ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話   作:二度見屋

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第11話

廃ビルが立ち並ぶ路地裏の地下深く。

 

光の届かない冷たい地面の中で、赤黒い巨大な肉の塊が、静かに、しかし力強く脈打っていた。

 

昨晩、絶対的な暴力を持つ少女・カグヤの要求に応えるため、自らの細胞を爆発的に増殖させ、巨大な「生きたスイートルーム」へと姿を変えた怪物の現在地である。

 

怪物は、自らの肉体で作り上げた部屋の中でカグヤが寝てしまうと、自重を支える労力を抑えるために、自身の肉体をそのまま地面の中へ潜り込ませたのだ。

 

巨大な部屋の床下からは、植物の直根系と菌類の菌糸ネットワークを掛け合わせたような無数の触手が、リソースとなる物質を求めて地中深くまで張り巡らされている。

 

地中の水分を吸い上げると同時に、触手の先端からは強力な有機酸が分泌され、地中の岩石を溶かしてリンやカリウム、各種ミネラルといった生命活動に必須の無機塩類を直接抽出し、血管網を通じて部屋全体へと供給している。

 

一方、地上の光が届く場所へは、瓦礫の隙間を縫うようにして、樹木の幹に似た太い円柱状の組織が数本、天に向かって伸ばされていた。

 

その先端からは薄く巨大な膜組織が広がり、表面には高密度に配置された光受容タンパク質――バクテリオクロロフィルや独自の葉緑体類似構造が、朝の太陽光を貪欲に吸収している。

 

光化学反応系によって得られた莫大なエネルギーは、気孔に似た微細なスリットから取り込んだ二酸化炭素と結合し、独自のカルビン・ベンソン回路(炭素固定サイクル)をフル稼働させて、無限に等しいグルコースを産生し続けていた。

 

さらに、自身の代謝によって出る、本来なら「排泄物」として不要になるはずのアンモニアなどすらも、土壌中に存在する亜硝酸菌や脱窒菌といった微小なバクテリアを捕食し、そのDNAを取り込んだことで、アンモニアを代謝して硝酸や窒素に分解し、自身のエネルギー源とする能力を完全に我が物としていた。

 

水、光、二酸化炭素、そして地中の無機物。

 

外部から何かを捕食せずとも、自身が植物のように振る舞うことで、この莫大な質量を維持し、代謝させることが可能になっていた。

 

そんな高度な生態系ピラミッドの具現とも言える、完璧な生命体の、その「部屋」の中央で。

 

「ふあぁ〜……。よく寝たのじゃ……」

 

純白の細い体毛で覆われた、極上のクッション性を持つ生体ベッドの上で、黒いワンピース姿の幼い少女が大きく伸びをした。

 

カグヤである。

 

彼女は目を擦りながら身を起こし、怪物のケラチン質でできた壁面をぼんやりと見渡した。

 

「うむ。寝心地は悪くなかったぞ。……じゃが、腹が減ったのう」

 

カグヤが腹をさすりながらベッドから飛び降りると、怪物の部屋全体がピクッとわずかに痙攣した。

 

怪物の知能を構成するニューロン・ネットワークに、緊張のパルスが走る。

 

内部の『絶対的脅威』が活動を開始した。現状維持では不十分であり、何らかの要求に応えなければ、再びあの理不尽な運動エネルギー(張り手)による破壊事象が引き起こされる可能性があるからだ。

 

カグヤは、肉のベッドから降りると、昨晩瓦礫の中から拾い上げ、部屋の中に適当に投げ捨てていたパンフレットを取ると、何かを探すようにパンフレットをめくり始めた。

 

「朝飯じゃ、朝飯。妾は朝から豪華なものが食いたいんじゃが……お、これなんかええのう」

 

カグヤは、天井に向かってパンフレットのあるページを広げてビシッと突きつけた。

 

「おい、お主! 見ておるんじゃろ! これじゃ、これを持ってこい!」

 

そこには、ディナーコースのデザートとして大きく印刷された『とろける窯出しプリン』の写真があった。

 

「ほれ! これを持ってこい! 妾は朝からこの甘くてプルプルしたやつが食いたいんじゃ!」

 

怪物の天井に配置された光受容細胞の集合体が、即座にパンフレットの画像のカグヤが指さしている部分を視認する。

 

怪物の神経網は、昨晩の経験に基づき考える。

 

昨晩もこの個体(カグヤ)は今と同じように「何らかの構造体の模写体(ホテルの部屋の写真)」を提示した。

 

そして、怪物が『自己の肉体を用いて、その模写体と同一の構造物をその場に構築する』という行動をとった結果、この個体は満足して行動を停止した。

 

ならば今回も、提示された視覚情報と同一の物体を、自らの肉体を用いて合成し、提供すればよい。

 

怪物は即座に、生化学的な合成プロセスに移行した。

 

地中の触手から吸い上げた無機塩類と、光合成で得た莫大なグルコースを再結合させ、細胞質内で特殊なアミノ酸の配列を組み上げる。

 

指定された物体の色と質感を再現するため、爪のようになめらかなケラチン質を生成して台形の形状を模倣させる。

 

さらに、上部の暗褐色の部分は、メラニン色素を合成して蓄積させることで焦げたような色合いを擬似的に再現した。

 

最後に、透明な容器を模倣するため、薄く強靭なフィブロインタンパク質を作り出してそれらを覆う。

 

ズズズ……。

 

天井の一部がうごめき、盛り上がり、やがて床にボトリと一つの物体を吐き出した。

 

ゴトリ。

 

食物とは思えないような硬質な音が響く。

 

それは、チラシの写真と寸分違わぬ形状をした「生体物質プリン」であった。

 

しかし、ケラチン質で構築されたその物体は、本来のプリンの柔らかさなど微塵も無く、硬質な輝きを放って光を反射している。

 

カグヤは床に転がった謎の何かと、チラシを交互に見比べた。

 

そして、無言でスゥッと息を吸い込むと。

 

 

「……こんなもんが食えるかァァァッ!!」

 

 

ドゴォォォォォォォンッ!!!

 

 

カグヤの小さな拳が、怪物(部屋)の壁面に叩き込まれた。

 

細胞結合を引きちぎる理不尽な運動エネルギーが壁を貫通し、衝撃波となって部屋全体を激しく揺さぶる。壁には巨大なクレーターのような亀裂が走り、大きな穴が空く。

 

怪物の神経網にエラーコードが叩き込まれる。

 

『不正解』

 

細胞群の損壊を伴うペナルティ。

 

なぜだ。前回と全く同じ論理プロセス(形状の模倣)を実行したにも関わらず、なぜ今回は破壊事象が発生したのか。

 

「アホかお主は!! そうじゃなくて同じものを持ってこいと言うておるのじゃ!」

 

カグヤは亀裂から吹き出す体液を器用に避けながら、パンフレットをバシバシと叩いて怒鳴った。

 

「自分の体で作れなんて一言も言うとらんじゃろ! 街へ行って店に行き、これと全く同じものを、買ってくるか奪ってくるかしてこいと言うとるんじゃ! 分かったらさっさと行ってこい!」

 

カグヤの怒号とペナルティの関連性を再解析する怪物の脳。

 

ようやく、怪物は一つの真理に到達した。

 

『この個体は、自己の肉体による模倣品を求めているのではない。外部環境に存在する、模写体のオリジナルとなる特定の物を回収し、ここに運搬することを要求していると思われる』

 

指示体系のアップデート。

 

模写体(写真)の提示」=「外部からの探索と回収、もしくはそれと同じ構造体の生成」

 

しかし、この命令を遂行するために、この部屋全体という巨大な質量を移動させることは極めて非効率と考えられる。

 

ならば、外部活動に特化した『回収用の端末』を構築すればよい。

 

怪物は即座に行動を開始した。

 

部屋の隅、床面のキチン質がベキベキと音を立てて割れ、そこから赤黒い筋肉の塊がドロドロとせり上がってくる。

 

それは、かつて怪物がカグヤに初めて遭遇した際にとっていた、身長二メートルほどの「直立二足歩行のヒューマノイド形態」への再構築だった。

 

 

しかし、その姿は以前のものとは大きく異なっていた。

 

 

カグヤの破壊エネルギーや魔法少女アキの炎に耐え抜いた経験、そして地中から得た虫などの小動物のDNAデータが、その肉体をより洗練されたものへと昇華させていたのだ。

 

全身の筋肉繊維は極限まで圧縮され、しなやかでありながら、その表面には、鋼鉄以上の強度を誇るセルロース繊維で皮膚が編み込まれている。

 

さらにその上から、昆虫の外骨格を模倣した、軽量かつ強靭なキチン質とリン酸カルシウムの複合装甲――まるで白い陶器のような質感のアーマーが、胸部、肩、四肢を滑らかに覆っていた。

 

最も大きな変化は、頭部である。

 

以前は顔がなく、感覚器が無造作に散らばっただけののっぺらぼうであったが、昆虫の「複眼」構造を採用して何万もの微細な個眼が集合した、二つの巨大な黒い複眼体が、顔面に張り付いて鈍く輝き、額の部分には、人間の物と同様の眼球構造が一つだけ、嵌め込まれたかのように存在している。

 

頭頂部からは微細な環境の変化を感知するために、昆虫のような触角が伸びており、口元は蟻と似た大顎が形成されており、そのシルエットは、さながら特撮番組に登場する『仮面ライダー』や昆虫型のサイボーグを彷彿とさせる、不気味なほどに完成された造形美を持っていたが、その腕の異様な長さと不自然なまでに細い胴体が、この存在が「人外」である事を裏付けさせる。

 

ブチィッ!

 

へその緒のように繋がっていた生体ケーブルを引きちぎり、人型の端末が部屋の床に立ち上がった。

 

人型端末は無言のままカグヤの前に歩み寄り、パンフレットを受け取った。

 

「今度は随分とシュッとした姿になったのう。なんかカッコええではないか」

 

カグヤは少し驚いたように端末の複眼を覗き込み、ポンポンと白い骨の装甲を叩いた。

 

「しかし……いちいち『お主』とか『お前』と呼ぶのも不便じゃな。名前をつけてやらんといかんか」

 

カグヤは少し考える素振りを見せたが、すぐに興味を失ったように鼻をほじった。

 

 

「なんも思いつかんの、そういえば最近はペットの犬にポチと名付けるのが流行っとるんじゃったな。うむ、お主は妾のペットなんじゃから『ポチ』でええわ。お主は今日からポチじゃ」

 

「…………」

 

 

ポチは、カグヤの言葉を聞いても何の反応も示さなかった。

 

彼らの脳に相当する神経細胞には、高度な演算能力と学習機能はあっても「名前(個体識別標識)」という抽象的な概念はまだ存在しない。

 

自分が「ポチ」という存在になったという自己認識が芽生えたわけではない。

 

「よし、分かったらさっさとそのプリンを探してこい! 妾は二度寝するから、帰ってきたら起こすのじゃぞ」

 

カグヤはそう言い捨てると、再び生体ベッドへとダイブし、ゴロゴロと転がりながらくつろぎ始めた。

 

ポチは鋭い爪の生えた指先でそっと、破かないように慎重にパンフレットを目の前に持ち上げる。

 

人間の物と同等の機能を持つ額の眼が、画像を再度スキャンし、目的の物質の形状、色、ロゴマークなどを視覚情報として完全に記憶する。

 

ポチは立ち上がると、部屋の天井に開けられた穴から、路地裏へと這い出た。

 

背後で穴が閉じられ、ポチは片手にパンフレットを握りしめたまま、人間の街へと歩みを進める。

 

謎のカラフルな紐状の物体(虎テープ)を引きちぎり、とにかく音や光といったシグナルが多く放たれている場所へ向かってしばらくあてもなく進み続けたポチの複眼が、街を歩く人間の姿を捉える。

 

誕生直後のポチは、有機物をすべて「捕食対象」として認識していた。

 

しかし、これまでの戦闘経験が、その単純なアルゴリズムを根本から書き換えていた。

 

炎を放ってくる個体(アキ)による数千度の熱による焼却。

そして、絶対的脅威(カグヤ)による理不尽な運動エネルギーによる粉砕。

 

ポチのデータベースにおいて、これら『致命的な環境ストレス』をもたらした個体は、すべて「二足歩行で、特定の音を口から発し、布状の外皮(衣服)を纏っている生物群」に属していた。

 

生態学的な最適採餌理論において、捕食にかかるコスト──反撃による負傷や死のリスク──が得られるエネルギー利得を上回る場合、捕食者はその獲物を襲うことをやめる。

 

つまり、ポチにとって「人間」という生物種は、すでに捕食対象としての価値を完全に失っていた。彼らに手を出せば、あのアキやカグヤのような規格外の反撃を受け、自身が消滅するリスクが高すぎると学習したのだ。

 

ポチは二足歩行個体が危険だと考えているが、アキとの遭遇時も、カグヤとの戦闘時においても、先に自分から攻撃した結果、二足歩行個体は反撃してきた。

 

逆に、こちらから攻撃しなければ、彼らはなぜか、大きな音(悲鳴)を出しながらこちらから離れていく。ということをポチは学習していた。

 

二足歩行個体(人類)は危険だが、こちらから手出ししなければ無害である。という結論に至ったポチ。

 

そして、現在の最優先タスクは、捕食ではなく、カグヤの命令である『指定物質(プリン)の回収』のみである。

 

 

 

ポチは路地の陰から、身を潜めるようなことはせず、アスファルトの歩道へと足を踏み出した。

 

 

 

休日の昼の商店街。

 

買い物に向かう主婦や、昼飯を食べようとぶらぶらと歩いていた通行人たちが、突如として路地裏から現れた異形の巨人の姿に息を呑んだ。

 

「ひぃっ……!?」

「な、なんだアレ……悪魔か!?」

 

人々の間に、伝播するような恐怖とパニックが広がる。

 

誰かが悲鳴を上げ、自転車が倒れ、群衆が我先にと逃げ惑う。

 

ポチの聴覚器官と触覚の化学レセプターが、群衆の悲鳴や、恐怖によって分泌される微量なアドレナリンの匂いを感知した。

 

やはり、彼ら二足歩行個体は、こちらから攻撃を仕掛けない限り、危険ではない。

 

そう確信したポチは、目的達成のために歩き始めた。

 

ポチは群衆のパニックを、ただの「うるさい風」程度にしか認識していなかった。

 

逃げ惑う人々には一切の目もくれず、危害を加える素振りも見せない。

 

ただ真っ直ぐに、右手で大事そうにパンフレットを握りしめ、複眼をギラギラと光らせながら、目的の物質を当てもなく探すために、ズン……ズン……と重い足取りで進み始めた。

 

圧倒的な異質さと、それに見合わぬシュールな目的を抱えたまま。

 

 

理外の怪物は、白昼堂々の「お使い」へと繰り出したのである。

 

 

最悪の悪魔の親玉の恐るべき陰謀(?)を阻止するため、アキたちが喫茶店のドアを蹴り破って飛び出してくるまで、あと数秒の出来事であった。

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