入試から一週間後。
俺の部屋に、雄英高校からの分厚い封筒が届いた。
中から出てきた小さな円盤状の機械から、ホログラムとして映し出されたのは、なんとNo.1ヒーローのオールマイトだった。
『私が、ホログラムで、来た!!』
「お、オールマイト!? なんで雄英からの通知に!?」
驚く俺とホムラの前で、ホログラムのオールマイトは俺の実技試験の成績を読み上げ始めた。
仮想ヴィランの撃破による『ヴィランポイント』が50点。そして、あの巨大な0Pヴィランから逃げ遅れた耳郎さんを助け出した行動が評価された『レスキューポイント』が60点。
合計110点という、ぶっちぎりトップの成績での合格だった。
『君の力は、そして自らの弱点を承知で他者を救う精神は、まさにヒーローの器だ! 来やれ、西里少年! ここが君の、ヒーローアカデミアだ!』
プツン、とホログラムが切れる。
俺はしばらく呆然としていたが、隣でホムラが俺の両手を取って、花が咲くような笑顔を見せた。
「やりましたね、玲空! 合格ですよ!」
「あ、ああ……! 俺、受かった!!」
その直後、スマホが震えた。画面には『葉隠透』の文字。
電話に出るなり、向こうから弾むような声が飛び込んできた。
『西里くん! わたし、受かったよ! ヒーロー科!!』
「マジか! 俺もさっき通知を見たところ。良かったな、葉隠ちゃん!」
『うんっ! でも、西里くんは、入試一位通過なんだよね、すごすぎ!!」
「ありがと。まあでも、俺にはホムラがいるからな」
チラリとホムラの方を見ると、ニッコリと微笑み返してくれる。
『むー……。ホムラさんがすごいのは知ってるけどさ。西里くん、最近はずっとホムラさんのことばっかりだよね。私と一緒に帰ってくれる事も少なくなったし……』
「え? まあ確かに、最近の放課後はずっとホムラと特訓だったしな」
『それは分かってるけど……じゃあさ、入学式の日、一緒に学校行こ! ホムラさんも一緒に!』
「ああ、もちろん!」
こうして、俺の雄英高校への入学が正式に決まったのだった。
***
葉隠side
西里くんとの通話を終わり、私はベッドに寝転がる。
「……はぁ。西里くんが雄英に受かって、嬉しいはずなのに、なんでこんなに胸が痛いんだろ……」
ずっと、無個性だった西里くんに、個性が発現して、あの雄英に一位で受かった。それは、本来喜ぶべき事であり、実際すごいと思う。
けど……
「もーっ! なんで西里くんの個性はホムラさんなの! あんなの勝てっこないよ!」
ホムラさん。数ヶ月前に西里くんが発現した個性から生まれた存在であり、その姿はもう個性というか人間。それも、『女』としての全てを持っている完璧な人。
スタイルは反則級だし、綺麗だし、おまけに料理もすごく上手いらしい。
「ホムラさんが現れてから、西里くん、ホムラさんのことばっかり……」
独り占めしたいなんて、ワガママなのは分かってる。西里くんが個性を得てヒーローに近づいたのは、本当に嬉しい。でも、やっぱり隣を歩くあの綺麗な姿を見ると、胸がチクチクするのだ。
私が、西里くんの事を気になりはじめたのは、中学生1年生の終わり頃のこと。
私が仲良くしていた女の子達との何気ない会話の中で、化粧品を買うためのお金が足りないという話題になった。
「でもさー。透の個性なら、お金盗むのとか簡単そうだよね〜」
「確かにー。絶対バレないんじゃない?」
「え……」
多分、相手も冗談のつもりだったんだと思う。けれど、私にとって、それは私の『個性』がヴィランに向いていると言われた様なもので、言葉を返せなくなってしまった。
その時。
「いや、葉隠さんはそんなことしないでしょ」
それは、まだ偶に話す程度の仲だった西里くん。彼はそのまま、2人に向かって言い放った。
「それに、葉隠さんの『個性』は、そんな事に使うためのものじゃない。人を救う、『ヒーロー』に向いた個性だよ」
「ぁ……」
西里くんは、いつもと変わらない真っ直ぐな目で、そう言ってくれた。
女の子たちは気まずそうに「あはは、冗談だよー」と誤魔化して去っていったけれど、私の心臓は、破裂しそうなほどバクバクと音を立てていた。
姿が見えないから、誰にも気づかれなかったと思う。だけどあの時、私の顔は絶対に、りんごみたいに真っ赤になっていた。
誰も見ていない、見えない私。そんな私の『個性』を、彼は「ヒーローに向いている」と、たった一言で肯定してくれたのだ。
無個性で、周りからからかわれても、絶対にヒーローになるんだって毎日ボロボロになるまで特訓していた西里くんの肯定は、誰の言葉よりも私の中に響いて残った。
「……うん。やっぱり私、負けないもん」
私はベッドの上で、見えない両手をギュッと握りしめた。
ホムラさんは綺麗で、スタイルも良くて、強くて完璧だけど。だけど、西里くんの優しさも、強さも、かっこ悪いくらい真っ直ぐなところも、私の方がずっと前から知ってるんだから。
「入学式から、いっぱいアピールするんだから! ずっと一緒にいたのは私なんだし……西里くんを絶対、振り向かせてみせる!」
私は勢いよく起き上がり、鏡の前で気合いを入れた。
***
そして迎えた、初登校の日の朝。
「おはようございます、玲空。ふふっ、雄英の制服、とっても似合ってますよ」
自室で、ホムラがニコニコと笑いながら俺のネクタイを直してくれている。
至近距離にある暴力的な胸の谷間から極力目を逸らしつつ、俺は深いため息をついた。
「ホムラ……お前、結局雄英にもその格好で行くのか?」
「はい。この服じゃないとエーテルの循環が落ちちゃいますから。それに、玲空も嫌じゃないって言ってくれましたよね?」
上目遣いで小首を傾げるホムラ。反則級の可愛さと色気、そして、力を100%で使うためという正論に、俺は何も言い返せなくなった。
家を出て、待ち合わせ場所の交差点に向かうと、すでに葉隠ちゃんが待っていた。見えない体が、真新しいブレザーをパタパタと揺らして手を振っている。
「あ、西里くん! ホムラさんも、おはよー!」
「おはよう、葉隠ちゃん。今日から、改めてよろしくな」
「おはようございます、葉隠さん」
挨拶を交わし、歩き始めた直後、葉隠ちゃんが急に俺の隣にピタリと寄り添ってきた。
「んしょっと」
「ちょっ、葉隠ちゃん!? なんかいつもより近い気がするんですけど!?」
姿は見えないけれど、ふわりとシャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐる。さらに、歩くたびに彼女の柔らかい肩や二の腕が俺の右腕に触れるほど、ぴったりと身を寄せてきているのだ。
「えへへ、高校生になった記念に、初スキンシップ! これからは、西里くんと一緒にいる時間、もっと増やしていくからね!」
「ふふっ。2人とも、仲が良いですね」
そんな俺と葉隠ちゃんの様子を、ホムラは背後で微笑み見守っている。
朝からとんでもない状況に、俺の理性がゴリゴリと削られていくのを感じながら、俺たち奇妙な三人組は雄英高校の門をくぐった。
ヒーロー科、1年A組。
「でかっ……なんだこのドア」
見上げるほど巨大な扉を開けると、教室内はすでに騒がしかった。
特に声が響いていたのは、机に足を乗せているツンツン頭の不良みたいなやつと、彼に真面目な顔で注意している眼鏡の男子生徒。
俺とホムラが教室に入った瞬間。
ピタッ、と。教室内の時間が止まったように、全員の視線が俺──というか、俺の後ろをついてくるホムラに釘付けになった。
「な、なんだあの超絶ダイナマイトエロティカルな美女はァァッ!?」
「おい、あの男の後ろにぴったりくっついてやがる! 爆発しろ!!」
ブドウみたいな頭の小柄な男子と、金髪で黒い稲妻模様の入った男子が、血走った目で俺を睨みつけてくる。
彼らに「この子は個性だから」と説明しても火に油を注ぐだけな気がする。
「きみ! 雄英の制服はどうしたのかね!」
眼鏡をかけた人物が腕をビシッと指しながら、詰めてくる。
「あー、悪い。この子はホムラ。俺の『個性』なんだ」
俺がそう言うと、ホムラは「よろしくお願いします」と、微笑む。その笑顔を見て、ブドウと金髪は床に倒れた。
「こ、個性……!? なるほど、意志を持つ個性というやつか……! すまない、失礼を言った!」
すると、入口でオドオドしていたもさもさの緑髪の男にも話かけられる。
「意志を持つ個性……すごい……! それに、こんなに人の姿と一緒の個性もあるなんて……! ねえ、食事や睡眠はどうしてるの? その服は個性のエネルギーで……ブツブツ……」
ブツブツと高速で呟きながら、どこから取り出したのか、ノートに猛烈な勢いで書き込み始める緑髪の男子。
「あ、あはは……。俺は西里玲空。よろしくな」
「ハッ! ご、ごめん! 僕は緑谷出久! よろしくね、西里くん!」
緑谷が慌てて頭を下げる。
「チッ……」
不意に、舌打ちが聞こえた。机に足を乗せていたツンツン頭の不良が、鋭い眼でこちらを睨んでいた。
「女の個性に頼ってヘラヘラしやがって。お守り連れてるからって調子乗ってんじゃねェぞ、モブが」
「お守りじゃないさ。俺とホムラは、二人で一つだからな」
俺が真っ直ぐに言い返すと、ホムラも隣で静かに微笑んで頷いた。
「ええ。私は玲空の剣であり、パートナーですから」
爆豪は気に食わなそうに鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
「……あ。西里、くん」
その時、教室の後ろの方から声をかけられた。
振り返ると、耳たぶからイヤホンジャックが伸びている少女が、少し気まずそうに、けれど頬を微かに染めて立っていた。
「あ、耳郎さん! 足の怪我はもう大丈夫なのか?」
「うん。リカバリーガールに治してもらったから。……その節は、ありがと。ウチ、あんたがいなかったら本気でペチャンコにされてたし」
彼女──耳郎響香は、指にイヤホンジャックをくるくると巻きつけながら、少し上目遣いで俺を見た。
「だから……これからよろしく。西里くん、それにホムラさんも」
「うん、よろしく!」
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね、耳郎さん」
ホムラがおしとやかに微笑むと、耳郎は「やっぱスタイルえぐっ……」と小さく呟いて視線を逸らした。
「むー……!」
不意に、俺のブレザーの袖がグイッと引っ張られた。見えない葉隠ちゃんが、少し拗ねたような声を出している。
「西里くん、入試の時にお姫様抱っことかしてないよね? 私の知らないところで女の子助けてるなんて、聞いてないよ!」
「お姫様抱っこなんてしてないって! たまたま瓦礫の下にいたから……」
個性豊かすぎるクラスメイトたち。
波乱の高校生活が始まる予感しかしない中──。
「お友達ごっこしたいなら、他所へ行け」
突如、教室の入り口から、ひどく低い声が這うように響いた。
振り返ると、黄色い寝袋に入った芋虫のような男が、床に転がっていた。
「ここはヒーロー科だ」
男はジッパーを下ろし、気怠げに寝袋から這い出てくる。ぼさぼさの黒髪に、無精髭。首には奇妙な布を巻いている。
「静かになるまで8秒かかった。時間は有限、お前たちは合理性に欠くね」
教室内が水を打ったように静まり返る。男は教壇に立つと、眠そうな目でクラス全員を見渡した。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
担任!? この人が!? クラス中が心の中でツッコミを入れたのが分かった。
「時間がもったいない。さっさとこの体操服に着替えてグラウンドに出ろ」
相澤先生は、どこから取り出したのか、青い体操服を無造作に取り出して見せた。
「今から、個性把握テストを行う」