熱い──それが最初に感じた感覚だった。
焼け付くような熱気。肺に入り込む、焦げ臭い空気。
ゆっくりと目を開けると、空が燃えていた。
反射的に起き上がった。視線は空へと向ける。
赤く、赤く、赤く、夜の暗闇を赤く染め上げる。
まるで巨大な炎が雲の裏側で燃え続けてるような、不気味な色。
無意識に腰に手を伸ばす。
拳銃、予備弾倉、短剣。全てある。
身体の確認──異常なし。
周囲を見渡す。
崩れたビル。
砕けた道路。
折れ曲がった街灯。
横転した車両。
空気は火災の影響で焦げ臭い。
見知らぬ街。見覚えのない街道。初めて見る文化形態。かつては賑わいを見せたであろう街並みの残骸がここにはあった。
災害現場とも戦場とも捉えることはできるかもしれない。たが、これは違う。
「不快だな」
軍服に身を包んだ白髪の男は眉を顰めながら呟き、最後の記憶を辿る。
思い出せない。
敵の襲撃か。
事故か。
拉致か、あるいは転移か。
自分でも馬鹿げた推測だ。だが現状、それしか説明がつかない。
これまでの記憶はある。だが、目覚める直前の記憶だけが曖昧だ。分かることはただ一つ。ここが危険だということだけ。
通信機は通じない。現在地は不明。孤立状態。身体、武装は無事だが、補給は見込みがない。情報が少ない上に不安要素が多すぎる。
「補給部隊を率いる長がこのザマとはな」
カタリ
音がした。反射的に振り返る。が、何もいない──いや、
視界の端。瓦礫の向こう。人影に似た
骨、人型の骸兵が立っていた。赤い眼光を灯しながら。
「…………」
驚きはない。似たような存在を数多く見てきた。
脅威度確認──低級。
お互い動きはない。ただ、静かに空気が流れる。
パチリ
周囲の火の一角が弾けたその時、骸兵が剣を振り上げた瞬間──乾いた音が響く。
銃声。
膝から崩れ落ちる骸兵。その頭蓋は穴が開き、地面に落ちた瞬間砕けた。骸兵の動きがない事を確認した後、構えていた拳銃を下ろす。
「……ロスト、ではないのか」
と同時に感じる視線。振り返ると新たな骸兵がいる。再び骸兵に向けて構える──が引き金を引けなかった。
倒壊したビルの影から。横転した車輌の中から。砕けたアスファルトに出来た穴から。取り囲むように周囲から湧き出てくる骸兵。
その数──百と十数
周囲を取り囲んだ骸兵が震える。1体、また1体と。破壊と火の海の中で木魂する骸兵から発せられる
「……少し多いな」
拳銃を構え直す。
残弾の確認。
周囲の遮蔽物の把握。
退路確認。
「退路なし」
なら、突破すればいい。
まるで魔窟に迷い込んだ状況にも関わらず、男は微塵も恐怖を感じていなかった。軍人らしく冷静に分析しているようにも見えるが、どこか
骸兵が一斉に襲いかかる。初弾、最も近い1体の頭部を破壊。次弾で2体目の膝を破壊。3体目、脊椎を撃ち抜く。
敵を倒すためでは無く、道を作るための射撃。戦場で生き残る者の思考。だが、敵が多過ぎた。倒しても倒しても敵が湧き出てくる。やがて接近を許す。
剣が振り下ろされる──回避。返しの肘打ちで体勢を崩し、踏み砕く。奪った剣で隣の骸兵を斬る。流れるような近接。
だが、終わりが見えない。周囲は敵だらけ。それでも男には焦りは見えない。
「指揮官個体は見当たらず、統率は低い」
孤立、残弾不足、退路なし──危機的状況。
独り言のように分析をする。
掴み掛かろうとする骸兵を蹴り倒し距離を取る。
「……ジリ貧だな」
通常なら、恐怖に飲まれる状況。だが、これは男にとっては何度も戦場で経験してきた。何度も死地に立った。置き去りにもされた。だからこそ、彼の中で既に恐怖は制御された感情だった。
骸兵の群れの中心で男は呟く。
「1人か……」
悲観ではない。
確認だった。
そして続ける──
「なら、加減はいらんな」
その一言で、男の纏う空気が変わり、空気までもが軋んだ。
男の吐く息が
周囲の
足元から
そして世界が震える──
男が詠うは祝詞。それは祈りであり、永久不滅を願った誓い。炎上する都市の一角を
赤く染め上げていた炎の熱を失い、一帯を
黒と白の世界、まるでそこだけ
割れたアスファルトには雪が、
崩れたビルに霜が、
横転した車両は凍りつき、
骸兵の群れは
静寂。ただ静寂だけが残る。炎上都市の僅かな一角に現れた雪原の中心で立つ男は、眼前の骸兵に手を伸ばす。
パキリ
その手が頭蓋に触れる瞬間、亀裂が入り砕ける。それが合図かの様に周囲の骸兵だったものも砕け始め、やがて全てが氷片へと変わり果てた。
月明かりに照らされたそれらは、幻想的な輝きを放つ。
触れることも、掴むこともなかった伸ばされた手を男は見つめていた。
何を考え、思っているのか、その表情からは何もわからない。
伸ばした手を戻し、男は周囲を見渡した。
「敵性存在沈黙──排除完了」
声色からは達成感や喜びの色が見えない。四面楚歌の状況を切り抜けたという安堵さえも。だが僅かに男の白い睫毛が僅かに伏せられた。
ほんの一瞬だけ伏せられた視線は空へと向かい、やがて燃える都市へと移る。そして雪原を背にし、男は歩み始めた。
「先ずはここが何処かを知るのが先か」
ここが何処なのか。何が起きているのか。敵は何なのか。味方は、生存者はいるのか。知らない事が多い、なら知ればいい。情報を集めればいいだけだ。この残骸と化した街から。幸か不幸か、まだ
炎上する都市冬木の中を進む、軍服に身を包む男。
風が白い外套を翻し、白銀の髪が揺らす。
周囲の熱気に反するように冷め切った表情のまま。
アイザック・ヴォルティス
この時の彼はまだ知らない。
その先で出会う事となる少年と少女が、人類最後のマスターとそのデミ・サーヴァントである事。
そして、自分自身もまた、人類史の命運を賭けた旅に関わることを──
「……また随分と妙なのが紛れ込んでんなぁ」
執筆は実に10年ぶり。
かつての書き方を忘れてしまった為に出来は悪いです。
暇つぶし感覚で呼んでください。
主人公は参加させて頂いたTwitter企画「黄昏のエルメリア」の中で創作された「とある帝国」に登場するオリジナルキャラクターです。
生みの親が言うのもアレですが、クソめんどくさい男です。
要介護レベルMAXの問題児。
どうぞよろしくお願いします。