ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話 作:二度見屋
アンティーク調の落ち着いた家具が並ぶ、街の裏通りにひっそりと佇む喫茶店『クローバー』
カランコロンとドアベルの心地よい音が鳴り響く店内には、焙煎された珈琲豆の香ばしい匂いが漂っていた。
カウンターの奥では、ショートヘアをすっきりとまとめた二十代半ばの女性――シズカが、サイフォン式のコーヒーメーカーを静かに見守っている。彼女の肩口には、淡い緑色の光の球体である『妖精』が、まるでブローチのようにチョコンと乗っていた。
店の扉にはCLOSEDの表示板がかけられ、他の客の姿は見えない。
「……で? 結局その怪物は倒せなかったのね、アキ」
テーブル席でストローを咥えながら、アイスティーの氷をカラカラと鳴らしたのはマリナだった。
透き通るような白い肌と、背中まで伸びた艶やかな黒髪。アキの幼馴染であり、氷の権能を操る魔法少女としてのバディでもある彼女は、向かいに座るアキをジト目で睨んだ。
「倒せなかったんじゃないわよ! 邪魔が入ったの!」
アキは身を乗り出して、テーブルをバンッと叩いた。
彼女の肩に浮かぶ光の球体――アキの妖精、イオも、「そうっす! アキは悪くないっす!」と激しく上下に明滅して同意する。
「邪魔って、あの『悪魔の親玉』の話?」
「そうよ! 真っ黒なワンピースを着た、八歳くらいの小さな女の子! 妖精の話じゃ、数十年に一度しか表舞台に姿を見せない謎の存在で、世界征服を目論んでるっていう……!」
アキが鼻息を荒くしてまくし立てると、マリナは冷静に溜息をついた。
「数十年に一度しか現れない謎の少女っていうのは、私も聞いたことがあるけど……世界征服を目論む幼女って、文字にするとかなり痛い設定よね。それに、その子が従えてたっていう怪物も理解不能。魔力も無いのに、炎の魔法を浴びせたら、肉体を変異させて熱を通さない白い装甲を作り出したって? 悪魔っていうより、SF映画のエイリアンじゃない」
マリナの指摘は極めて合理的だった。
絶望や恐怖を糧とする「悪魔」は、通常であれば虫や爬虫類といった、人間の忌み嫌う対象の姿をとり、その姿を変えたりなどはしない。
戦闘中に適応を重ねて肉体構造を変化させるなどという事象は、これまでの魔法少女の歴史においても前例がない。
「でも、事実なのよ! それに私、考えたんだけど……」
アキは声を潜め、シズカとマリナに顔を近づけた。
「あのカグヤって名乗った女の子、もしかしたら悪魔じゃなくて、魔法少女なんじゃないかって。何かの理由で正義の心を失って、悪い力に染まった闇堕ちした魔法少女で、悪魔の親玉を名乗ってるとか……!」
アキなりの推理だったが、それを聞いたマリナは呆れたように肩をすくめた。
そして、カウンターから二つのコーヒーカップをお盆に乗せて運んできたシズカが、優しく微笑みながら口を開いた。
「それはありえないよ、アキちゃん」
シズカは二人の前にコーヒーを置くと、そのままテーブルの横に立ち、諭すように言った。
「悪魔の真似事をする魔法少女なんて、原理上存在できない。アキちゃんたちも知っているでしょ? 妖精が私たちに力を与えられるのは、私たちと妖精の精神構造が似通っているから」
シズカは自身の肩にいる緑色の妖精をそっと指先で撫でた。
「妖精たちは思春期の女性と非常に似通った精神構造をしている。妖精たちと魂を分かち合えるのはその年頃の女の子だけなんだ。……だから、思春期を終えて、大人に近づくと、妖精の魂との適合率は自然と下がっていく。そしていずれ、完全に魔法の力を失ってただの一般人に戻る。私みたいにね。……男性の魔法少女がいないのもそれが理由だよ」
シズカは、かつて『風』の権能を操る元魔法少女――OGであった。
魔法少女が魔力を失った後も、魂を分け合った妖精は生涯その女性の元で暮らすことが多い。アキとマリナは、シズカの傍にいる妖精の姿を偶然見かけて、彼女が魔法少女の先達であることを知ったのだ。
大人の余裕と包容力を持つ彼女は、今や二人の良き相談役だった。
「だからね、アキちゃん。そのカグヤという子が人間の魔法少女である可能性はゼロなんだ。仮に悪い事をしようと考える魔法少女がいたとしても、その子は妖精の純粋無垢な心とは共鳴できなくなっていくし、何より魔法少女は、感謝や希望と言った『正の感情』を将来的にどれだけ産み出せるかで魔力量の多寡が決まる。……闇堕ちした魔法少女なんてものが仮に存在したとしても、すぐにその力を失っているはずだよ」
シズカの言葉に、マリナの妖精、レミも「シズカの言う通りですよ。悪の魔法少女なんて、魔法少女アニメの観すぎです」と同意した。
「うっ……そ、そうよね。理屈で考えれば……」
痛いところを突かれ、アキはぐぬぬと言葉に詰まった。
「となると、やっぱり結論は一つね」
マリナがアイスティーのグラスを置き、真剣な表情へと切り替わった。
「そのカグヤっていうのは、人間の幼女の姿を持つ高度な知性のある上位の悪魔。そして、炎に適応した謎の怪物は、そいつが生み出した新種の手下。目的は不明だけど、街であんな破壊活動を起こした以上、放置はできないわ」
「ええ、絶対に許さない。私たちの街をめちゃくちゃにするなんて」
アキの瞳に、強い正義感の炎が宿る。
「とにかく、奴らの拠点を早期に発見することが最優先ね。そして、今度は単独で突っ走らないこと。相手が未知のバケモノなら、私の『氷』で動きを封じて、アキの『炎』で焼き尽くす。二人がかりなら確実に仕留められるわ」
マリナの提案に、アキは力強く頷いた。
「分かったわ。次に出てきた時は、絶対に二人でやりましょう」
アキがそう宣言した、その時だった。
喫茶店の外から、人々の悲鳴と怒号が響き渡ってきた。
ガチャン、と自転車が倒れる音や、慌てて逃げ惑う足音が窓越しに伝わってくる。
「な、何事っすか!?」
アキの妖精が慌てて飛び回る中、窓際に座っていたマリナが、怪訝な顔をして外の通りへと視線を向けた。
そして、彼女は手に持っていたストローをポトリと落とし、目を丸くして窓の向こうを指さした。
「……ねえ、アキ。あんたの言う、炎が効かなくなった謎の怪物って……アレのこと?」
「え? ……」
アキがマリナの視線の先を追う。
昼下がりの穏やかな商店街のど真ん中を。
硬質な白い骨の装甲に身を包んだ、身長二メートルほどの異形の巨人が、ズン……ズン……と、無機質な足取りで歩いていた。
逃げ惑う人々には一切目もくれず、ただ真っ直ぐに、何かを探すように商店街を闊歩している。その手にはなぜか、何かのパンフレットと思われる紙切れが大事そうに握られていた。
「ええ、そうよ。まさにあんな感じの……」
アキは無意識に頷きかけ、そして、その光景のあまりの異常さに総毛立った。
「って!! 本当にあの怪物じゃない!! なんでこんな昼間から堂々と歩いてるのよ!!」
アキは椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。
「行くわよ、マリナ! ちょうどいいわ、ここで決着をつけてやる!!」
「ちょっとアキ、待ちなさいってば! まずは状況を確認してから動きなさい!」
「イオとレミをお願いシズカさん!」と叫びながら、アキは凄まじい勢いで喫茶店のドアを開け放ち、妖精たちを店に残して、白昼堂々歩き回る理外の怪物へ向かって、慌ただしく店を飛び出していくのだった。
妖精は常に魔力をこの世界で生きるための生命維持のための魔法に割いており、戦闘能力は持たないため、悪魔との戦闘時に着いてきても何の役にも立たない。せいぜい背後の状況も教えてくれる程度。
そのため、ほとんどの魔法少女は妖精に対して戦闘時は隠れているように促すことが多い。だが、その要求に従う妖精は稀である。
生命維持のための魔法を切り、命懸けで魔法を使えば、戦えない訳では無いから。