女は、どこか吹っ切れたような、観念したようなため息をつく。
『……はぁ。やっぱり、どうしようもない馬鹿ね。……後悔しても知らないから』
──その瞬間。
ホムラの胸のコアクリスタルから、これまでの翠色の輝きが弾け飛び、太陽すらも霞むほどの閃光が爆発する。
俺たちの頭上に振り下ろされようとしていた脳無の剛腕が届くよりも速く、光の衝撃波が、突進してきていた脳無の巨体を真っ向から吹き飛ばした。
「あァ……? なんだよこの光……ッ」
死柄木は突如として吹き荒れた黄金の暴風に顔をしかめ、忌々しそうに腕で目を覆った。
「ッ!! 聖杯の剣が……!」
その奔流の中で、俺の右手に握られていた炎の大剣は一度粒子となって崩れ去り、全く新しい、神々しい光の刃を持った純白の大剣へと再構築された。
──そして、光が収まった時。
俺の傍にいたのは、ホムラではなかった。純白の衣装に身を包み、眩いほどに輝く金色の髪をなびかせた、見知らぬ美少女。
驚愕で声が出ない俺を見つめ返し、彼女は鮮やかな赤から黄金へと変わった瞳で、呆れたように言った。
「──君ねぇ。自分のことも守れないくせに、一丁前に『私を護る』だなんて。無鉄砲にも程があるわよ」
「ホム、ラ……?」
彼女のあまりの変貌ぶりに、俺は呆然と声をこぼした。
「私はホムラじゃない」
「えっ?」
「私はヒカリ。『天の聖杯』の本来の姿。……ホムラは、私が作り出したもう一つの人格」
その瞬間、俺の胸の奥に、かつてないほどの巨大なエネルギーの奔流が流れ込んできた。
熱い。全身の血管が焼き切れそうなほど、圧倒的な負荷。
「本来の、姿……」
「……そう。力が強大すぎるから、私は自分を封じる為に
ヒカリは黄金の瞳を少しだけ細め、俺を真っ直ぐに見つめ返した。
「君が、私の力を『救う力』として使うなんて、無謀な約束をするから。その覚悟に免じて、仕方なく起きてあげたのよ、玲空」
ホムラと違う、強気な口調。
だが、胸のコアを通じて、彼女が俺の無事を心底安堵している感情がじんわりと伝わってきていた。
ああ、なんだ。全然違う人みたいに見えたけど、中身はちゃんと繋がってるじゃないか。
ホムラが消えたわけじゃない。ホムラもヒカリも、同じ彼女だ。俺が護ると誓った大切な存在に変わりはない。
「そっか、ありがとう。……なら、改めてよろしくな、ヒカリ」
俺が笑うと、ヒカリは一瞬だけ毒気を抜かれたように目を丸くし、それからふっと柔らかく──ホムラと同じ、優しい微笑みを浮かべた。
「ええ、よろしく。私のドライバー」