「えーっと、ホムラ……さん。とりあえず、事情は分かった」
いやまあ飲み込めてはないけど! 普通に未だ混乱してるけど! でも、一旦落ち着くしかねぇ!!
「それで……何で俺は自分の部屋に? 俺、ヴィラン倒してからの記憶がないんだけど」
「ホムラで構いませんよ、玲空。私が家まで運びました」
「何で俺の家知ってんの!?」
「私は玲空の個性であり、一心同体。これまでの玲空の記憶は、私も保持しています。私が発現して以降の記憶は、共有されないみたいですけど……」
ああ、なるほど。だから、俺の名前も家も知ってんのね──って、
「──は???」
え、なんですか。つまり、俺があんなことやこんなことしてる記憶も保持してるってことですか???
「……ホムラ。1つ聞かせてくれ。君は、俺の今までの記憶、全てを持っているのか……?」
これは死活問題だ。返答によっちゃあ、俺の性癖全てがこの美少女に知られていることになる。
「……いえ、断片的にです。玲空の意識の中に、強烈に印象づいているものしか共有されていないみたいです。……えと、変なものは、見てないですよ……?」
……わりぃ。俺、死んだ。
「玲空! 帰っておるのか!」
バンッ! と勢いよく自室のふすまが開き、険しい顔をしたじっちゃんが姿を現した。
「じ、じっちゃん! 違うんだ、これはその……!」
「玲空よ。お主、いくら無個性でヒーローの夢が遠いからといって、現実逃避で変なクスリに手を出したか? それとも、ついに発情期をこじらせて誘拐犯罪に走ったか……」
「どっちも違うわ! 犯罪者扱いすんな!!」
じっちゃんはホムラを一瞥すると、深々とため息をついた。
「どう見てもカタギの格好ではないじゃろ。布面積がおかしい。破廉恥じゃ。全く、どこでこんな娘を拾ってき──」
「だーかーら! 話を聞いて! この子は、俺の『個性』なの!!」
俺は必死に弁明しつつ、胸に埋め込まれた緑色の結晶──コアクリスタルをじっちゃんに見せた。
そして、あのヴィランを吹き飛ばした時と同じように、強く念じ、呟く。
「来い……聖杯の剣!」
すると、俺のコアクリスタルが強く発光し、俺の右手に巨大な赤い大剣が実体化した。
それと同時に、ホムラと俺が青い光の帯で繋がれる。
「……ほう」
じっちゃんは目を細め、俺の剣と、ホムラの胸の結晶を交互に見比べた。
「あの『無個性』の診断を受けていたお主から、これほどのエネルギーを感じるとはな……。どうやら、本当に個性が発現したようじゃ。それにしても、随分と……目に毒な個性じゃのう」
「それは俺が一番思ってるよ……」
「ふふっ。セイリュウさん。これから玲空ともども、よろしくお願いいたします」
「……ふむ。セイリュウとな?」
「あっ、すいません。西里龍──なんだか、セイリュウさんと呼ぶのがしっくりきちゃったんです。おじい様とお呼びした方がいいですか?」
「いいや、よいよい。好きな呼び方で呼んでくれて構わん」
「ありがとうございます。では、セイリュウさんと。改めて、よろしくお願いいたします」
ホムラが丁寧にお辞儀をする。その度に胸元が大きく揺れ、俺は慌てて視線を天井に向けた。
「……西里くん、いる……?」
その時。玄関の方から、ノックと、おずおずとした声が聞こえた。
「葉隠ちゃん!?」
俺が急いで1階に降りると、そこには見えない身体を強張らせ、不安そうに立っている葉隠ちゃんがいた。俺の顔を見た瞬間、制服の袖が目元を拭うように動く。
「西里くん……! よかった、生きてたぁ……! わたし、西里くんが死んじゃうかと思って、怖くて……! 警察呼びに行って戻ってきたら、あのヴィランは黒焦げだし、西里くんはいないしで、もうパニックだったんだからっ!!」
「ごめん、心配かけた。俺ならこの通り、ピンピンしてるよ」
「うん、うん……! ほんとに良かった……って、えっ?」
泣きじゃくっていた葉隠ちゃんの声が、ピタリと止まった。
彼女の視線(見えないけど絶対にそっちを見ている)の先には、階段を降りてきたホムラの姿があった。
「あ、あの……西里くん。その後ろの、ものすごーくダイナマイトボディな女の人は……?」
「あー、えっと。この人は、俺の『個性』なんだ」
「初めまして、葉隠さん。ホムラと申します」
ホムラが優しく微笑みかける。
葉隠ちゃんはしばらくポカンとしていたようだが、やがて袖口でホムラを指差した。
「こ、個性が女の子!? しかも何そのスタイル!? ちょ、西里くん、あんた無意識でこんなお姉さんを望んでたの!? エッチ!!」
「違う! 誤解だ! 俺の性癖が具現化したわけじゃない(と、信じたい)!!」
ひとしきりドタバタと騒いだ後、葉隠ちゃんはホムラの手を嬉しそうに握った(正確には、ホムラの手が宙に浮いているように見える状態だが)。
「でも、すごいよ西里くん。これで雄英、絶対行けるね!」
「……ああ。やっと、スタートラインに立てた気がする」
「うん! 一緒にヒーローになろうね!」
見えない彼女の笑顔が、確かにそこにあるのが分かった。俺は強く頷き返した。
***
翌日、土曜日。
俺は道着に着替え、じっちゃんの家の裏庭(というより、ちょっとした山)にある修業場に立っていた。
いよいよ、自分の個性を把握するための特訓だ。
「よしホムラ、まずはこの能力のルールを教えてくれ」
「はい。まず、
ホムラが自分の頬をつねると、俺の頬にもつねられた感覚が走った。なるほど、これは分かりやすい弱点だ。
「次に、これを見てください」
ホムラが俺から離れていくと、二人を繋いでいた光の帯が細くなり、やがてプツンと切れた。
その瞬間。
「ぐっ、重っ……!?」
先ほどまで羽のように軽かった大剣が、突然、鉛の塊のように重くなった。腕の筋肉が悲鳴を上げる。
「私たちが離れすぎると、力の供給が絶たれてしまいます。戦う時は、常に私と歩調を合わせてくださいね」
「なるほど……。でも、それなら」
俺はじっちゃんとの特訓で鍛え抜かれた体幹に力を込め、重くなった大剣を「ふんっ!」と無理やり肩に担ぎ上げた。
「……ッ!? 玲空、エーテルの供給なしでその剣を!?」
「だてに毎日、じっちゃんの地獄の筋トレこなしてないからな。多少重くても、振り回すくらいはできるさ」
「ふぉっふぉっふぉ。ワシのシゴキが役に立ったようじゃの」
「すごい……! でも、エーテルの供給がなければ、私のあの炎の力は使えないので、実質『無個性』になってしまいます」
「ねえ、ホムラ。その、『エーテル』ってのは、何?」
俺の問いかけに、ホムラは自身の胸のコアクリスタルにそっと手を当てて説明を始めた。
「『エーテル』というのは、空気中に満ちている目に見えない自然エネルギーのことです。私のコアクリスタルは、一種の吸収炉のような役割を持っています。
大気中からそのエネルギーを吸収して、私の身体に走っているこの緑色の線──『エーテルライン』を通じて炎……の力に変換し、私と玲空を繋いでいる光の帯で玲空に供給しているんです」
「空気中のエネルギー……? 俺自身の体力とかじゃなくて?」
「はい。この世界の『個性』は、自身のカロリーや体力を消費して発動する仕組みが多いと聞きました。ですが、私の場合は、外から力を汲み上げています。だからこそ、あのヴィランを吹き飛ばした時のような、規格外の火力を生み出すことができるんです」
なるほど。だから無個性だった俺でも、あんなバカげた威力の炎を出せたのか。
この世界の常識で言えば、火を吹く個性なんて数え切れないほどあるが、そのほとんどは自分の体温や食べたもの、なんかを燃料にしている。大気中のエネルギーを無尽蔵に吸い上げて放つなんて、まさに規格外の力だ。
「ふぉっふぉっふぉ。武術で言うところの『気』を、外の自然から常に取り込み続けているようなものじゃな。恐ろしくも理にかなった個性じゃ」
じっちゃんが感心したように顎髭を撫でる。
だが、ホムラは少しだけ表情を引き締め、ピンと人差し指を立てた。
「ただし、良いことばかりではありません。エネルギーを取り込めるといっても、それを受け取って出力する玲空の身体が耐えられなければ、玲空自身が自壊してしまいます。それに──何よりも重要なのは、私と玲空を繋ぐこの『キズナ』です」
ホムラが俺と自分を繋いでいる、淡く光る青色の帯を指差した。
「エーテルの流れは、私たちの精神的なリンクに大きく左右されます。お互いを信じ、心が完全に一つになっていなければ、この光の帯は細くなり、どれだけ大気中にエーテルがあっても力を引き出せません」
ホムラが一歩、また一歩と俺に近づいてくる。
距離が縮まるにつれて、途切れかけていた光の帯が再び太く繋がり、俺の肩にのしかかっていた大剣の重さがフワリと消え去った。刀身に、心地よい温かさを持つ炎がチロチロと灯る。
「……なるほどな。力は外から借りるけど、それを扱うのは俺の身体で、力を引き出すのは俺たち二人の心次第ってことか」
「その通りです。だからこそ、私たちは誰よりも深く理解し合う必要がありますね」
「ああ! 行くぞホムラ。まずは雄英入試に向けて、二人で戦う連携とエーテルの感覚を体に叩き込む!」
「はい、玲空!」
ホムラが嬉しそうに微笑み、突然、俺の首に腕を回してギュッと抱きついてきた。
豊かな胸の暴力的な感触が腕と胸板に押し付けられ、エーテルラインが発光する健康的な太ももが密着してくる。
「ちょっ、ホムラ! 近い、近いから! 集中できないッ!!」
「ふぇ? ダメージ共有やキズナの繋がりを確認するためにも、日頃からのスキンシップは大事ですよ? もっとキズナを深めましょう?」
「だから、そういう無自覚なのが一番目に毒なんだよぉぉ!!」
俺の情けない叫び声が、裏山に響き渡った。
雄英高校の入試まで、あと数ヶ月。
俺がヒーローになるための、前途多難で、だけど少しエッチで最高な日々が、幕を開けた。