ニチアサみたいな魔法少女のいる世界観なのに明らかに設定を間違えたモンスターパニック物に出てきそうな怪生物がログインしてきた話   作:二度見屋

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第12話

アキが喫茶店『クローバー』の重い木製のドアを乱暴に押し開けると、商店街を包む異様な喧騒が直接鼓膜を叩いた。

 

休日の昼下がり。本来であれば、特売の野菜を求める主婦や、部活帰りの学生、家族連れなどで賑わい、平和な活気に満ちているはずの商店街のアーケードは、今や阿鼻叫喚のパニックに包み込まれていた。

 

誰かが落とした買い物袋から転がり出た卵がアスファルトの上に広がり、ひっくり返ったカフェの立て看板が嫌な摩擦音を立てる。放置されたままの自転車の車輪が空回りし、遠くでは無人のまま乗り捨てられた車のクラクションが鳴りっぱなしになっている。

 

そして何より、恐怖に駆られた人々の悲鳴と怒号が四方八方から木霊し、巨大な反響音となって商店街に響き渡っていた。

 

「な、なにアレ!?」

「逃げろ! 悪魔だ!!」

「こっちだ、早くシェルターへ!」

 

逃げ惑う群衆の波を押し退け、アキが視線を逆行させるように向けると、約数十メートル先、アーケードのアーチの下を悠然と歩く『異形』の姿がはっきりと確認できた。

 

身長はおよそ二メ2ートル。全身を昆虫の外骨格に似た、セラミックのように滑らかで白い装甲で覆っている。頭部には不気味な黒い複眼が鈍く光を反射し、額には人間の物と酷似した眼球が一つだけ、嵌め込まれるようにして周囲をギョロギョロと見回している。

 

そのシルエットは二足歩行の人間型でありながら、明らかに地球上の生態系から完全に逸脱した、圧倒的な異質さと存在感を放っていた。

 

「間違いない……。昨日の夜、私たちが戦ったあの怪物よ!」

 

アキの後を追って店から飛び出してきたマリナが、鋭い声で断言した。

 

昨晩の戦闘時とは外装の形状が変化しており、何より前回遭遇した時にはあの怪物に顔と呼べる物は無かった。

 

しかし、その本質的な気配の無さ――悪魔であれば必ず発しているはずの『魔力』を一切感じさせないという異常性が、それが同一の個体であることを雄弁に物語っていた。

 

「でも、どうしてこんな昼間に堂々と? しかも、人を襲う様子が全くないわ」

 

マリナの指摘通り、怪物は周囲の人間たちに全く目もくれていなかった。パニックに陥って転倒した老人の横を通り過ぎる際も、危害を加えるでも踏み潰すでもなく、ただ無機質に歩幅を調整して障害物を避けるように通り抜けていく。

 

そして、その右手には、なぜか一枚の紙切れ――パンフレットのようなもの――が大事そうに保持されていた。

 

「人を襲わないにしても、あんなバケモノを放っておくわけにはいかないわ! 」

 

アキは商店街の脇道へと駆け出した。マリナも無言でそれに続く。二人は群衆の死角となる薄暗いビルの隙間へと滑り込み、互いに視線を交わして深く頷いた。

 

「いくわよ! 『プリズマチェンジ』!!」

 

二人の声が重なり、薄暗い路地裏に眩い光の奔流が巻き起こった。

 

アキの身体を真紅の炎の魔力が包み込み、カジュアルなパーカーとデニムを光の粒子へと分解して、煌びやかなフリルとリボンをあしらった赤いドレスを瞬時に編み上げる。

 

同時に、マリナの身体は蒼氷の魔力に包まれ、冷気を纏った青を基調とするスタイリッシュなドレスと、氷の結晶を模したティアラが具現化した。

 

変身を終えた二人は、即座に魔力によって宙を飛び、商店街のアーケードの屋根へと跳躍した。

 

「そこまでよ、化け物!!」

 

アーケードの天窓を粉砕し、アキとマリナが怪物の進行方向の数メートル先へと降り立つ。

 

散乱するガラス片がアスファルトに降り注ぐ中、怪物はゆっくりと足を止めた。

 

ポチの複眼が、眼前に立ち塞がった二つの個体を捉えた。

 

対象の形状、体格、そして発している熱量と電磁波の波長を瞬時にスキャンし、記憶の中の存在と照合する。

 

向かって左側に立つ、赤い外装の個体。これは昨晩、ポチの肉体に対して数千度の熱量を浴びせかけ、自身に対して深刻な環境ストレスを与えてきた個体と完全に一致した。

 

そして右側に立つ、青い外装の個体。こちらは初見であるが、今までに遭遇した二足歩行の個体は、すべて自分に対して致命的と言える攻撃手段を持ち合わせていた。この個体だけが例外である。という思考はポチの中には無い。

 

目の前の二つの個体は、戦闘になれば自身の肉体に多大な損傷を与える可能性が高いということを、既にポチは理解していた。

 

「いくわよ! 私が凍らせて足を止める!」

「ええ、一気に決めるわ!」

 

アキとマリナがステッキを振りかぶり、それぞれ炎と氷の権能を解き放とうと魔力を頂点まで練り上げた、まさにその瞬間だった。

 

ポチは攻撃を待つことなど一切せず、行動を起こした。

 

ポチの太ももを構成する筋繊維が、限界まで圧縮されてから爆発的に収縮した。

 

ドンッ!! という大砲のような踏み込みの音が商店街に響き渡る。

 

「えっ!?」

 

アキとマリナが魔法を放つ直前、ポチの足元のアスファルトがクレーター状に粉砕され、その反発力でポチの巨体は真上に向かって凄まじい速度で跳躍した。

 

彼がほんのコンマ一秒前まで立っていた空間を、アキの火球とマリナの冷気が空しく通り抜け、背後の店舗のシャッターに直撃して爆音と水蒸気を巻き起こす。

 

「逃げた!? 待ちなさい!!」

 

空中に逃れたポチに向けて、アキが間髪入れずにステッキを振りかぶる。極限まで圧縮された高密度の火球が、機関銃のように連続で上空へと放たれた。赤い炎の弾幕が、空中にいるポチの逃げ場を完全に塞ぐように殺到する。

 

しかし、ポチの動きは彼女たちの予想をはるかに超えていた。

 

空中に投げ出され、物理的な足場を持たない状態であっても、ポチは慌てることなく身をよじった。迫り来る数千度の火球の雨の軌道を複眼で完璧に見切り、首をわずかに傾け、腕を引き、体を捻る。

 

最小限の動き。まるで炎の弾幕の方が彼を避けて飛んでいくかのような、極限まで洗練された回避行動。

 

右手に持ったパンフレットを炎の軌道から器用に遠ざけながら、ポチはアーケードを支える太い鉄柱へと足を向けた。

 

そこに着地した瞬間に再び脚力を爆発させ、鉄柱がひしゃげるほどの踏み込みで、今度はアーケードの天井裏の入り組んだ鉄骨の隙間へと、弾丸のような速度で飛び込んでいく。

 

「逃がさないわよ! 」

「ええ、追うわ!」

 

アキとマリナは魔力の推進力を用いて跳躍し、ポチの後を追って鉄骨の上へと降り立った。

 

そこからは、常軌を逸した立体機動のチェイスが始まった。

 

アーケードの骨組み、ビルの壁面、看板の裏側。ポチは三次元の空間を縦横無尽に駆け抜け、二人の魔法少女からの追撃をただひたすらに躱し続けた。

 

アキの炎が鉄骨を溶断し、マリナの氷がビルの壁面を凍てつかせる。

 

二人の魔法は、あと一歩、あと数センチのところでポチの白い骨の装甲をかすめるものの、決して直撃することはなかった。

 

ポチは彼女たちの攻撃に対して、一切の反撃を行わなかった。

 

絶望を糧とする悪魔であれば、人間を、そして立ち塞がる魔法少女を甚ぶり、恐怖を貪ろうとするのが本能のはずだ。しかし、目の前の怪物はただ無言で、背後からの攻撃を予測し、最短ルートで二人の包囲網を抜け出そうと立ち回っている。

 

右へ、左へ。時には建物の壁面を垂直に数歩駆け上がり、放物線を描いて隣のビルの屋上へと着地する。着地の衝撃を関節で完璧に吸収し、そのまま一瞬の淀みもなく次の跳躍へと移行する。

 

その動きは、戦闘というよりも、ひたすらに外敵という障害物を避けて進むだけの、機械的な逃走劇だった。

 

「なんで……なんで反撃してこないのよ! あんた、悪魔なんでしょ!! 街を壊したのはあんたなんでしょ!!」

 

アキの怒りに満ちた叫びが響くが、ポチは答えない。答えるための語彙も、その必要性も持ち合わせていない。ただ、最適な逃走経路を計算し、移動し続けている。

 

「おかしいわね。こいつの行動原理が全く読めない」

 

空中で氷の足場を作りながら追跡を続けるマリナが、眉をひそめて言った。

 

「悪魔特有の魔力がないだけじゃない。私たちに危害を加える素振りが一切ないわ。ひたすら逃げるだけ……それに、右手に持っているあの紙切れを異常なほど気にしている。何か別の目的があるのか、それとも……」

 

マリナが冷静に分析しようとステッキを構え直した、その時だった。

 

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥォォォォォォォン……!!!

 

 

商店街の防災行政無線スピーカー、そしてアキとマリナがドレスの裏側に忍ばせているスマートフォンから、腹の底を震わせるような不気味な重低音のサイレンが鳴り響いた。

 

重苦しい和音の重なり。それは、この国の誰もが一度は聞き、そして最も恐れる『死の宣告』の音。

 

それと同時に、機械的な自動音声が街中に響き渡る。

 

『D地区に悪魔出現。繰り返す。D地区に悪魔出現。推定脅威度はレベル4。周辺の一般市民は直ちに最寄りの地下シェルターへ避難してください。繰り返します――』

 

「レベル4!?」

 

アキとマリナの顔色が一瞬にして蒼白になった。

 

この国における悪魔の脅威度は五段階で評価される。

 

レベル1から2であれば、実弾で武装した警衛隊による物理的鎮圧が可能だ。しかし、レベル3以上は魔法少女の権能が不可欠となる領域。

 

そして『レベル4』とは、警衛隊の通常兵器では足止めすら困難であり、大規模な市街地の破壊と数百人単位の犠牲者が予想される、最上位クラスの悪魔の出現を意味している。魔法少女が即座に現場へ急行しなければ、数分で街が一つ壊滅しかねない事態だ。

 

「D地区って……ここから何キロも離れてるじゃない!」

「でも、こいつをこのまま放置するわけには……!」

 

アキが迷いを含んだ視線を、数メートル先のビルの屋上に着地したポチに向けた瞬間。

 

ポチの姿は、すでにそこには無かった。

 

「え……?」

 

サイレンが鳴り響き、二人の意識が『レベル4』という言葉にわずかに逸れた、その数秒にも満たないであろう隙。

 

その隙を逃すことなく、あの不気味な白い装甲の怪物の姿は、入り組んだ裏路地の奥深くへと完全に消え去っていた。

 

「逃げられた……っ! くそっ!!」

 

アキが悔しそうに吐き捨てる。

 

あの怪物が、昨晩のビル崩落の元凶である可能性は極めて高い。ここで仕留めきれなかったことは、魔法少女としての失態だ。

 

「悔しいけれど、今はD地区の悪魔の討伐が最優先よ。あの怪物は人を襲う様子はなかった。何が目的だったのかはわからないけれど、レベル4の悪魔を無視することはできないわ」

 

マリナの理性的な言葉に、アキはギリッと奥歯を噛み締めた。

 

「……分かってる。行くわよ!」

 

アキは、ポチが消えた路地裏を一度だけ強く睨みつけると、アラートの鳴り響く東の空へと飛び立っていった。




ちなみにポチくんは最初に食い殺した研究員たちのことは覚えてません。そもそもあの頃は自我と呼べるものすら彼には無かったので。
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